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僧侶が"お盆の帰省渋滞"に目を細める深いワケ

プレジデントオンライン / 2019年8月10日 6時15分

※写真はイメージです。 - 写真=iStock.com/Marcin Kilarski

最長10連休の人もいるという今年のお盆休み。僧侶でジャーナリストの鵜飼秀徳氏は「お盆には多くの人が先祖との対話のために、渋滞覚悟で帰省する。その行動には、日本人ならではの思いやりの気持ちを感じる」という――。

■なぜ、猛暑の中、人々は「お盆休み」に帰省をするのか

この季節、京都で「スクーター」と言えば、「お盆」を連想させる。僧侶がスクーターに乗って縦横無尽に走り回る。彼らがどこに向かうのかと言えば、お檀家さん宅である。古都の夏の風物詩「棚経(たなぎょう)」だ。

棚経とは檀家さんの自宅を訪問し、読経をして回ること。お盆には、ナスとキュウリで作った牛や馬を飾り、ご先祖さまの霊をお迎えする精霊棚を飾るが、語源はそこからきている。棚経は江戸時代に一般化した。当時はキリシタン禁制であったため、各戸を訪問して仏教徒であることを確認する意味もあったと思われる。棚経の「足」は、かつては自転車、バス、市電、バイクなどであった。

しかし、近年のお盆の時期は気温35度を超えるような酷暑である。僧侶の法衣は一見、涼しそうだがまったくそんなことはない。法衣は黒で日光を吸収するうえ、夏用はナイロン製である。その下には白衣と襦袢(じゅばん)を着用している。スクーターで回っていては、熱中症になりかねない。私もそうだが、近年の棚経は車で回るのがおおかただろう。

まだ涼しい7月にお盆を迎える東京のお寺さんがうらやましくなる。そう、首都圏とそのほかの地域ではお盆の時期がひと月、ズレているのだ。

■お盆の仏事が首都圏7月、地方都市8月である理由

しかし、なぜなのか。

企業のお盆休暇は全国統一で、8月10日過ぎからスタートする。なのにお盆の仏事は首都圏が7月で、地方都市は8月である。

ズレの理由は、明治初期にまでさかのぼる。そもそも江戸時代までのお盆の時期は全国統一で、旧暦の7月(新暦に直すと8月)にやっていた。しかし1872(明治5)年、暦が変わった。これまで採用されていた旧暦(太陰太陽暦)から新暦(太陽暦)に移行すると、首都圏では旧暦のそのままの月日を、新暦にあてはめた。したがって現在、首都圏のお盆は7月13日から16日までとなっているのだ。

いっぽう、新しい暦の形態をどうしても採用できない地域があった。当時、日本の大部分を占めていた農村部である。7月は農作業の繁忙期であり、お盆の支度ができないのだ。

それでお盆を1カ月後の8月に、後ろ倒しさせようということになったのだ。こうすることで季節としては旧暦と同じ時期になり、農作業の支障にはならない。この措置によって現在でも、多くの都市が8月13日から16日にかけてお盆の行事を実施している。

東京と地方で時期がズレているのは、宗教的な理由ではなく、農家の事情によるものだったのだ。企業のお盆休暇は、地方から東京に出てきた帰省客を考慮して、地方のお盆の時期に合わせているというわけだ。生活習慣の中に仏教を取り込んできた日本人らしい宗教観といえるだろう。

■京都の「五山の送り火」がよく見えるマンションは価格が高い

お盆の行事は地域や仏教宗派によっても多種多様であるが、京都におけるおハイライトは16日夜に実施される「五山の送り火」だ。5つの山に「大」の文字(2山)「妙」「法」の文字、「船の形」「鳥居の形」が灯される(点火時間は各山とも約30分間)。私の寺からは「鳥居の形」がよく見える。

五山の送り火の鳥居型
撮影=鵜飼 秀徳
五山の送り火の鳥居型 - 撮影=鵜飼 秀徳

その燃え盛る炎にのせ、ご先祖さまの魂は虚空へと舞い上がり、あの世に戻って行かれるのである。この時、コップに入れた水に送り火の炎を映して飲めば、無病息災が約束されるとの言い伝えがある。

お盆の精霊流し(右京区・広沢池)
撮影=鵜飼 秀徳
お盆の精霊流し(右京区・広沢池) - 撮影=鵜飼 秀徳

送り火の起源については謎が多い。平安時代に空海が始めたとも、室町時代に足利義政が考案したとも言われているが定かではない。江戸時代には「一」「蛇」「長刀」「い」「竹の先に鈴」の計十山で送り火が行われていた。それはそれは壮観だったに違いない。だが、明治初期の神仏分離令によってさまざまな仏教行事が中止に追い込まれ、五山の送り火もいったん途絶えた。その後、5山のみが復活して現在に至る。

京都を訪れる観光客は「五山の送り火」のことを、ひとまとめにしてしばしば「大文字焼き」と呼ぶ。だが、京都人はそれを嫌がる。あくまでも此岸(しがん、この世)・彼岸(ひがん、あの世)を橋渡しする意味での「送り火」という表現にこだわる。また、京都では送り火が見える立地のマンションなどは不動産価値が高くなる傾向にある。

ちなみに、送り火でもっとも有名な「大文字」の由来は何なのか。仏教では、万物を構成する4つ(5つの説もある)の元素「地・水・火・風(・空)」を四大(五大)と読んでおり、そこから「大」の字が取られたとするのが有力である。

■「五山の送り火」のあとは「地蔵盆」が開かれる京都

商売繁盛を願って油を掛けた地蔵
撮影=鵜飼 秀徳
商売繁盛を願って油を掛けた地蔵(本当は阿弥陀如来、14世紀)もある。右京区嵯峨。 - 撮影=鵜飼 秀徳

送り火を終えた後も、京都のお盆はまだ続く。各町内では「地蔵盆」という不思議な行事が実施されるのだ。京都市内を歩けば、あちこちに石仏を見つけることができる。路傍の小さな祠(ほこら)に収められ、祀られている。民家の敷地に地蔵堂が食い込んでいたり、コンビニや郵便局などの公共スペースに置かれたりする祠もある。

これは、住民やテナントの入居よりはるか昔から、石仏が鎮座しているからである。私が複数に聞き取りをしたところ、石仏が置かれた土地の固定資産税もしっかりと払っているようである。通常は「宗教施設」は固定資産税が免除されるのだが……。

民家に食い込むように地蔵堂が建てられている
撮影=鵜飼 秀徳
民家に食い込むように地蔵堂が建てられている - 撮影=鵜飼 秀徳
コンビニの駐車場にも地蔵堂が置かれている
撮影=鵜飼 秀徳
コンビニの駐車場にも地蔵堂が置かれている - 撮影=鵜飼 秀徳

京都市内の石仏の数は1万以上に及ぶと言われているが、私が俯瞰する限り、その数倍はあるように思える。なぜここまで多いのか。それは室町期、洛中で地蔵信仰が広まったことによる。それが廃仏毀釈などで多くが破壊されながらも、いまに受け継がれているのだ。したがって、京都の中心部や東山界隈の石仏のおおかたの種類は地蔵菩薩である。

私が暮らす嵯峨野は、地蔵以外の個性的な石仏が多い。これは12世紀、平氏が東大寺や興福寺などを焼き討ち(南都焼討)をした際にさかのぼる。再建のために瀬戸内方面から石工が奈良に派遣された。再建を果たした後、石工らは仕事を求めて天皇家とゆかりの深かった京都の嵯峨野に流れ、そこで多くの石仏を彫った名残と言われる。このあたりの石仏は、阿弥陀如来や釈迦如来などをモチーフにしたものが多数である。

■仏教行事だが、キリスト教信者や宮司の息子も地蔵盆に参加

現在、京都市内では地蔵も阿弥陀如来も釈迦如来もすべてひっくるめて、8月20日ごろに地蔵盆としてお祀りをする。地蔵盆の主役は子供である。

各町内会で石仏を囲み、町内の僧侶を呼んで念仏に合わせた数珠回しをやる。また、福引、スイカ割りなどのゲームなどが催されるのである。京都の子供にとっては、夏に実施されるクリスマスやハロウィーンのような感じだ。地蔵盆はあくまでも仏教行事だが、キリスト教信者や宮司の息子も、新宗教の信者も分け隔てなく地蔵盆に参加するところがすごい。

地蔵盆の風景
撮影=鵜飼 秀徳
地蔵盆の風景 - 撮影=鵜飼 秀徳

私は団塊ジュニア世代であり30〜40年ほど前は町内の地蔵盆は子供であふれかえっていた。しかし、近年、少子化によって子供の姿はかなり少なくなった。参加者は高齢者が中心だ。

このように、少子高齢化によって地蔵盆の開催が危ぶまれている町内会もある。だが、市内で地蔵盆を実施する町内会はいまだに8割に及ぶ。いまだに地域信仰が根付いている都市は京都くらいなものである。

撮影=鵜飼 秀徳
地蔵盆の風景 - 撮影=鵜飼 秀徳

地域住民と子供たちが時間と空間を共有する機会は、この時代において実に貴重だ。仏教を通じた情操教育の場にもなり、世代を超えた地域社会の紐帯となりえる。

■墓参りための「帰省大渋滞」は日本人ならではの思いやりに満ちた姿

こうした、信仰の集まりを「講(こう)」とも呼ぶ。昔は、講が地域の結束を強めていた。講では信仰を核として、相談事や金銭の貸し借り、結婚式・葬儀の仕切りなど互助会的な役割も担っていた。

しかし、戦後日本人はムラやイエを離れ、都会で核家族を形成したものの、通信手段が乏しかった時代は、遠い故郷に心のよりどころを求め、お盆の時期になると墓参りをしに戻ったものだ。

写真=iStock.com/alexandragl1
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alexandragl1

そして現代はといえば、SNSやスマホの全盛期である。場所や時間を問わず、交流ができる。現代人は、今を生きる友人同士でつながることへの意識は強そうだ。しかし「過去とのつながり=ご先祖さまとの対話」はSNSでは無理である。ぜひ、リアルな墓参りとして実践していただきたいと願う。

例年通り、新幹線や高速道路は帰省ラッシュによる混雑が予想される。しかし、言い換えればこれは「墓参り渋滞」。帰省客は大変だが、私は日本人ならではの思いやりに満ちた姿だと、目を細めながらニュースを見ている。

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鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『仏教抹殺』(文春新書)など多数。近著に『ビジネスに活かす教養としての仏教』(PHP研究所)。佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事。

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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)

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