景気悪化を「日本のせい」にしたい韓国の事情
プレジデントオンライン / 2019年8月9日 6時15分
■韓国政府は「報復措置」として反発している
安全保障上の輸出管理で優遇措置を取っている、いわゆる「ホワイト国」(正式には「グループA」)から、韓国を除外する政令が8月7日、公布された。8月28日に施行される。
日本政府はこれに先立つ7月4日に、半導体製造などに使うフッ化ポリイミド、レジスト(感光材)、フッ化水素の3品目について、輸出手続きを厳格化する措置を取っていた。兵器転用などの恐れがある化学品などに韓国政府の輸出管理や運用に不十分なものがあったというのが理由で、韓国政府に管理体制の見直しなどを求めてきた。
しかし改善の意思が示されなかったことから、今回の「ホワイト国」除外に踏み切った。食品や木材を除くほとんどの品目で、経済産業省が個別審査を求めることができるようになる。
日本政府はあくまで「安全保障上の貿易管理の問題」だと繰り返し強調しているが、韓国政府は徴用工問題に関する韓国大法院(最高裁)判決などへの報復措置だとして強く反発。韓国国内で日本製品の不買運動などを繰り広げている。
■経産省幹部「韓国政府の主張は事実と全く違う」
「今後起こる事態の責任は全面的に日本政府にあることをはっきり警告する」
文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、安倍晋三内閣が「ホワイト国」除外を閣議決定した8月2日、臨時閣僚会議を招集して、強い調子で日本を非難した。「明白な経済報復だ」と指摘、「人類の普遍的な価値と国際法の大原則に違反する」とした。
そのうえで、「この挑戦をむしろ機会と捉え、新しい経済の跳躍の契機とすれば、われわれは十分に日本に勝つことができる」「勝利の歴史を国民とともにもう一度つくる。われわれは成し遂げられる」と韓国国民に訴えた。
過剰とも思える反応だが、「ホワイト国除外」はそれほど韓国経済に大打撃なのだろうか。
経済産業省の幹部はこう指摘する。
「韓国政府はあたかも日本が禁輸措置に踏み切ったかのように言っているが、事実は全く違う。あくまで安全保障上の措置で、日本からの輸出手続きが厳格化されると言っても、他のアジア諸国と同等の扱いになるというだけの話。経済に深刻な影響が出ることはあり得ないし、世界のサプライチェーンが動揺することもない」
そう韓国経済に大打撃だとする文大統領ら韓国政府要人の主張を否定する。実際、経産省はさきに輸出手続きを厳格化した3品目について、すでに輸出許可を出しており、正規の利用目的の製品については、輸出は滞っていない。
■米中貿易戦争の影響で韓国経済が悪化している
にもかかわらず、なぜ韓国政府は日本の措置を「明白な経済報復」だと決めつけ、露骨に日本政府を敵視する姿勢を取るのか。
考えられるのは、足下の韓国経済が急速に悪化していることだろう。米中貿易戦争の余波で世界経済に減速懸念が強まる中で、貿易依存度(国内総生産GDPに占める輸出入の割合)が80%を超す韓国経済の先行きに暗雲が広がっている。日本の貿易依存度は30%程度なので、その大きさが分かる。
しかも、韓国の輸出先トップは中国で、全体の4分の1を占めている。米中貿易戦争の激化が、韓国経済を直撃することになりかねないのだ。
8月1日に米国のドナルド・トランプ大統領が中国からの輸入品3000億ドルぶんに、9月1日から関税10%を上乗せするとツイッターで発信した途端、韓国の通貨ウォンは一気に急落した。緩やかなウォン安ならば輸出企業にプラスに働くが、急落は通貨危機に直結しかねない。金融市場では「アジア通貨危機、リーマンショックに続く、3度目の通貨危機が起きそうだ」という見方まで広がっている。
■景気悪化を「日本のせい」にしたい文大統領
実は、韓国経済の足下が崩れ始めているのだ。
しかも、韓国経済は財閥企業に大きく依存している特徴がある。韓国GDPの2割はサムスン電子と現代自動車が稼ぎ出していると言われるほどだ。対中輸出の激減で輸出産業の業績が悪化すれば、そのしわ寄せは若者に行く。財閥系企業に入れるかどうかで人生の成否が決まるとも言われるほど財閥志向の強い韓国の若者たちが、新卒採用の道を閉ざされれば、大きな社会不安が起きかねない。そうなれば、当然、不満は文政権に向く。
2017年5月に就任した文大統領はちょうど折り返し点に差し掛かっている。韓国大統領の任期は1期5年で再選が禁止されている。民主化以降、これまでのほとんどの大統領が任期後半にレイムダック化し、激しい政権批判にさらされたのは周知の通りだ。
とくに、経済の悪化は支持率の低下に直結する。韓国経済の悪化は自らの経済運営の失敗のせいではない、ということを強調しなければ、批判の矛先は大統領に向く。だからこそ、ことさらに景気悪化の原因を「日本のせい」にしなければならないのだろう。
8月6日、ソウルの中心部の通りに「BOYCOTT JAPAN」と書かれた旗が掲げられた。日本には行きません、日本製品は買いません、というキャンペーンだ。
■日本を訪れる韓国人が激減している
実際、7月以降、日本を訪れる韓国人は激減している模様だ。
2018年1年間に韓国から日本を訪れた訪日客は753万人。トップの中国(838万人)に次いで2番目に多い。東日本大震災で訪日客が激減した2011年を底に毎年増加を続け、2018年は前の年に比べて5.6%増えていた。
それが今年は一転してマイナスになりそうだ。1月から6月までの韓国からの訪日客数は386万人で、前年同期に比べて3.8%減少した。6月は0.9%の増加だったが、7月は前年の60万7953人をどれくらい下回るかが焦点になりそうだ。
韓国にとっては、日本に行って外貨を落とされるよりも、国内にとどまって国内で消費してもらう方が経済にプラスになる、と考えているのかもしれない。
不買運動も、通貨危機に直面する韓国にとっては、必要な政策ということかもしれない。というのも、日韓の貿易収支をみると、韓国の方が大幅な貿易赤字になっているためだ。今年1月から6月の貿易統計では、日本から韓国への輸出が2兆6088億円、韓国からの輸入が1兆6228億円で、差し引き9859億円の日本の黒字になっている。日本からの輸入を減らすことは、外貨流出を防ぐことに直結する。
■日本ボイコットは経済的にプラスではない
ちなみに6月末までの上半期では、韓国向け輸出は11%減少、輸入は7.4%減少と、貿易は「縮小」している。7月以降、さらに日本からの輸出が減るのかどうか、注目点だ。
もっとも、こうした日本ボイコットは、短期的には韓国経済のプラス要因かもしれないが、中長期的にみれば、バカげた話である。というのも、日韓関係が悪化すれば、日本から韓国への訪問客も減る。
報道によると、今年3月に日本から韓国を訪れた人は37万5000人に達し、月別で1965年の国交正常化以来の最高を更新した、という。若者世代を中心に韓国への関心が高まり、交流人口が大きく増えていた。そんな矢先に、政治を舞台に日韓関係の悪化が進んだ。
韓国中心街の明洞(ミョンドン)などは多くの日本の若者でにぎわう人気のエリア。もちろん、そこで落とされる外貨は韓国経済にとってプラスに働く。前述の通りに掲げられた日本ボイコットの旗が、地元商店主らの抗議によって数時間後に外されたのは、当然のことだろう。日本からの訪問客を排除すれば、自分たちの利益が損なわれるからだ。
■「政冷経熱」という前提が崩れつつある
輸入品ボイコットにしても同じだ。例えば日本製の電気機器の中には、多くの韓国製半導体が使われている。買うのを止めれば、その分、韓国から日本への輸出も減ってしまうのだ。
竹島を巡る領有権問題など、戦後、日韓関係を巡る紛争の種は尽きていない。だが、これまで、それはもっぱら「政治」の世界の話で、民間の企業取引や民間交流には影響を及ぼさなかった。日韓も「政冷経熱」を前提に長年付き合ってきたわけだ。
その点、徴用工を巡る大法院判決では、民間企業の資産が差し押さえられるなど、政治問題が民間どうしの関係に暗い影を落としている。日韓双方の経済人の多くは、こんな「関係悪化」をまったく望んでいないことだけは確かだろう。
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経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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