なぜ雅子様は突如として日本社会で復権したか
プレジデントオンライン / 2019年8月13日 11時15分
■令和のPVクイーン
「いま、一番数字が取れる『令和のPV(ページビュー)クイーン』といったら、雅子さまですよ」
とあるウェブ媒体の関係者が苦笑する。購読層の年齢が高めで、比較的保守派の男性、特に「ネトウヨ」と呼ばれる層のアクセスが多いと言われるその媒体で、この春夏もっとも読まれ数字を取り続けたのは、令和の皇后となった雅子さまの活躍を書いた記事だというのだ。
その記事がどういう意図でそんなに読まれるのか、私は不思議に思った。だって、ネトウヨとは保守派で特定の国々に対するヘイトが強く、そもそもプライドが高く、なんなら「女のくせに」くらいのことは心底ではフツーに思っていて、女性政治家やメディアで目立つ女を見た瞬間に自動的に発生する嫌悪感を拭えない男たちというイメージ。雅子さまのように海外育ちでその学歴と経歴を前にしたら黙り込むしかないほど自分よりはるかに優秀で、品も芯もあり、発言にも哲学にも自分らしさを隠せない――ついでに身長まで高い――女なんか、大嫌いじゃないのか?
■長かった灰色の時代
平成から令和への移行を見た2019年春夏シーズンは、テレビを点けたってどこのチャンネルでも天皇家祭り、そしてG20大阪サミットで皇后としての象徴外交デビューを果たした、雅子さま祭りだった。
皇太子妃時代の雅子さまは長きにわたって、灰色の時代を過ごされた。自分という人間が理解されない、能力を純粋に評価してもらえない、周囲の人に守ってもらえない。「お世継ぎとなる男子を産めなかった」との謎の価値観によって他の誰かと比較され、何かの合否をジャッジされる。心を病んだと言われてからは、腫れ物に触るような、そしてどこか珍しくて不器用な生き物が弱っているのを陰から見て喜ぶような、そんな残酷な風潮にも晒された。
■女性人材をまともに伸ばすことのできない国
私は、その頃の「日本世間」の様子こそを、まるで珍種の生き物たちの生態のように眺めていた。あれほどに育ちも良く、教養も実力もあり、どこに出したって恥ずかしくない日本きっての優れた女性人材を「イエの中」に囲い込み、活躍させるどころか国中で病ませて、その姿にどうこう言ってほくそ笑むんだなぁ。政界にも財界にも、象徴に過ぎない「はず」の皇室にさえ、国民が気持ちよく誇れる人材を出せず、目立てば言うことを聞けと潰してしまう。本当に女性人材をまともに伸ばすことのできない風土なんだな。やれやれ、なんの呪いがかかってるんだか……と。
世界ランキングで日本の女性活躍度が低いとかの現実を何度も突きつけられているが、それって要は「日本ってほんとロクに社会の中に女を育てられない国だよねー」と言われているのであり、現実の日本は今となっちゃこの点を真顔で可哀想がられるレベルの国なのだ。
皇室とは1億3千万の日本国民が一方的に知る、擬似的な「遠い親戚」のようなもの。人によっては憧れの対象なのだろうが、私自身は、皇室だからといって盲目的に尊ぶことに健全な批判精神を持つ家庭環境で育ったので、今でもそうだ。皇族も人なり。「そんなお立場に生まれついてしまって、大変だな……」「そんな世界へわざわざ入っていくなんて、それこそ尊い精神の持ち主だな……」と、同情のほうが強いかもしれない。ごくたまにニュースの話題で見ると「お元気そうなご様子で何より」と思うくらいのものだ。
■誰もが認める破格の活躍ぶり
そんなふうに、かなりの心理的距離感を持って皇室を捉えている私だが、雅子さまにだけは私なりに特別な共感を寄せた。均等法第1世代にあたる優秀な彼女のキャリア、丁重に断り続けながらも最後は自分に使命を言い聞かせるようにして皇太子妃となった経緯、その後の葛藤。その心情を勝手に想像しながら「頑張れ」と、畏れながらまるで友達かのようにエールを送った。彼女の挫折が悔しかったし、あんなすごい女性をよってたかって挫折させた日本社会はつくづく未熟で哲学がなくて教養レベルが低いものだと、自分の生まれ育った国たる日本に失望した。
ではなんで、そんな社会を維持したがり、なんなら時計を逆回しして過去の栄光(?)をいじいじと弄びたがるネトウヨまでが、今になって時計を先に進ませる雅子さまのありようを受け入れ、その活躍ぶりを読むのか。
G20での雅子さまは有り体に言って、ゴージャスだった。語学力も国際外交力も、どこに出したって恥ずかしくない品格と教養と体格の持ち主である皇后が、もはやプリンセスなんて副次的な立場でなく主役の天皇夫妻として日本の外交の大舞台で堂々と振る舞い、海外の賞賛の声を獲得する。それは、欧米人に比べて「貧相」「貧弱」との印象をどうしたって払拭できない日本人が、政治やら外交の場で初めて「対等にゴージャス」と映る瞬間だったのだ。皇后雅子という存在は、男女にかかわらず日本外交史上「破格」であると、誰もが理解した。
■ヒーローになった雅子さま
ルポライターの鈴木大介さんが、デイリー新潮で「亡き父は晩年なぜ『ネット右翼』になってしまったのか」と題された記事を発表し、話題となった。「元号が変わって間もなく、父がこの世を去った。77歳。」との書き出しで始まるこの記事は、父の遺品PCに残された多数の右傾コンテンツを息子があらためて発掘していく中で、晩節の父がどうしてネット右翼的な思想に濃く染まり、偏向していったのかを考察している。
鈴木さんはその理由が「古き良き美しいニッポンに対する慕情や喪失感」にあったのだと思い至る。晩節の父親が粗製乱造された過激な右傾コンテンツにしがみついて生きたのも、「どうしてこんな事になってしまったのだろう」と喪失感に沈むことより、視野に明確な敵の像を結んで被害者意識をぶちまけさせたほうが、人の快楽原則には忠実だからだ」(同記事より)。
ネトウヨとは、自分たちが現在の辛い思いをしなくて済んだ、要は幼少期の心地良さを「あの時代の日本は良かった」と懐しがり、時代を遡って「きっとあったはずの日本人の正義」を探し求め、そして「それを奪い破壊した犯人」探しをして叩く人々だ。広い視野でバランスに配慮するなどと、自分たちが苦手なことをしなくてよい社会、自分が情報処理しきれないVUCAな(複雑すぎる要因がいくつも絡み合って予測不可能な)現実を突きつけられなくて済む「ここではないどこか」を求めてネットを彷徨う。あてどなく彷徨う人々の常として、彼らはいつもわかりやすいヒーローを求めている。
彼らは次世代の優れた「嫁」を、だからヒーローとして受け入れたのかもしれない。「雅子さまは日本の誇り」。これまでさんざん叩いて潰して人格など無視してきたその手のひらを、自覚のない驚きの軽やかさで、クルリと返すのだ。
もともとの雅子さまファンたちは、「彼女がようやくあるべき姿に戻った」と感じて快哉を叫んだだろう。だがそれと同時に、あのG20で雅子さまの姿はどこか日本人の対外的な「誇り」にぴったりとマッチして、彼女は(ヒロインではなく)ヒーローになったのだ。
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フリーライター/コラムニスト
1973年京都生まれ、神奈川育ち。乙女座B型。桜蔭学園中高から転勤で大阪府立高へ転校。慶應義塾大学総合政策学部に入学。奥出直人教授のもとで文化人類学・比較メディア論を、榊原清則教授のもとでイノベーション論を学ぶ。大学の研究者になることを志し、ニューヨーク大学ビジネススクールの合格も手にしていたが、子供を授かり学生結婚後、子育てに従事。家族の海外駐在に帯同して欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、テレビ・ラジオなどに寄稿・出演多数。教育・子育て、グローバル政治経済、デザインそのほか多岐にわたる分野での記事・コラム執筆を続け、政府広報誌や行政白書にも参加する。子どもは、20歳の長女、11歳の長男の2人。著書に『女子の生き様は顔に出る』(プレジデント社)。
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(フリーライター/コラムニスト 河崎 環 写真=ABACA PRESS/時事通信フォト)
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