カルビーがじゃがりこファンに試験を課すワケ
プレジデントオンライン / 2019年8月17日 9時15分
■SNSがブランドコミュニティ・サイトの役割を変えた
インターネットの登場は、ブランドコミュニティをマーケティングに活用する企業の動きを活性化した。ブランドコミュニティとは、特定のブランドへの関心を共有するファンやユーザーたちが集い、情報の取得や思いの共有を深める共同体である。
インターネットの利用が広がるなかで注目を集めたのは、企業が人気ブランドのコミュニティ・サイトをウェブ上に設け、会員を集めることから、大規模な情報発信の場が構築されることだった。事業会社がマスメディアに匹敵する情報発信力を手にする可能性として期待されたのである。
しかし2010年代になりウェブ空間では、新たな動きが進む。スマホとSNSの利用が広がり、そのなかで人々のウェブ空間での時間の過ごし方も変化していく。コミュニティ・サイトを訪れて交流するのではなく、SNSでつながり合い、移動時間の隙間なども利用しながら、絶えず情報を交換し合う動きが広がる。
これは企業にとっては、ポイントの付与や、ゲームなどのエンターテインメントの提供によって多くの会員をサイトに集めなくても、SNSを活用すれば、多くの消費者とダイレクトにつながることができる時代を迎えたということ意味した。コスト・パフォーマンスにおいて、ブランドコミュニティ・サイトを大規模な発信に情報活用する利点は低下していったのである。
とはいえ、SNS時代にあってもブランドコミュニティ・サイトの運営を続ける企業は少なくない。神戸大学MBAにおける学生たちのプロジェクト研究によれば、そこでは情報発信のメディアとは異なる役割をブランドコミュニティ・サイトは担うようになっている。
今回取り上げる「じゃがり校」は、多数に向けた情報発信のメディアではなく、ユーザー参加型の新製品やプロモーションの開発の場として活用されている。これはSNS時代に適合したブランドコミュニティの用い方だといえる。
■会員の入れ替えもある「じゃがり校」
「あつまれ!とびだせ!じゃがり校」(以下、「じゃがり校」)は、菓子メーカー・カルビーの人気ブランド「じゃがりこ」のブランドコミュニティ・サイトである。開設は2007年で、現在も運営を継続している。
特徴的なのは「入会にハードルを設けていること」と「会員の入れ替え制度があること」である。会員数の規模を競うブランドコミュニティ・サイトとは一線を画した運営が続けられてきた。
「じゃがり校」は、学校の世界観を取り入れている。コミュニティの会員となる「新入生」の募集は年1回であり、「入学試験」によって選抜された人だけが「学生」になれる。この「学生」たちは3年間で「卒業」し、入れ替わっていく。必然的にコミュニティの規模は大きくなり過ぎず、企業と会員、また会員同士での密なコミュニケーションが可能なサイトとなっている。
会員数は限られるが「じゃがり校」は、マーケティング上の貢献をしっかりと果たし続けている。「じゃがり校」では、カルビーの担当者が会員と一緒に商品開発に取り組む。入学した「学生」たちは、じゃがりこの新商品の開発に「授業」の一環として参加する。
結果はどうか。じゃがりこでは2014年発売の「アスパラベーコン味」、2015年発売の「モッツァレラチーズトマト味」、2018年発売の「はちみつバター味」など、「じゃがり校」から生まれた新商品が、その年の代表的なヒット商品となることが少なくない。
今年6月24日に発売された期間限定商品の「じゃがりこ チーズタッカルビ味」も、「じゃがり校」発の新商品だ。
■「チーズタッカルビ味」が商品化されるまで
その開発のプロセスを紹介しよう。新商品の味については、より多くの案が集まるよう、18年の春に、広く一般向けのランディング・ページでアイデアを募った。集まった案を、カルビー社内で実現可能性などを踏まえて検討し、10案に絞ったうえで、再びランディング・ページで投票を行った。
これを引き継ぎ「じゃがり校」では、選ばれた「チーズタッカルビ味」の商品化のための授業が次々に行われた。パッケージング、キャッチコピー、キャラクター、そして販促グッズの開発など、製品やプロモーションを開発する各ステップにおいて、学生からの原案の募集や投票が行われ、デザイナーによる改訂などを経て、「チーズタッカルビ味」の商品化が進んでいった。
「チーズタッカルビ味」のキャラクターであるタップダンサーの「カルビスタ・チズロー」という風変わりなキャラクターも、「じゃがり校」の授業から誕生した。中身の味つけについても、学生をカルビー本社に招待し「リアル試食会」を行ったり、学生の自宅に試食品を送ってWebアンケートを実施したりしたうえで、回答結果を基に味のブラッシュアップが行われた。
■漫然と二兎を追えば泥沼にはまる
ブランドコミュニティは、それ自体がひとつの巨大なメディアとなり得る。しかし現在では、ブランドコミュニティにファンやユーザーを吸引しなくても、企業はSNSなどを通じて広く消費者に情報を拡散していくことが可能である。
一方で、SNSなどを通じた仕掛けでメッセージを発信していくには、商品の魅力を伝えるコンテンツが必要になる。それはニュース性のある新商品であったり、既存商品の新たな使用方法の提案であったりするわけだが、こうしたコンテンツの開発をユーザーとの密度の高いコミュニケーションを通じて進める動きが、ポスト巨大メディアのブランドコミュニティのマーケティング利用において広がっている。
「じゃがり校」は、変化の激しいウェブ空間のなかにあって、各種の情報を発信するメディアではなく、情報のコンテンツの開発拠点としての役割をになうことで、ブランドコミュニティ・サイトの老舗となっている。
ブランドコミュニティが、メディアとしての可能性を追求するのであれば、会員数を増加させることが重要となる。以前には日本にも、1000万人を超える会員を擁するブランドコミュニティ・サイトがあった。
しかし、コンテンツの開発を支援するのであれば、会員数の増加は必要がないばかりか、弊害を生みかねない。
コンテンツの開発にブランドコミュニティを活用することのひとつの意義は、企業の企画や開発の担当者が、コミュニティの会員と直接、インタラクティブなやりとりができることにある。さらにコミュニティの会員の数を限定するだけではなく、クローズドな場とすることで、会員側、そして企業側の双方において、人目を気にしたり、炎上を恐れたりして、自分の考えを表明することを抑えがちになるオープンなサイトとは異なる関係が生まれる。こうした関係を保つことは、ブランドコミュニティの会員が多くなり過ぎると、難しくなる。
ブランドコミュニティ・サイトをめぐっては、会員の数を追うか、コンテンツの開発を支える拠点としての規模を保つかをめぐり、ジレンマが生じる。漫然と二兎を追えば、泥沼にはまる。
ヒット商品を生み出すカルビーの「じゃがり校」では、入学試験による選抜や、卒業など、コンテンツの開発に必要なコミュニティのあり方に徹した運営が行われている。
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神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。
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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)
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