少年Aが繰り返し観た映画・書籍の実名リスト

プレジデントオンライン / 2019年8月14日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/duncan1890

1997年、神戸市須磨区で起こった連続児童殺傷事件。その加害男性「少年A」は、観た光景をそのまま記憶する「直観像素質者」であった可能性が高いという。少年Aの作文から、読書・映画遍歴を、当時週刊文春記者だった森下香枝氏(現・週刊朝日編集長)がたどった――。

※本稿は、松井清人『異端者たちが時代をつくる』(プレジデント社)の第6章「『少年A』の両親との20年」の一部を再編集したものです。

■少年Aの「懲役13年」はあまりに文学的

森下香枝・週刊文春記者(当時。現在は週刊朝日編集長)にとって、少年Aの両親の独占手記を『週刊文春』に掲載できたことは、大スクープではあっても、決してゴールではなかった。少年Aとは何者なのか、まだまだわからないことが多すぎると思っていたからだ。

たとえば、先に引用した「懲役13年」という作文は、難解なレトリックを駆使し、文学的な表現に満ちている。何人かの識者が、ダンテの『神曲』や、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』の影響を指摘していたほどだ。

家では漫画ばかり読んでいて、通信簿には2と3しかない14歳に、なぜこの作文が書けたのか。少年Aの自宅には、ダンテもニーチェも一冊もない。

謎を解明するヒントは、少年Aが「直観像素質者」であることだった。Aは鑑定医に対して、こう話したという。

「(興味のある本を書店で立ち読みするだけで)頭にスーッと入ったページを覚えていた」
「いろんなものから抜き出して、順番を入れ替えて書いた」

■「魔物とサイコパス」の相関関係

森下記者は、猟奇犯罪や犯罪心理学に関するさまざまな文献、資料を読み漁り、二冊の翻訳本にたどり着く。『FBI心理分析官』(ロバート・K.レスラー著)と『診断名サイコパス』(ロバート・D.ヘア著)。少年Aは、この二冊の前扉に引用されている文章を孫引きし、あの作文を書いたのだ。

まず、Aが書いた「懲役13年」の真ん中あたりを見てみる。[ ]内は、『診断名サイコパス』の前扉に引用された、ウィリアム・マーチ『悪い種子』の原文だ。

〈3. 大多数の人たちは魔物を[まともな人たちはサイコパスを]、心の中と同じように外見も怪物的だと思いがちであるが、事実は全くそれに反している。
通常、現実の 魔物[モンスターたち]は、本当に 普通な 彼” の兄弟や両親たち以上に普通に[ノーマルな彼らの兄弟や姉妹たち以上にノーマルに]見えるし、実際、そのように振る舞う。
[彼ら]は、徳そのものが持っている内容以上の徳を持っているかの如く人に思わせてしまう……
ちょうど、蠟で作ったバラのつぼみや、プラスチックで出来た桃の方が、
実物は不完全な形であったのに、 俺たち[私たち]の目にはより完璧に見え、
バラのつぼみや桃はこういう風でなければならないと
俺たち[私たち]が思いこんでしまうように。〉

この一節は「悪い種子」の、ほぼ完全な孫引きであることがわかる。

■殺せようのないものは殺せない

次に、「懲役13年」の最終章。

〈5. 魔物(自分)[怪物]と闘う者は、その過程で自分自身も 魔物[怪物]になることがないよう、気をつけねばならない。
深淵をのぞき込むとき、
その深淵もこちらを見つめているの である[だ]。〉

この部分は『FBI心理分析官』の前扉にある、ニーチェ『ツァラトゥストラかく語りき』を、ほぼそのまま写したもの。ニーチェの「怪物」を「魔物(自分)」に替えているだけだ。

もっと言えば、冒頭の一文も、映画『プレデター2』の日本語字幕とほぼ一致することが明らかになった。

〈いつの世も……、同じ事の繰り返しである。
止めようのないものはとめられぬし、
殺せようのないものは殺せない。
時にはそれが、自分の中に住んでいることもある……
「魔物」である。〉

少年Aのオリジナルは、「時にはそれが、自分の中に住んでいることもある……」という部分だけだ。

森下記者の探求心は尽きることがない。犯行声明文に添えられていた、あのナチスの鉤十字のような奇怪なマーク。これは、少年Aが繰り返し観たホラー映画『13日の金曜日』の、殺人鬼ジェイソンがつけている仮面であることも突き止めた。

「直観像素質者」だけをヒントに、ここまで掘り下げていく——私は舌を巻くしかなかった。

■手記出版に思わぬ反発

少年Aの両親の手記を出版するにあたって、私たちは慎重に準備を重ねた。何より大切なのは、被害者遺族の理解を得ることだ。

森下記者は、亡くなった土師淳君と山下彩花ちゃんの遺族にも、ずっと接触を試みていた。本の見本ができると、少年Aの両親を伴って両家を訪れた。しかし、インターホンにも応答はない。やむなく玄関の前に本と菓子折りを置いて帰り、翌朝改めて訪問すると、置いたままになっている。それでも繰り返し足を運んだ。

印税の全額を賠償に充てるといっても、人の生命は金銭に代えられるものではない。

結局、遺族の承諾はもらえなかったが、消極的な黙認は得られたという感触はあった。三家族とも、印税を受け取ってくれることになったからだ。土師さんは、損害賠償を求める裁判の動機にもあったように、犯行状況ではなく、少年Aの精神構造や成育歴を知りたがっている。本の内容は、その気持ちにわずかでも応えられるのではないかと思えた。

ところが発売直前、予想もしないところからクレームが入る。ほかならぬ文藝春秋の営業局だ。局長がやってきて真顔で言う。

「大手書店チェーンのひとつが、こんな本は売らないと言っている。私も、文藝春秋がこういう本を出すのはどうかと思う。あれだけの事件を起こした犯人の親の、弁解みたいな内容ではいかがなものか」

■発売2カ月で4000万円の印税

そのときの編集局長は、中井勝さんだった。近藤誠さんの原稿を一読して、「この人は闘っている」と看破し、長期連載を即断即決した編集長だ。

松井 清人『異端者たちが時代をつくる』プレジデント社

「売らないという書店があるなら、それは仕方がない。しかしこれは、森下という若い記者が何度も何度も両親に接触して、二人から細かく話を聞いて、鑑定書などできちんと裏付けをとったうえで作った本だ。ただの弁解じゃない。母親と父親が、どこで育て方を間違えたのかを正直に明かしているんだ。

一体どうして、こんな事件が起こったのか。中学生のいる親たちはもちろん、全国民が知りたがっている。その思いに応える本なんだ。だから出版する」

中井局長は、激しい口調で一蹴した。

発売すると、反響はすさまじかった。少年Aの家庭と生い立ちへの関心が、多くの読者にこの本を手に取らせた。売らないと言っていた書店も、結局は売り始めた。増刷を重ね、最初の2カ月だけでおよそ4000万円の印税が口座に振り込まれる(現在、文庫も併せて実売88万部)。しかし両親は約束通り、その一部を生活費に充てることさえしなかった。

少年Aが繰り返し観た映画・書籍の実名リスト
『悪い種子』(DVD)

(1)『悪い種子』ウィリアム・マーチ著

ある日、ローダの通う学校で行われたピクニックの最中に、少年が古桟橋から転倒し溺死してしまう。誰もが事故だと思っていたが、少年の遺体には不審な箇所が見つかり始め……。

※本が絶版のため、映画作品をご紹介します。

(2)『FBI心理分析官 異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記』ロバート・K・レスラー著

ロバート・K・レスラー、トム・シャットマン著『FBI心理分析官 異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記』(ハヤカワ文庫NF)

被害者の血を飲む殺人鬼、バラバラにした死体で性行為にふける倒錯者、30人以上を殺害したシリアル・キラー……異常殺人者たちを凄惨な犯罪に駆り立てたものはなにか?

FBI行動科学課の特別捜査官として数々の奇怪な事件を解決に導き、「プロファイリング」という捜査技術を世界中に知らしめて『羊たちの沈黙』や「X‐ファイル」のモデルにもなった著者が、凶悪犯たちの驚くべき心理に迫る戦慄のノンフィクション。

 

■非行少年、幼児虐待者から、カルト教団の教祖まで

(3)『診断名サイコパス 身近にひそむ異常人格者たち』ロバート・D・ヘア著

ロバート・D・ヘア著『診断名サイコパス―身近にひそむ異常人格者たち』(ハヤカワ文庫NF)

酸鼻を極める凶悪犯罪研究の先進国アメリカで、心理学者は異常殺人者に共通するある傾向に注目してきた。つまり極端に自己中心的で著しく情緒に乏しく、人を魅了し操る能力に長けているのだ。

彼らはサイコパスと呼ばれるが、このような人間は実はわれわれの身近にも潜んでいる——非行少年、詐欺師、暴力亭主、幼児虐待者、カルト教団の教祖として! 多くの実例を通じて「良心の呵責なき者たち」の素顔に迫る戦慄の一冊。

(4)『ツァラトゥストラかく語りき』フリードリヒ・W・ニーチェ著

フリードリヒ・W・ニーチェ『ツァラトゥストラかく語りき』(河出文庫)

「わたしはこの本で人類への最大の贈り物をした」(ニーチェ)。

あかるく澄み切った日本語による正確無比な翻訳で、いま、ツァラトゥストラが蘇る。現在もっとも信頼に足るグロイター版ニーチェ全集原典からの初の文庫完全新訳。読みやすく、しかもこれ以上なく哲学的に厳密な、ツァラトゥストラ訳の新標準が、遂にあらわれた。——この危機の時代のために。ふたたび。諸君、ニーチェは、ここにいる。

(5)『プレデター2』

『プレデター2』

ロサンゼルス──人口過密、異常気象、麻薬犯罪。この街に蔓延する“熱”と“争い”に引き寄せられて、奴がやって来た! より残虐に、より凶暴、新たな殺戮武器を装備した最新型プレデター。壮絶な闘いがLAを舞台に始まった!

(6)『13日の金曜日』

ようこそクリスタル・レイクへ。ここは忌まわしい過去をもつ、呪われたキャンプ場。ロマンチックな満月の夜、愛欲に溺れるキャンプ指導員を1人また1人と血祭りに上げていくのなら、狂った殺人鬼にとってこれ以上の舞台はない。

『13日の金曜日』

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松井 清人(まつい・きよんど)
文藝春秋 前社長
1950年、東京都生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)卒業後、74年文藝春秋入社。『諸君!』『週刊文春』、月刊誌『文藝春秋』の編集長、第一編集局長などを経て、2013年に専務。14年社長に就任し、18年に退任した。

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(文藝春秋 前社長 松井 清人)

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