年商20万円の栗農家が「食えるようになる」まで
プレジデントオンライン / 2019年8月22日 17時15分
■就農11年目には暖炉付き200坪の「自分の家」を購入
【有坪民雄(専業農家、『農業に転職!』著者)】松尾さんはこの奥能登と呼ばれるエリアで、栗というあまりメジャーではない作物をやっておられるそうですね。率直なところ、儲かっていますか?
【松尾和広氏(松尾栗園)】栗農家になって14年がたちます。決して楽な仕事ではありませんが、なんとか人並みに稼ぐことはできていると思います。
3年ほど前には、自分の家を手に入れることもできました。土地が300坪、建物が200坪の合掌造りの物件を購入して、全面的にリフォームしたんです。2人の子どもが大きくなってきたことに加えて、住み込みのスタッフの寝床や作業場、駐車場なども必要だったので、それだけの規模になりました。
【有坪】立派な暖炉もありますね。
【松尾】栗から大量の剪定の枝が出るんです。だから薪ストーブを使って家を暖められたら効率がよいと思って、断熱材と暖炉に思いっきりお金をかけました。見たとおり壁や仕切りが石膏ボードのままなのですが、クロス(壁紙)を貼るお金が足りなくなってしまったんです(笑)。
【有坪】でも、これだけ立派な家が持てるということは、それだけの稼ぎがあるということの証左だと思います。ところで、そもそもなぜ輪島市で栗農家になろうと思ったのでしょうか。
■名古屋と東京で働き、石川には縁がなかった
【松尾】もともと僕は愛知県の出身で、能登半島はおろか、石川県についても縁があったわけではありません。高校を卒業して最初に勤めたのは、名古屋の流通関係の会社です。数年働いた後、親の借金を返すのと、3人いる弟たちの学費を捻出するために、稼ぎの良い建築関係の仕事に転職しました。
【有坪】どういった仕事ですか?
【松尾】生コンのホースを担いで流し込んでいく危険を伴う仕事で、毎月30万円ほどもらえました。その仕事を4年やっていろいろ清算できたら25歳になっていました。そこで自分の人生を見つめ直し、上京して出版社に5年ほど勤めました。名古屋と東京という大都会でずっと暮らしてきたわけです。そのときに、ふと「田舎で1次産業に携わりたい」という気持ちになったんです。
■「北海道のタコ釣り漁船」の仕事に飛び込んだ
【有坪】都会で暮らす方で、そういうふうに思われる人は多いと思います。それで、具体的にどういうアクションを起こしたのですか?
【松尾】漁師か農家になりたいと思いました。それで、求人広告に出ていた北海道の「タコ釣り漁船」の仕事に飛び込みました。週6日勤務で労働時間は8時間、月給が40万円という条件で、契約期間は1年でした。実際には、1日19時間くらい働いて、休みは月に1日か2日程度で、めちゃくちゃきつかったです。
【有坪】でも、それに見合うだけの給料が出ていた?
【松尾】給料は、平均すると月に50万円ほどもらえました。でもトイレに行くのも走らないといけないほど厳しい職場で、しかも海上での仕事が体に合っていなくて、簡単にいえば、海に出た300日のうちほぼ毎日吐いていました。普通は1~2カ月で慣れるらしく、体質的に自分は漁師になれないと感じました。それで最終的に残ったのが農業だったんです。
■「マイナーな土地でマイナーな作物を育てる」と決めた
【有坪】ようやく農業にたどり着きました(笑)。今度はどうやって農業の仕事を探したのでしょうか?
【松尾】懲りずに求人広告です。というのも、漁師の仕事がきつすぎたので、これ以上のつらいことはないだろうと思っていたので。農家になるにあたって重視したのは、就業時間や労働環境ではなく、マイナーな土地で、マイナーな作物を育てるという視点でした。
【有坪】メジャーで儲かりそうな農作物ではなく、あえてマイナーなものをやる。面白い視点ですね。どういうことでしょうか?
【松尾】まず、東京での営業の仕事で、すごく対人でのストレスを感じていたことと、北海道の漁師生活でも、毎日のように先輩たちからの罵詈雑言を浴びる生活だったことから、なるべく生産者の集まりや組織のしがらみというか、圧力のようなものがあるところは避けたいと思っていました。
【有坪】大きな利権が絡むメジャーな作物では、そういう人的ストレスが多いだろうって考えたわけですね。
【松尾】はい。田舎への移住という視点でいっても、移住者が多いエリアでは、いろいろな利権が絡んでいそうだなって思って。それで、奥能登と呼ばれるこのエリアで、しかもあまり聞いたことがない栗という作物を選びました。具体的には、3カ月間の研修生を募集していて、研修を終えたら栗園を譲りますという条件でした。
■栗の売上だけでは年間20万円しか稼げない
【有坪】実際に来てみていかがでしたか?
【松尾】3カ月の研修後、本当に先輩農家さんから2.5ヘクタールの栗園を引き継ぎました。でも、それで食べていけるほど甘くありませんでした。そのときの栗園の収量は約500キロでしたが、それをJAに生栗として卸しても、単価が1キロあたり400円なので売上は20万円にしかなりませんでした。
【有坪】いくら田舎で住居費などが安いといっても、年商20万円では食べていけないですよね。
【松尾】はい。まわりの栗農家はどうしているのかと聞き込みをしてみると、専業で栗園を営んでいる人など一人もいなかったのです。メインの作物があったり、年金暮らしだったりと、みんな兼業でした。栗は手をかけずともある程度の収穫が維持できる、そんなスタンスです。
■3年間は深夜のコンビニバイトで日銭を稼いだ
【有坪】では、とりあえず貯金を切り崩しながら生活を始めたという感じでしょうか?
【松尾】お恥ずかしいのですが、ほとんど貯金はゼロで能登に来ました。北海道の漁師生活が激務だった反動で遊んでしまったり、ちょうど地元で暮らす母が病気になって、その治療費にもお金がかかったりしたからです。
とにかく、稼ぐために日本三大朝市にもなっている「輪島朝市」で、焼き栗の実演販売をしました。最初は250グラムで1000円という価格で売り出し、手応えを感じました。いろんな経費を抜きに考えれば、生栗で卸す10倍の値段になる計算です。
ただ、それだけですぐに食っていけるほど甘くはなく、3年間はコンビニアルバイトをしながら栗農家をしました。繁忙期である秋から初冬以外は、ほぼ毎日夜の8時から朝の6時までコンビニで働き、帰宅したら寝ずにそのままお昼まで農作業をして、夕方まで寝るという生活スタイルでした。
【有坪】3年間もその生活だったんですか。それはつらいですね。
【松尾】北海道の漁師生活があったからこそ、体力的にも精神的にも乗り切ることができたと思います。逆にいえば、この僕のやり方は、安易に人には勧められませんけど。
■「農業の勉強」をしてこなかったことに後悔
【有坪】振り返ってみれば、こうしておけばよかったことはありますか?
【松尾】農業の勉強をしてから農家になればよかったなと思います。剪定の技術も土作りも、知識がなく不安だから余計なことをずいぶんしました。
【有坪】もう少し具体的に教えてください。どんな失敗がありましたか?
【松尾】剪定では主枝と亜主枝があって、切るべき枝と残すべき枝があります。先輩農家さんが最初に研修で教えてくれたんですけど、まったく何を言っているか理解できませんでした。それで、インターネットかどこかの本かで「木の高さは5メートル以下がよい」ということをチラッと読んだので、10メートルくらいあった木を一気に切り落としました。そうしたら、実がつく花は日当たりが良いところにしか咲かないので、収穫量が激減してしまったことがありました。
土壌については、栽培方針に窒素やリン酸、カリウムなどの必要量が書いてあり、最初は何も考えずにその通りにまいていました。でも大事なことは、それらが今現在、土壌の中にどれだけ含まれているか。なので、無駄な施肥をいっぱいしていました。
■売上高が伸びているのに利益が増えなかった
【有坪】そういった知識があれば、3年もアルバイトをする必要がなかったということですね。
【松尾】はい。それから経営の勉強もしておけばよかったと感じることもあります。というのも、収穫量の増加に伴って売上高は伸びていったのですが、利益が増えていかなかったからです。
つまり売上の増加に合わせて経費も増えていて、結果的に儲かっていない状態でした。忙しくてそのことに何年も気づいていませんでした。
【有坪】農地の規模を大きくしても、経費がかさんで手元に残るお金はあまり変わらないというのは、経営のことを理解していない農家がやりがちなことです。松尾さんはどのようにしてそれを改善したのですか?
【松尾】販売方法やビジネスモデルと密接に関係するので、現在の松尾栗園の売上から説明します。僕は焼き栗農家を自称しているのですが、その名前のとおり、売上全体に対して、焼き栗の実演販売が53%、通信販売が27%です。
【有坪】つまり「焼き栗」の販売で売上の8割を占めるわけですね。
■焼き栗の糖度を上げることで価格を上げた
【松尾】はい。残りは2018年末に商品化した「焼き栗棒」による売上が15%、「焼き栗ペースト」が5%になります。
焼き栗に関しては、現在は150グラム1000円で売っています。先にも言ったとおり、能登に来た当初は250グラム1000円でした。その後、5年ほどして200グラムで1000円、さらに2年後に現在の価格にしました。その間にしたことは、焼き栗の糖度を上げる工夫です。
45日間冷蔵庫で熟成させることで、加糖しなくとも糖度を20にまで上げられます。その状態で急速冷凍し、販売する前に焼くことで糖度を35に高め、それを「プレミアム」と名付けて販売しているのです。
【有坪】ノウハウをオープンにしてもいいんですか?
【松尾】問題ありません。なぜかといえば、「選果」と呼ばれる作業がめちゃくちゃ大変だからです。栗にはクリシギゾウムシという虫が卵を産み付けるのですが、これを手間暇かけて選果することで、商品のクオリティーを保っているのです。正直、この細かな作業を真似したいという人はいないでしょうし、現状では機械化することもできない作業です。
■利益率を上げるために「新商品」を作った
【有坪】手間暇をかけてとおっしゃいましたが、もう少し詳しく教えてください。
【松尾】栗農家の通常の選果作業は、ゴロっと栗を転がして、はっきりと目につく虫の穴があったら取り除くというレベルです。それを70代や80代の農家さん自身が、夫婦でやっていたりします。うちの場合は、栗の収穫の時期になると、目が良い人を15人ほど雇って、一粒一粒を確実に選果します。
【有坪】そうした中、なぜ2018年末に新たな商品を作ったのでしょうか?
【松尾】どうすれば利益率が上がるのかを考えた結果です。ひとつは無駄な施肥をしないなど、経費の削減を行いましたが、それにも限界があります。人件費などは下げられませんので。それで、選果の過程で破棄している生栗をなんとか利用できないかと考えました。
■外側だけの傷なら加工食品にできる
【有坪】破棄しているものを現金化できれば、そのぶん利益率は上がりますね。
【松尾】そうなんです。そもそもクリシギゾウムシは、孵化するのが2割くらいなんです。焼き栗には絶対に入れられないのですが、加工食品に使うことは可能なので、生栗の状態で地元の食品会社に1キロ350円で卸していました。それでも、栽培経費自体、1キロ800~900円くらいかかっているので赤字です。だから一昨年、お世話になっていた食品会社の方に取引の休止をお願いして、自分のところで商品化することにしました。
ゾウムシの疑いがある栗だけを集めて、それも熟成させます。もちろん2割は孵化します。一方で、残りの8割は外見だけは傷が付いていたりするけれど、中身はなんともない、おいしい糖度20の栗になっています。これを焼いてペーストにして売ればいいじゃないかと考え、「焼き栗棒」と「焼き栗ペースト」という商品にしたわけです。
【有坪】いくらで販売しているのですか?
【松尾】一般的な栗のペーストは、1キロ4000円くらいです。これはたっぷりと加糖した糖度50の商品です。ケーキ屋さんなどが、モンブランに用いたりします。一方で、うちの商品は糖度30ですが無加糖です。これを1キロ6000円で売っています。小売価格だともう少し高いですが。
■「6次産業」はやり方次第で魅力的なビジネスになる
【有坪】販売先はどちらになりますか?
【松尾】業務用には難しいので、一般消費者向けに販売しています。砂糖断ちしている人や、健康志向の方、糖質制限のある方などにすごく喜ばれています。もともと1キロ350円で卸していたものを1キロ6000円で売るわけですから、もちろん手間はかかっていますが、利益率はかなり改善されました。
【有坪】6次産業について、本(『農業に転職!』)の中では「安易に手を出すべきではない」といったことを書きましたが、松尾さんのお話を聞くと、やり方次第では小規模な農家さんにとって魅力的なビジネスであるように感じました。
【松尾】ありがとうございます。でも、やっぱり一筋縄ではいかないですよ。たとえば朝市での実演販売などは、少しずつ売上は落ちていますし。目新しさがなくなっていくということもありますけども、人口が減っている分「輪島朝市」のお客さん自体が減っているということもありますから。ですので、現状に固執しすぎないよう、これからも勉強し続けていきたいと思っています。
【有坪】ありがとうございました。
取材協力/いしかわ移住UIターン相談東京センター(ILAC東京)、いしかわ就職・定住総合サポートセンター(ILAC)、農林水産部農業政策課
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専業農家
1964年兵庫県生まれ。香川大学経済学部経営学科卒業後、船井総合研究所に勤務。94年に退職後、専業農家に転じ、現在に至る。1.5ヘクタールの農地で米、麦、野菜を栽培するほか、肉牛60頭を飼育。著書に『農業に転職する』(プレジデント社)、『誰も農業を知らない』(原書房)、『農業で儲けたいならこうしなさい!』(SBクリエイティブ)、『イラスト図解 農業のしくみ』(日本実業出版社)などがある。
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(専業農家 有坪 民雄)
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