日本の天井を破った「第一号女性」が訴えたこと
プレジデントオンライン / 2019年8月17日 11時15分
石井妙子(いしい・たえこ)/1969年生まれ。白百合女子大学大学院修士課程修了。著書に『おそめ』(新潮文庫)、『原節子の真実』(新潮社、新潮ドキュメント賞)、『日本の血脈』(文春文庫)、『満映とわたし』((岸富美子との共著・文藝春秋)などがある。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部
■「順当に出世していった。それだけのこと」
今からわずか40年前のことである。1979年、大手デパート「高島屋」の石原一子は女性として初めて取締役になった。ざわつく世間を横に、彼女はこんなことを思う。
「私は誰よりも仕事が好きで誰よりも一生懸命働き、結果を残した。だから順当に出世していった。それだけのことだけど、こういった当たり前のことがニュースになるほどだったんです。当時の日本は。私は確かに働く女としてはトップランナーだった。だから、先頭にいる者の責任も感じていた」
今からわずか35年前のことである。1984年の国会で、旧労働省婦人局長の赤松良子は与野党から厳しい追及を受けていた。時代の分水嶺になった男女雇用機会均等法を巡ってである。結果的に1985年に可決されるが、その過程で赤松の進退を含む質問まで飛び交った。その時を振り返り、彼女は語る。
「私自身が自分の問題として誰よりも、この法律の誕生を願っていた。自分自身が被害者だったからよ」
石井が引き出した「第一号」の女たちの言葉は、前例を壊し、制度を作り上げることの困難さと同時に、彼女たちの気概を映し出す。
元々は月刊誌『文藝春秋』の企画だった。立案者は男性編集者で、とても熱心だった。雑誌に載せるだけではもったいないと、推敲を重ねて、1冊の本として完成させた。
■彼女たちが直面した悩みや差別を書かないと意味がない
——彼女たちを選んだ基準を教えてください。
重視したのは、実力で天井を突破した人を選ぶことでした。実力があり、努力を重ねた彼女たちが直面した悩みや差別を書かないと意味がないと思っていました。女性活躍という名目で、男社会の中で数合わせで「女性初」になったという人もいるにはいるんですね。
でも、そういう人に話を聞いて、描いたところで男社会でうまくやったという以上の話にはならない。『文藝春秋』の編集者とも協力して、リストアップして知名度ではなく、まず実績があり話の中身が濃い人を選びました。
彼女たちに共通しているのは真摯さと情熱。ビジネスや行政の世界だけでなく、漫画家の池田理代子さん、落語家の三遊亭歌る多師匠……。とりわけ情熱は、彼女たちの大きなモチベーションだったと思います。誰一人として、女性初という記録を立てようとか、女性初の何かになろうなんて考えていない。それぞれの仕事と向き合って、突き詰めた結果として女性初になっているんです。
■「女性総理」は難しいが、知事や市長なら出てきやすい
メディアは「女性初」を持ち上げます。そうすると、女性活躍の流れに乗っていきたいという、コマーシャリズムに長けた女性も出てきますよね。でも本書では、そういう女性は取り上げていません。
もう一つ、大事にしたのは世代です。84歳の石原さんから56歳の歌る多さんまでを取り上げることで、戦前から今に至る女性の生き方の変遷がわかるような、彼女たちを語ることによって女性の歴史をつかむことができるような構成にしました。
——印象的なのが「政治家」がいないことです。政治の世界が遅れている、ということを象徴しているように思います。
初出の記事には掲載したのですが、この本に収録できなかった女性に、「タテ社会」分析で有名な中根千枝先生(女性初の東大教授)がいます。
中根先生は私の取材に、まだ女性総理は誕生しないだろう、とおっしゃいました。やはり、国政にはタテ社会の論理がある。それを超えて、突然、ポンと女性が風に乗って総理になることはないだろう、と。
ただし、直接選挙で選ばれる知事や市長といった首長なら、人気が優先するので、女性が当選しやすくなるだろう、と。
その話のあとに東京で小池百合子都知事が誕生するんですね。中根先生の指摘は非常に鋭いと思いました。
■トップにいる男性政治家の好みで引き上げられている
実力のある女性政治家を、取り上げたいと考えてはみたのですがやはり適任者を見つけられなかった。自ら実力で切り開いたというより、典型的な男社会である永田町で上にうまく取り入って、「女性ポスト」を手に入れていくというのが、一つのパターンであるように見えます。
妙にタカ派的な発言をして目立とうとする女性議員がいるのも、今のリーダーに好かれたいという思いからでしょう。結局、今のところ政界の女性たちは、実力よりも、トップにいる男性政治家の好みで引き上げられている状態。
政治の世界は逆に停滞していると思います。戦後初期は女性議員が多く登場し、比率だって高かったですよね。そこからどんどん逆行しているように思えます。
ご存命なら、土井たか子さんには社会党を率いて、女性議長にまで上り詰めた経験を聞いてみたかった。本書では、政治家ではないけれど、男女雇用機会均等法という法律の制定に官僚として取り組み、のちに文部大臣も経験した赤松良子さんを政治・行政分野の代表として取り上げました。
■男の価値観に沿った女性エリートを増やしても意味がない
——これは政治家に限りませんが、男性社会が作り出した天井を突破するのではなく、過剰に適応してしまうという問題がありますね。
そうなんですよね。この本を読んだある方から、こんなことを言われました。
本当に壊さないといけないのは男社会における「天井」ではないのではないか。男社会という鉢があり、その鉢の中で女性が争っている。男の価値観に沿った女性エリートを増やしたところで意味がないのではないか。男性が作った今の鉢を壊し、新しい鉢を作ることが大事ではないかと。
その通りだと思います。でも現実問題として、まずは男社会の現状を変えていくことから始めないと。ぶっ壊す、というのは、日本社会にはそぐわないし、反動も大きいですから。変え続けることは壊すこと、それによって、自然と新しい鉢が出来上がれば理想です。そうじゃないと、まっとうに働きたい、活躍したいと思う女性が社会に入ってこられないですよね。入っても、すぐに出て行きたくなってしまう。
■「破水するまで働いた」が美談になってしまう
——例えば「職場で破水するほど一心不乱に働き、その後も活躍して管理職になった」ということが、キャリア・ウーマンの美談として語られる現実もあります。それが美談になってしまうこと自体が「男社会」のダメな点を象徴しているように思ってしまいます。
そうですよね。「大変な経験をした自分」を誇らしく語りたくなる気持ちはわからなくもないのですが、万が一のことがあったら美談でもなんでもない。先輩女性からそういった自慢話をされると、「私はそこまでして働きたいとは思わない。それなら働きたくない」、と思ってしまう若い女性も多いのではないですか。
いまは、あらゆる組織、企業で「女性」であることが売りになってしまうんですよね。女性活躍だから、という理由で重要ポストに抜擢される人、実力以外の要素で優遇されてしまいポジションをつかむ人もいます。
でも、それは女性を正当に評価しているのではなく、上から言われて数合わせをやっているだけです。考えなしに、そういうことをすると弊害が必ず出てくる。
本書ではそういった問題にも触れています。すでに彼女たちの歴史にヒントがある。真の女性活躍とは、どういうものか。戦後初期の男女平等の流れ、教育や改革は非常に先進的だったと思います。その流れを知っている世代である赤松さんが、男女雇用機会均等法の制定に後半生を捧げたことは示唆的です。
■「目の前が急に明るくなったように感じた」
——この本に登場する突破する女性のバイタリティはすごいものがあります。
石原さんにしても、赤松さんにしても非常に良い教育を受けていると感じました。彼女たちは戦争を経て、二十歳前後で終戦を迎えた。そこへGHQがやってきて、日本国憲法が制定された結果、女性であっても大学に行けることになり、参政権も与えられた。多感な時期に時代の大きな転換点に遭遇したわけです。
石原さんも、赤松さんも口をそろえて「目の前が急に明るくなったように感じた」と。それで大学進学を果たすんですね。ちょうど大学進学できる年齢で終戦を迎えたから。でも、自分と同じような学力でもさまざまな事情で進学できなかった女性がいる。学べずに亡くなった人たちもいる。そうした人たちの思いも酌んで進学した。だから、恵まれた自分は新しい日本を作るために頑張るんだ、という使命感もあったんだろうと思います。
特に赤松さんの場合はお母さんとお姉さんの存在が大きいんですね。お母さんもお姉さんもとても優秀だったと彼女は語っています。お母さんは女性だからという理由で、小学校にも行かせてもらえなかった。「私なんかよりはるかに優秀」だったというお姉さんは女性だからという理由で、女学校までしか行けず、思うような生き方ができなかった。赤松さんは男女不平等な社会に怒りを感じながら育ったそうです。
■自分の利益を優先させるようなエリートではない
お姉さんは、赤松さんよりちょっと早く生まれたばかりに戦後の教育改革の恩恵を受けることができなかった。赤松さんの経歴だけをみれば、スーパーエリートですが、身近なところに女性だからという理由だけで不遇をかこった人たちがたくさんいて、彼女たちの思いも背負って女性官僚として生きたのだと思います。
また、やはり戦争を経験しているので、終戦の解放感と学ぶ喜びが、とても大きかったようです。戦争が終わり、学べる、本が読める、議論ができる、真理を求めることができる、という喜びがあった。終戦直後に大学入学を果たした彼女たちはたくましく、教養も豊かです。それは使命感と喜びが原動力なのでしょう。
——エリートであっても、エリートの利害だけを考えているわけではないと。
自分の利益を優先させるようなエリートではないですよね。幸いにしてエリートコースを歩んだ自分は何をしなければいけないかを自問自答なさっている。
赤松さんが制定に深く関わった、男女雇用機会均等法も働くエリート女性の待遇改善が目的ではない。もっと広く、女性全体、社会全体を見渡して考えられたもの。だからこそ、本書に書きましたが、与党の自民党からも野党の共産党からも激しく反発されたわけです。
■いまの「霞が関エリート」に欠けている要素とは
私の世代でも「女は大学を出ても、就職できないから意味がない」と言われていた。「4大に行くより、短大に行ったほうが就職できるからいい」と。その結果、働く場がないのだから、女性は教育を受けても意味がないという考え方が刷り込まれていく。
赤松さんは、男女雇用機会均等法という一つの法律を作ることで、こうした考え方そのものを変えようとした。赤松さんの中には常に、ご自分のお母さんやお姉さんへの思いがあったんだと思います。涙をこらえて生きた名も無い女性たちへの思いが。そこに人間としての深みを感じました。いまの霞が関エリートには欠けている要素だと思います。
——女性たちの時代をたどった今だから、読者に伝えたいことはありますか?
原点を知ってほしい、ということです。いまの女性たちも、多くの困難な問題を抱えていますが、それでも女性を取り巻く状況はだいぶ良くなっていると思うのです。それは当たり前のことではなく、先人の努力のおかげ。男社会の壁に立ち向かい、風穴を開けてくれた彼女たちがいるからです。
彼女たちの思いがどこにあったのかを知ってほしいなと思います。みんな目立ちたくてやったわけではなく、おかしいこと、違うと思うことに、たった一人であっても立ち上がり変えていこうとした。そこは忘れてほしくないですね。(文中敬称略)
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記者/ノンフィクションライター
1984年生まれ、東京都出身。2006年立命館大学卒業後、同年に毎日新聞入社。岡山支局、大阪社会部、デジタル報道センターなどで勤務。BuzzFeed Japanを経て独立。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)がある。
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(記者/ノンフィクションライター 石戸 諭)
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