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経団連が就活ルールの設定を諦めた本当の理由

プレジデントオンライン / 2019年8月19日 6時15分

日立製作所グローバル人財開発部長の迫田雷蔵氏。「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」では、「今後の採用とインターンシップのあり方に関する分科会」の分科会長を務めている。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■就活ルールの形骸化を自ら認めることになった

大学生の就職内定が早まっている。リクルートキャリアによると、今年5月1日時点での就職内定率は51.4%。直近の7月1日時点での就職内定率は85.1%で、いずれも2012年の調査開始以来、最も高い。

経団連は「採用選考に関する指針」(いわゆる就活ルール)で、面接・内定の解禁は6月1日としてきた。ところが半数以上の大学生は、解禁日前の5月時点で、いずれかの企業から内定を得ているのだ。

就活ルールは早期化を防ぐためのものだったが、多くの企業はそれを守ってはいない。結局、経団連も昨年10月、2021年春入社(現在の大学2年生)から就活ルールを廃止すると発表した。ルールの形骸化を自ら認めることになり、そのことで早期化がさらに進んでいる。

経団連はこうした状況について、どう考えているのか。形骸化しているとはいえ、なぜ就活ルールを廃止してしまったのか。経団連は今年1月、大学教育と採用活動のあり方を大学側と協議するため「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」をはじめて発足させた。3つある分科会のうち、「今後の採用とインターンシップのあり方に関する分科会」の分科会長を務めている迫田雷蔵氏(日立製作所人財統括本部グローバル人財開発部長)に訊いた。

■真夏の就職活動に疲労困憊する学生を目の当たりにした

――就活ルールは1953年の「就職協定」として始まりました。ところがルール破りをする企業が相次ぎ、97年に「倫理憲章」へ変わりました。このとき決められたのが「内定日は大学4年生の10月1日以降」です。その後、広報や選考の日程に規定ができ、2013年には「採用選考に関する指針」もできました。広報活動の解禁日は大学3年生の3月1日、選考活動は大学4年生の8月1日というものです。いずれも目的は「早期化を防ぐこと」だったはずですが、なぜ就活ルールを廃止してしまったのですか。

採用選考に関する指針の見直しをしたのは、大学や政府からの要請を受けてのことだったと思います。「採用の早期化や就活の長期化は問題なので、経団連として対応してほしい」ということで、就活ルールを見直して、経団連の指針としたのです。ところが、リクルートスーツに身を包んでの真夏の長い就職活動に疲労困憊する学生の姿を目の当たりにして、現在の広報活動開始3月1日、選考活動開始6月1日に変更しました。

――そうして変更してきた就活ルールを、結局、廃止したのは、ルールを守っている経団連会員の大企業が採用活動で出遅れてしまうことに危機感を感じたからではないのですか。

■「なぜ経団連がルールを作るのか」という本質的な疑問も

そもそも、ルールは政府が企業全体へ要請しているものでしたが、経団連の指針がよく知られていたこともあり、経団連会員企業だけが守ればよいと受け止められている側面がありました。これまで、経団連内では「なぜ経団連がルールを作るのか」という本質的な疑問も出て来る一方、「止めれば無責任だ」との声もあったようです。つまり、経団連がルールづくりをすることが唯一の道かという疑問を持ちつつも、これまでは社会的に要請された役割としてやってきました。

近年は、個々の学生のキャリアに対する意識が変わってきています。デジタル技術の進歩や経済のグローバル化の進展などによって、学生の職業観も多様化が進んでおり、一生同じ会社に勤め続けたいという学生ばかりではなくなってきています。企業でも、業態の変化に応じて経験者の採用率がかなり高くなっていて、大企業でも採用の半数が経験者になっているところもあります。そうなってくると、新卒一括採用に重きを置いておく意味が薄れてきます。そうした背景もあり、経団連がルールの策定について一石を投じ、主体が政府に変わったのだと思います。

安い給料で雇える若者を確保したうえで、企業内でトレーニングしていく新卒一括採用・終身雇用の仕組みは、経済的で効率的なやり方でした。企業にしてみれば、お得だったんです。しかし、現在の環境変化はドラスティックで猛スピードです。だから経験者採用を拡大する企業が増えているのです。

■「AI向け人材」のためインド人採用を強化する企業も

――だから就活ルール廃止とともに「通年採用」を強調されているわけですね。新卒一括採用だけでは企業がビジネスを戦っていけなくなってきているわけですか。

といっても、日本の企業をとりまく環境が全く同じというわけではないことは、ご理解ください。グローバル化やデジタル化の進展具合によって、採用や育成の現場での変化にも企業間の温度差はあります。経団連会員企業のなかには、従来の一括採用のほうが効率的な企業もあれば、新しい業態に精通した経験者の採用や、グローバルな市場展開に応じて外国人採用を急激に増やしている企業もあります。

たとえば不足感の強いのは「AI向け人材」です。この分野では優れた能力を持つインド人の採用を進める企業が出てきています。そういう企業にとっては、一括採用を前提にしたルールは意味がありません。

■これまで企業と大学には「すれ違い」があった

――通年採用になると、ますます学生は早期の内定を目指して就活がエスカレートすることになりませんか。

通年採用といっても、大学の1年生から4年生のあいだにいつでも採用していいということではありません。あくまでも卒業してからいつでも、という採用が前提です。

――産学協議会では、経団連と大学で何を話し合っているのですか。

産学で大学教育や今後の採用のあり方について考えていく場ができたのは、歴史的には初めてのようです。大学側と企業側がお互いに疑心暗鬼という状態が続いていました。今回、初めて腹を割った議論がスタートしたのです。

これまで企業は、あまり大学に期待してこなかった。だから、まっさらな状態で卒業して入社してくれば、あとは企業で教育する、というのが標準的なスタイルでした。

大学にしても、どんな人材を企業が求めているのか掴みようがなかった。どういう人材が欲しいか言ってくれたら、そういう人材をつくってやるよ、と大学の先生たちは言ってた。そう言われても、企業としては「ほんとですかね」くらいにしか受け取らなかった。

撮影=プレジデントオンライン編集部
日立製作所グローバル人財開発部長の迫田雷蔵氏 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■文系大学に進学したら「数学とは無縁」ではダメ

すれ違いがあったわけで、それを初めて同じ場所に立って話し合えることになったわけです。今年の1月にスタートして、4月22日に「中間とりまとめと共同提言」を出しましたけど、まだ方向性で合意ができた段階で、具体的にはこれからです。

大きな方向性は、大学でしっかり学んでほしいということです。ただ4年間過ごしたから卒業させるのではなくて、きちんと学んだ質の保障を大学に求めています。「Society 5.0」時代になっていくなかで、数理的な推論の力であるとか、データ分析力、ITリテラシーがなければ、社会に出てから戦っていけません。

これまでのように文系大学への進学を決めたら、数理的なところと無縁になる。これでは、ダメなんです。人文科学・社会科学・自然科学の基礎分野を横断的に学ぶリベラルアーツの力を大学で身につけるよう求めています。

■インターンシップには2タイプある

――インターシップにも力点が置かれていますね。1、2年次のインターンシップにも触れられていて、これだと学生はインターンシップばかりに熱心で学業が疎かになるのではないですか。

インターンシップには2タイプあると考えています。1、2年時のインターンシップでは、キャリア意識をきちんと磨くというイメージです。実は、インターンシップは採用直結でいいんじゃないかという企業もあれば、「そうじゃないだろう」という企業もある。大学のなかでも、採用直結と率直に言われるところもあれば、学習経験が積めない困るという大学もあります。

産学協議会のなかでも議論がいちばん食い違っているのがインターンシップで、いろんな意見があって整理されていない状況です。どうやっていこうか、実は、分科会長として私が頭を悩ましている問題でもあるんです。

――これからのスケジュールは、どうなっていますか。

4月に共同提言を出して方向性だけは示すことができたので、これからは分科会の下にタスクフォースをつくり、そこで議論して具体策をまとめていくことになります。そのメンバーの募集を7月に始めたばかりですし、企業としても、かなり汗をかかないと実効性のあるものはできないでしょうから、かなりやる気のある人にタスクフォースにはいってほしいと思っています。

――かなり思惑が違うところからまとめていくとなると、苦労して具体策をつくっても、「絵に描いた餅」に終わってしまう可能性もありますね。

そうかもしれません。しかし、具体的なアクションにつながるところまでやりましょう、というのが産学協議会の出発点ですから、絵に描いた餅にならないようなものをつくっていくつもりです。

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迫田雷蔵(さこだ・らいぞう)
日立製作所 グローバル人財開発部長
1960年生まれ。83年日立製作所入社。一貫して人事・総務関係の業務を担当。電力・デジタルメディア・情報部門の人事業務を担当後、2003年から本社で処遇制度改革を推進。人事勤労本部長などを経て、17年4月より現職。同時に日立総合経営研修所(現、日立アカデミー)社長を兼務。経団連と国公私立大学の代表者で構成する「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」では、「今後の採用とインターンシップのあり方に関する分科会」の分科会長を務めている。

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前屋 毅(まえや・たけし)
フリージャーナリスト
1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。著書に『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(KKベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)などがある

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(フリージャーナリスト 前屋 毅)

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