台風でも出社時間を死守させる日本人の異常さ

プレジデントオンライン / 2019年8月21日 6時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/ooyoo)

多様な働き方が推進されているのに、台風の日の出社や通勤ラッシュがなくならないのはなぜ? 毎日同じ時間に出社するのが決まりだから、会社員はそれが当たり前だから……。でも、実はそれは企業や働く人々の思い込みかも。多様な働き方を阻んでいるモノの正体を、社会学者の田中俊之先生が解説します。

■台風でも出社時間を死守する人たち

台風の日のニュースでは、サラリーマンの方が朝9時に会社に着けるよう5時に家を出た、ホテルに前泊した、といった話がよく出てきます。なぜそこまでして始業時間を守ろうとするのか、私には不思議に思えてなりません。もちろん、どうしても外せない用事がある人もいるでしょうが、特に目的もなく「そういう決まりだから」と考えて出社しているとしたら、ちょっと問題があるように思います。

安全面を考えれば、出社時間をずらしたり、在宅で仕事をする方が合理的でしょう。急ぎの仕事がないならば、休むという選択肢もあるはずです。しかし、全員が同時刻に出社する会社で働いていれば、何があっても始業時間に行くのが当たり前という感覚になりがちです。台風の日も、「なぜこの時間に行く必要があるのか」とは考えず、決まりだから無理してでも出社する。仕事のためにではなく、決まりを守るために行くわけです。

毎日の通勤ラッシュも、昼休み時に店に大行列ができるのも、同じ理由からではないでしょうか。これらは、働く人たちが通勤やランチの時間帯を少しずつずらし合えば解消できるもの。なぜそれが実現しないかと言えば、その時間を守るのが決まりだと皆が思っているからです。

■“9時17時”は決まりではない

労働基準法では、1日の労働時間は8時間、そのうち45分~1時間は休憩時間と決められています。これにのっとって9時に始業、12時~13時に昼休み、17時に終業という企業も多いことでしょう。しかし、この時間帯は法律で決められたものではありません。「決まり」ではなく、その企業の働き方がそういう仕組みになっているのです。

一人一人が異なる事情を抱えているはずなのに、大勢が同じ時間に一斉に同じ行動をとる。客観的に見れば、実に異様な光景です。毎日、決まった時間に会社にいることが本当に必要でしょうか。始業時間は、台風や自分の体調、さらには子育てや介護を無視してまで守るべきものでしょうか。仕事と自分らしい生活との両立に、無理が生まれるのも当然だろうと思います。

■エスカレーターの上を歩く人も同じ

とはいえ、最近は、多様な働き方ができる企業も増えてきました。ベンチャー企業では、働く時間や場所を社員自身が選べるところも少なくありません。こうした働き方が広まれば、台風出社や通勤ラッシュのような異様な光景は減っていくはずです。企業も社員も「決まりだから」という思い込みは捨てて、早急に柔軟な仕組みづくりに取り組んでほしいと思います。

決まりだからという思い込みが長く続けば、それはやがて企業の慣習になります。新しく入ってくる若い社員もまた、皆がそうしているからという理由で慣習に従うようになるでしょう。慣習は「行動」を積み重ねることで出来上がるもの。そして、従う人が多ければ多いほど、本当は異常なことも普通のように見えてきます。

一つ例を挙げてみましょう。駅のエスカレーターは本来、歩行禁止であり、鉄道会社もポスターや放送などで歩かないように呼びかけています。しかし、現実には皆が片側を歩く人用に空けていて、そこを当たり前のように登っていく人もたくさんいます。この場合、歩行禁止は「決まり」で、片側を空けておくのは「慣習」です。皆がそう行動しているから、いつの間にか空けておくのが普通になってしまったわけですね。

私は、自分の3歳の子どもにはエスカレーターを歩かないように言っていますが、一緒に乗るたびに「みんな歩いてるよ」と不思議そうな顔をします。返事に困って「あれは悪い人なんだよ」と言ってはみるものの、これではとんでもない数の悪い人が駅にいることになり子どもも納得いかない様子です(笑)。

■実は恐ろしい決まりと慣習の取り違え

同じように、労働時間8時間は「決まり」。これは最低限8時間働きなさいということではなく、8時間働いたら十分という意味です。それなのに、日本ではいまだにほとんどの企業が8時間を最低限と捉え、社員に求めています。これもまた、長年の間に出来上がってしまった慣習の一つと言えるでしょう。

9時の始業時間には全員が出社しているけれど、17時の定時で帰る人はほとんどいない。そうした職場は、企業自体もそこで働く人たちも、決まりと慣習を取り違えている可能性があります。私は、この取り違えこそが多様な働き方の実現を阻んでいるのだと思っています。

■昭和上司だけでなく、女性も慣習に染まっていく

近年は、多様な働き方や、皆が働きやすい環境の実現が叫ばれています。しかし、これはあくまで将来的な目標であって、現実にはまだまだ慣習のほうが幅を利かせているようです。明文化されていない慣習は、実態がつかみにくく、さらには、長年のうちに根付いたものですからなかなか変えられません。

これは昭和上司だけの話ではなく、フルタイムで働き続けている女性も同じです。人は、一つの環境にいる時間が長ければ長いほど、そこの慣習に従った行動をするようになります。長年、同じ企業風土の中で働き続けていれば、女性も男性と同じように、おかしな慣習も普通に思えるようになるでしょう。

台風の日に、上司が「今日は出社しなくていいよ」と言ったとしたら、あなたは言葉通りに受け取って休むのでしょうか。それとも、忠誠心を試されていると思って出社しようとするのでしょうか。上司の言葉が本心なら何の問題もありませんが、建前の正義を口にしただけの可能性もあります。

「残業しなくていいよ」や「男性も育休をとるべきだ」にも同じことが言えます。現実的には、この言葉が本音なのか建前なのかわかりにくい場合が多く、無難な選択をするなら残業をする、あるいは、男性であれば育休はとらないという具合に慣習に従うのが一番、ということになりがちです。

■語るだけでなく実際に休もう

本音と建前の探り合いが続く限り、従来の慣習も続きます。そんな不毛なことはそろそろやめて、現実の行動を変えていく努力をすべきでしょう。「台風の日は休むべきだ」と語るだけでなく実際に休む。「満員電車はおかしい」と思うのなら出社時間をずらす。各企業がこうした行動をとれば、誰もが働きやすい社会に一歩近づけるのではないでしょうか。

働き続けていれば、台風の日もあれば家庭の都合で出社できない日もあります。そんな時にも合理的かつ臨機応変に対応できるよう、今後は皆で働き方の仕組みを変えていく必要があります。仕組みを変え、行動を変え、慣習を変える。そうした取り組みが働きやすさにつながっていくのだと思います。

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田中 俊之(たなか・としゆき)
大正大学心理社会学部人間科学科准教授
1975年生まれ。博士(社会学)。武蔵大学人文学部社会学科卒業、同大学大学院博士課程単位取得退学。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。男性学の視点から男性の生き方の見直しをすすめる論客として、各メディアで活躍中。著書に、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト新書)、『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)『中年男ルネッサンス』(イースト新書)など。

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(大正大学心理社会学部人間科学科准教授 田中 俊之 写真=iStock.com)

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