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日本社会を壊す「損をしたくない」という人たち

プレジデントオンライン / 2019年8月24日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

人は「損したくない」と思う生き物だ。だが、その気持ちに任せていると「バカ」になってしまう。精神科医の和田秀樹氏は「先の参院選も、そうした“現状維持バイアス”が影響したのではないか。失敗や損を恐れる心理が日本中に蔓延(まんえん)すると、閉塞感が高まるとともに、思考停止のバカ化が進む」と指摘する——。

■なぜ「損をしたくない」性根が世の中をダメにするのか

「れいわ新選組」や「NHKから国民を守る党」が議席を獲得し、政党要件を満たすほどの得票を得たことが大きな話題になった、7月下旬の参議院選挙。ただ、そうした新しい流れはあったものの、おおむね予想通り与党の勝利に終わった。

今回を含め最近の選挙における与党の勝利は、与党が積極的に支持されているというより、野党が頼りないからだという分析がされることが多い。

自民党に投票する人の心理は、「確かに、自民党には不祥事が多いし、森友・加計問題、年金問題での安倍首相の説明には納得のいかないところがある。でも、頼りない野党に政権をわたすくらいなら、あるいは、暗黒の民主党時代に戻るくらいなら、自民党に政権を担ってほしい」というようなものだと解説される。

そうした感覚はなんとなく理解できる。だが、参議院選挙は原則的に政権選択選挙でなく、中間選挙の位置づけが強い。要するに「政権交代するのは不安だけれど、今の与党のやり方に納得していませんよという人が、安心して野党に入れてもいい選挙」ということになる。

■参院選で自民党を選んでしまう人の心理メカニズム

また、内閣府の発表する実質経済成長率の推移をみると、民主党政権発足以前の2008年度はマイナス3.4%だったが、同政権発足の2009年度はマイナス2.2%とやや持ち直し、2010年度は+3.3%となった。東日本大震災があった2011年度は数字は+0.5%と落ち込むものの、翌年度は+0.8%だった。それに対して、自民党政権でアベノミクスが存分に発揮されているはずの2018年度は+0.7%であり、民主党政権時代は「ひどい経済状況だった」とはとても言えないはずなのだ。

仮に野党のほうが過半数になると政権運営が不安定になったり、衆議院で決まったことが参議院でひっくり返されたりする可能性があるなど、不安定な状況が生み出されるリスクはある。だが、今回の参議院の非改選の議席を考えるとその心配もなかった。

そんな選挙だったにもかかわらず、今の安倍内閣の政権運営に審判を下そうという声はほとんど聞かれなかった。

■得をしたいという気持ちより、損を避ける気持ちのほうが強い

この連載のテーマは「賢い人をバカにするもの」の背景を探ることにあるが、インテリ層がこぞってトランプを批判するアメリカと違って、日本はインテリ層のほとんどがかつての民主党政権時代を暗黒時代と見なし、安倍内閣支持=現状維持志向のように私には見受けられる。

私は、賢い人をバカにする要因として、心理学的なさまざまなバイアスに注目している。

例えば、行動経済学である。「人間は合理的な判断をする」という経済学の原理に従わず、合理的な判断をしないことがある。その際に人々の心理に働いているバイアスなどを研究テーマのひとつとしているのが行動経済学だ。

行動経済学の分野は、21世紀に入って3回もノーベル経済学賞を受賞している。その中のひとつに「現状維持バイアス」がある。人間は本質的に、得をしたいという気持ちより、損を避ける気持ちのほうが強い。変化によって得をする見込みがあっても、現状維持によって損をしないという選択をしてしまうというものだ。「自民党支持」という今回の選挙での国民の審判は、この原理が作用しているのではないか。

■1万円損した不快な気分は2万25000円儲けた幸せに匹敵

得をしたい<損を避けたい。そんな心理が顕著に出る、わかりやすい例を挙げてみよう。行動経済学者たちの研究では、

A.10万円の商品を1万円値引きして買った(1万円得をした)
B.10万円で買った商品を別の店で見たら9万円で売っていた(1万円損をした)

という場合、得をした幸せな気分より、損をした不快な気分のほうが強く、長く感じることになるという。行動経済学者たちの推計では、損をしたときの心理的インパクトは得の2.25倍だという。

つまり、1万円損したときの不快な気分は、2万25000円儲けたときの幸せに匹敵するということだ。

この損失回避性の心理のために、簡単に期待値が計算できることでも、損な選択をしてしまうことがある。

A.100%の確率で1万円取られる
B.50%の確率で3万円取られる

この場合、読者のあなたはどうかはわからないが、実験ではBを選ぶ人が多い。

期待値でいうと、Aは1万円の損で、Bは1万5000円の損なのだが、損を回避できる可能性が50%あるBを選んでしまうというわけだ。つまり、損を回避する心理のために合理的な判断ができなくなっていることになる。

■株の損切りできない人、死亡保険を解約できない人も「損回避」

以前、本欄でギャンブル依存症の怖さを説明する際に、学歴も経営者としての業績も非常に優れた人であった大王製紙の井川意高元社長(筑波大付属駒場高校、東京大学法学部卒)の例を挙げたが(※)、このギャンブルも損をしたくない心理からもっと損をしてしまう典型的なものだろう。

※東大法学部を卒業後、父親が経営する大王製紙に入社、慢性的に赤字だった家庭紙事業(ティシューペーパーなど)を黒字転換させるだけでなく、同社のブランド「エリエール」をトップシェアに押し上げる名経営者になった。しかし、カジノにはまって100億円以上の金を失い、子会社7社から計86億円の金を不正に借りたと訴えられ、最終的には懲役4年の実刑判決を受けた。

損をしたら、もっと損をするかもしれないと思わず、損を取り返そうと余計にお金をつぎ込んでしまう。井川氏の事件は、相当な賢い人間でも、人間の損失回避バイアスには勝てない例といえるかもしれない。

損失回避性の心理は、ほかにも、「格安スマホ」が料金プラン上、得だとわかっていても変更する人は少ないことや、株の損切りをできない人が多いこと、死亡保険を解約できない人が多いことなどにも作用していると言われている。

冒頭に紹介した政治に関してもそうだ。アベノミクスが始まって7年。数字の上では、日本経済を悪くしていないとは言えても、実感的によくしているとはとても言えたものではない。

悪くされるよりいいという考えでダラダラ続けていると浮上の芽を失うかもしれない。

その間に欧米や周辺諸国が経済を拡大させていけば、日本の経済的な地位をさらに失うことも十分あり得る。つまり、現状維持でいることのほうがリスクである可能性もある。

■損失回避&現状維持バイアスが強い日本人は自由な発想ができない

現状維持バイアスの怖い点は、現状を過大評価して、ほかの可能性が検討できなくなることにもある。この点は野党が頼りないと言えるのだが、アベノミクスの対案をほとんどのインテリ層、つまり頭のいい人たちが提言しない。

私が心配なのは、損失回避バイアスや現状維持バイアスが強いように見える日本人は、今後も自由な発想ができないまま、新しい政治的リーダーも見いだせないまま沈没してしまうのではないかということだ。

これは、政権選択や政策に限ったことではない。私が属する医学の世界などは、これまで信じられてきたことをなるべく変えようとしない傾向が特に強い。

■医療業界にもバカな現状維持バイアスが存在する

最近になって、糖尿病患者向けに血糖値を下げる目標値が、これまでより高めに変更になった。こんなことは10年も前からアメリカやイギリスの大規模調査で、むやみに血糖値の目標値を下げないほうが死亡率が低いことが明らかになっていた。ところが、各学会など日本の権威たちがそれを認めようとしなかった。

また、体形的にもやや太めの人や、コレステロール値が高めの人のほうが死亡率が低いというデータが次々と出されているのに、メタボリックシンドローム対策を主張する医学界のドンたちは、その主張を改めようとしない。そのため医薬品業界との癒着があるのではないかと以前から指摘されている。

最も偏差値の高い医学部を出て、大学病院の出世競争に勝ち抜いた医学部の教授たちの中には、現状維持バイアスにより新しい発見や疫学データを一切信じようとしない人が少なくないのだ。それを否定するための大規模調査を自分たちで行ったという話は聞いたことがない。

私は、これは意図的にそうしているのでなく、彼らは自分のたちの「思い込み」を信じて疑わないだけだと考えている。自分がバカな判断をしていると気づきにくいことだ。それだけ現状維持バイアスは怖いものなのだ。

現状維持バイアスは政治家や医師だけの話ではない。ビジネスでも同様のことがいえる。これまでの常識やセオリーに凝り固まっていては、新しいものは何も生めない。

自分が現状維持バイアスに陥っていないかを自問する姿勢を持ち、ほかの可能性を真摯に検討する姿勢が、自分のバカ化を回避し、賢明であり続けるための唯一の対策なのだ。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)
国際医療福祉大学大学院教授
アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化した「和田秀樹 こころと体のクリニック」院長。東京大学医学部卒業。ベストセラーとなった『受験は要領』や『「東大に入る子」は5歳で決まる』ほか著書多数。

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(国際医療福祉大学大学院教授 和田 秀樹)

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