JK監禁陵辱殺人「被害女性のお父さんの背中」
プレジデントオンライン / 2019年8月22日 15時15分
※本稿は、松井清人『異端者たちが時代をつくる』(プレジデント社)の第5章「『実名報道』影の立役者」の一部を再編集したものです。
■少年法「その条文とガイドライン」
少年法が施行されたのは、1948(昭和23)年。マスコミの実名報道を禁じているのは、第61条の条文だ。
ただし掲載の判断は、各報道機関に委ねられている。掲載した場合の罰則規定もない。
日本新聞協会は、1958(昭和33)年12月に以下のガイドラインを定めている。
少年法第61条は、未成熟な少年を保護し、その将来の更生を可能にするためのものであるから、新聞は少年たちの“親”の立場に立って、法の精神を実せんすべきである。罰則がつけられていないのは、新聞の自主的規制に待とうとの趣旨によるものなので、新聞はいっそう社会的責任を痛感しなければならない。すなわち、20歳未満の非行少年の氏名、写真などは、紙面に掲載すべきではない。(後略)〉
日本雑誌協会には、これに類するものはない。
『週刊文春』は、前週の4月13日号の記事タイトルでも、「彼らに少年法が必要か」と疑問を呈している。少年法に関する疑問と世の中への問題提起は、事件発生時から大きなテーマであり、取材を進めるにつれ、編集部内で議論はさらに高まっていった。
■犯人4人の名前を特定する取材
論点は2つ。ひとつは、犯行の凶悪さに対して、予想される刑期が軽すぎるのではないかということ。もうひとつが実名報道だ。被害者が美少女だったこともあって、週刊誌もテレビも彼女の写真は大映しで、プライバシーに関する報道も続いていた。一方、犯人4人は同じ未成年なのに、一貫して匿名のまま。おかげで、保護者たちも雲隠れを続けることができていた。
取材班は、少年法について学んだ。多くの識者にも意見を求めた。彼ら4人の名前を世に知らしめ、少年法の在り方について論議を促すことは、新聞やテレビにはできない。しかし週刊誌ならできる、という意見が大勢を占めた。
実名報道を決めるのも大変な判断だが、その裏ではさらに大変かつ地道な努力が続けられていた。4人の名前を特定する取材だ。そもそも名前がわからなければ、報じることはできない。さらに、もしも名前を間違えようものなら、少年法の意義を問うどころの騒ぎではない。
その取材を一身に担ったのが、前出の佐々木弘記者だった。鉄壁の少年法に守られて、警察からの発表はもちろんない。担当デスクの私は、佐々木さんに、
「実名でいきたいので、なんとか4人の名前を特定してください」
と頼んだ。佐々木さんは事件現場の綾瀬へ連日通い、少年たちの自宅や盛り場周辺で聞き込みを続け、中学校時代のクラスメイトや遊び仲間を訪ね回った。
■残る3人の中に逮捕者が2人いる
私は、現場周辺で聞き込めば、少年たちの名前はすぐにわかるだろう、と甘く考えていた。ところが、逮捕された少年たちのほとんどの家はもぬけの殻。複雑な事情を抱えた家庭が多かった。惨劇の舞台となったBの家の両親も、行方をくらましている。少年たちがどこにいるか、容易には確認できなかった。
最後まで事情聴取を受けていた少年は、7人。逮捕されたのは、そのうちの4人だ。7人の名前は判明しているが、その中の誰が逮捕されたのかがわからない。それでも佐々木記者の徹底取材で、家に帰された少年2人の名前はわかった。逮捕された4人のうち、2人の名前も確認できた。つまり、残る3人の中に逮捕者が2人いる。
『週刊文春』の原稿の締め切りは火曜日の朝。逮捕された4人のうち2人しか特定できないまま、取材リミットの月曜日の夜を迎えた。私は言った。
「佐々木さん、4人を特定できなかったら、残念ながら実名報道はできません」
「それは当然だよ。重大な記事だということはわかっているから、最後にひとつだけ、ぼくにやらせて」
そう言い残して、佐々木さんは編集部を後にした。
2時間か3時間が過ぎたころだろうか。編集部でじりじりしながら待つ私に、佐々木さんから電話が入る。
「残り2人の名前が特定できたよ。絶対に間違いないから」
「そうですか! よくやってくれました。お疲れさまです。編集部に上がってください」
■捜査幹部「こんな酷い事件は前代未聞だ」
あとで聞くと、佐々木さんが最後に向かった取材先は、この事件を担当する幹部クラスの捜査員の自宅だった。ようやく招き入れてくれた相手に、取材の意図を丁寧に説明する。その捜査幹部は、犯行に対する強烈な怒りを隠そうとせず、実名報道にも理解を示してくれた。
しかし、逮捕した少年の名前は頑として明かさない。
「こんな酷い事件は前代未聞だ。長い刑事人生でも、あんなに悲惨な遺体を見たのは初めてだ。いくら少年だといっても、こんな奴らは厳しく罰しなければ、日本の社会が大変なことになる。それぐらい酷い事件だ」
「だからウチの週刊誌はあえて実名で報道して、少年法に関する議論を提起したい。そのためには、4人の名前を間違えるわけにはいかないんです」
「あなたの気持ちは、本当によくわかる。でも立場上、それだけは言えないんだよ」
30分がたち、1時間が過ぎた。佐々木さんは、こう持ちかけた。
「私たちは、家に帰された2人と、逮捕された4人のうち2人の名前まで特定しています。残り3人の中で誰が釈放されて、誰と誰が逮捕されたのかがわからない。今からその3人の名前を順番に言います。逮捕した少年の名前にうなずいたら、あなたが私に教えたことになる。だから、“いま警察にいない者”の名前を言ったときに、うなずいてほしい」
■大ベテラン記者の切り札と配慮
“警察にいる者”を聞けば、逮捕者の名前を漏らすことになる。しかし、逮捕されなかった少年の確認なら、捜査情報の漏洩にはならない。大ベテラン佐々木記者ならではの、巧妙な切り札であり、相手への配慮だ。
捜査員は「わかった」とさえ言わなかったが、佐々木さんは構わず、順番に名前を挙げていった。
1人目……反応はない。2人目……捜査員は、小さくうなずく。3人目……反応はない。
「もう一度繰り返します」
佐々木さんは慎重に、同じ順番で名前を挙げていった。捜査幹部は最初と同じく、2人目の名前にだけ小さくうなずいた。逮捕された少年は、1人目と3人目だった。それは佐々木さんの熱意と誠意が、捜査幹部の正義感を突き動かした瞬間だった。
佐々木さんは捜査員の家を出ると、急いで公衆電話を探し、私に報告したのだ。
ところが、いつまでたっても編集部に戻ってこない。
名うてのグルメだから、さてはいい気分になって旨いものを肴(さかな)に一杯やっているのかなと思ったが、とんでもない。『週刊文春』の誇る名物記者は、私が思っていた以上にプロフェッショナルだった。深夜零時近くなって編集部に上がってきた佐々木さんは、開口一番、
「松井さん、ごめんなさい」
と頭を下げた。
■2つの宿題
「ぼくには、頼まれた宿題が2つあったよね。逮捕された4人の名前の特定と、被害者のお父さんのコメントを取ってくること。
2つ目の宿題がまだできていなかったから、ぼくは捜査員の家を出たあと、八潮市の女子高生の自宅に行ったのよ。あの家には何度も行っていて、いつもは新聞記者やテレビ局のレポーターがたくさん張り込んでいるのに、今夜は時間も遅いせいか、誰もいなくて真っ暗だった。『ああ、みんな引き揚げたんだ』と思って、呼び鈴を押そうかどうしようかと迷っていたら、急に門灯が点いた。そして、お父さんらしき人が、手にほうきを持って出てきたんだ。
張り込んでいた記者たちのタバコの吸い殻なんかが、門の前に散らかっていたのかもしれない。それを黙って掃き始めたお父さんを見たら、ものすごい怒りと絶望と悲しみが、体中からにじみ出てくるようだった。ぼくは、ついに声をかけられなかったんだ。家に入っていくお父さんの背中を追って、呼び鈴を押すこともできなかった。30数年も記者をやってきたけど、こんなことは初めて。本当にごめんなさい」
私はひと言、
「それでよかったと思います。もう充分ですよ」
とだけ答えた。
実名報道に踏み切るかどうかという花田さんの最後の決断を、佐々木さんがじっと待っていたのは、こういう経緯があったからだ。「これで、被害者とお父さんが少しは浮かばれるよ」と言った佐々木さんの脳裏には、その夜の父親の背中が思い起こされていたのだろう。
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文藝春秋 前社長
1950年、東京都生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)卒業後、74年文藝春秋入社。『諸君!』『週刊文春』、月刊誌『文藝春秋』の編集長、第一編集局長などを経て、2013年に専務。14年社長に就任し、18年に退任した。
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(文藝春秋 前社長 松井 清人)
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