NYの若者「肉の代わりに大豆」という意識の高さ
プレジデントオンライン / 2019年8月28日 11時15分
■肉や卵を食べないと栄養が偏ってしまうのでは
動物性プロテインを一切とらないヴィーガンは不健康なのではないか? という疑問は、ヴィーガンになりたい人もそうでない人も含め、おそらく多くの人が感じていることだろう。
しかし近年の研究で、その懸念は少しずつ晴れてきているようだ。アメリカで最も長い歴史と権威を持つ米国栄養学会では、ベジタリアンやヴィーガンを含むプラント・ベースト・フード(植物性食品)による食生活は健康かつ栄養面でも十分であり、場合によっては病気の予防や治癒する効果もあるとしている。
では、実際のところヴィーガンの人はどう考えているのだろうか。筆者が取材したNYベジタリアン・フェスティバルのオーガナイザー、サラ・フィオリさん(ヴィーガン歴20年)はこう答えた。
「いくらヴィーガンだからといって、植物性由来のピザやアイスクリームばかり食べていたら太ってしまうでしょうし、健康とは言えません」。実際そういうヴィーガンもたくさんいるという。
「どんな食べ物を食べればいいのか、しっかりとリサーチして栄養バランスのいい食事をすることが必要です。私も始めたばかりの頃は、さまざまな本を読んで栄養について知り、母もずいぶん助けてくれました。特にヴィーガンの食生活に不足しがちなビタミンB12は、私はサプリメントでとっています。また、出産したばかりで授乳もしていますから、魚に含まれるEPA(オメガ3脂肪酸)のサプリも」
このほかにもカルシウム、ビタミンDなどのサプリを併用する人も多いようだ。
■口にする物の栄養素は逐一調べる
ヴィーガンになって7年になる24歳の女性にも同じ質問をしてみた。
「ヴィーガンでタンパク質が不足すると考える人は多いですが、そもそもアメリカ人はタンパク質を必要以上にとろうとするあまり、お肉や余分な糖類をとり過ぎて太ってしまうんです。もちろん生きていくためには必要ですが、実はタンパク質は肉や魚以外の野菜や豆、雑穀類にも豊富に含まれています。そういうものをしっかり食べていれば、お肉よりずっと安上がりで栄養もきちんととれます。サプリは特に必要とは思いません」
ヴィーガンもやり方次第では不健康になってしまう。それぞれの食べ物に含まれる栄養を調べ、必要な食べ物と場合によってはサプリで補う。ヴィーガンで健康と感じている彼らと話して感じたのは、非常に意識が高く、よく勉強しているということだ。
「私たちミレニアル世代にとって、その気になれば情報を集めるのはとても簡単なことですから。これは過去にはあり得なかったことだと思います」
ところでここまで読んだ人は、肉をやめるだけならベジタリアンでいいじゃないか、何もヴィーガンになって卵や乳製品までやめる必要があるの? と疑問に思ったかもしれない。
実はヴィーガンの人には、まずベジタリアンになり、数年たってからヴィーガンになったという人がとても多いのだ。
■なぜ、ベジタリアンではだめなのか
ベジタリアン・フードフェスティバルのサラさんは「私はまず、11歳でベジタリアンになりました。最初から卵も乳製品も全てやめるのは難しかったからです」と明かす。
レストラン「シーズンド・ヴィーガン」で出会った女性も、数年のベジタリアン生活を経てつい最近ヴィーガンになったという。女性は「自分の体がどんなふうに反応するのか分からなかったから」と理由を語ってくれた。
ではなぜベジタリアンでは不十分なのか? 「アメリカの若者が「肉食」を嫌がる切実な言い分」(8月13日)でも紹介したように、彼らがヴィーガンを選択するのは病気予防や「生き物を殺したくない」という思いが念頭にある。ヴィーガン料理のレストラン「シーズンド・ヴィーガン」のシェフは「卵もミルクも、動物から生み出されたものです。私も卵は生き物と思っています」と話す。
ベジタリアン・フードフェスティバルのサラさんは「例えば、卵にしても『人道的な育て方』はないんです。放し飼いと言っても実際には窓もない施設に入れられ、外に出してもらえるのは週に一度だけ。乳牛は常にミルクを出すために1年中妊娠させられ、乳が出なくなれば屠殺(とさつ)される。卵や牛乳の方がよほど残酷だと思います」
なるほど、動物愛護の観点が最も大きいようだが、実は乳製品も卵も含め、「畜産から生まれるものはすべてだめ」という考え方には、もう一つの大きな根拠があった。これがなければ、空前のヴィーガン・ブームは起きなかったかもしれない。
■「温暖化を食い止めたいから食べない」
それはシーズンド・ヴィーガンで会った、これからヴィーガンになりたいという男性に「なぜヴィーガンになりたい?」という質問をぶつけた時だった。すぐさま返ってきた答えはこうだ。
「地球環境のためさ。自分が食べるものを選ぶことで、できるだけ温室効果ガスの排出を減らしたいんだ」
別の場所で聞いたヴィーガン歴1年という女性も「環境問題は深刻です。大量の温室効果ガスを出す畜産を減らすためには、私たちが肉をやめるところから始めなければ」と熱く語った。
つまり、彼らは肉や牛乳を生産する段階で排出され、地球温暖化の原因になっている温室効果ガスを、「肉や乳製品など畜産から生まれる食べ物を食べない」という方法で減らそうと考えているのだ。
若い彼らにとって、ヴィーガンになる第1の理由は地球環境を守ることだったのだ。
実は、この考え方を世に広めたのもやはりドキュメンタリー映画だった。
レオナルド・ディカプリオがプロデュースした『カウスピラシー』(2014)の主人公は、アル・ゴア元米副大統領主演の「不都合な真実」に傾倒した若いディレクター。温室効果ガスを減らすために子供の頃から節電や節水、車をやめて自転車に乗っていたにもかかわらず、それらの成果が、自分が食べている肉が育つために使われるエネルギーと温室効果ガスの排出量には遠く及ばないことを発見し、ショックを受けるところから始まっている。
■電気自動車に乗るよりも効果的
多くの調査データも『カウスピラシー』の論理を裏付けている。
2018年のニューヨークタイムズの調べでは、世界の畜産から排出される温室効果ガスは全体の14.5~18%。化石燃料を使用した飛行機や車の移動で排出される13%をしのぎ、決して少ない数字ではない。
また同年『サイエンス』に掲載された、世界119カ国の畜産業者4万件を対象に行われた調査にも注目だ。
人間はエネルギーの18%、たんぱく質の37%を肉と乳製品から摂取しているという。ところが、それに比べて畜産業は世界の農地の83%を占め、農業全体から発生する二酸化炭素ガスの60%を排出している。
つまり、ヴィーガンの人にとって畜産とは、環境保護の視点でとても効率が悪い生産システムなのである。よって、肉の生産を減らすことは温室効果ガスの排出を減らす非常に有効な方法だというのだ。
オックスフォード大学の研究者が「環境へのインパクトを減らすためにヴィーガンになることは、飛行機に乗る回数を減らしたり、電気自動車に乗るよりも効果的」と指摘したコメントも見逃せない。
それだけではない。世界の肉消費の増大に応えるために、ブラジルではアマゾンの熱帯雨林が破壊され、次々と農場に変えられているというニュースも報道された。そのペースはとても速く、1分間でサッカー場1つ分の森林が破壊されているのだという。漁業では、魚の乱獲が海のエコシステムを破壊している報道もよく聞かれる。
一方、アメリカではトランプ政権が人間による地球温暖化を否定してパリ協定を離脱。石炭産業の復活を目指すだけでなく、オバマ時代の環境規制を次々に緩めている。
こうした中、世界2位の温室効果ガス排出国として、自分たちができることとしてせめて肉食はもうやめよう、または減らそうと考えている、そんな若者が少なくないのである。
■健康と地球環境に目配りする意識の高さ
ベジタリアン歴8年の女性はこう語る。
「私たちのほとんどは、肉を食べることが普通であると教えられながら育ちますが、肉の生産と摂取による健康と環境への影響について自分自身を教育し、それでも肉を食べ続けたい場合は自分でそう決めればいいと思うんです」
ベジタリアン歴7年の女性も「もし、健康と動物、そして環境を守りたかったら、ヴィーガンになるのがベストだと思います。ここ数年、多くのヴィーガンセレブたちがこうしたメッセージを出し、それが多くの若者にインパクトを与え、彼らがヴィーガンに興味を持つきっかけになっています。
そして注目すべきなのは、かつては女性主導だったヴィーガン・ライフスタイルに男性も注目していることです。男性アスリートが次々にヴィーガンになっていることが大きいと思いますね。かつての“男は肉を食べるもの”というイメージもなくなりつつあります」
シーズンド・ヴィーガンのシェフ・ブレンダさんはトレンドをこう説明する。「今の若者は地球や自然といったものに対し、とても高い意識を持っています。食べ物に関してもネットで詳しくリサーチし、自分に合った食生活を選びとっているのです」
若い世代にとってヴィーガンであることは、健康を守り、動物を保護するだけでなく、自分たちがこれから生きていく未来の地球環境を自分たちで守らなければならないという、サバイバルでもあるのかもしれない。セレブやインフルエンサーの影響も相まって、2019年にそういう「意識の高さ」がクールなトレンドになってきているのだ。
■NYの公立学校が始めた「ミートレス・マンデー」
ある調査では、アメリカ人の3割は肉の消費を減らしていると答え、同じく3割は自分はフレキシタリアン(100%ヴィーガンやベジタリアンではないが、フレキシブルに食べ分けているという意味)としている。
また別の調査では、アメリカ人の6割が、肉の消費を減らしたいと考えているという数字も。
100%ヴィーガンでもベジタリアンでも、時々でも構わない。とにかく植物性の食生活に切り替えようという人が相当数いるということだ。
実はこうした植物性のライフスタイルを広めるための試みが、自治体や企業でも行われている。その一つが「ミートレス・マンデー」だ。1週間の食事のうち、月曜日だけお肉をやめ、ベジタリアンの食事を提供するという試み。月曜日という週の初日に行うことで、ヘルシーな1週間を送るきっかけにしてもらうというわけだ。
ニューヨーク市内の公立学校のカフェテリアで出される食事や給食は、今年9月の新学年から月曜日がミートレス・マンデーとなる。デブラシオNY市長は「子供たちの健康と地球の未来を守るため、温室効果ガスの排出を減らすために、ミートレス・マンデーを実施する」とコメント。生徒数110万人という巨大な公立学校で行われるミートレス・マンデーが、子供たちだけでなく親たちの食生活の意識をどう変えていくかが大きな注目を集めている。
このように、より多くの人がヴィーガン・レストランに通い、ヴィーガン食材は急速に普及しているが、まだまだ大都市の一部の地域に限られている。
しかし、その流れを一気に加速してしまうかもしれない動きもある。それも向こう数十年間にわたり、アメリカの、いや世界の人の食生活を変え、多くのビジネスチャンスをもたらすかもしれない。それが「擬似肉」の存在だ。(続く)
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ジャーナリスト・ミレニアル世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。オフィシャルブログ
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(ジャーナリスト・ミレニアル世代評論家 シェリー めぐみ)
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