世界経済の行方が「トランプ次第」となったワケ

プレジデントオンライン / 2019年8月23日 9時15分

一貫性のないパウエルFRB議長の発言に、金融市場も揺れ動く - 写真=EPA/時事通信フォト

いま世界経済はバブル崩壊の崖っぷちにある。そうした状況を招いたのは、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長の失策だ。このためトランプ米大統領は、パウエル氏に政策転換を強く求めている。大和総研の小林俊介シニアエコノミストは「世界中の金融関係者が固唾を飲んで、8月23日のパウエル氏の講演に注目している。踏み込んだ利下げが早急に行われなければ、世界的な景気後退に直面するリスクが顕在化する」という——。

■米国トランプ大統領による「異例の」FRB攻撃

2019年に入って、トランプ米大統領がパウエル米連邦準備理事会(FRB)議長に対する「口撃」を強めている。米国ではこのように大統領が金融政策に注文をつけることは異例だ。また、その注文内容を単純化してしまえば「積極的に金融緩和を行って景気を刺激しろ、株価をつり上げろ」ということであるから、お世辞にも行儀のいいものではない。

また、トランプ氏のパブリックイメージも決していいとは言えない。このため、「金融政策に対する理解と敬意に欠ける政治家が、来年に控えた大統領選挙と議会選挙をにらんで即物的な政策を要求し、中央銀行の独立性を侵害している」といった見方は根強い。パウエル議長を「被害者」と見なし、同情的な視線を送る人たちは相当多いようだ。

しかし、そうした見方は早計だ。2018年2月の就任以来、たった1年半の間で、パウエル議長はあまりにも多くの失敗を繰り返してきたからだ。

■パウエル議長が犯した4つの失敗

具体的に言えば、①政策ルールの放棄、②過度な利上げ、③市場との対話不全、④金融緩和の初動ミスと、その結果としての逆イールド出現などが該当する。これらの失敗により繰り返された金融市場の混乱が、2018年11月の中間選挙に及ぼした影響は無視できない。同様の事態が再発した場合、2020年11月の大統領選挙と議会選挙においても、トランプ政権にとって望ましくない効果をもたらす可能性が高いだろう。

念のため断っておくが、本稿でトランプ大統領の肩を持つつもりはない。しかし本件に関しては、あまりにもパウエル議長に同情的な見方が多いように感じられる。そこで本稿では、パウエル議長が犯してきた4つに失敗をつぶさに確認し、その上で、米国金融政策の現状と処方箋を客観的に整理する。

■失敗その1=政策ルールの放棄

失敗その1は、「政策ルールの放棄」だ。FRBも含め、多くの先進国の中央銀行では、「中立金利」——その国の経済の実力に見合う金利の水準——を参照しながら、金融政策を調節することが一般的だ。

雇用が弱くインフレ率が低い時期はこの「中立金利」よりも低い政策金利を設定して景気を刺激し、逆に雇用やインフレ率が目標値を超えて強まれば「中立金利」よりも高い政策金利を設定し、景気を冷やす。

しかし、パウエル議長はこの政策ルールに対し、就任早々から「ちゃぶ台返し」を浴びせている。2018年8月に行われた講演の中で同氏は、中立金利のリアルタイム推計値が信頼に足るものではなく、これに政策は依拠するべきではないと言い放ったのである。

中立金利のリアルタイム推計が困難であることは、学問的にも認められている事実である。しかし、完全に信頼できないながらも、中立金利の推計をある程度参照しながら、政策金利の最終地点を描かなければ、そこに向けた金融政策運営の経路を描くことは難しい。

そうした認識を背景として、FRBはボードメンバーの想定する中立金利、および、利上げの経路(いわゆるドット・プロット)を公表し、同プロットを通じて金融市場との対話を行ってきた。それを完全否定し、ドット・プロットの公表すら停止しようと提案したパウエル議長の主張は横暴が過ぎる。

また、この「ちゃぶ台返し」の後、建設的な代替案は示されていない。すなわち、パウエル議長が率いるFRBが何を根拠として金融政策を運営しているのか、明示的にはわからない状況が現在に至るまで1年間続いていることになる。

■失敗その2=過度な利上げ

失敗その2は「過度な利上げ」だ。2018年の米国は、若干イレギュラーな経済環境に置かれていた。大幅な「トランプ減税」の実施による好景気を享受していたためだ。しかし、減税効果はいずれ剥落する。足元の景気が強いからと言って積極的に利上げを進めることは、ためらわれる状況にあった。

また、利上げとは別に、FRBは保有資産を圧縮するという「量的引き締め(量的緩和の逆)」政策を2017年10月以降から行っていた。同政策はFRBの歴史の中でも初めての取り組みであり、どのような政策効果が発現するか事前にはわからない、いわば「パンドラの箱」でもあった。

量的引き締め政策の開始以来、FRBが保有してきた米国債などの売却懸念からの需給が悪化し、じわじわと中長期の金利が上昇し始めた。しかしこの金利上昇のうち、どの程度が減税に伴う好景気を反映したもので、どの程度が量的引き締めによるものなのか、判断することは難しい。このような状況下で、FRB関係者の中でも、量的引き締めに加えて金利を引き上げるという利上げを、拙速に行うことへの警戒心を強める者が増え始めた。

そうした声をパウエル議長は黙殺するわけだが、この文脈において象徴的だったのは2018年10月のテレビインタビューだ。ここで同氏は「(現在の政策金利は)中立金利に程遠い」との発言を披露する。しかしここで思い出してほしい。同氏は「中立金利は当てにならない」と、同金利をけなした人物だ。中立金利の推計値が当てにならないのに、なぜ現在の政策金利が程遠いと言えるのだろうか。かくして、パウエル議長率いるFRBは、量的引き締めに加えて、4回もの利上げを2018年に行った。これが2018年10月から12月にかけて発生した、金融市場の大混乱を招くことになる。

なお、この話には後日談がある。同氏は11月の講演で「現在の(政策)金利は、(ドット・プロット等で描写される中立金利の)レンジのすぐ下にある」つまりそろそろ利上げを停止しますよ、と発言する。しかし同発言は、8月の発言に対しても、10月の発言に対しても、まるで整合性を保てない。

それでもあえて発言の意図をくむとすれば、以下のようなものだったのかもしれない。2018年10月から11月にかけて、米国を含む世界の金融市場は大きな混乱に見舞われた。そうした状況の中、金融政策の引き締め懸念を緩和するためになされた発言ではないか。そのような見方が市場では広がった。

■失敗その3=市場との対話不全

しかし、こうした市場の期待を完全に裏切ったのが、2018年12月FOMC(連邦公開市場委員会、日本の日銀金融政策決定会合にあたる)後の記者会見である。同会見は失敗その3「市場との対話不全」の代表格だ。

質疑応答の二問目で、記者が尋ねる。上述したような背景を加味して「利上げペースをいったん緩めるならば、同時に続けられてきた保有資産の圧縮ペースを修正する議論はあったか」、つまり、量的引き締めのスピードも当然落とすのですね、と。対して議長はこう即答した。「保有資産を機械的に減額することは決定事項であり、変更は微塵(みじん)も考えていない。」——同発言は金融市場を奈落の底にたたき落とし、関係各者のクリスマスに暗鬱とした色合いを添えることになった。

そして年が明け、2019年1月の講演において、同氏は舌の根も乾かぬうちから手のひらを返す。保有資産の圧縮政策を修正することをためらわないと発言したのだ。加えて政策金利の引き上げを一時停止する意向も示された。要するに、市場の反乱に対して事後的に全面降伏したということだ。

なお、この講演においてのみ、同氏がアドリブを控え、徹頭徹尾、原稿を読み上げている。このためFRBスタッフから強くたしなめられた議長が、半ば強制的に原稿を読まされた可能性が高い。

■金融緩和の初動ミスでついに「逆イールド」が出現

かくして、金融市場の大混乱という「あつもの」に懲りて、「なますを吹いた」FRBは量的引き締めの停止を今年の3月に決定した。10年以上ぶりとなる利下げも、渋々ながら7月に行われている。

しかし、これは完全なる初動ミスである。量的引き締めを早期に停止すると、米国債等の需給が改善し、中長期の金利が下がる。他方で、高すぎる(短期の)政策金利を変えなければ、長短金利差は縮小する。そしてついに、「逆イールド」が出現してしまった。端的に言って、政策対応の順序を間違えたということだ。これが失敗その4「金融緩和の初動ミス」である。

「逆イールド」の恐ろしさは2017年末の拙稿「株式バブルの終焉を伝える確かなサイン」で詳細に触れているので、再録する。

過去において、世界的な景気拡大・株高が終わり、バブル崩壊・景気後退に入る直前には、必ずと言ってよいほど「長短金利の逆転現象」が米国で確認されてきた。もっとも、この発見は何も目新しいものではない。卵と鶏の議論となってしまうが、そもそも長短金利差の逆転は、債券市場から見た場合、将来の景気減速(後退)を意味する。また、銀行をはじめとする金融機関から見た場合、長短金利が逆転するということは、貸出を増やせば増やすほど損をすることを意味する。
銀行などの金融機関は期間の短い預金という形で資金を調達し、期間の長い貸出や債券(国債など)に投資して利益を得ている。通常状態では長期金利(債券・貸出)>短期金利(預金)となっているので利益が出るが、長期金利(債券・貸出)<短期金利(預金)=長短逆転すると運用利回りがマイナスになるため損失が出る。結果として貸し渋り・貸し剥がしが発生し、自己実現的に景気後退の局面に突入することになる。
(中略)米国の潜在成長率が1%台後半であること、そして米国のインフレ率に当面加速の兆しが見られないことを踏まえれば、2%台中盤という現在の長期金利はおおむね妥当な水準にあるように見える。
他方、新FRB議長であるパウエル氏がイエレン氏と同様に、金融市場の過熱を抑制することを主眼として金融政策を行うとすれば、政策金利であるFF金利(短期金利)は継続して淡々と引き上げられる公算が大きい。結果として、2019年頃には、FF金利が現在の10年債利回りに近い水準まで到達している、つまり長短の金利差がほとんどゼロになっている可能性が高い。

■正しいのはトランプ大統領

まさに恐れていた事態が発生してしまった。そして景気後退を回避するための直接的な解決策は、大幅な利下げ(短期金利)により「逆イールド」を解消することだ。この文脈において、正しいのはトランプ大統領であり、誤っているのは利下げに消極的なパウエル議長である。今後の米国および世界の金融市場と経済の行方は、「トランプ大統領がどの程度強く、そして早く、パウエル議長を屈服させることができるか」にかかっていると言っても過言ではない。

もちろん、トランプ大統領にも非はある。とりわけ罪深いのは、イエレン前FRB議長を解任し、パウエル氏を後釜に指名したことだ。この点まで考慮に入れるとトランプ大統領に情状酌量の余地は存在しないし、どれだけ口汚くパウエル議長をののしったところで、悲しいかな、その言葉はブーメランのように大統領自身に突き刺さるのである。

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小林 俊介(こばやし・しゅんすけ)
大和総研 シニアエコノミスト
2007年東京大学経済学部卒業、大和総研入社。新興国経済・金融市場分析担当を経て、11年より海外大学院派遣留学。米コロンビア大学・英ロンドンスクールオブエコノミクスより修士号取得。13年より日本および世界の経済・金融市場分析を務める。

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(大和総研 シニアエコノミスト 小林 俊介)

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