認知症の親には「赤ん坊は2階で寝た」と言え
プレジデントオンライン / 2019年10月31日 6時15分
■「母さんはボケた」と3回も叫んだ父
母の物忘れに初めて気がついたのは2011年だったと思います。私が57歳で、母が83歳のときです。
当時、両親は2人で生活をしていて、週に何日か家政婦さんに片付けなどを手伝ってもらっていました。ある日、家政婦さんから電話で「こんなことをお伝えするのはなんですが、奥様はちょっと物忘れが尋常じゃありません」と遠慮がちに報告されました。一瞬「えっ!」となりましたが、「ああ、そういうときがきたのか」と覚悟もしました。でも、父(作家の阿川弘之氏)が7歳上の90歳で、母が先にボケ始めたのは正直にいうとショックでした。
もともと母は狭心症の気があって、その後に心臓発作を起こし手術をしました。入院する前にレストランで弟と私と両親の4人で会食をしている途中、母がお手洗いに立ったときに父が、「おまえたちは気がついているかどうか知らんが……」と前置きして、「母さんはボケた。母さんはボケた。母さんはボケた」と大声で3回も叫んだのです。もしかして「母さんを看ながら生きていくんだ」という父なりの覚悟の宣言だったのかもしれません。だからといって、父もすぐに具体的に何をするというわけではなかったのですが……。
■誤嚥性肺炎を起こしている
そして無事手術が終わり、母が退院して家に帰ってきたら、今度は父が自宅で転倒し緊急入院をしました。頭の切り傷は何針か縫っただけで大したことはなかったんですが、医師から「誤嚥性肺炎を起こしている」といわれたのが驚きでした。90歳を超えた老人の誤嚥性肺炎は命の危険を伴います。幸いなことに父の場合、奇跡的に1カ月の絶食で回復して、ホッとしました。
父としては「いざ帰らん」というつもりだったんでしょうけど、また転倒でもしたら、母一人では起こすこともままなりません。兄、そして2人いる弟たちと話し合った結果、やはり2人で生活をさせるのは無理だろうということになり、知人から勧められていた老人病院の「よみうりランド慶友病院」に転院させることにしました。
一方、母の認知症も進み始めたので、「内科の検診だから」とだまして「神経内科」に行ったり、実家の母と病院の父をどうやってケアするかを兄弟と話し合いました。兄は学者ですごく忙しいし、弟たちも海外にいたり、忙しかったりしたので、必然的に当時まだ独身だった私が中心になって世話をするしかないと思いました。正直、仕事を辞めることも頭をよぎりました。長く続けている「週刊文春」の対談やテレビの仕事などを一切辞め、合間、合間に書ける原稿の仕事を続け、私は実家に移り住もうとも考えたのです。
そんなときに、友達から「ご飯を食べよう」という誘いがありました。親の事情を話して「いまはちょっと行けない」というと、友達は「阿川んちも大変ね。でも、とにかく5分でもいいから来なさいよ」と説き伏せられ、しょうがないので顔を出したんです。
すると各々が「うちはね、ヘルパーさんに来てもらっている」とか「この間やっと施設に入ってくれた」とか「おじいちゃんがオレオレ詐欺に遭ってね」というような話をしてくれました。それを聞いているうちに「自分だけじゃないんだ。みんな大変なんだなぁ」とホッとして。みんなに会って本当によかったと思いました。
また、別の日に会った友人からは「阿川さぁ、これさぁ、1、2年頑張ればいいと思っているでしょう?」と聞かれたので、「まあ、1、2年は仕事をちょっとセーブしたり、介護に集中したりしなきゃいけないと思っている」と返したら、「阿川、それ甘いから」と一喝されました。「介護はいつ終わるかわからないんだよ。これから先10年続くかもしれないんだから、そんなに力んじゃダメよ」といわれたんです。その一言で、私は目が覚めました。
実際、早くに嫁に行った主婦の友達なんかだと、自分の親2人と旦那の親2人、合計4人を看なきゃいけないケースだってあります。「なるほど、これは長期戦で考えなければ途中で息が切れてしまう、1人で頑張るのはやめよう。助けを借りながら、母の世話をしていこう」と思うようになりました。
「では、うちはどうしようか」ということで話し合っていたところ、以前に我が家で、住み込みでお手伝いをしてくれていた「まみちゃん」という女性が状況を察してくれて、「何かお手伝いできることがあればやりますからね」と絶妙のタイミングで声をかけてくださったんです。こちらとしては渡りに船!「週1回でも2回でもいいですから、手伝ってください、どうか助けてください」と頭を下げました。まみちゃんは何よりも信頼できましたし、すでにご自身に介護の経験があったので頼りになります。
また、デイサービスを利用してみると、母もストレスが解消できますし、私たちもその時間、リフレッシュできるので一石二鳥でした。そうやって周囲の人やプロの手も借り、週末は兄弟でローテーションを組んで自分たちで世話をすることにしました。
■北杜夫さんの奥様からの助言
入院中の父は、本当は「家に帰りたい、母と一緒にいたい」という気持ちがあったように思います。入院後「俺は母さんと別々に死ぬのか」とつぶやいたり、母が見舞いに来ると「おまえもここに入れ」といったりしましたから。ただし、父は現実的な側面も持ち合わせていたので、母が1人で自分の世話をするのは無理だということも承知していました。それに、ここでは24時間体制で看護師さんたちが丁寧にケアしてくれることも理解していました。
もちろんよいことばかりではありません。仕事中に突然父から電話がかかってきて、何事かと思って慌てて出ると「いまからチーズを持ってきてくれ」と催促されたり、「いや、いま、仕事で」というと「何時に終わるんだ」と食い下がるので、「まだ仕事があるから夜の8時を過ぎる」と返すと「じゃあ今夜、俺は何を食えばいいんだ」と怒りだす。ほかにも「あれを持ってこい、これを持ってこい」や「酒がないから持ってこい」などといいたい放題。こちらもなるべく要望に応えようとするんですが、しまいには「ちょっと待ってくださいよ!」とキンキンしたりしました。
父のことでは「どうすりゃいいんだ」と思うことが多々ありましたが、昔、作家の北杜夫さんの奥様から伺った話を思い出しました。子どもが生まれてしばらくすると、北さんは躁うつ病になってしまいます。穏やかだった北さんが急に「出ていけ」と怒鳴ったり、躁状態になると株の売買を始めたりして、周囲を翻弄させたそうです。さすがに奥様も「私の人生はどうなってしまうのだろう」と途方に暮れました。
そんなとき、義理のお母様が奥様に「あなたね、夫だと思うから腹が立つのよ、看護師長になったつもりになりなさい」とおっしゃった。それで「そうか」と思って、奥様は、看護師長になったつもりで「お薬は飲んでください」といったり「私は師長なんだから、いうことを聞きなさい」とやったら、心が晴れたというんですね。
「だったら私の場合は、父の秘書だと思えば腹も立たないかもしれないわ」と考えました。父だと思うから「娘の私がやったことに感謝してほしい」と思って腹が立つ。そこで「ビール、今日は買い忘れました。申し訳ございませんでした」なんていいながら受け流したら、少し楽になりました(笑)。
■1年以上かかった現状の受けいれ
日本人はやはり何のかんのいっても真面目なんだと思います。子どもは育ててもらった恩義があるから「あれをやっておいてあげればよかったと、悔いが残ることだけは絶対にしたくない」という人が多い。でも完璧にやろうとすると、やはりどこかで無理が生じるし、その無理は自分の体力と精神力だけじゃなく、周りにもいろんなマイナスの影響を与えかねません。
介護する人は、とにかく自分を追い詰めないことが大事です。どこかで気を抜いたり、手を抜いたりする、ちょっと「ズルをする」という感覚があるほうが、案外いい気がします。
私は母から「明日、朝から来てほしいんだけど」といわれたら、「うーん、仕事で行けないわ」といいつつゴルフに行くことがあります。真面目にやろうとしたら、「来てほしい」といわれれば、楽しみにしていたゴルフをキャンセルしなければいけません。それなのに呼んだことを忘れて、「あら、あなた何しに来たの」といわれたら、腹が立つに決まっています。だからズルをしてでも、ゴルフに行くのです。
でも「ズルをしているな」という後ろめたさがあるから、父にも母にも優しくなれる面もあります。父があまりにもガンガン理不尽なことや文句をいい続けたときは、頭にきて預かっていた父のデパートの家族カードで自分のブラジャーを買ってやったんです。あれは心の底からスカーッとしましたし、「ちょっと悪かったかな」と思って父に優しく接することができるようにもなりました。
認知症であることに、最初に気づくのは本人なんだと思います。そして「さっき覚えていたことがどうしても思い出せない」という状態に陥って、本人が一番イライラする。家族は家族で、そういうことが始まったばかりの親を見ると衝撃が大きい。子どもにとっては「ちゃんとした母」という姿が幻想としてありますから、「壊れちゃう母」の姿は見たくないんです。介護する側、される側のイライラやストレスがピークになる時期でもあるんですね。
その頃、支払いの請求書が見当たらないので家中を大捜索したことがありました。すると書類の山の中に母の字で小さなメモがあって、そこには「どんどん忘れていく、バカ、バカ、バカ……」と書かれてあったんです。そのときは「ああ、自分でも苦しいんだな」と思ってショックを受けました。ありのままを受けいれるのは、家族としては時間がかかるんですけど、あんまり叱りつけたりしてはいけないんだとも思いました。結局「いまの母」を受けいれて見守ることができるまでには、やはり1年以上はかかりました。
■ボケを疑うくらいの鋭い切り返し
父は15年8月3日、3年半の入院生活を経て、兄が見守るなか94歳で亡くなりました。仕事を終えて急いで駆けつけると「眠るように逝った」と聞かされました。一方で母のボケは急激に進まず、ゆっくりと進行中です。でも、母のボケは明るいのが救いです。時々、何気ない会話で吹き出してしまうことがたくさんあります。
オクラを食卓に出したときは「あら、おいしい。これはなあに?」と聞くので、「忘れちゃったの?オクラでしょ」というと「なんだ、オクラか」といって、「そんなの知ってるわよ」という顔をします。しばらくすると、また「これはなあに?」と聞くので「オが付く、オクラ」「ああ、なんだ」となる。これを何回か繰り返すんです。
何回やっても覚えてないから「何でも忘れちゃうんだねえ」と笑うと、ちょっとむっとして、「覚えていることだってあるわよ」と反論します。「じゃ、何を覚えているんでしょうねえ」と問いかけると「うーん……いま、何を覚えているか、忘れた」と切り返してくるんです。実はボケていないんじゃないかと思うくらい、鋭い切り返しをするんです(笑)。
そしていま、私が実践しているのは、母の頭の中の妄想や景色に付き合う方法で、意外と楽だし面白いんです。たとえば、母はいつの間にか、夢と現実とが混ざっているような状態になって、「さあ、寝ますよ」というと「ちょっと待って、赤ん坊をどうするの」といってきます。そういうときは「赤ん坊はね、さっき2階で寝ましたよ」と返します。そうすると「ああ、そうか」といって安心します。
そもそも学習させること自体が無理なんで、まずこれを認識するのが大事。もう1つは、否定をしないこと。「赤ん坊はいないのよ、わかった?」と言い聞かせても、認知症の母は赤ん坊が気になってしょうがないわけです。だったら、解決するには「赤ん坊はいるんだけど、もう寝ちゃったから大丈夫」と安心させたほうがいいわけです。
認知症の介護は報われないことだらけです。40代の頃は、誰だって親の介護なんて考えたくないでしょう。考えると暗くなってしまいますから。ただ、始まってしまうと、いちいち暗くなっているひまなんかなくなって、目の前の一つひとつを解決していく毎日です。長期戦でやっていくには、イライラしても笑いと手抜きを忘れず、介護生活の中で楽しみを見つけることが大切だと思うんです。
① 介護は長期戦で考えなければ息切れしてしまう。1人で頑張るのはやめる
② 介護の先輩やプロの手など周囲の力にどんどん頼ろう
③ 子どもの私がしたことに感謝してほしいと思うから腹が立つのだと自覚する
④ 完璧にやろうとするとどこかに無理が生じるものと心得る
⑤ 自分を追い詰めず、たまには自分の都合を優先するなどして手を抜こう
⑥ 認知症の妄想に付き合うことで自ら楽しんでしまう
⑦ 認知症の親を学習させるのは無理なので、いっていることは否定しない
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エッセイスト
1953年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部西洋史学科卒業。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。2012年に刊行した『聞く力』が170万部を突破して、年間ベストセラー第1位に。14年、菊池寛賞受賞。主な著書に『強父論』『ウメ子』『婚約のあとで』『正義のセ』などがある。テレビでは「ビートたけしのTVタックル」「サワコの朝」に出演中。
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(エッセイスト 阿川 佐和子 構成=篠原克周 撮影=石橋素幸)
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