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中国の親が子どもの登下校に必ず付き添う背景

プレジデントオンライン / 2019年8月28日 9時15分

中国に本社を置く精密機械大手の監視カメラ - 写真=AFP/時事通信フォト

中国全土には1億7000万台もの監視カメラが設置されており、さらに増え続けている。なぜ中国人は監視されることを受け入れているのか。ひとつの理由は「子どもの誘拐事件がよくあるから」だという。中国の監視社会の一端を紹介する——。(前編、全2回)

※本稿は、梶谷懐・高口康太『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)の一部を再編集したものです。

■日本の総人口よりも多い中国の監視カメラ

2017年12月、英BBCは中国の監視カメラシステムを取り上げました。2017年末時点で中国全土に1億7000万台もの監視カメラが設置されており、2020年までにはさらに4億台もの監視カメラが追加されると報じています。

近年中国の大都市を訪れた機会があるなら、駅などの公共施設および信号機周辺、さらに商業施設の出入り口などいたるところに多数の監視カメラが無造作に設置され、通行する人々に向けられているのにぎょっとした人も多いでしょう。

もちろん、日本だってすでに街中に多くの監視(防犯)カメラが張り巡らされているのですが、日本では人々に威圧感を与えないよう、なるべく目立たない形での設置が好まれるのに対し、中国ではむしろこれ見よがしに「監視しているぞ」と誇示する設置の仕方が多いように思います。

カメラの数だけではなく、画像を認識する技術も急速に進化しています。以下は筆者たちが2018年9月にAIを使って個体認識を行う技術を開発しているハイテク企業、Megvii社(メグビー、中国名で曠視科技)を訪問した際の話です。Megvii社はハイテク企業が集積する北京市海淀(かいてい)区に2011年に設立され、その後急成長したユニコーン企業(評価額10億ドル以上の非上場、設立10年以内のベンチャー企業)です。

■撮影した訪問者のデータを特徴ごとに管理

同社の強みは、認証、セキュリティ、リテール、スマホロック解除の4分野においてその画像認識技術を積極的に「社会実装」していく力にあります。同社の社員は平均年齢が26歳と非常に若く、清華大学や北京大学などといった名門校の卒業生が非常に多い世代を象徴するエクセレント企業です。

この企業を訪問すると、オフィスに設置された監視カメラが様々な角度から訪問者の姿を捉え、大きなモニターにでかでかと表示されます。これは個人を特定化しているわけではなく、短髪の男性でリュックを背負っている、青い長袖シャツを着ている、などといくつかの特性を写真から抽出しています。膨大な匿名データを、特徴ごとにいくつかのカテゴリーに分類する「セグメント化」を行っているのです。

さらに、ビルの入り口に設置された監視カメラは道行く無数の人たちを四六時中撮影しており、この人は男か女か、何歳ぐらいか、というデータを常に集めています。そうやってできるだけ多くのデータを集め、セグメント化の精度を上げていくわけです。

■“ビールと一緒に買うおつまみ”もAIが記録

日本でも見かけることの多くなったAIによる顔認証のテクノロジーは、カメラに映りこんだ人物がどういう人かをアイデンティファイ(固定化)するためのものです。カメラが捉えた人物が男性か女性かといった属性を速やかに判定し、それが犯罪者や指名手配犯であれば、リストと照合して逮捕につなげることもできます。

つまり、同じAIを用いた顔認証といっても「匿名性を前提としたセグメント化」と「顕名性に基づいた同定化」という異なるベクトルのものが存在するわけです。

もう1つ重要なものとして、動体認識、すなわち人々の動作をAIが認識してその特徴を記録することに関する技術があります。

例えば無人コンビニなどで、人がその中でどのような動きをするかをパターン化してそのデータを保存する。30代の男性がビールを買ったあとにどんなおつまみを買うかなどを全部データとして蓄積していくのです。あるいは、歩き方の癖を記録してプロファイリングしておき、暗くて顔がよくわからない場合でも監視カメラに映った人物を特定化し、犯罪者の拘束につなげることも可能になります。

実際、このMegvii社の画像認識の技術は新疆ウイグル自治区のセキュリティ・システムにも使用されています。例えば広場で独立アピールの旗を振る人物がいたとします。監視カメラは「旗を振る」という動きを認識し、即座に近隣の警官に通報するというシステムが実用化されています。

■誘拐事件が24時間以内に解決した

現在、こうしたAIカメラは最低でも2000万台以上が存在します。習近平政権の業績を紹介するCCTVの特番『煌輝中国』の第5話「安全のシェア」では、「中国はすでに2000万台以上のAIカメラを擁する、世界最大の監視カメラ網を築いた。この『中国天網』という巨大プロジェクトは市民を守る目だ」と放送しています。

「中国天網」、すなわち天網工程(スカイネット)は都市部にAI化、ネットワーク化した監視カメラ網を構築するプロジェクトです。2015年からは県や鎮、村など田舎にも同様の監視カメラ網を構築する雪亮工程(せつりょうこうてい)もスタートしています。天網工程の2000万台に加え、雪亮工程や民間企業が独自に設置したカメラを加えると、2000万台をはるかに上回る監視カメラが、顔認識、画像認識など動画を判断する能力を持ったものに変わっているわけです。

その成功例とされているのが2017年に深圳市龍崗区で起きた誘拐事件です。同区の監視カメラ網はファーウェイ社によって構築されたものです。事件が起きたあと、警察は誘拐された子どもの特徴を入力して、すぐに子どもと誘拐犯の居場所を特定しました。その結果、子どもは誘拐されてから24時間もたたないうちに親元に帰ることができました。

■「404 Not Found」ページに子どもの失踪情報

日本にも監視カメラはありますが、その運用状況は中国とはまったく違います。例えば2019年6月、大阪府吹田市の交番で警官が襲撃される事件がありました。警察は容疑者の行方を、監視カメラ映像を頼りに追いましたが、ネットワーク化・AI化されていないため、映像の入手・分析のために各所を駆けずり回る必要がありました。

事件から約24時間で容疑者が逮捕されるというスピード解決ではありましたが、前述の深圳の誘拐事件と比べれば、警察が費やした労力は段違いです。警官襲撃という大事件ならば多くの人員が投入されるでしょうが、すべての事件でこれだけの捜査を行うことは難しそうです。

深圳の誘拐事件は、中国人がなぜ監視カメラを容認しているかを示す象徴的な事件です。中国では誘拐は極めて身近な脅威です。2011年には608人が関与した人身売買組織が摘発され、178人もの子どもが救出される事件がありました。インターネットでページが削除されたことを示す、いわゆる「404 Not Found」ページがありますが、中国は大半の企業が誘拐された子どもの捜索情報をここに表示しています。

■登下校に大人が付き添うのは当たり前

いわば社会全体が誘拐された子ども捜しに協力しているわけです。子どもの登下校に大人がついていくのは常識で、「子どもを一人で登校させるなんて日本は大丈夫なのか?」と驚かれるほどです。

また日本のオービスのような交通違反を監視するカメラも多数設置されており、いまや中国の交通違反の多くはカメラによって取り締まられています。カメラが多い大都市部では明らかにマナーが向上し、交通違反が減っていることが実感されます。

誘拐犯がすぐ捕まるなど治安が向上する、交通違反が減少する……といったメリットもあるのですが、こういった統治テクノロジーが進んだことによって中国社会はどう変わりつつあるのでしょうか。まず言えるのは、特に大都市を中心に「お行儀のいい社会」になりつつあるということです。

中国社会というと、一時期は非常にアグレッシブで、カオスのようなエネルギーにあふれている社会(悪く言えば決まりがあっても守らないで自分勝手な解釈で行動する社会)というのが一般的なイメージだったように思いますが、そういった姿は変わりつつあります。

■事実、治安が劇的に改善している

以前に中国を訪問した経験のある人が、現在の大都市を訪問すると如実にその変化を感じるでしょう。例えば、『人民日報』は、2017年に中国では人口10万人あたりの殺人件数が0.81件しかない、殺人発生件数の最も低い国の1つになったと報じています。あるいは暴行罪の件数は2012年より51.8%減少し、重大交通事故の発生率は43.8%減少。社会治安に対する人々の満足度は、2012年の87.55%から2017年の95.55%に上昇した、と(『人民網日本語版』2018年1月25日)。

言うまでもなく『人民日報』は中国共産党の機関紙ですから、プロパガンダの一種ではあるのですが、あながち嘘でもないと思います。殺人だとか暴力的な犯罪が劇的に減っている、いたるところに監視カメラが仕掛けられているので、落し物をネコババされることがなくなり、貴重品を落としても見つかるようになった、という声を在中日本人の実感として聞く機会も増えてきました。

■大規模デモに発展した「逃亡犯条例」

こういった中国社会における監視カメラの設置に対し、明確な拒否反応を示しているのは、むしろ香港の人びとかもしれません。

2019年6月9日、香港の林鄭月娥(りんていげつが)行政長官が議会に提出した、容疑者を裁判を行うために中国本土に引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」改正案に強く反対する市民や学生約100万人がデモを行いました。同12日にはデモ隊の一部と警官隊との間に激しい衝突が生じ、警官隊が催涙弾やゴム弾を用いた実力行使による排除を行うと、16日には香港中心部は反発を強めた200万人近くの市民により埋め尽くされました。

これを受けて林鄭行政長官は法案の審議を無期限で延長し、法案は事実上の廃案になるとの見解を示しました。しかしそれに納得しない若者たちは立法会に乱入するなどの反対運動を繰り返し、その後も不安定な状況が続いています(2019年7月13日現在)。

■彼らがマスクやゴーグルで顔を隠す理由

梶谷懐・高口康太『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)

一連のデモの中で目を引いたのは、参加者、特に若者たちのいでたちでした。揃いの黒いシャツにマスク、ゴーグル、ヘルメットなどを着用して顔を隠す参加者が目立ったのです。

さらには、デモに参加する際にはスマートフォンの位置情報をオフにしたり、SNSのメッセージをこまめに削除したり、さらに地下鉄に乗る際にも記録が残るプリペイドカードではなく現金で切符を買ったりするなど、「記録が残る」テクノロジーをあえて使わない「デジタル断ち」と呼ばれる行動が目立ちました。

これは、催涙弾から身を守り、当局にデモへの参加を把握されることを警戒するとともに、中国大陸なみの、顔認証などのAI技術を駆使した監視システムがいつか香港に導入され、行動の自由を奪われるかもしれないことへの若者たちの抗議の気持ちを表現したものだ、という指摘もなされています。(続く)

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梶谷 懐(かじたに・かい)
神戸大学大学院経済学研究科教授
1970年、大阪府生まれ。神戸大学経済学部卒業後、中国人民大学に留学(財政金融学院)、2001年神戸大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学)。神戸学院大学経済学部准教授などを経て、2014年より現職。著書に『「壁と卵」の現代中国論』(人文書院)、『現代中国の財政金融システム』(名古屋大学出版会、大平正芳記念賞)、『日本と中国、「脱近代」の誘惑』(太田出版)、『中国経済講義』(中公新書)など。

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高口 康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト
1976年、千葉県生まれ。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊東洋経済』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。ニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。主な著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)など。

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(神戸大学大学院経済学研究科教授 梶谷 懐、ジャーナリスト 高口 康太)

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