消費税10%をテコに客をおびき寄せる賢い戦略
プレジデントオンライン / 2019年9月22日 6時15分
■顧客が買いたくなる価格設定
2019年10月1日より、消費税が8%から10%に引き上げられます。消費税増税に伴い、企業が直面するのが製品やサービスの価格の見直しです。企業にとって価格の設定は、その後の収益を左右する重要な要素です。そこで今回は、収益増につながる効果的な価格設定について考えます。
今回の消費増税では、お酒を除く飲食料品と新聞の消費税を8%に据え置く軽減税率制度が導入されます。ただし、同じ飲食料品でも、テークアウトや宅配等は8%、外食やイートイン(購入した店内での飲食)は10%と、異なる税率が適用されるため、テークアウトとイートインの両方を提供するファストフード業界などでは、どのような価格設定にするのかが注目されています。
企業の収益を考えれば、消費税をそのまま価格に反映させ、消費税率が変わらないテークアウトは値段を据え置き、イートインのみ増税分の2%を加算して値上げする方法が一般的でしょう。実際、「モスバーガー」のモスフードサービスや牛丼の吉野家などは、このようにテークアウトとイートインで税込み価格を変える方針を明らかにしています。
一方、日本ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)は、「オリジナルチキン」の価格を、テークアウト、イートインを問わず、税込み250円に据え置くことを発表しました。それぞれの本体価格(税抜き)はテークアウトが231円、イートインが227円となり、イートインは実質的に値下げをすることになります。
同社が価格を統一したのは、顧客にとってのわかりやすさを重視した結果だと思います。同じ商品でありながら、イートインとテークアウトで価格が異なるのは、消費者の判断を迷わせますし、支払いで1円単位の端数が生じるのも煩わしいものです。一商品あたりの利益を削っても、わかりやすい価格にしたほうがメリットが大きいと判断したのでしょう。
牛丼の松屋フーズも、イートインとテークアウトを同一価格にする方針です。KFCと松屋に共通するのは、業績が好調であること。KFCは昨期増収増益、松屋は6期連続で増収を続けています。業績が好調だからこそ、実質値引きにつながるような戦略が取れるという面はあるでしょう。特にKFCの場合、期間限定ですが500円のランチセットを導入するなど、マーケティング戦略の一環としてわかりやすい価格設定を行っており、それが業績好調にもつながっていると思われます。
■値下げで売り上げが激減するケースも
消費者は、価格の変更に敏感です。特に、長く愛用されているロングセラー商品(ブランド)の場合には、値上げや値下げをすると、イメージが低下し、商品ブランドの寿命を縮める可能性があります。
例えば、日清食品の「カップヌードル」は、原材料の高騰を背景に、2008年6月に価格を15円値上げしたところ、売り上げが値上げ前の月に比べて瞬間的に52%減少しました。
値下げでは、アメリカのたばこメーカー、フィリップモリスの事例が有名です。1994年、価格競争を仕掛けてきた競合他社に対抗して、同社の「マールボロ」を値下げしたところ、売り上げが激減。同社の株価も大幅に低下しました。
こうしたコスト増や競合他社の値下げなどの環境変化に対して、競争力を維持する方法は2つあります。
1つは、新しいトレンドを取り入れ、製品をマイナーチェンジすることです。例えば、ロゴやパッケージをリニューアルしたり、「~産100%」など差別化要素を付加して、それと銘打ったりする方法などが挙げられます。イメージの刷新や品質の向上を強調する非価格競争の手段を採用するわけです。カップヌードルは、値上げをした翌年に肉の具材を変えてリニューアルしました。値上げのタイミングでこのリニューアルを行っていれば、売り上げの激減を回避できたかもしれません。
もう1つは、商品ラインナップの拡張です。例えば、グリコのポッキーはさまざまな種類(味覚)のサブブランドを展開しています。パッケージのリニューアルと同時に、味などのバリエーションを増やして、消費者が飽きない工夫を施しています。
近年では、原材料費の高騰や人手不足などを背景に、メーカーはコスト増の傾向にあります。そこで、増えたコストをそのまま価格に反映させるのではなく、価格を変えずにサイズを小さくしたり量を少なくしたりすることで、実質的な値上げをする手法が飲食料品を中心に一般化しています。
■「ダイナミック・プライシング(変動価格制)」の動き
メーカーや小売業では、このように価格を変えないことが重視される傾向があるのに対して、サービス業では、価格を段階的に変動させる「ダイナミック・プライシング(変動価格制)」の動きが広がっています。ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)は、日本の大手テーマパークでは初めて、19年1月から変動価格を導入しました。もともと7900円だった1日入場券を、正月休み明けから1月末までの閑散期は7400円、春休みシーズンの繁忙期には8700円などに変えたのです。背景には、入場者数が17年まで4年連続で過去最高を更新する中で、繁忙期にパーク内が混みあうことによる顧客満足度の低下があります。
変動価格にすることで、2つのメリットがあります。1つは、繁忙期の来場者の満足度が高まり、再来場(リピート)を促すこと。もう1つは、閑散期の価格を割り引くことで、それまで価格が高いと敬遠していた顧客を獲得できることです。
消費者にとっては、季節や曜日によって価格が変動するため、一見わかりにくいかもしれません。従来の日本では、こうした「差別価格制」は受け入れられにくい傾向がありました。しかし、近年、インターネットでの買い物が一般化して、航空チケットや宿泊などの価格が時期によって異なることが当たり前のように受け止められるようになりました。このことが、ダイナミック・プライシングが受け入れられることにつながったのではないかと思います。需給バランスによって価格が変わるということが、日本の消費者にも広く理解されるようになったのです。
■5%ポイント還元の実際の値引率とは
価格にまつわる販売促進の方法の1つに「値引き」があります。値引きは販売量が増えないと売り上げが下がりますし、ブランドイメージを損なう恐れもあります。しかし、戦略的に行うことで効果を高めることができます。
消費者には、複数の店を回って特売品などの安い商品だけを選んで買う「チェリーピッカー」(さくらんぼ摘み)と呼ばれるタイプと、同じ店で買う安心感を重視する「リピーター」タイプがいます。前者をターゲットにする場合は、「そのとき限りの値引き(即時型)」で集客に結びつけます。後者をターゲットにする場合は、ポイントによるキャッシュバックなどの「長期的な値引き(延期型)」で来店頻度を高めます。
なお、実際の値引き率は、延期型のほうが即時型よりも低くなります。例えば、1000円の買い物をした顧客に対して、5%の現金値引きを行う場合(即時型)と、5%のポイント還元を行う場合(延期型)の値引き率を試算してみましょう。現金値引きの場合は実際の値引率も5%ですが、ポイント還元の場合、ポイントを使うためには次回来店して50円以上(合計1050円以上)の買い物が必要になるため、実際の値引き率は4.76%(50円÷1050円×100)となります。
消費税の増税で価格への注目が高まる今、顧客が買いたくなるような価格設定について、改めて考えてみてはどうでしょうか。
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法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授
東京大学経済学部卒。同大学院社会科学研究科(経済学専攻)博士課程中退。法政大学経営学部教授を経て現職。日本フローラルマーケティング協会会長、オーガニック・エコ農と食のネットワーク代表幹事。近著に『「値づけ」の思考法』など。
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(法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授 小川 孔輔 構成=増田忠英)
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