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福井の急成長企業の「超シンプル」な社長の役割

プレジデントオンライン / 2019年9月6日 9時15分

福井県内の企業で、10年ぶりに上場を果たしたユニフォームネクスト - 画像提供=ユニフォームネクスト

福井県で10年ぶりに上場企業が出た。業務用制服のネット通販を手がける「ユニフォームネクスト」だ。90人の社員の多くは地元出身で、学歴やキャリアでは「ピカピカ」とは言えない。だが福井でベンチャー支援をする岡田留理氏は「これほど成長意欲が高く個性豊かな人材がそろう組織には初めて出会った」という。急成長企業のもつ秘密とは——。

■個性豊かな人材を集めて急成長した「地方ベンチャー」

「中小企業やベンチャー企業には優秀な人材が集まりにくい」と言われる地方で、個性豊かな人材をうまく活用し、急成長を遂げたベンチャー企業がある。福井県の企業として10年ぶりに上場を果たした「ユニフォームネクスト株式会社」(以下、ユニネク)だ。ユニネクの戦略はとてもシンプルで、なおかつ力強い。人材の採用と育成に悩む地方の経営者に向けて、この企業事例を紹介したい。

私は、開業社会保険労務士を経て、2015年4月に公益財団法人ふくい産業支援センターに入職した支援機関職員だ。現在は、創業・ベンチャー支援事業を担当し、個別の相談窓口運営の他、福井ベンチャーピッチなどのイベント事業を企画・運営しながら、県内のベンチャー企業支援に取り組んでいる。

2019年6月、ユニネクで社員向けのキャリアセミナーの講師を務めたことをきっかけに、同社の外部メンターを依頼された。具体的には、勤続3年以上の一般社員を対象に希望者を募り、合計12人の社員のキャリアに関する個別メンタリング(※1)を実施した。その全員が20代半ばから30代前半の若手社員だった。

(※1)「メンタリング」とは人材育成の手法の一つ。「メンター」と呼ばれる経験豊かな年長者が、対話や助言によって本人の自発的な成長を支援することを言う。

■福井県内で10年ぶりの上場を果たした

ユニネクは、福井市内で業務用ユニフォームの通販業を営む会社だ。正社員90人、パートスタッフ70人で、合わせて従業員は160人を数える。現社長の横井康孝氏は、大学卒業後に民間企業勤務を経て、1997年に父親が経営する会社に入社した。これが現在のユニネクだ。横井社長が入社した当時、従業員は父親と横井社長、それにあと2人だけだった。

同社は横井社長が2007年に事業を継いだタイミングで、業務用ユニフォームのネット販売に挑戦。徹底的にターゲットを絞り込んでニッチトップを目指すウェブサイト作り、商品に精通したスタッフによるきめ細やかな電話サポート、巨大な倉庫に豊富な在庫を確保することで可能にした受注から納品までのスピードを強みに、後発ながらも業界トップに躍り出て、2017年7月に県内企業として10年ぶりの上場を果たした。

2018年末には新社屋に移転し、敷地内に物流拠点を集約。業績は右肩上がりだ。2018年12月期の売上高は40億円で2年連続の2桁増。2023年12月期に100億円の目標を掲げている。

横井康孝社長
画像提供=ユニフォームネクスト
横井康孝社長(右)は、社員に向けたブログを毎日書き、自ら社内セミナーの講師を務める - 画像提供=ユニフォームネクスト

■地元の大卒に元ニート、Iターン移住者もいる

メンタリングを実施してまず驚いたのは、ユニネクで働く人材の多様さだった。

正社員の男女比は半々。学歴は、福井県立大学など地元大学を中心とした大卒が約5割、残り5割が高卒・専門学校卒・短大卒。出身地は地元の福井という人がほとんどだ。

福井のいわゆる大企業では、東京や関西の難関大学を卒業してから戻ってきたというUターンが目立つ。それに比べると、ユニネクの人材はバラエティーに富んでいる。

たとえば、WEB制作の要のポジションでは25歳の短大卒女性がチームリーダーを務めており、昇格には年齢も性別も学歴も関係ない。やる気のある人をどんどん登用し、また、社員自らリーダーになりたいと手を挙げることも可能だ。

そのほか、元起業家でニート生活を送っていた人や、元海外生活者で福井にIターン移住した人など、ユニークなキャリアをもつ人材を積極的に中途採用している。社内には個性を尊重した自由な雰囲気が漂っている。

均質的で偏差値の高い人材がそろっている会社でメンタリングを行うと、空気を読む能力が高い社員の割合が高いため、逆に違和感を覚えるくらい予定調和に話が進むという現象が起こりがちなのだが、同社の社員は違う。

■率直に発言し、感情を素直に表す社員たち

メンタリングの場が予定調和に終わることなど皆無で、社員たちは皆それぞれに、思うことを率直に発言し、感情豊かに笑い、時には涙を流す。成長することに前向きで、アドバイスに対するのみ込みも早い。「どのようにすれば仕事を楽しめるか」という探究心も旺盛で、男女問わずエネルギッシュだ。

今までさまざまな人のキャリア相談に応じてきたが、これほど成長意欲が高く個性豊かな人材がそろう組織でメンタリングを行ったのは、初めての経験だった。

多様性のある会社(※2)の強みは、変化に強いことだ。特に、ビジネス環境の変化が早いベンチャー企業にとっては、非常に大きなメリットになる。社員それぞれが価値観や考え方に違いをもつため、組織としての守備範囲が広くなり、状況によって柔軟に役割を変化させることが可能になるからだ。

(※2)本リポートにおける「多様性のある会社」とは、社員のさまざまな個性を基とした違いを組織運営に取り入れて活用し、組織力やチーム力を強化している会社を意味している。

一方で、デメリットも存在する。例えば、効率性だ。均質的な人材がそろう会社であれば、暗黙の了解のうちに社員がまとまり効率的に物事を推し進めやすい。多様な人材が集まる会社ではそう簡単にはいかない。その都度、価値観や考え方の違いに折り合いをつけていかなければならず、何をするにも効率が落ちてしまう。

そこで、大切になるのは、統一的な価値観や会社のビジョンなどを社員としっかり共有することだ。物の見方や問題解決へのアプローチ方法の違いといった、社員一人ひとりの個性を尊重しながらも、会社がどこを目指しているのかという最終的な目標を共有するという考え方だ。

画像提供=ユニフォームネクスト
オフィスに張ったテント。中でミーティングをすることもある - 画像提供=ユニフォームネクスト

■「当たり前に」社長の考えが社員に伝わっている

メンタリングの回数を重ねていくうち、私は社員たちにある共通点が存在することに気がついた。それは、新たな気づきを得た際には必ず、

「そういえば以前に社長も同じことを言っていました」
「社長の言っていた意味はこういうことだったのですね」

と、社長の言葉を反芻(はんすう)しながら理解を深める点だ。

そんな社員たちの様子から、普段から自然に、社長の考えや会社の方向性を意識しながら物事を判断している日常が見て取れた。しかもそこには、「社長の言う通りにしないといけない」というようなプレッシャーは感じられない。社長の考えや会社の方向性が、社員たちに当たり前に浸透しているようだ。

私はこの当たり前に浸透している状態こそがユニネクの強みであり、社員の多様性を活かしつつ組織力やチーム力を強化して、右肩上がりに業績を伸ばし続けている秘訣ではないかと考えた。

■「お節介なところ」まで踏み込んで思いを伝える

そのために欠かせないのが、社長と社員との想いや価値観の共有だ。

ユニネクでは、社長が社員に向けて毎日のようにブログを書き、社長自ら講師となって定期的に社内セミナーを開催し、月に一度の早朝勉強会を行う。このように折りに触れて、社長の想いや会社のビジョンなどを社員に向け発信し続けている。そして、年に2回社内テストを実施し、社長の想いや会社のビジョンの浸透度合いも含めた社員の理解度を確認している。90人の正社員との社長面談もある。

横井社長は「僕はふだんから、社員に一人の人間としてこうあってほしいという、ある意味お節介なところまで踏み込んで、社長としての自分の想いを発信している」と話す。

「社員たちが自分と違った考え方を受け入れる社風も、その点が深く関係しているように思う。最近でこそ会社のビジョンの共有に力を入れているが、会社の成長期では、社長としての自分の想いを伝える発信のほうが多かった」

こういった発信は社長からの一方的なものだけではない。社員からの発信も積極的に行われており、朝礼でのスピーチや社内ブログなどでの近況報告を欠かさない。ふだんから社長と社員との間で想いや価値観が共有されているため、いざというときの社員の判断軸にぶれが生じないのだ。

画像提供=ユニフォームネクスト
今年の入社式では、風船を使って歓迎ムードを演出した - 画像提供=ユニフォームネクスト

■ボトムアップ体制で社員のモチベーションを上げる

ユニネクでは、2018年10月から新たな試みにチャレンジしている。社員一人ひとりが経営に関わるボトムアップ体制作りだ。一般社員も経営全体を判断できるよう、日々の売上高など経営に関わる数値を可能な範囲で自分の端末から確認できる仕組みを作り、現場から意見や提案を出しやすい環境を整えた。

「これまでは上場を目標にしていたので、いかに早く会社を成長させるかを考えてきた。そのため、最終的な判断はすべて社長である自分が決めてきた。しかし、2017年7月に上場を果たした途端、退職者が数名出たことで、社員一人ひとりが主体性をもって経営に関わるボトムアップ体制作りに挑戦する必要があると考えた」
「葛藤もあった。社員に権限を委譲すると、生産性が下がるのではないか、会社の業績が悪くなるのではないかと悩んだ。しかし、人が決めたことを遂行するモチベーションと自分が最終的に決めたことを遂行するモチベーションとでは、まるで違う。確かに、社長である自分のアイデアのほうが1.5倍の生産性を生み出すかもしれないけれど、社員自身のモチベーションが2倍になるなら、そちらのほうがいいのではないか。今はそう考えている」

■「保健室の先生のような存在」として社員を支える

会社が大きく舵をきったことは、社員たちにも大きなインパクトを与えた。そんな社員たちの動揺や不安を敏感に感じ取った社長は、「社員たちに保健室の先生のような存在が必要」と私のところに外部メンターの依頼があった。

20代半ばの若手女性社員は、メンタリングの場で悩みを打ち明けた一人だ。2020年春入社予定の人材採用を一手に任されたが、そうした会社の期待に応えたい思いと、どうやって自分の思いを企画に落とし込めばよいのかがわからず、行き詰まりを感じていた。「メンタリングを受けたことで胸のつかえが取れた」と話す。その後彼女は、インターンシップの募集から採用説明会までのすべてを企画・提案するなど、自信をもって業務を遂行している。

社長とふだんから想いや価値観を共有できている社員たちは、判断軸にぶれがなく、前向きでリカバリーが早い。壁にぶつかっても試行錯誤しながら乗り越えていく組織のしなやかさがある。

ベンチャー企業の経営ステージは速いスピードでどんどん変化していく。そして、ステージに応じて会社の目標も刻々と変化していくものだ。社員たちがその変化のスピードに適応していくための土壌作りは欠かせない。

社内有志のヨガクラブは、週2回開催
画像提供=ユニフォームネクスト
社内有志のヨガクラブは、週2回開催 - 画像提供=ユニフォームネクスト

■「育てがいのありそうなユニークな人」を採用してきた

横井社長はこうふり返る。

「中小企業やベンチャー企業には優秀な人材が集まりにくいと言われている地方で、上場前はそれほど名の知られていなかった当社のようなベンチャーが、会社の成長に合わせて人材を確保していくことは並大抵ではなかった。年間10人ペースで人を増やしていく中で、内定辞退者が出たり、本当に欲しい人材を獲得できなかったり、何度も悔しい思いをした。とにかく早く会社を成長させることに必死で、ダイバーシティマネジメントとか、そういった人材戦略みたいなものを意識する余裕などない。変わっている人を、『面白い!』と思って採用してきただけ」

「即戦力として活躍しそうな雰囲気を出す人というよりもむしろ、育てがいのありそうなユニークな人を採用していこうとは意識してきた。社員が数名しかいなかった昔はもっと人の採用に苦労していたので、『中小企業に最初から優秀な人材が入ってくるわけがない。人材は育てるものだ』という考え方が染みついているのだと思う。だからこそ会社の成長と同じくらい社員の成長に重きを置いている。社員に育ってもらいたいと強く願い、自分の想いや考えを発信し続け、お節介なくらい社員と関わり続けてきたことで、結果的に社員一人ひとりの個性を活かした多様性のある会社に育った」

■「戦略」よりもシンプルで愚直な人材の育て方

私はずっと、「これほどの急成長を遂げた会社なのだから、人材採用や人材育成においても、何か緻密な計算に基づいた戦略があるに違いない」と思っていた。しかし、外部メンターを務めたことを通して、その組織運営は想像していた以上にシンプルなのだと知った。

横井社長は、「社長が自らの言葉で想いや価値観を発信することで、社員との信頼関係を築く」ということを愚直に継続してきた。そしてこの在り方こそが、中小企業が限られた人材を活用しながらしなやかに生き抜くための活路となるのではないだろうか。

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岡田 留理(おかだ・るり)
公益財団法人ふくい産業支援センター職員/特定社会保険労務士
福井県生まれ。同志社大学卒業。特定社会保険労務士。開業社労士時代は、中小企業の顧問、労働局の総合労働相談員、人材育成コンサルタントを経験。2015年4月に公益財団法人ふくい産業支援センターに入職。現在は、福井県内の創業・ベンチャー支援業務を担当している。2018年11月、近畿経済産業局が取りまとめる関西企業フロントラインにて、関西における「中小企業の頼りになる支援人材」として紹介された。(ふくい創業者育成プロジェクト http://www.s-project.biz/)

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(公益財団法人ふくい産業支援センター職員/特定社会保険労務士 岡田 留理)

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