ビートたけしの「毒舌」は嫌な感じがしないワケ
プレジデントオンライン / 2019年9月5日 11時15分
※本稿は、松倉久幸『起きたことは笑うしかない!』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■「赤信号、みんなで渡れば怖くない」のホンネ
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」
きっと日本人なら誰もが一度は聞いたことのあるこのフレーズ、これはビートたけしとビートきよしのコンビ、ツービートが考え、コントで披露したのが始まりです。
今の若い方はツービートを見たことはないでしょう。でもね、その出所が忘れ去られてもなお、彼らが繰り出した言葉が残る。これはすごいことじゃあ、ありませんか。
もちろん良い子の皆さんはマネしちゃいけませんよ(笑)。でもこの言葉を聞いた瞬間、人々の間に可笑(おか)しみが生まれ、そして一生忘れられない言葉になるのは、これが本来は「良くない言葉」であり、毒舌であることはわかりながらも、少なからず世の真実が含まれているから、そして人々のホンネが混じっているからではないでしょうか。
そう、これが笑いの正体です。
本当に赤信号で道路を渡るかどうかはさておき、「みんなしているから」と自分で自分を納得させ、本来ならしてはいけないことをこっそりしてしまった経験、きっと誰にでもありますよね。私だってありますよ、そりゃあ。みんなもしているから、ゴミをこっそり道端に捨ててしまう。みんなやっているからこっそり校則を破ってしまう……。
■笑いには「毒」が必要だ
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という言葉は、そんな大多数に流されがちな人間の本質を暴露した言葉であり、多くの人がそれに共感したのは、わが身のホンネをいい当てられたことに「いわれちまった!」と爽快感を覚え、大いに笑ってしまったからです。浅草で鍛えた毒舌ネタで、お茶の間の度肝を抜いたツービートならでは。ずばり、ホンネの笑いなんです。
舞台を見ていると、「あ、これはテレビではNGなことを喋ってるな」とニヤリとすることがよくあります。もちろんライブだって限界はありますよ。舞台だからといって何でも好きなことをいってもいいってもんではない。人が傷つくようなことを平気でいったり、差別を助長するような表現を何も考えずにいってしまっては、それこそ観客にはそっぽを向かれます。不快ですからね。
けれども笑いには、多少の毒が必要なんだ。いわば、スパイスが要るんですね。その毒のさじ加減が絶妙だったのが、ビートたけしや渥美清らです。でもそれは何も彼らのオリジナルってわけでもないんですよ。浅草で活躍したコメディアンたちが何十年とかけて脈々と受け継いできた伝統のようなもの、それが彼らに集約されて、さらに磨かれ、解き放たれたのではないでしょうか。
■「放送禁止用語」は古典落語と相性が悪い
権威をかさに着るお役人や、善人を気取ったエロ親父、上役におべっかを使う小者に、偉ぶる教師、どれもこれも現実の世界に幅を利かせながら、一皮むけば大した人間ではない、そういった現実を茶化して笑い飛ばしてやることで、現実の憂さを晴らし、明日への活力を養う。単なるうっぷん晴らしだけでなく、世の中のホンネを役者と観客が共有することで一種のカタルシスを得られる、それがコメディ。とりわけライブのコメディの最高の持ち味だと思っています。
さらに今は放送禁止用語ってのもありますね。もっとも「禁止」というより、各放送局による「自粛」という意味合いが強いようですが。
多くの視聴者に番組を届ける以上、極端に卑猥な言葉や差別語を使うのをやめましょう、ってのは理解できます。ただ、そうであっても時には残念な思いをすることもあるんです。つまり古典落語などの場合です。
ご存知、古典落語の多くは江戸時代の庶民の風俗をネタに噺(はなし)がつくられていますから、当時の言葉や俗称がバンバン出てきます。当時は普通に使っていた言葉でも、今では「放送禁止用語」ってのがたくさんある。それらの言葉を使えないとなると、だいぶ困ったことになってしまうんです。
■「めくら提灯」が笑いの対象にしている人
「めくら提灯」という小噺があります。もうこのタイトルからしてテレビなどではNGかもしれません。その内容はこうです。
あるお店の旦那が按摩(あんま)さんを頼むんです。当時は按摩さんというのは、目の不自由な人がよく就く職業とされていました。さて、仕事が終わり帰ろうとした按摩さん、外はもう暗くなっている時分で、店の人に提灯を所望しました。しかし、そもそも目が見えないんだから、提灯を掲げて周囲を明るくしたって本人には関係がないはず。店の番頭さんが尋ねます。
「按摩さん、お前さん目が見えないんだから、提灯持ってどうするんだい?」
「足元を明るくしておかないと、向こうから『見える』というめくらがぶつかってくるんだよ」
どうです、見事じゃありませんか。
自分も含めて、そういう人って大勢いますよね。目を見開いているつもりだけど、肝心なものが見えていない人。つまりこの噺が笑っているのは、目の見えない按摩さんの方ではなく、見えるつもりになって周囲への注意を怠ってばかりの健常者の方なんです。
■言葉のスパイスは世の真実をあぶり出す
ところが、この言葉が大っぴらに使えないとなると、噺全体が成り立たなくなってしまいます。落語の場合は、噺の中身はもちろんですが、言葉のリズム、スピード、語感ってのが重要です。これがもし「向こうから『見える』という目の不自由な人がぶつかってくるんだよ」になってしまったら、何が何やらさっぱりです。よくよく考えて意味がわかったとしても、言葉のリズムが悪すぎて面白さなんかちっとも生まれない。
その言葉を使うことで、相手を侮辱するような結果になるのは言語道断です。でも、多くの落語の場合でそうであるように、嘲笑的な使い方ではなく温かい使い方をしているものまで使えなくなってしまうと、それは少々もったいない気がしてなりません。言葉というのは、それを発する人間、そして受け取る人間の心持ちが、何にも増して大切なのです。
テレビ、映画、生の舞台、いずれも人を傷つける言葉や表現は極力避けるという方針には賛成ですが、言葉のスパイスが時には人々のホンネ、世の中の真実をあぶりだす力を持っているんだということも、忘れないでおきたいと思うんです。
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浅草演芸ホール会長
1935年、長野県生まれ。中央大学卒業。68年、東洋興業社長に就任。「浅草演芸ホール・東洋館(旧「浅草フランス座」)」を率いる。2018年、「江戸まち たいとう芸楽祭」実行委員会顧問就任。著書に、『浅草で、渥美清、由利徹、三波伸介、伊東四朗、東八郎、萩本欽一、ビートたけし…が歌った、踊った、喋った、泣いた、笑われた。』(ゴマブックス)がある。(プロフィール画像:Ⓒ早稲田大学メディアデザイン研究所)
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(浅草演芸ホール会長 松倉 久幸)
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