ユニクロはなぜ「ユニバレ」を死語にできたのか
プレジデントオンライン / 2019年9月2日 9時15分
※本稿は、米澤泉『おしゃれ嫌い 私たちがユニクロを選ぶ本当の理由』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■「ユニバレ」「ユニ被り」もはるか昔
ファッション誌がこぞって「ユニクロでよくない?」といい始める前のユニクロはポピュラーな「みんなの服」ではあったが、決して誌面で特集される服ではなかった。なぜならユニクロはどちらかと言えば着ていることを知られたくない服であったからだ。誰もが着ているユニクロを自分も着ているのは恥ずかしい。
そんな「ユニバレ」が「ユニクロでよくない?」になり、今では「ユニクロがよくない?」とまで言われるようになった理由を整理してみよう。
一つ目の理由は、ユニクロが服ではなく、実は「くらし」を売っているからだ。服を通して、「ていねいなくらし」を売っているからこそ、あらゆる人がユニクロを着るようになったのだ。着る人の価値観に寄り添う、究極の服を目指してつくられた「ライフウェア」は服のかたちをしているが、服であることを超えた服である。
「ライフウェア」が提唱する生活をよくする服とは、新たな価値観をつくり、ライフスタイルを示す道具でもある。それは、言うなれば、服のかたちをした「ていねいなくらし」という理念なのだ。だからこそ、私たちは積極的にユニクロに手を伸ばすようになったのである。松浦弥太郎的な「ていねいなくらし」を実践するために、日々の生活をすこやかに回していくためにユニクロは欠かせない。
今や、節約したいものの筆頭に挙げられるファッションだが、ユニクロの服を買うことは単なるファッション消費ではない。なぜなら私たちは、ユニクロの服を買うことで、「ていねいなくらし」というライフスタイルを手に入れているからだ。それは、非難されがちな浪費では決してなく、むしろ推奨されるべき正しい消費である。
■「ていねいなくらし」が浸透した背景
だが、ユニクロを選ぶことが「正解」になるためには、「ていねいなくらし」そのものが人々に支持されなければならない。着ることよりも、食べることや暮らすことへの関心が高まっていなければならない。「ユニクロがよくない?」と言われるようになった二つ目の理由は、「くらし」の時代が到来したからであった。みんながおしゃれよりも、「くらし」が好きだと言い始めたからである。
1980年代はもちろん、90年代、2000年代に入っても、人々はおしゃれに精を出し、服を買い続けてきた。風向きが変わったのは、ファストファッションが浸透してからである。ファッションを民主化したと言われるファストファッションだが、いつでも、どこでも、誰でも買える流行服の蔓延(まんえん)は、同時に服への関心も低下させることになった。もう、おしゃれで差異化する時代ではない。誰もがそこそこおしゃれになったのだから。時間もお金もエネルギーもそれほど注がなくてもよいのではないか。
さらに2011年に起こった震災が追い打ちをかけた。ファッションよりも、もっと大切なものがある。日々の「くらし」をていねいに生きることこそ重要なのではないか。こうして、ファッションへのこだわりが、食や雑貨といったライフスタイルへ向けられるようになり、おしゃれをして街へ出かけるよりも、家の中での生活=「くらし」が注目されるようになった。
断捨離されたシンプルな部屋で時間をかけて朝ごはんを食べる「ていねいなくらし」こそ、最もファッショナブルだと思われるようになったのだ。
■空前の“健康ブーム”がぴったりはまった
そのようななかで、80年代や90年代には考えられなかった服を買わないという選択も推奨されるようになった。なるべく少ない服を着回すことが求められ、「毎日同じ服を着るのがおしゃれな時代」とまで言われるようになった。そんな時代だからこそ、ユニクロの「ライフウェア」がいっそう支持される。
ベーシックで、シンプルで、組み合わせやすい服装の部品。仕事にも「ユニクロ通勤」すればいいし、毎日のコーディネートもユニクロを中心に着回せばいい。よく考えてみれば、みんな、もともとおしゃれがそんなに好きではなかったのかもしれない。でも、今までは毎日とっかえひっかえ着替えなければならないと思わされていたのだ。おしゃれをしなければならないと思わされていたのである。
だが、おしゃれよりも「くらし」が好きと声を大にして言える時代がやってきた。おしゃれはほどほどにして、「ていねいなくらし」をしたい。余った時間は、ユニクロムーブを着て走ったり、ヨガをしたり、グランピングに行きたい。健康であることが何よりも価値を持ち、おしゃれよりも「くらし」の時代だからこそ、ユニクロが正解となったのである。
■ユニクロが“見た目勝負”を終わらせた
そして三つ目、最後の理由は、ユニクロのおかげでおしゃれで勝負しなくてよくなったことである。おしゃれが自己表現だった時代は、みな、おしゃれで勝ち負けを競わなければならなかった。DCブランドが好きか、コンサバ・ブランドが好きかの差はあれ、女子大生もOLも主婦もみんなおしゃれで競い合っていたのだ。海外ブランド全盛期も、シャネルかグッチか、ヴィトンかエルメスか、あるいはそのブランドバッグをいくつ持っているかでお互い勝負していたのである。
だが、現在はおしゃれで競い合わなくてもいい。頑張らなくてもいい。そのせいで、「ユニクロがよくない?」とみんなが言い始めてから、ファッション誌はやることがなくなってしまった。今や、どの雑誌にもユニクロがデイリーブランドとして登場し、みんなが毎日ユニクロをコーディネートに取り入れるようになったからである。機能的で、着心地もよく、デザイン的にも配慮されたユニクロがあれば、服はこれで十分である。結果として、ユニクロがおしゃれで勝負する時代を終わらせたと言うことができる。
■インスタで生まれた「意識高い」競争
一方で、おしゃれで競う代わりに、人々は「インスタ映え」を競うようになった。ファッションセンスなどという抽象的なものは流行らなくなったのである。それよりも現在は、「見える化」された数値が大切なのだ。フォロワー数。いいねの数。それが新たな勝敗を決めるのである。
人々は、日常を見せるメディアである「インスタ」で、どんな「くらし」をしているか、ライフスタイルを見せるようになった。「くらし」がおしゃれな人が本当のおしゃれと評価されるようになった。「インスタ」で、どれくらい「ていねいなくらし」をしているかを競い合う。おしゃれに代わって「意識の高さ」という目に見えないはずのものを競うようになったのである。
そんな意識の高さを競う人々にとっても、ユニクロは最適なブランドである。ファッションに余計なエネルギーを注がずに、「ていねいなくらし」に邁進(まいしん)できるのだから。このように、服はほどほどで、「くらし」を大切にしたい今の時代に最も相応しいブランドだからこそ、ユニクロが正解の服になったのである。
■「服は服に過ぎない」という事実に気付かせた
では次に、ユニクロが正解の服となった平成の30年間で服を着ることはどう変わったのかをもう一度考えてみよう。そこからは、現在の消費のあり方、人々の欲望の在処(ありか)が見て取れる。
平成の幕開け、すなわち90年代に入った頃は、まだ人々は服を着ることに個性や差異を求めていた。個性的な服、高級ブランドに代表される価格の高い服、そして著名デザイナーが手掛ける服。そこには何か特別なものがあると信じられていたのだ。それは、デザイナーによるメッセージであったり、ブランドという物語であったりしたが、記号的消費に相応しい付加価値はすべて、人に差をつけるために、まとわれていたと言うことができるだろう。
だが、ユニクロは服にかけられていた魔法を解いた。服は個性ではない。服は服にすぎない。服は服装の部品なのだ。着る人の個性は服によって表現するものではない。むしろ、シンプルな服ほど、着る人の個性が見えてくる。フリースやヒートテックを通して、リアルクローズとはそういうものだとユニクロは教えてくれたのであった。
その結果、服を着ることに、個性や差異を求めることはしだいになくなっていった。個性的な服、見たこともないような服や独創的な服はむしろ敬遠され、シンプルでベーシックで着回しが利きそうな普通の服こそ求められるようになった。もう過剰なデザインの服はいらない。ただ、上質で「つくりのいいもの」であればいい。「つくりのいいもの」であれば、人と同じでもかまわない。カシミヤタートルネックセーターが人と違う必要は全くない。
■スニーカーブームに潜む「共感」
それは服が差異化の道具ではなく、共感の道具へと変わったことを示している。服を着ることで差異化するのではなく、お互いに共感したい。共感されたい。つながりたい。「インスタ」のハッシュタグでは、「お洒落さんと繋がりたい」(1340万件)、「おしゃれさんと繋がりたい」(1040万件)、「お洒落な人と繋がりたい」(200万件)といったものが圧倒的な支持を集めており(2019年7月現在)、服を中心としたおしゃれによって、つながりが求められていることがわかる。
もちろん、お互いに「いいね」とならなければ、おしゃれさんとはつながれない。親近感を持たれ、共感されることが重要になってくる。現在は、SNSのハッシュタグによって、おしゃれにつながりを求める時代なのだ。
スニーカーがここまでブームになった理由の一つも「共感」にあると思われる。数年前に芸能人がウェディングドレスにスニーカーを合わせて挙式したことが話題になったが、その際にもドレスにスニーカーを合わせた写真が「インスタ」に溢れた。スニーカーが「共感」を引き起こしたのだ。
ハイヒールではなく、新郎と一緒にスニーカーを履くことによって、結婚式という特別な場においても日常の雰囲気を醸し出したことが、「いいね」と「共感」されたのだ。
■“つながり”を求めて消費する時代
スニーカーなら、誰でも履ける。男女や世代を問わず、家族全員で同じものを履くことも可能だ。機能的で快適で、外反母趾(がいはんぼし)になることもなく、たいていのものは価格もそんなに高くない。スニーカーを履くことは、ファッション的にも、ジェンダー的にも、健康的にも、そしてコストパフォーマンス的にも理に適っている。
ルブタンのハイヒールを履いていれば、羨望のまなざしとともに後ろ指を指されることがあるかもしれないが、スニーカーを履いていれば、非難されることは決してないだろう。飾らない、頑張りすぎないおしゃれをすることにより、他者からも親近感を持たれ、共感される。私も欲しい、履きたいと思われる。スニーカーは、まさに、つながりを求める時代に相応しいアイテムなのだ。
差異化消費から共感消費へ。特にSNSが台頭してからは、人に差をつけるためではなく、人とつながるための消費が主流となってきている。友だちがいいねと言ったから、私も同じものを買ってみよう。共感できる人が薦めるから私も着てみよう。とりわけ、2000年代に成人になったミレニアル世代(ミレニアルズ)はこの「共感消費」の傾向が強いとされる。
■共感できればいいから、所有する必要はない
お互いに共感するためのアイテムなのだから、別に所有する必要はない。共感をシェアできればそれでいいのだ。よって、このミレニアル世代は、所有欲もあまりない。一時は好きだった服も、その時期が過ぎればメルカリで売ればいい。もし、好きだったという思い出を記憶しておきたいのならば、デジタルで残せばいいからだ。
逆に、モノで自己表現してきた世代ほど、昔のDCブランドの服やブランドバッグを手放したくないと思うだろう。最近になって、断捨離やミニマリストが「手放せ」と言うから、渋々処分したという人も多いのではないか。個性を表現してきた服や自分を成長させてくれたブランドバッグはそんなに簡単に手放せるものではない。それはある意味、かつての私の分身でもあるからだ。
しかし、服やバッグが個性や自己表現の道具でなければいくらでも手放せるし、所有にこだわる必要もない。賞味期限切れのものを捨てるのと同じことだ。ただ、そこにはモノを通じた共感とつながりがあるだけなのである。
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甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授
1970年京都生まれ。同志社大学文学部卒業。大阪大学大学院言語文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は女子学(ファッション文化論、化粧文化論など)。『「くらし」の時代』『「女子」の誕生』『コスメの時代』『私に萌える女たち』など著書多数。
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(甲南女子大学人間科学部文化社会学科教授 米澤 泉)
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