20歳のスクハラ被害者が署名活動を続ける理由
プレジデントオンライン / 2019年9月2日 6時15分
■「先生から生徒へのパワハラ」をなくしたい
8月28日朝、佐藤悠司さん(20)が分厚い書類の束を抱えて東京都庁を訪れた。書類は佐藤さんが7月17日から1カ月かけて集めてきた署名。「先生から生徒へのパワハラ」をなくすため、生徒が相談しやすい公的窓口の設置を求めるものだ。
「署名は約9000人から集まりました。こんなに集まるとは思っていなかったので驚きました。署名していただいた方には、本当に感謝しています」
佐藤さんは、東京都世田谷区の私立中高一貫校「世田谷学園」で、中学2年生の時に担任からパワハラを受け、高校卒業までの4年間にわたって不登校を余儀なくされた。その経緯は、プレジデントオンラインで詳しく報じてきた(『名門私立"世田谷学園"の教員パワハラ疑惑』『"離婚家庭の子はダメ"パワハラ発言の顛末』)。パワハラが原因で発症した睡眠障害の治療はいまも続いている。
その後、佐藤さんは塾などに通うことで早稲田大学に現役合格し、いまは大学に通っている。しかし、「自分が体験したような『スクールハラスメント』が繰り返されてはいけない」と、署名キャンペーンの発信サイト「Change.org」でスクハラ防止の署名を呼びかけた。
■相談窓口がないことで、被害者が深刻な状況に
署名の趣旨は2つあった。ひとつは、文部科学省に対して、「教員から生徒へのハラスメント」の相談・紛争に対応する公的機関の設置を求めるもの。もうひとつは、東京都と世田谷区に対し、上記の機関とは別に、より簡易に、被害生徒が相談できる窓口の設置を求めるものだ。
この日佐藤さんは、署名とともに賛同者から寄せられた意見を東京都教育庁の担当者に手渡した。担当者から公立と私立の両方の担当課などに共有してもらうことを確認し、「よろしくお願いします」とだけ伝えて、都庁を後にした。
佐藤さんは署名と同時に、スクハラの実態について聞くアンケート調査を署名サイト上で実施していた。回答したのはスクハラを経験した約60人。「誰からハラスメントを受けましたか」という複数回答が可能な質問に対して、「担任の先生」と答えた人は52.5%にのぼった。次いで「教科担当の先生」が33.9%、「部活動の顧問」が23.7%という結果になった。
次に「ハラスメントの被害を誰かに相談しましたか」との問いに、84.7%の人が「はい」と答えた。相談相手については「学年主任などの管理職」と答えた人が最も多く、「両親」と「担任の先生」が続いた。
ところが、相談したと答えた人に、相談の効果があったのかを聞くと、回答は「かえって状況が悪化した」と「全くなかった」が最も多く、ともに32%だった。「あまりなかった」と答えた人をあわせると、7割以上のケースで、相談しても解決しなかったことになる。
その一方で、相談できなかった人も15%いた。その理由は「どこに相談していいかわからなかった」「我慢するしかないと諦めていた」が大半を占めた。相談窓口がないことで、被害者が深刻な状況に陥っていることが考えられる。
■学校の中で相談しても「悪化するだけ」という現実
アンケート以外にも、約450人から意見が寄せられた。その中には、私立学校だけでなく国立大学の附属中学など、国公立の学校でもハラスメントを受けて、相談しても学校側が否定したという体験談があった。
佐藤さんの場合、世田谷学園側は一時、事実関係を認めて謝罪をしていた。しかし、佐藤さんが原因究明と関係者の処分、それに事実の公表を求めると、学園側は態度を変え、現在はパワハラがあったことについても全面否定している。学校の中で相談しても事態は好転しないことを、佐藤さんも実感していた。
「アンケート調査をしたことで、自分と同じように相談をしても効果がない経験をした人が多くいることがわかりました。学校内で相談した結果、加害者である教員や、学校の態度がむしろ悪化する可能性が高いのです。
いまのままではパワハラがあったことを認めてもらうには裁判を起こすしかありませんが、ハラスメントは証拠を集めるのが難しいため、事実であっても必ずしも裁判に勝てるわけではありません。学校側の弁護人からの心無い主張によって、被害者である生徒がさらに傷つくケースも考えられます。
相談を受けても、その先に向かって動いてもらえなければ意味がありません。だからこそ学校以外に、相談を受けて実効性のある解決策を探ってくれる機関が必要なのです」
■文部科学省への提出は「日程の調整がつかない」と拒まれた
佐藤さんは東京都への提出に先駆けて、前日には世田谷区にも署名を提出していた。しかし、文部科学省への手渡しによる提出は、「日程の調整がつかない」という理由で拒まれ、結局8月末に郵送での対応となった。
「中学生と高校生が自殺をするのは夏休み明けが最も多いと言われていますので、何とか8月中に署名を提出して、希望が持てるようなメッセージを発信したかったのですが、かないませんでした」
日程の調整だけではない。部署をたらいまわしにされることもあった。さらに、署名サイトでは住所を記入しないため、「住所のない署名は受け取れない」という指摘も受けた。しかし、佐藤さんは署名に賛同した人たちの思いを伝えるため交渉を重ね、東京都と世田谷区はそれに応じてくれたという。
「個人での活動なので、厳しさは感じています。相談機関の設立も、現時点で実現が難しいことはわかっています。それでも8月中に受け取ってくださいとお願いして、東京都と世田谷区には提出できました」
厚い壁を感じる一方で、明るい兆しもあった。今回の署名活動に大きな反響があったことで、将来に向けて訴え続けることの手応えを感じた。そして佐藤さんの行動を支援する人々も現れたという。
「署名活動は疲れましたし、このような活動をすることで、僕自身いろいろなものを失いました。その一方で、協力していただける人と出会うことができました。以前だったら、つらい時に頼れる人がいませんでしたが、いまの僕には頼れる人がいます。また当時は気づかなかったけれど、僕を支援してくれる友達の存在も心強いです。
9000人もの方が共感してくれて、署名してくれたことで、僕の思いをわかってもらえたと感じました。本当に感謝していますし、やってよかったと思っています」
■「社会は変えることができる」というメッセージを届けたい
国立精神・神経医療研究センターに設立されている「自殺総合対策推進センター」によると、子どもの自殺は、中学校と高校の生徒は9月1日が、小学生は11月30日が最も多い。佐藤さんは「11月30日に向けても、スクハラの相談窓口設置を求めるキャンペーンを展開していきたい」と話している。
佐藤さんは、自らがスクハラの被害者であり、いまも睡眠障害で苦しんでいる。それでも、なぜここまでの活動ができたのか。東京都に署名を提出した直後の佐藤さんに聞くと、「苦しんでいる子どもたちに前向きなメッセージを届けたかった」という答えだった。
「こうしている間にも、学校からのハラスメントに苦しんでいる子どもたちがたくさんいるはずです。自分が行動し、少しでも社会が変わるように努力している姿を見せることで、世の中が変わりつつあるというメッセージを子どもたちに伝えたいという思いでした。
これだけたくさんの署名が集まったことで、少しでも子どもたちの心に勇気を与えて、希望を見いだしてもらうことができればと思っています」
佐藤さんは9月2日に文部科学省記者クラブで記者会見を行い、スクハラに苦しんでいる児童や生徒、それに保護者らに向けて署名活動の成果を報告する。
■9月5日追記:佐藤さんの活動に対する専門家のコメント
佐藤さんは9月2日、文部科学省で記者会見を行って、署名活動やアンケート調査の結果について報告した。佐藤さんの活動に対して、教育の専門家も会見にコメントを寄せた。
名古屋大学大学院の内田良准教授は、
「中学校や高校ではとくに子どもたちは,担任や部活動顧問との関係が悪くなると,進学や就職,試合への出場などに負の影響が出るのではと考える。したがって仮にまわりに相談をしたとしても,改善が見られないと,そこであきらめてしまう。
訴えた本人やその保護者に不利益が生じないようなかたちで,ハラスメント被害対応の窓口が整備されるべきだ」
と佐藤さんの訴えに賛同の意を示した。
また、子どもの生命や人権を守るため、「いじめ」「学校事故」「虐待」などさまざまな問題の調査や研究を行っている「一般社団法人ここから未来」の大貫隆志代表理事も、内田准教授と同じく賛同する文章を寄せている。
同様に、学校における教員による「指導」も、指導を背景とする子どもの自殺が表面化し、社会問題化しています。
児童虐待が「しつけ」と称する身体的虐待、ネグレクト、心理的虐待、性的虐待をもたらしているよう、学校においても「指導」と称するハラスメントが横行しています。その背景には、懲戒権の濫用があります。
学校教育法は、懲戒権について「第11条 校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」と定めています。
懲戒権の行使は「教育上必要があると認めるときは」と限定されているにもかかわらず、指導の現場では「あるべき子ども像に近づけるためには懲戒を加えてもいい」と偏った理解がされています。
教員の属人的手法や個人的判断により指導が行われるため、指導と懲戒との境界が曖昧になり、懲戒を加える権利があるというゆがんだ理解が、教員の振る舞いを高圧的なものにしています。本来であれば、子どもに対しては助言的、支援的なかかわりが求められるにもかかわらず、生徒指導の名のもとに事実上の懲戒が、教員の権利として行使されるのであれば、これは私刑、リンチに近いものであり、控えめに言ってもハラスメン卜ではないでしょうか。
児童虐待防止法の及ぶ範囲は家庭に限定され、同様の行為によって被害を受けても、学校であること、教育行為であることから、子どもに対する権利侵害は容認されます。
子どもの人権が、時と場合、場所によって守られたり侵害されたりするのは、著しい不合理です。この不合理を解消するための相談機関の設置は、子どもの命を守るためにも必須と考えます。
内田氏と大貫氏のコメントは、記者会見で佐藤さんが明らかにした。
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ジャーナリスト
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。警察不祥事、労働問題、教育、政治、経済、パラリンピックなど幅広いテーマで執筆。
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(ジャーナリスト 田中 圭太郎)
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