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ラグビーとサッカーの客席にある本質的な違い

プレジデントオンライン / 2019年9月10日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CHellyar

9月20日にラグビーワールドカップ日本大会が開幕する。ラグビーの魅力はどこにあるのか。元日本代表主将の廣瀬俊朗氏は、「ラグビーには対戦相手やレフェリー、サポーターなどといっしょに『いいゲーム』を作ろうとする独特の文化がある。サッカーではサポーター同士のトラブル防止で客席を分けるが、ラグビーではそれぞれのサポーターが交ざり合って座るという違いがある」という——。

※本稿は、廣瀬俊朗『ラグビー知的観戦のすすめ』(角川新書)の一部を再編集したものです。

■4年前の「スポーツ史上最大の番狂わせ」

2015年9月19日、英国時間の18時56分。

日本では20日午前3時になろうとする頃だ。

ラグビー日本代表が、第8回ワールドカップの初戦で、これまで二度の優勝を誇る南アフリカ代表スプリングボクスから34―32と劇的な逆転勝利を収めた。

日本がワールドカップで勝利を挙げたのは、1991年10月14日、第2回大会でジンバブエ代表を52―8と破って以来のこと。

24年ぶりの白星は、英国のタイムズ紙やガーディアン紙といった高級紙が「スポーツ史上最大の番狂わせ」と大々的に報じた、掛け値なしの大金星だった。

僕は日本代表の一員ではあったが、試合に出場する23名のメンバーに選ばれず、仲間たちが練習の成果を出して強豪にくらいつく様子を、スタンドから見守っていた。

最後10分ぐらいからは、グラウンドに降りていった。そして、カーン・ヘスケス選手がロスタイムに逆転トライを挙げた瞬間に、歓喜を爆発させた。

2012年にエディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)のもとで日本代表の強化がスタートして以来続けてきた、「ハードワーク」が報われた瞬間だった。

■負けた選手が笑顔で「おめでとう」と握手した

そうした大きな感動と喜びのなかで、試合直後にピッチ上に現れた光景を見て、僕は改めてラグビーという競技の素晴らしさ、価値を再認識した。

負けた南アフリカの選手たちが、悔しさを押し殺して、笑顔で日本の選手たちに手を差し出し、握手をして「おめでとう」と言っているのだ。

僕も、グラウンドのみんなに駆け寄ったとき、南アフリカの選手たちと握手をすることができた。

彼らにしてみれば、ここで日本に負けることなどまったく考えていなかっただろうし、ものすごく悔しかったはずだ。それでも、自分たちで集まって敗因を分析したり反省したりする前に、まず勝った日本代表を敬ってくれた。

日本の選手たちは、長い強化の末に手に入れた大金星だったので、とにかく勝利を喜ぼうという気持ちでいっぱいだったが、そういう状況でも、南アフリカの選手たちは僕たちをリスペクトすることを忘れていなかった。

それが何よりも嬉(うれ)しかった。

同時に、その光景は、南アフリカというラグビー伝統国を代表する選手たちの懐の深さを僕に改めて認識させてくれた。

僕は、彼らが築いてきたもの、背負っているものの大きさをその場で感じ取って、僕たちはまだたった1回勝っただけなんだ、と考え直した。

南アフリカ代表のなかには、当時サントリーサンゴリアスでプレーしていたスカルク・バーガー選手やフーリー・デュプレア選手がいた。彼らはチームメイトの小野晃征選手をはじめ、ジャパンラグビートップリーグでいつも対戦する日本代表の選手たちをよく知っていた。僕も、彼らをよく知っていた。だから、彼らの顔を見た瞬間に、大きな喜びの渦中にいながら、ふと素に戻って、そういうことを考えられたのかもしれない。

本当にラグビーは素晴らしい、こんな素晴らしいスポーツはなかなかない——僕は、そんな感慨にふけっていた。

■尊敬し合う相手と本気で戦うことに面白さがある

ラグビーでは、同じチームで毎日いっしょに汗を流している仲間と、お互いに国を背負って戦うことがしばしば起こる。

これは、お互いにとって大きな喜びだ。

もちろん、試合が始まれば相手の選手が日本ではチームメイトだろうが、元チームメイトだろうが、そんな余計なことを考えずにチームのために力を出しきってプレーする。

それでも、試合が終わればお互いに健闘をたたえ合うし、試合前に顔を合わせるようなことがあれば、「今日は楽しみだね」といった話もする。

つまり、普段からリスペクトし、認め合っている人間と、国を背負って本気で戦うところに、ラグビーのテストマッチの面白さと奥深さがある。

お互いに尊敬し合っているからこそ、手を抜かずにいいプレーをしたい。それが、僕たちピッチに立っている人間の気持ちなのである。

■ラグビーではサポーターが隣り合って応援する

もともとラグビーには、自分たちのチームが勝ちさえすれば、あるいはいいプレーをしさえすればそれでいい、といった独りよがりな部分があまりない。

むしろ、対戦するチームやレフェリーといっしょに、いいゲーム、感動できるゲームを作り上げたい気持ちが強く、そういう気持ちが独特の「ラグビー文化」を築いている。

ラグビー選手がレフェリーに対して高圧的な態度を取らず、試合中もコミュニケーションを取り合い、ネゴシエート(交渉)するのも、そういう文化があるからだ。

そこには、今戦っている試合を素晴らしいものにしたいという考えがある。

スタジアムにいる観客も、そういう姿勢を持っている方が多いように思う。

サッカーの試合では、サポーター同士がトラブルを起こさないようにするため観客席を厳密に分けるが、ラグビーでは——特に、ワールドカップのような大会では——それぞれのサポーターが交ざり合い、隣り合って座っている。

そうした、素晴らしい試合をみんなで作り上げようとするところが、ラグビーの面白さだ。

だから、僕たちプレーヤーは、相手が強いチームであればあるほど「頑張ろう」という気持ちになるし、みんなでひとつのエンターテインメントを作り上げると考えているからこそ、試合が終わった瞬間に、負けたチームの選手が勝ったチームの選手に「おめでとう」と言えるのだろう。

■多様性があるから思いやりが生まれる

こうした「ラグビー文化」の根底にあるのが、お互いに激しく真剣に身体をぶつけ合う競技の特質だ。

試合のなかでは、相手の身体を壊そうと思えば壊してしまえるような状況がしばしばある。しかし、そこで人間としての最後の一線を決して越えることなく、どんなに激しい戦いのなかでもお互いにルールを守り、そのなかで最大限の戦いを繰り広げようとする。そこがラグビーの素晴らしさであるし、そういう本質を理解しているチームを相手にするからこそ、対戦相手に対するリスペクトの気持ちも生まれてくる。

もっとわかりやすい言葉で言えば、レベルが上がれば上がるほど、「しょうもないプレー」をしなくなるのがラグビーという競技なのだ。

そういうラグビーの本質にあるのは、「多様性」だと僕は思う。

ポジションによって身体つきも、持っている個性も、みんな違っている。

ゲームの性質から考えても、チームのなかで自分だけがハッピーになればいいという気持ちでは、いい試合を戦うことはできない。いい試合をするためには、身体の大きなフォワードも、僕たちバックスも、みんながハッピーになることを考えながらプレーする必要がある。

そして、仲間のために頑張ろうと思ってプレーするからこそ、見ている多くの方に勇気や感動をお届けすることができる。

■ラグビー日本代表には海外出身の選手もいる

チームのメンバーが多国籍であるのも、ラグビーの大きな特徴だ。

もちろん、サッカーでも野球でも外国人選手がチームにいて活躍しているが、ラグビーは国を代表するナショナルチームにも、一定の代表資格(エリジビリティ)を満たした海外出身の選手たちがいる。エリジビリティについては後で詳しく解説するが、自分とはまったく違う環境や文化のなかで育った人を受け入れていっしょにプレーするのも、ラグビーの素晴らしさだ。

僕自身の経験でも、2015年のワールドカップにいっしょに参加した選手たちとはいい関係を築くことができた。

彼らのなかには、オーストラリアやニュージーランドといったラグビー伝統国出身の選手たちもいれば、トンガ、サモアやフィリピンといった国にルーツを持つ選手もいた。本当に多国籍だった。しかし、なにより彼らは日本が大好きだったし、ワールドカップがどういう大会であるかを日本人の僕たち以上に深く理解していた。

僕にとっては、この大会が初めてのワールドカップだったので、どれほど凄(すご)い大会なのか理解していなかったが、彼らのワールドカップにかける思いに触れるたびに、大会の凄さを僕自身が感じたいと思うようになった。そうした相乗効果が生まれたことも、僕たちが好成績を残すことができた要因のひとつだろう。

■ラグビーで身に付いた思いやりは社会の中でも生きる

こうした経験を積んだラグビー選手の多くは、現実の社会に出ても、人に対してバリアを張ることなく、個性を認め合い、たとえば「この人のこういう良さを自分に引き入れれば、自分ももっと良くなるのでは」と考えるようになる。だから、ラグビーは社会的にも意義のあるスポーツだと言えるだろう。

廣瀬俊朗『ラグビー知的観戦のすすめ』(角川新書)

スポーツの社会的な価値を考えると、さまざまな人に喜んでもらうことであったり、子どもたちから憧れられる選手になったりすることが、単純な勝敗よりも大きくなる。

もちろん、選手としてプレーする以上は、相手がどんなチームであれ絶対に勝つつもりで試合に臨む。しかし、では試合の勝ち負けを僕たち選手が完全にコントロールできるかと言えば、必ずしもそうとは限らない。だから、自分でコントロールできない勝ち負けにこだわり過ぎると、チームのあり方もあまり健全とは言えなくなる。

ラグビーが単なる勝ち負けだけを争うスポーツであれば、これほど多くの人が観戦に訪れることはないのではないか。

選手たちが持てる力をすべて試合で出し切る様子や、勝敗を超越してお互いをリスペクトする態度が価値あるものとして受け取ってもらえるからこそ、ラグビーは、たとえ負けた試合であっても、人の心を打ち、見た人から「良い試合だったね」と言ってもらえる何かを生み出すことができるのだ。

それが、ラグビーという競技が持つ価値なのである。

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廣瀬 俊朗(ひろせ・としあき)
元ラグビー日本代表キャプテン
1981年、大阪府生まれ。ラグビーワールドカップ2019公式アンバサダー。2007年に日本代表選手に選出され、2012年から2013年までキャプテンを務める。ポジションはスタンドオフ、ウイング。

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(元ラグビー日本代表キャプテン 廣瀬 俊朗)

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