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トヨタが1000億円出資する配車サービスの実力

プレジデントオンライン / 2019年9月13日 6時15分

現地のトヨタ販売店ボルネオ・モーターズでは、グラブが保有しドライバーに貸し出しているトヨタ車の補修を行っている。 - 写真提供=Toyota Motor Asia Pacific

トヨタが10億ドル(約1000億円)を出資し、取締役まで派遣している配車アプリ運営会社がある。マレーシアで起業し、いまは東南アジア一帯でサービスを展開する「Grab(グラブ)」だ。ノンフィクション作家の野地秩嘉氏は「シンガポールでグラブの現場を見て、日本がいかに遅れているかをただただ痛感するばかりだった」という——。

■ウーバーの東南アジア事業買収を発表

グラブはマレーシアで起業し、東南アジア一帯でサービス提供を行う配車アプリを運営する会社だ。配車アプリだけでなく、オートバイ配車のGrabBike、相乗りサービスGrabHitch、配送サービスGrabExpress、料理を配達するGrabFood、そして、決済サービスGrabPayなどを提供している。2018年3月には、同業で世界大手の米ウーバー・テクノロジーズの東南アジア事業を買収すると発表した。

株式を公開していないこともあって、企業情報は推定に頼るしかないが、市場の占有率は高く、成長のスピードは速い。たとえば、ブルームバーグは以下のように報じている。

「グラブは2018年10億ドル(約1100億円)と見込む売上高が19年、2倍に達すると予想」(18年9月6日)

また、同社コーポレートプロフィール(19年5月)には、次のような文言が掲載されている。

「Grabアプリは1億5200万台のモバイルデバイスへダウンロードされ、ユーザーは900万以上の運転手や店、代理サービスを利用」

同社webサイトでは、「12年の創業以来、19年1月にはユーザーの合計乗車数が30億回を突破した」という記載も見られる。

■地域統括のトップはソフトバンクで働いていた

写真提供=グラブ
グラブのHead of Regional Operations、ラッセル・コーエン氏 - 写真提供=グラブ

19年5月、わたしはグラブ本社のあるシンガポールを訪ね、実際に配車アプリを使うだけでなく、同社のHead of Regional Operations、ラッセル・コーエンにインタビューを行った。

ラッセルは日本のソフトバンクで働いた経験がある。自動車やタクシー業界の人ではなく、通信、IT業界出身だ。

「日本語、わかります?」と聞いたら、「うん、ちょっと」と微笑した。

「私が当社に入社したのが2017年。現在、グラブは8カ国でさまざまなサービスを展開しています。事業を展開している都市の数は336。サービスに関してもライドヘイリング(ライドシェア)だけでなく、ペイメント、ファイナンス、フード、ほかにパーセル(荷物)もあり、さまざまなジャンルの業務を行っています。東南アジア全体でサービスを提供する都市や地域を増やすとともに、サービスの種類も増やしていこうと思っています」

サービスの種類を増やす場合、サービスごとに新しいドライバーが必要になるわけではない。配車アプリのドライバーが空いている時間にパーセルを運んだり、飲食店の料理を届けたりもする。支払いも受け付ける。そうすれば、ドライバーの収入源は増える。

■報酬が多ければドライバーは勤勉に働く

グラブは配車アプリを使う乗客の便利さを追求するために始まった会社だが、同時にサービスに携わるドライバーの生活やその後のことも考えている。このあたりがウーバーなど、他の配車アプリの会社との違いではないか。

ラッセルは「まさしくそうです」と言った。

「創業者のふたり、アンソニー・タン、タン・ホーイリンはマレーシア出身。ふたりは既存のタクシーのサービスレベルがよくないと考えていました。女性がひとりでタクシーに乗るのは安全ではなかったのです。そこで、ふたりはマイタクシーという会社を起こして、配車を始めました。グラブはそこから始まった会社です。そして、創業者のふたりはつねにドライバーのことを考えています」

これはラッセルから聞いたわけではないがグラブ関係者のひとりは、創業者のアンソニー・タンが大切にしている言葉は「Help the entrepreneur」だと言った。

そして、同社のドライバーへの還元率はタクシードライバーの報酬よりもはるかに高いという。ただ、燃料代、車の補修代は自弁だ。また、自分の車を持っていないドライバーは車両を借りるレンタル料が要る。

それでも、報酬が多額であれば、ドライバーは勤勉に働くだろうし、乗客にも特別の笑顔で接するだろう。

「Help the entrepreneur」と創業者が号令をかけているのは、同社がドライバーを起業家としてとらえ、少しでも収入を増やしてほしいと考えているからだ。

■ドライバーとは「例文」で会話できる

さて、ラッセルにあらためて聞いてみた。

「グラブは日本に進出しないのですか」
「グラブとしては今のところは東南アジアにフォーカスしていきたい。域内には6億5000万人のお客様がいますし、エリアとしても大きい。それに成長の度合いもポテンシャルがある。ただ、私は日本に3年間、暮らして仕事をしていました。とてもいい国でした。ですから、グラブが進出する機会がくることを望んでいます」

写真提供=Toyota Motor Asia Pacific
出発地点と到着地点を入力する画面 - 写真提供=Toyota Motor Asia Pacific

わたしはシンガポールで実際にグラブのアプリを使ってみた。グラブの配車サービスにはいくつかの種類がある。JustGrab、GrabTaxi、GrabCar+といったもので、JustGrabは乗客のもっとも近くにいるグラブ車両のこと。GrabTaxiはグラブと契約しているタクシー、GrabCar+は高級車、高評価ドライバーの車両だ。乗車料金はJustGrabというライドシェアの車がもっとも安く、GrabTaxi、GrabCar+はやや高い。使い方は簡単。アプリを使って自分の現在地と目的地を入れるだけで、料金は乗る前に表示される。便利だなと思ったシステムはドライバーとやり取りするとき、アプリに標準的な例文がすぐ表れること。

ドライバーから「今、着いた。あなたはどこですか?」と連絡があったとき、「えーと、I’m comingでいいのかな」などと英文入力するのは面倒だ。

だが、グラブのアプリではドライバーからの英文が表示されたら、すぐに「今、向かっています」「待ち合わせたホテルのエントランスにいます」といった例文が英語で表示される。あとは例文をタップすればいい。中学校で習った英語を思い出しながら、作文しなくても済むのである。

■トヨタの新車をドライバーにレンタル

また、乗ってみると、ボロボロの車というのはなかった。GrabCar+のドライバーに聞いてみたら、「これはトヨタの販売店からレンタルしている新車だ」と威張っていた。

トヨタはグラブに10億ドルも出資し、取締役を派遣している。そして、現地のトヨタ販売店ボルネオ・モーターズがグラブ保有のトヨタ車の補修を担当しているという。ライドシェアの車は個人の車よりも稼働率が高いから、部品の摩耗も早い。事故や故障を予防するために、1万kmを走ったら、販売店で定期点検することになっているのだという。

グラブ保有車のうち何%かを占めるトヨタのコネクティッドカーは、車載器でインターネットに接続し、走行データを収集している。トラブル時に車両状態を把握することで、本部がドライバーをサポートするとともに、運転挙動を踏まえたドライバーへの各種アドバイスを実施していく計画だ。また、各車両の走行状況、車両状態に関するデータを基に、点検・補修タイミングの最適化も図っていく。結果として、コネクティッドカーのグラブ車は車両の調子もよく、ドライバーは安全運転を励行するようになっている。

ドライバー自身のプロフィールはアプリに出ているし、サービスに不満があればレビューすることもできる。これで結果としてドライバーの接客態度はよくなっている。そして、料金は乗車前に決まっているから、遠回りすれば損をするのはドライバーだ。ボラれることもない。

■「タクシー」しか走っていない日本は遅れている

創業者はこのふたつの言葉もよく使う。

「Mobility for All」は、みんなのための乗り物という意味で、誰でも簡単に使えるシステムを標榜している。

「Everytime Grab」は、うちは配車サービスだけではありませんよという意味だ。料理の宅配もやる。荷物の運送もやる。支払いも受け付ける。どんなことでもグラブがやりますと言っている。

東南アジアでは、グラブはタクシー代わりの乗り物サービスではない。生活のすべての面で、さまざまなサービスを提供している。

そして、何よりも不可解なのは、グラブのような配車アプリでかつエブリタイム・サービスを行う会社がなぜ、日本に「ない」のかということだ。

政府は日本が世界の潮流に遅れてしまうことを是とするのか。

「おもてなしニッポン」が国是であるなら、なぜタクシーしか走っていないのか。

このままのサービス大劣化状況のまま、日本国民は2020年の東京オリンピックに突入せざるをえないのか。

シンガポールでグラブの現場を見て、わたしは日本がいかに遅れているかをただただ痛感するばかりだった。(敬称略)

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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