英語教育研究者「センター試験こそ日本の宝だ」

プレジデントオンライン / 2019年9月13日 15時15分

イーオン社長の三宅義和氏(左)と立教大学名誉教授の鳥飼玖美子氏(右) - 撮影=原 貴彦

2020年度から実施される「大学入学共通テスト」の英語では試験内容が大きく変わる。しかし立教大学名誉教授の鳥飼玖美子氏は、「現時点ではあまりに問題点が多い。日本が誇るセンター試験に戻したほうがいい」という。イーオンの三宅社長がその理由を聞いた——。(第2回)

■制度設計がずさんな4技能評価

【三宅 義和(イーオン社長)】大学入試改革の目玉のひとつが民間試験を活用した英語の4技能評価です。先生はこの方針について反対を表明されていますが、どのあたりに問題があるのか教えていただけますか。

【鳥飼 玖美子(立教大学名誉教授)】ひとことで言うと、制度設計がずさんです。まず、GTEC、英検、IELTS、TOEFLなど、8種類(レベル別を入れれば23種類)もの民間試験を認定したわけですが、7月に入ってTOEICは参加を辞退しました。「受験申込から、実施運営、結果提供に至る処理が当初想定していたものよりかなり複雑なものになることが判明」したため、「責任をもって各種対応を進めていくことが困難」であることから、大学入試センターとの協定は締結できないと判断したとのことです。

そもそも「4技能を1日で測定できるか」といった外的要件だけで認定しているので当初より、共通テストが民間で可能なのかは危ぶまれていました。しかも、各民間試験は、それぞれ目的や内容、難易度が違います。大学入学共通テストは、日本の大学で学ぶために共通して必要な英語の基礎力を高校での学習をふまえて判定するものなので、目的がまったく違うということになります。

■言語の運用力を共通の尺度で評価する枠組み

そのように目的が違い、内容もバラバラな民間試験を認定して、どれを受けてもいいという仕組みにしたときに、どうやって評価をするのかが問題となります。そこで文科省が持ち出したのがCEFR(セフ・アール、ヨーロッパ言語共通参照枠)です。

CEFRとは、欧州評議会が複言語主義(※1)を具体化するため、いろいろな言語の運用力を共通の尺度で評価できるように作った枠組みのことです。40年近くかけて研究グループが取り組み、2001年に公表されました。今では日本語を含む世界50言語が対象になっています。「〜ができる」(Can Do)を示す記述文で評価するので、スコアなどの数値ではありません。レベル分けは2001年版CEFRでは「基礎段階の言語使用者A1・A2」「自立した言語使用者B1・B2」「熟達した言語使用者C1・C2」です。

※1:母語以外に2つの言語を学んで相互理解を深め、平和な社会を作るという理念

大学入学共通テストでは、民間試験が各々のスコアをCEFRの6段階に対応させて申告することになっていて、入学にあたっての基準は各大学に任されています。ところがCEFRでは、どういう記述文をどの段階に入れるかが例示されているだけで、「共通参照レベルは形式を変え、精度を変えて使ってもよい」とされていて、各国の教育機関はそれぞれの教育目的に応じて自由に決めています。

■ヨーロッパがびっくり仰天した日本の大学入試

撮影=原 貴彦
立教大学名誉教授の鳥飼玖美子氏 - 撮影=原 貴彦

【三宅】つまり、国際基準どころかヨーロッパ基準でもなく、あくまでも目安だと。

【鳥飼】そうです。そのくらい柔軟な分類なので、ヨーロッパで昨夏、「日本ではCEFRを数十万人以上が受ける大学入試に使う」と言ったらみんなびっくり仰天していました。

ところが、この6段階は、「大ざっぱすぎる」という批判が多かったため、欧州評議会は2018年2月公表の増補版で、11段階に増やしてしまいました。しかも増補版では、「CEFRは、外国語教育改善のために策定されたものであり、標準化に使うツールではない。調整したり監視する機関はない」とわざわざ明記しています。

【三宅】そうですか。

【鳥飼】「4技能」は最近の日本の英語教育のうたい文句ですが、外国語教育分野では昔から言われてきたので、新しいものではありません。昨年、欧州評議会は、「伝統的な4技能モデルは、コミュニケーションの複雑な現実を捉えるには不十分だ」と増補版で宣言しました。「読む」「聞く」「書く」「話す」に加えて、「話し言葉のやりとり」と「書き言葉のやりとり」、さらに「仲介」を提案して、4技能が7技能になったのです。

■民間試験でスコアのダンピングが起きる⁉

【三宅】このままいくと、具体的にどんな問題が予想されますか?

【鳥飼】ひとつは、高校英語教育が民間試験のスコアを上げる対策に追われ、本来の教育が崩壊しかねないこと。受検料がかかるので家庭の経済力で格差が生まれ、試験会場のない地域もあるので地域格差もあります。各大学が個別に民間試験を利用するのと、国立大学受験に必須の共通テストでは影響の大きさが違います。加えて、スコアのダンピング(投げ売り)があります。

いまの仕組みだと「Xという民間試験で何点とれればCEFRのA2レベルに該当する」といった対応づけをしますが、特定の民間試験がA2レベルに該当する点を取りやすいとなると、当然、高校生はその試験を受けます。すると別の民間試験が受検者を増やすために難易度を下げる。結果として「A2レベル」といった基準が無意味になり、公正な合否判定ができないと危惧されています。

混乱が容易に予想されるのがスピーキングのテストです。50万人もの受験生のスピーキング力を測るのは本当に大変なことなのです。

どういう内容の試験をするのか、試験方法は面接かパソコンかタブレットか、なども課題ですが、英検はすでに全員の面接は無理だと判断し、障害のある受験生に限定するようです。加えて誰が、どういう基準で採点するかが問題視されています。話す力の何を、どう判断するのか。1人では恣意的になるので、2人か3人は採点者が必要ですが、評価が割れたときにどう調整するのか。

そもそも試験官の数が足りません。大学生のアルバイトを使うとか、海外の業者に委託するなどの噂もあります。採点が不透明な状態では公正な試験とは言えません。これまで厳正に採点を実施していたセンター入試とは大違いで、被害を被るのは受験生です。

さらに、スピーキング・テストはどうしても機械の不具合や操作ミスがつきものです。文科省による中学生の全国学力テストで初めて実施した英語試験でも、うまく録音できていなかったケースがあったようです。パソコンでスピーキング・テストを実施してみた大学教員によると、音声データが誰のものかわからなくなったこともあるとか……。

【三宅】それは大問題ですね。

【鳥飼】民間試験に任せたら、そうしたトラブルがあっても表に出てこないのではないか、と心配されています。各大学が実施する入試では、出題ミスや採点ミスが起きた場合は公表して謝罪し、何らかの救済措置をとりますが、民間試験がそこまでできるのか。経費もかかるので、民間業者も内心、困っているのではないでしょうか。

文科省は「何かトラブルがあったとしても文科省や大学に責任はない」としています。それで、今年6月には、「民間試験利用中止」を求める国会請願書が衆参両院に提出されました。「審査未了で保留」となりましたが、これを契機にインターネットで署名運動が始まっています。

■英語は苦手でも他の教科で優秀な受験生はいる

撮影=原 貴彦
イーオン社長の三宅義和氏 - 撮影=原 貴彦

【三宅】たしかに問題が山積していそうです。東京大学が真っ先に反対に回って「民間試験の結果を出さなくてもいい」と決定しましたね。

【鳥飼】そうです。出願要件に「民間英語試験でCEFR A2レベル以上」と一応は入れましたが、合否判定には使いません。「日常の授業における学習状況や試験の成績等から総合的に評価した結果、CEFRのA2レベル以上に相当する英語力がある」と高校が証明すれば民間試験スコアでなくても良い。何らかの理由で証明できない場合は、その事情を明記した「理由書」も認められます。希望者全員が受験の機会を得られるよう、英語民間試験を出願資格にして門前払いをしたくないということです。

英語は苦手でも他の教科で優秀な受験生はいるわけですから、民間試験団体に受検料を払ってスコアを得ないと国立大学を受験できない、というのはひどいです。民間試験のスコアを加点するという方式もあるのですが、試験の得点全体に占める割合は微々たるもので、英語力は大学独自の二次試験できちんと見ることができます。名古屋大学や京都大学も後に続きましたし、東北大学や北海道大学は、現状では課題解決の見通しが立っていないので英語民間試験を出願要件にしないし合否判定にも使わない、と明確にしました。

■大学入試でスピーキング力を測る必要はない

【三宅】実際にはスピーキングを大学受験に入れるのはなかなか難しいわけですね。

【鳥飼】大学入試選抜で「話す力」を試験する必要はないと思っています。吃音などの障がいがある受験生への配慮は整備されていませんし、公平性や客観性を追求していくとテストの内容も決まりきった会話の定型文だけになってしまいます。

しかし、決まり文句を知っているか知らないかという試験だったら、結局は定型表現の暗記なので、本当のコミュニケーション能力を測っていることにはなりません。中学3年生を対象にした全国学力テストの英語スピーキングテストの内容をみても、そう思いました。それに「話す力」の何を見るのかは大きな問題です。発音なのか、文法なのか、ともかくよどみなく話せば良いのか。

それを考えると、入試では英語の基礎力だけを測る。つまり、高校までは基礎力を確実に身につけることに専念して、話すことに関しては大学に入ってから、文化やコミュニケーション・スタイルの違いを含めて学べばいいと思います。

■文法をおろそかにしている現在の日本の英語教育

【三宅】ただ、大学入試で話す力を測るように変わっていかないと、高校の英語教育は変わらないという意見も多くあります。

【鳥飼】よくいわれますよね。特に一般の方と経済界の方はそうおっしゃいます。でも、まずは高校の英語教育をどう変えたいのかを議論してから、そのために何が必要かを考えるべきではないでしょうか。すでに日本の英語教育は会話一辺倒になっていて、文法や読解などの基礎が非常に弱くなってしまっている現状を知っていただきたい。なぜ基礎がおろそかになっているかといえば、「コミュニケーション」と言いながら実態は英会話が中心で、高校の学習指導要領では英語の授業を英語で行うことが基本とされているからです。

【三宅】日本語で説明してさえよくわからないものを英語で説明すると、ますます混乱を極めますよね。イーオンでもキッズの文法クラスは、日本語も使用し成果を上げています。

【鳥飼】はい。文法については日本語で教えるほうがはるかに効率よく理解できます。いまの大学生をみると、英語の基礎ができている学生とできていない学生と二極化していて、どちらが多いかといえば、基礎力なしが多数派です。学校によっては英語だけで教えることの非効率さをわかっているので、文法だけは日本語で教えているところもあるので、そういう学校で英語を学んだ学生の基礎力は高い。一方で、国公私立を問わず、中学校レベルの英文法の補習授業をしている大学があるくらいです。

【三宅】文法がわからないのに会話ができるわけがないですよね。

【鳥飼】そういうことです。しかも2020年からは中学でも英語だけを使った英語の授業が始まるので、日本語でわかりやすく文法を教えてくれる塾に生徒が殺到すると思います。結局、私たち日本人にとっての英語は、アメリカに移住した人が第二言語として習う英語と違い、普段は使わない外国語です。それをなんとか学ぼうとするのであれば、それなりのやり方があってしかるべきで、日本人に向いた指導法や学習法があるはずです。英語漬けにしたらみんなが上手になるかというと少し違う気がします。

■本当に考えるべきは、高校と大学の差別化

【鳥飼】もう1つは、東大の石井洋二郎副学長がおっしゃっていましたが、目的と手段を取り違えてはいけない。つまり「英語の4技能の力をつける」という目的があるとして、それを達成するためにはどういう選択肢があるかを考えなければならない。現状では、他の選択肢は考えようともせず、大学入試を変えれば高校の英語教育が成功する、と単純に決めつけています。それは根拠のない思い込みでしょう。

そもそも高校と大学の接続は簡単ではありません。日本高等教育学会の荒井克弘会長によれば、高校と大学とでは使命が違います。小中高は知識や技能の基礎を積み上げていく教育で、大学は専門的な教育と研究を通して新たな「知」を探求する場です。教育制度は各国で異なりますが、米国では、専門教育は大学院であって、学部は大学院への準備として教養教育が中心です。しかし、日本は学部中心になっている。専門性もわからない高校生がいきなり学部の入試を受けて、経済学部か理工学部かなど専門を選ばなければならない。本来であれば、教養教育を受けてから専門教育に進む方が良いでしょう。

■センター入試こそ日本が誇れるテスト

【三宅】大学設置基準の大綱化で教養科目が一気に減りましたからね。

【鳥飼】あれは失敗でしたね。で、今度は大学入試で高校と大学をやみくもにつなげようとしている。根本的に間違っているのではないかと思います。

三宅 義和『対談(3)!英語は世界を広げる』(プレジデント社)

【三宅】先生のお話ですと、国が4技能のテストを作ればいいということでもない、ということですね。

【鳥飼】国の方針として絶対に「話す力」を測らないといけないなら、責任をもって大学入試センターでやってくださいという話で、民間試験に丸投げというのは無責任です。でも、大学入試センターは、50万人の「話す力」を公平・公正に測定するなどそもそも無理だと知っているでしょうね。大きなリスクがあるのに「話す力」に固執する理由が分かりません。

「4技能」は総合的に測ることが可能ですし、基本的にいままでのセンター入試は非常に優れた試験でした。センター入試こそ日本が誇っていいテストのあり方かもしれません。その成果を検証もせず廃止してしまうのは、拙速もいいところだと思います。

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三宅 義和(みやけ・よしかず)
イーオン代表取締役社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。85年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。

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鳥飼 玖美子(とりかい・くみこ)
立教大学 名誉教授
東京都生まれ。上智大学外国語学部卒業。コロンビア大学大学院修士課程修了。サウサンプトン大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。国際会議、テレビなどで、同時通訳者として活躍後、立教大学教授に転身。1998~2004年までNHK「テレビ英会話」講師、2009年〜2018年3月までNHK「ニュースで英会話」講師と監修、2018年4月〜現在、NHK「世界へ発信! SNS英語術」講師、「ニュースで英語術」監修。専門は、英語教育論、言語コミュニケーション論、通訳翻訳学。著書に『子どもの英語にどう向き合うか』(NHK出版)『英語教育の危機』(筑摩書房)など。

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(イーオン代表取締役社長 三宅 義和、立教大学 名誉教授 鳥飼 玖美子 構成=郷 和貴)

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