「日本人は英語を習得しやすい」これだけの理由
プレジデントオンライン / 2019年9月20日 15時15分
■学校の授業だけで英語はマスターできない
【三宅義和(イーオン社長)】日本人は英語が苦手だとよく言われます。その理由として「学校の先生が悪い」「文法教育が悪い」「文科省が悪い」など、いつも誰かのせいにされることが多いですが、先生はよく「時間の壁」を指摘されますね。
【鳥飼玖美子(立教大学名誉教授)】はい。端的に言うと、日本の学校教育は他教科もあるわけですから英語の学習時間が足りないのは当然で、流暢(りゅうちょう)に話すことができないのは当たり前です。アメリカ国務省内に連邦職員に任地の言語を短期間で集中訓練する部門がありますが、その部門では「言語間の距離(類似性)」によって習得の難易度をつけています。
たとえば同じラテン語から派生したフランス語は英語との距離が近いので、半年もあれば仕事である程度使いこなせるようになる。ところが日本語は、英語母語話者から見て“super difficult”という言語グループに分類されています。
【三宅】超難しいと(笑)。
【鳥飼】はい。どれくらい難しいかというと、集中して学んでも2年はかかると。朝から晩まで集中訓練を1年半くらい受けて、その上、言語文化が違うので半年程度は留学しないと使えるようにはならないというのです。逆に考えると、日本人が英語をそれなりに習得するためには1年半、朝から晩までイーオンの教室で勉強し、さらに半年は英語圏に留学しないといけないということになります。
でも日本人は、そこまでの時間をかけなくてもある程度できるようになっていますよね。世界中で活躍している日本人をみても、みんな「英語ができない」とブツブツ言いながらも頑張って英語を使っています。
■日本人は英語の基礎がある
【三宅】それは学校で基礎を身につけたからですよね。
【鳥飼】はい。基礎があるからこそ、大人になって必要に迫られたときにすぐに使えるようになるのです。だから日本人はもっと自信をもったほうがいいと思います。
【三宅】鳥飼先生も高校時代に10カ月アメリカに留学されていますね。それもやはり留学前に相当勉強されたのですか?
【鳥飼】いろいろな学習法を試しました。私が応募したAFS(American Field Service)という留学プログラムに選ばれるためには、学校長と英語教員の推薦状が必要で、さらに教育委員会による筆記試験と面接もあったので、英語の勉強にはかなりの時間を割きました。私の英語の基礎はそのときに身についたので、選考基準が厳しかったのは結果的に良かったと思います。最近の若い人に多い「留学をすれば英語が身につく」という考えは正直いって甘い。それではうろうろしている間に終わってしまいます。
【三宅】おっしゃる通りですね。
■語彙を増やすには良質な英文を読むのがいい
【三宅】ではせっかくなので英語の学習方法なり、心構えをいろいろお聞きしたいと思いますが、まず語彙についてはどのようにお考えですか? 私は英語の基礎体力のようなものだと考えているのですが。
【鳥飼】たしかに先立つものは単語ですよね。ではどれくらいの量が必要かというと、いま中高で習う語彙は3000語で、2020年以降、小学校で英語教科がはじまると5000語程度に増えます。しかし、語彙研究の第一人者、ポール・ネーション教授によれば、仕事で使うなら8000語から1万語は最低必要だと言います。それでも教養あるネイティブスピーカーの語彙力にはかないませんが、8000語以下だと仕事では使えない。
8000語という語彙数は学校では到底教えることはできません。つまり、本人がやる気を出して、自分で工夫して覚えなければならない。学習者として自律して自分で学習方法を探すしかない。ではどうしたら語彙が増えるかというと、まず丸暗記は駄目です。苦しいばかりでいやになります。
【三宅】しかもすぐに忘れてしまいますからね。
【鳥飼】そうなんです。私はやはり読むことだと思います。いい英文をたくさん読む。声に出して読む。そしてそれを使ってみることです。語彙にも読んだり聞いたりしてわかる「受容語彙」と、書いたり
■文法は日本人向けに整理された方法を学ぶべき
【三宅】文法はどうしたらよろしいでしょう。
【鳥飼】文法はスポーツ試合のルールのようなものなので、知らないと試合に出られません。ただ、学び方が難しくて、特に英語はほかの言語と違って例外が多い。だからどんな学び方をするかがとても重要です。
たとえば、いまどきの中高大学生にはなじみのない「5文型」。あれは日本ならではの学校文法と言いますか、日本人の学習者が理解しやすいように英文法を整理したものです。だから「5文型」を教えること自体、私は悪くないと思っています。
【三宅】きれいに整理された状態で学ばないと頭に入りませんからね。
【鳥飼】そういうことです。骨組みがわからなければどうしようもないですから。たとえば海外のESL(English as a Second Language:第二言語としての英語)を視察してみると、ネイティブの先生は助動詞の説明ができなかったりします。助動詞には、can,could,will,wouldなどいろいろあります、と例文を出すだけで、助動詞の機能に丁寧表現があるという大事な説明が一切ない。だから文法は、日本人が日本人向けに整理して教えることが必要だと思います。
しかし、いまの学校教育では文法の説明は肩身が狭い感じです。小学校の英語では文法を教えないことになっていて、中学高校でも文法的説明はコミュニケーションに役立つという条件下において教えてもよい。そんな扱いです。
【三宅】変な話ですね。
【鳥飼】順序が違うのです。「英語でコミュニケーションをしたいのであれば、文法の基礎が必要である」という認識の共有がいまの学校教育で必要なことです。その上で、もっとも効率的な文法の指導方法はなにかという方法論についての議論が活発になればいいと思っています。
■きれいな発音よりも文法を磨いたほうがいい
【三宅】発音についてですが、イーオンの受講生をみていると「ネイティブのような英語を話せないと恥ずかしい」という意識が減っていると感じていまして、これは非常によい傾向だと思っています。
【鳥飼】コンプレックスのかたまりになって、英語を話すことを躊躇(ちゅうちょ)する人がたくさんいますからね。完璧主義の呪縛から解放されることはいいことだと思います。私もそのことを『国際共通語としての英語』という本で書いたのですが、少しまずかったかなと思ったのは……。
【三宅】極端に捉える方がいらっしゃる(笑)。
【鳥飼】はい(笑)。「はちゃめちゃ英語でいいんですね! 安心しました」という反応が少なからずありました。はちゃめちゃな英語で十分と言いたかったわけではなく、きちんとした英語を学ぶ努力は続けつつも、実際に使うときにはそんなことを忘れて自信をもって話してほしい。その切り替えが大事だということを言いたかったのです。
【三宅】まったく同感です。では発音を上達するうえでの極意のようなものはありますか?
【鳥飼】日本語の音との違いを見極めることですが、それには音声学・音韻学の知識が必要です。中高の英語の先生で発音が苦手という人が少なくありません。その原因は教職課程で英語音声学が必修になっていないからです。ネイティブスピーカーは日本人の発音を聞いて「違う」ということは言えますが、なぜ自分と同じ発音ができないかという説明ができません。でも音声学の専門家が教えるとすぐできるようになります。
私はそれをずっと言い続けてきて、いまは一応、英語教職課程のコアカリキュラムに形としては入ったのですが、1、2回の授業が少しあるだけ。英語の音の特徴やリズムなどを学んでおくと特に中学校の先生が自信をもって指導できると思うのです。
【三宅】なるほど。では発音と文法のどちらが大事でしょうか?
【鳥飼】文法ですね。文法さえきちんとしていれば、発音が日本人なまりでもバカにはされません。「この人は外国人だな」ということがわかって、むしろゆっくり話してくれたりします。でも文法がめちゃくちゃだと、いくら発音がよくても「この人は教養がない」と思われて、ビジネスの場では見下されます。
【三宅】みなさんも文法をしっかりやりましょう(笑)。
■リスニングのコツは開き直り!
【三宅】次にリスニングですが、先生は開き直ることが大事だとよくおっしゃいますね。
【鳥飼】相手が何を言うか予測できないし、準備のしようがないですから。日本語でも訪れた地域によっては聞き取れないことがあるのと同じで、英語も千差万別です。そういう意味では、わからないときは「わからない」とはっきり言うことが大事だと思います。「聞き取りができません」ではなく「わからない」。「私がわかるように、もう一度ちゃんと言ってみてください」と頼めば、相手も「あっ、これはまずかったな」と思って言い直します。
【三宅】日本人はすぐに謝りますからね。
【鳥飼】そうなんです。すぐに自分を責めて恐縮しますね。でも、謝る必要はありません。コミュニケーションはお互いの努力で成り立つものです。話すほうは相手がわかるように努力する。聞くほうも一生懸命聞く努力をする。それでわからなければ「わかりません」と相手に言ってあげないと、コミュニケーションが成立しません。
■自分に合った学習方法を自分で探す
【三宅】言語の習得は生涯続くものだと考えているのですが、どのようにすれば自律型学習者になることができるのでしょうか。
【鳥飼】同感です。言語は生涯学習ですよね。学校を卒業しても学び続けるには、自律性が不可欠です。私は英語教員の研修会にいくと「子どもの自律性を涵養(かんよう)することが教師の役割のひとつだ」という話をよくします。メタ認知能力といいますか、自分の学習を振り返る能力を身につけることが大切だと思っています。人から言われたことを、そのままやるのではなく、「このやり方はどうなんだろう」と分析しながら実践してみて、うまくいったか、いかなかったか、もっといい方法はないかなど振り返り、あれこれ試行錯誤しながら自分に合った学習方略を見つける。それが自律的学習者になることです。自分の学習に自分で責任を持つことが自律性なので、これは英語だけでなく、他の言語にも、他の教科にも通用します。
【三宅】とても深いお話ですね。どうも日本人は「勉強法」というものにやたらと振り回される気がします。
【鳥飼】試しに行ってみることは悪いことではないのでしょうが、大事なことはちゃんと振り返りをしているかですよね。もし思ったほど効果が上がらなければ、何が悪かったのかということまで自分で批判的に分析できるかどうかが重要ではないでしょうか。
■英語を学ぶことで人生を豊かにする
【三宅】では最後に、すべての英語学習者に励ましのメッセージをお願いいたします。
【鳥飼】英語学習は実利だけを考えていると、してもしなくてもいいという話になりやすいわけですが、外国語は異なる文化への窓です。とくに英語は日本語と比べると発想法から論理構成から何もかもが違う言語なので、それを学ぶことで異質性に対応することを学ぶことができます。英語を出発点に他の外国語も学び、世界への窓が増えれば、人生が豊かになると信じています。
【三宅】ありがとうございました。
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イーオン代表取締役社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。85年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。
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立教大学 名誉教授
東京都生まれ。上智大学外国語学部卒業。コロンビア大学大学院修士課程修了。サウサンプトン大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。国際会議、テレビなどで、同時通訳者として活躍後、立教大学教授に転身。1998~2004年までNHK「テレビ英会話」講師、2009年〜2018年3月までNHK「ニュースで英会話」講師と監修、2018年4月〜現在、NHK「世界へ発信! SNS英語術」講師、「ニュースで英語術」監修。専門は、英語教育論、言語コミュニケーション論、通訳翻訳学。著書に『子どもの英語にどう向き合うか』(NHK出版)『英語教育の危機』(筑摩書房)など。
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(イーオン代表取締役社長 三宅 義和、立教大学 名誉教授 鳥飼 玖美子 構成=郷 和貴)
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