"ポスト安倍"の岸田氏は「改憲いじめ」で脱落か
プレジデントオンライン / 2019年9月9日 6時15分
■政調会長留任の岸田氏を「憲法担当」に
安倍晋三首相は、9月11日に自民党役員人事と内閣改造を断行する。麻生太郎副総理兼財務相、菅義偉官房長官、二階俊博党幹事長の留任が早々と決定。国民の関心もあまり高くないようだが、その中で注目すべき人事がある。政調会長を留任する予定の岸田文雄氏に「憲法担当」を担わせようというものだ。
「ポスト安倍」を目指す岸田氏に重責を任せて安倍氏が後継育成を始めた、との見方もあるようだが、そう甘い話ではない。岸田氏に待っているのは、うま味のないイバラの道だけだ。
■改憲論議の顔として与野党交渉の仕切り役に
7月21日の参院選以降、安倍氏は「参院選では憲法改正も大きな争点となった。議論を前に進める政党を選ぶのか、議論すら拒否する政党を選ぶのか。少なくとも議論は行うべきであるというのが、国民の審判だ」と繰り返してきている。そして、その言葉通り改憲に向けた与野党の議論を加速させるシフトを今回の人事で完成させる考えだ。
そこで白羽の矢を立てたのが岸田氏だ。
岸田氏は政調会長の留任が決まっている。安倍氏は現段階では、党憲法改正推進本部長も兼務させて名実ともに改憲論議の先頭に立たせる案と、政調会長として憲法も含めた論議の前面に立たせる案の2案を検討しているようだが、いずれにしても岸田氏を「改憲論議の顔」としようと考えていることに変わりない。
■「新憲法の2020年施行」は風然の灯
安倍氏が改憲に意欲をみなぎらせていることは、いまさら説明する必要はないだろう。党総裁任期はあと2年。その間に何としても改憲を実現したい。
しかし、現実には改憲への動きは遅々として進んでいない。
その理由として「安倍氏が前面に出過ぎて野党を刺激した」という指摘がある。安倍氏の強い希望で自民党は「9条に自衛隊明記」などの4項目の改憲案をまとめた。また党の憲法改正推進本部長には安倍氏の側近・下村博文氏、野党との交渉の窓口である衆院憲法審査会の与党筆頭幹事には安倍氏の盟友で保守派の論客・新藤義孝氏を起用した。いかにも安倍氏主導で強引に改憲を進めようという構えだった。
しかしその結果、野党は警戒し、結局、憲法審査会は衆参ともにほとんど審議されず、安倍氏が掲げ続けてきた「新憲法の2020年施行」は風然の灯となってしまった。
■あえて「安倍カラー」の強くない人物をトップに
さらに7月の参院選では、自民党、公明党などの「改憲勢力」が国会発議に必要な3分の2の議席を割り込んでしまった。改憲戦略の見直しが迫られる時だ。
安倍氏は熟慮の結果、新布陣では、あえて「安倍カラー」の強くない人物を憲法問題のトップに据えてみようと考えた。急がば回れ。寓話「北風と太陽」をイメージしてもらうと分かりやすい。
岸田氏は、その「太陽」役を担う。岸田氏が率いる岸田派は池田勇人元首相率いる名門・宏池会の流れをくむ。保守本流、自民党ハト派を標ぼうしていて岸田氏も党内にあってはハト派、リベラル派と位置づけられている。
■ワイルドではない、マイルドな存在ではあるが…
そして岸田氏は、良い意味でも悪い意味でも、押しが強くない。相手の言うことをよく聞くが、決断力が乏しいとも言われる。昨年の総裁選を前にした時も、優柔不断ぶりを遺憾なく発揮して周囲をヤキモキさせ、結果として自らは出馬せず安倍氏支持を表明した。
今年4月、安倍氏側近の萩生田光一幹事長代行が「参院選後はワイルドな憲法審査を進めたい」と語り、物議をかもしたことがあった。岸田氏は「ワイルド」ではなく「マイルド」な政治家だ。「太陽」役には適任か。少なくとも野党側の警戒感は和らぐだろう。
もうひとつ、安倍氏が岸田氏を憲法改正の前面に出そうとする理由がある。岸田氏は昨年の総裁選は出馬しなかったが「ポスト安倍」を目指している。安倍氏からの禅譲を目指すというのが岸田氏のハラだ。
■岸田氏も「岸田派」も、憲法改正には積極的ではない
しかし岸田氏を取り巻く状況は、盤石ではない。7月の参院選では岸田派の現職4人が落選。党内の地位は相対的に低くなっている。本来ならば党三役の一角である政調会長職を奪されてもおかしくない。その岸田氏を留任させ、しかも憲法改正論議の仕切り役という重責を担わせる。
岸田氏は、名誉挽回と「次」への足掛かりをつかむため、憲法改正に向けて全力を挙げるだろう。そこまで読み切って安倍氏は岸田氏を起用するのだ。
それにしても、当の岸田氏にとっては「つらい重責」となる。先にも触れた通り、岸田氏も岸田派も、憲法改正には積極的ではない。反対ではないが優先順位は高くない。特に9条に自衛隊を盛り込む改正については派内で慎重論が根強いのだ。派内の反対を押し切って改憲を進めるのは本意ではないだろう。
■見ようによっては「安倍氏の岸田氏いじめ」だ
さらに根源的な問題がある。初の憲法改正は大変な難事業だが、これを実現した場合、その功績は誰のもとにいくのか。岸田氏がどれだけ頑張っても「岸田改憲」とは言われないだろう。間違いなく「安倍改憲」だ。岸田氏は安倍氏の引き立て役に回ることになってしまう。
それだけならまだいい。岸田氏は「安倍改憲」に協力することで、安倍氏から禅譲を目指すのだが、それも怪しい。改憲を実現すれば安倍氏の求心力はさらに高まることが予想される。「改憲」は安倍氏が勇退する花道ではなく「4選」に向けての入り口になる可能性も出てくるのだ。
そう考えると岸田氏の「憲法担当」はどちらに転んでもうま味のない仕事。うまく仕切れなければ政治生命を絶たれかねない。首尾よく改憲まで進めたとしても安倍氏を利するだけで、自身が首相の座に近づく保証は何もない。見ようによっては「安倍氏の岸田氏いじめ」ともいえる。
岸田氏は自身の処遇について「具体的な人事は首相が判断される。新しい時代においても私も宏池会(岸田派)の一員としてしっかり働くことができるポストを頂ければと願っている」と語るのみ。慎重居士らしく、言質を取らせない発言に終始しているが、当然ながら憲法担当となった時の苦難を、あれこれシミュレーションしていることだろう。
(プレジデントオンライン編集部)
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