名門スキー雑誌があえて倒産を選んだ深い事情
プレジデントオンライン / 2019年9月24日 17時15分
■スキーヤーが愛読『月刊スキージャーナル』
※本稿は、帝国データバンク 情報部『倒産の前兆』(SB新書)の一部を再編集したものです。
スキージヤーナルは、『月刊スキージャーナル』『月刊剣道日本』などの雑誌出版社だった。1980年代に沸き起こったスキーブームで多くの読者がついた『月刊スキージャーナル』を主として業績を伸ばすが、その後、ブームの沈静化とともに悪化の一途をたどっていく。
赤字決算に転落すると従業員への給与支払い遅延も生じるが、ここから素性の知れない第三者の介入などによって不穏な動きが見られ始める。あらゆる疑念が渦巻く中、自社を愛する従業員たちが下した苦渋の決断とは――。
『私をスキーに連れてって』といえば、かつて人気を博した大ヒット映画だ。同作が公開された1980年代、世の中は空前のスキーブームで、全国のゲレンデが多くのスキーヤーで溢れていた。
『月刊スキージャーナル』は、こうしたスキーヤーが愛読書としていた専門雑誌だ。最初は前身企業のもとで1966年に創刊され、数億円程度の売上規模ながらも、スキーブームを追い風に、1990年には年商約16億円にまで成長した。
■出版不況、消費衰退、そして「2年連続の雪不足」
ところが、前身企業が内部分裂を起こし、1991年6月、スキージヤーナルが事業を引き継ぐことになる。以後、安定した売上を計上していたが、2000年以降はスキー人口の減少に伴い、じわりじわりと売上は低迷していった。
2012年5月期には年売上高約5億8100万円にまで縮小。スキー人口の減少、出版不況、景気停滞に伴う消費衰退など外的要因に抗(あらが)えず、業績は悪化の一途をたどっていた。それでもなお、根強い人気コンテンツを誇るスキージヤーナルは営業継続していたのだが、近年は不運が続いた。
まず、2シーズン連続した雪不足が痛手となった。スキー場を訪れる来場者数の減少に拍車がかかり、スキー市場全体が盛り上がりに欠けたのだ。スキーウエア販売業者やスキー用品販売業者の売上が伸び悩む中、『月刊スキージャーナル』の販売もいまひとつの結果となる。
■運転資金のあて「取次業者」が倒産した
そして、付き合いが深かった取次業者(出版社と書店をつなぐ専門流通業者)の倒産も追い打ちをかけた。2015年6月に栗田出版販売が民事再生法により倒産。翌2016年3月には太洋社が倒産していたのだ。
出版社にとって、取次業者の存在は大きい。出版社が制作した書籍等はいったん取次に納入され、取次から全国の書店へと搬入される。取次は書籍の販路を確保する役割を担っていると同時に、取次に書籍が納入された時点で、出版社には取次からの入金があるため、これを運転資金のあてとしている出版社も少なくない。
つまり、栗田出版販売と太洋社という取次2社の倒産は、スキージヤーナルにとって、両社に対する焦げつきが発生しただけでなく、必要運転資金および販売先が確保しづらくなることを意味していたわけである。
最終赤字を計上するようになったのは2016年5月期のことだ。年売上高約4億8700万円に対し、当期純損失約1700万円を計上する。
■「合同会社PC1号」と「A弁護士」の謎
そして2017年12月、資金繰りがひっ迫したスキージヤーナルにおいて不穏な動きが生じた。12月4日付で、合同会社PC1号なる法人が債権譲渡登記を設定。一部取引先に対して、内容証明つきで「スキージヤーナルの売掛債権はPC1号が引き継いだ。支払いはPC1号に対して行なうように」との旨が通知されたのだ。この通知を受けた債務者は、「PC1号がどのような会社かわからず、困惑した」という。
また、同月11日には、A弁護士が債務整理の任にあたるという受任通知が出される。
書面には「混乱を避けるために取り立て行為は一切中止願います」といった旨が記載されていたが、同月13日に再びPC1号が債権譲渡登記を設定したことで、周囲がざわついた。「弁護士が債務整理を受任したのちに債権債務を移動していいのか?」(某取引先)という疑念は当然だろう。
さらに、本来であればA弁護士がPC1号の行動を止めるべき立場にもかかわらず、「そうした動きは見られなかった」(複数取引先)という。こうした状況があいまって、一部債権者からは「A弁護士は、PC1号が債権回収する時間を稼ぐために、あえて債務整理の方針決定を遅らせているのでは……」といった推察の声も聞かれた。
■社長のまわりに「不当な癒着」があるのではないか
いずれにせよ、会社経営の責任者である社長から具体的な説明はなく、A弁護士からも具体的な指示がなかったとして、従業員や取引先は独自で情報収集を開始した。すると、不思議な事実関係が浮かび上がってきたそうだ。
従業員や取引先が得た情報は、大まかに4点挙げられる。①社長は、渋谷にある某社から資金調達していたらしい、②PC1号はこの某社の債権をもとに債権譲渡を受けたらしい、③社長は、B氏を顧問として迎えていた、④このB氏は偽名を使っており、実は破産法違反の容疑で逮捕歴のあるC氏である可能性がある。
こうした情報をもとに周辺情報をかき集め、事実関係の整理を進めると、各々の断片的な情報が、特定住所や人物、取引関係でつながっていった。取引先や従業員のあずかり知らぬところで、社長近辺で不当な癒着があるという図式が描き出されたのだ。
「1つの人脈におけるグループが共謀し、債権者への支払いを不当にストップし、資金を流失させているのでは……」との疑念が周囲に広がった。
■従業員たちが申し立てた「第三者破産」
一番困惑し、悩んだのは従業員たちだろう。自分たちの働く会社が、何やら怪しい人物の介入を受け、後ろ暗い関係性の中心に立たされているのかもしれない――情報が集まり、疑念が渦巻く中、彼らは行動を起こす。
商法では、債務者が自己破産を申告する以外に、債権者が企業の破産を申し立てる「第三者破産」が認められている。従業員は雇用主に対して「労働対価」という債権を持つ債権者だ。そこでスキージヤーナルの従業員たちは、2018年1月9日付で、「債権者」の立場からスキージヤーナルの第三者破産を申し立てたのだ。
申し立ての事由には、「支払いがすでに遅れており、支払い不能状態にある」(申し立て書要旨)という事実のみが記載されているが、内心はもっと知りたいことがあったに違いない。ともあれ、この申し立ては同日受理され、同月30日、スキージヤーナルは破産手続き開始決定を受けた。
■取引先からの信頼は厚かった
こうして従業員が自社に終止符を打つ格好となったわけだが、取引先からは「スキージヤーナルの社員は、社長不在の中でも説明責任を果たそうと誠意的に対応してくれた」という声が多く聞かれた。
また、倒産が周知されて以降、スキージヤーナル発刊の『月刊スキージャーナル』『月刊剣道日本』には、「ライセンスを買い取りたい」というスポンサーが現れる。これはまぎれもなく、従業員らが熱心に続けてきた仕事に対する称賛の証といっていいだろう。
スキー需要は盛り返さないとの判断なのか、残念ながら『月刊スキージャーナル』は休刊のままだが、『月刊剣道日本』は2018年11月発行の2019年1月号から月刊誌として復刊している。近年、同社のように倒産間際に社長が逃げ出し、社会的問題に発展する事例が散見する。しかし自社が危うくなったときに、つらく悔しくても、最後の審判を正しく下し、事後の対応に正面からあたるのもまた、経営者の責任なのである。
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(帝国データバンク 情報部)
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