悪徳政治家と"出稼ぎ留学生"をつなぐ利権の闇
プレジデントオンライン / 2019年9月25日 9時15分
■外国人のビザ審査をめぐり、疑惑が浮上
『週刊文春』のスクープで、厚生労働政務官を務めていた上野宏史・自民党衆院議員の“口利き疑惑”が発覚した。外国人の在留資格審査に関して法務省に口利きをし、見返りとして民間の人材派遣会社からカネを受け取ろうとしたとの疑惑である。1件の口利きにつき「2万円」といった秘書らとやりとりの録音まで暴露された。
国会議員や秘書が公務員への口利きによって報酬を受け取れば、「あっせん利得処罰法」に問われる。また、口利きに効果があったように装ってカネを取った場合は、詐欺罪の対象となる。上野氏は疑惑を否定したが、政務官を辞任することになった。
問題の案件は、人材派遣会社とコンサルティング契約をしていた女性経営者から上野氏に持ち込まれたという。文春の取材に対し、人材派遣会社は在留資格を申請した外国人のリストを上野氏に送ったことは認めたうえで、口利きの依頼はしていないと強調している。
一方、同誌に載った上野氏と女性経営者の会話からも、2人にはこの会社からカネを取る目的が明らかにあったと思われる。
■口利きの“余地”がある入管行政の実態
在留資格の申請をしていたのが人材派遣会社であることから、案件は外国人の就労ビザ取得に関するものだったのであろう。人手不足の深刻化によって、日本で働く外国人は急増中だ。厚生労働省の調べでは、外国人労働者は2018年10月時点で146万人を超え、過去5年間で倍増している。
就労ビザの発給基準も大幅に緩んでいるが、審査する入国管理当局に一律の基準があるわけではない。現場担当者の裁量で、発給の可否や審査期間が左右されることも少なくない。そこに口利きの“余地”が生まれる。
政治家による口利きが、実際に効果を発揮するのかどうかは不明だ。だが、外国人労働者の受け入れ現場を取材していると、政治家の陰が見え隠れすることはよくある。外国人の就労ビザ取得の現場で何が起き、いったいどんな外国人たちがビザを得ているのか――。
外国人労働者の受け入れに着目し、利権にしようと試みる政治家は上野氏に限ったことではない。多くの政治家はもっと巧妙に、合法的なやり方で利権を手にしている。例えば、外国人技能実習制度を通じた実習生の受け入れ事業である。
法務省によれば、外国人実習生の数は18年末には32万8360人に達し、やはり過去5年で2倍以上に増えている。実習制度に関しては、実習生の職場からの失踪をはじめ、数々の問題がメディアで頻繁に報じられる。同制度の根本的な見直しを求める声も多いが、逆に制度は拡大していく一方だ。その背景には、政治の利権が関係していることは間違いない。
■実習生を仲介するだけで「毎月3万~5万円」
政府は実習制度の問題に関し、実習生から多額の手数料を取っているような「悪徳ブローカー」の排除が必要だと強調する。だが、政治家自身がブローカーの役割を果たしている実態については、政府、そして大手メディアも全く触れない。
実習生の受け入れは、送り出し国と日本の双方に存在する仲介団体を通さなければならない。日本側では「監理団体」が、中小企業や農家といった受け入れ先への仲介を担う。監理団体は営利目的の仲介が禁じられていて、民間の人材派遣会社などの参入も認められていない。「事業組合」といった、一見公的な看板を掲げる団体しか監理団体にはなれないのだ。
しかし実際には、実習生の仲介はビジネスそのものだ。監理団体は「監理費」として、実習生1人につき月3万~5万円程度を受け入れ先の企業から徴収できる。仲介するだけで継続的に手数料が入るわけだ。その運営には、人材派遣会社や日本語学校などの経営者が関わっていることもよくある。
さらには、落選・引退した政治家の関与も目立つ。実習制度は1990年代初めにつくられたが、当初は「中国人実習生の受け入れは社会党、その他のアジア諸国は自民党」という利権の棲(す)み分けもあったほどだ。利権は何も自民党関係者だけが独占しているわけではない。
■元閣僚や現職議員などが監理団体を統括
実習生の受け入れは、問題が起きれば入管当局とのやりとりが生じる。また、送り出し国側との交渉においても、「元国会議員」といった肩書が威力を発揮する。
実習生が急増しているあるアジアの国からの受け入れでは、つい最近まで監理団体を統括し、収入を得ている組織もあった。監理団体はこの組織にカネを払わなければ、実習生の仲介ができなかったのだ。
この組織のトップは閣僚経験もある元国会議員で、理事には与野党の現職議員から関係省庁の事務次官経験者、元大使まで名を連ねている。関係者の間では知られた組織だが、錚々(そうそう)たる理事たちの顔ぶれを前に、監理団体は従うしかなかった。
『週刊文春』2019年9月12号には、上野氏と問題の案件を仲介した女性経営者のこんなやりとりが載っている。
上野氏「(就労ビザの=筆者注)許可も極力速やかに出すようにするので、そこで二万ずつ手数料をもらうだけでも、まあ月に百万でも入れば」
経営者「そう。私ももうちょっと値上げとか取れる所があると思ったんで(後略)」
上野氏「三とか五(万円)にするとか」
人材派遣会社が外国人の就労ビザを取得できれば、彼らを取引先の企業に派遣して定期的な収入が見込める。その一部を上野氏らはハネようと考えたのだろう。しかし、口利きは完全な違法行為である。
そんなことをせず、上野氏も実習生の受け入れに裏で関与していれば、合法的に利権を手にできたかもしれない。だが、知り合いの経営者から持ち込まれた案件に飛びつき、結果として政務官の地位を失うことになった。
■人材派遣会社がビザ申請をしていた謎
さて、今回の案件では、人材派遣会社が外国人のビザ申請をしていた。一般の企業ではなく、なぜ人材派遣会社だったのか。
外国人労働者の増加は、人材派遣業界にとって大きなビジネスチャンスとなっている。今年4月から始まった新在留資格「特定技能」による受け入れ制度では、人材派遣会社は「登録支援機関」として、実習制度の監理団体に似た役割を果たせる。
「特定技能」は実習制度と同様、人手不足の職種に外国人労働者を供給するためにつくられた。介護や建設、外食、農業などの14業種において、当初の5年間で34万5000人の受け入れが見込まれる。人材派遣業界が色めき立つのも当然だ。
そして、すでに同業界の参入が目立つのが、ホワイトカラーの仕事に就く外国人の就職斡旋(あっせん)である。ホワイトカラーの外国人が日本で就労ビザを得る場合、経営者や医師、大学教授などを除き、多くは「技術・人文知識・国際業務」という在留資格(通称・技人国ビザ)を得る。技人国ビザは原則、日本で専門学校か大学を卒業、もしくは海外の大卒以上の学歴がある外国人に限って発給される。
今回、上野氏が関わった案件に登場する人材派遣会社の場合、海外の人材をリクルートしていたのだと思われる。就労や留学で新たに入国する外国人のビザ取得に必要な「在留資格認定証明書」を申請していたからだ。一方、人材派遣業界が海外人材にも増して注目しているのが留学生である。
■「口利き疑惑」は氷山の一角でしかない
近年、日本で就職する留学生は増え続けている。法務省によれば、2017年には前年から約15パーセント増えて2万2419人と、過去最高を更新した。5年前と比べて2倍以上の急増だ。安倍政権が16年に発表した「日本再興戦略」(成長戦略)で、留学生の就職率アップを掲げたことが大きく影響した。当時は約35%だった就職率を5割まで引き上げようという政策である。
この政策によって、技人国ビザの発給基準が大幅に緩んだ。前回の拙稿「外国留学生急増の裏で進む“偽装就職”の闇」(5月24日)で詳しく書いたように、技人国ビザで認められるホワイトカラーの仕事に就くように見せかけ、実際には弁当工場などでの単純労働に従事する“偽装就職”も横行している。
そもそもホワイトカラーの仕事では人手不足は起きていない。外国人労働者を欲しているのは、日本人の嫌がる単純労働の職種なのである。そうした“偽装就職”の斡旋に、人材派遣会社が関わることが少なくない。留学生から数十万円の手数料を取ってのことだ。
もう一つの「成長戦略」である「留学生30万人計画」達成のため、政府は留学ビザの発給対象にならないはずの外国人の入国を認め続けてきた。結果、ベトナムなどアジア新興国から、出稼ぎ目的の“偽装留学生”が大量に流入した。そんな彼らを底辺労働者として都合よく利用してきた日本は、今度は留学生の就職率アップという政策を通じ、この国へ引き留めたいのだ。
外国人労働者急増の裏には、民間業者から政治家、官僚まで“オールジャパン”で加担する数々のインチキと利権の闇が広がっている。上野氏の“口利き疑惑”は、氷山のごく一角が露呈したにすぎない。
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ジャーナリスト
1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『The Nikkei Weekly』の記者を経て独立。著書に、『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)近著に『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)がある。
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(ジャーナリスト 出井 康博)
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