5人の育児と仕事を両立させた運を掴む力とは

プレジデントオンライン / 2019年9月20日 11時15分

コカ・コーラ ボトラーズジャパン株式会社 執行役員 調達本部長 エグゼクティブビジネスマネージメント本部長 荷堂 真紀(かどう・まき)さん

5人の子どもを育てながら、次々と新しい分野に挑戦してきた荷堂真紀さん。多くの女性が悩む「仕事と育児の両立」を、どのようにして成功させてきたのでしょうか。お話をうかがうと、働くママと女性リーダー、両者が持つべき資質には意外な共通点が。それは、充実した人生を送るための極意でもありました。

(※本稿は、2019年7月26日、しなやかに情熱を持って働く女性たちのための交流会「PRESIDENT WOMAN Salon」の第4弾「コカ・コーラ ボトラーズジャパン 執行役員 荷堂真紀さんを迎えて」の内容から構成しています)

■仕事を辞めようと思ったことは一度もなかった

私は今、製造に必要な商品を調達する部署と、一般の企業でいう経営戦略室のような部署、そして480近い世界中のコカ・コーラ関連社と連携する仕事をしています。毎日忙しく働いていますが、家庭もあり、夫と5人の子どもがいます。上の4人はもう独立していて、今は小学校6年生の末娘と夫と3人で暮らしています。

よく仕事と家庭を両立する秘訣について聞かれるのですが、うちの場合は夫がとても協力的だからだと思います。女性が働くことにまったく抵抗がない人で、私の就業やキャリアをずっとサポートしてくれています。そのおかげで、ここまで両立してこられました。

とは言え、両立は本当に忙しいですよね。皆さんの中には同じ経験をされている方も多いと思いますが、上の子たちが小さかった頃は特に大変でした。当時はちょうどキャリアを積み上げていた最中だったので、今のように時間の融通もきかず、毎日がドタバタ騒ぎ。でも、仕事を辞めて家庭に入ろうと思ったことは一度もありませんでした。

■両立のため「稼ぎは全部子育てに使う」と覚悟

両立を続けるために私が何をしたかと言うと、「稼ぎは全部子育てに使う」と覚悟を決めたんです。ベビーシッターなど頼れるものは全部頼る、子どもと遊べる時間は全力で遊ぶ、そのためのお金は惜しまないと腹をくくったんですね。自分のために使うのは子育てが終わってからでいいと。そう決めてしまえば意外と気が楽になるもので、ストレスもそれほどたまりませんでした。

最近は義母の介護も始まりましたが、同じようにストレスなく仕事と両立できています。上の子たちが巣立って、やっと自分のお小遣いが捻出できるようになったんですが、それを使って楽しむのはまだ先になりそうです(笑)。

この経験から、子育てと仕事の両立には「腹をくくる」ことが大事かなと思います。もちろん、そこまでしなくても両立はできるかもしれません。でも、時間やお金のやりくりに悩みながら暮らすとストレスがたまるもの。そのストレスの元をなくしてしまえば、子育ても仕事も楽しむ気持ちが生まれるのではないでしょうか。

■キャリアに転機、2回目の転職先で米国へ

次に、私のキャリアについてお話ししたいと思います。私はこれまでに4回転職をしてきました。振り返ってみると、何か新しいことにチャレンジしたいなと思うたび、いつもサポーターのような人が現れて引っ張り上げてくれたように思います。運に恵まれたと同時に、その方々には本当に感謝しています。

大学を出て最初に勤めたのは日本電気でした。エンジニアとして航空自衛隊向けのシステムを作っていたのですが、ある日、長男にどんな仕事かと聞かれて「子どもにうまく説明できない」と思ったんです。そこに矛盾を感じて、子どもにも説明できる仕事に転職しようと決めました。

もともと思い立ったら止められない性格なので、すぐ上司に退職を伝えて人材会社に登録。そこで紹介されたのがスヌーピーのキャラクターライセンスを扱う仕事でした。これが1回目の転職ですね。子どもに説明するにはぴったりの仕事で、しばらくは楽しく働いていたのですが、次男を妊娠して遠距離通勤がつらくなり、出産を機に退職することにしました。

ただ、家庭に入ろうと思っていたわけではありません。退職の意思を伝えたその足で派遣会社へ登録しに行き、出産して約1カ月半後には2回目の転職先、日本マイクロソフトで働き始めました。この仕事が、キャリアの大きな転機になりました。ソフトウェアを現地の言葉に対応させる「ローカライゼーション」の担当になり、派遣社員なのに世界にちらばる多国籍チームをマネージメントすることになったのです。

さまざまな国のスタッフとコミュニケーションをとるのは大変でしたが、「何とかなる」と腹をくくって仕事を続けるうち正社員に。その後、米国本社から赴任の声がかかり、家族全員で渡米しました。

赴任先での仕事はとても楽しいものでした。落ち込んだ時期もありましたが、人事や法務、財務、営業、マーケティング、調達などさまざまな業務を担当するうち、やがて役員から「自分の補佐に」と声がかかったのです。ビジネスをより深く学べそうだなと思って引き受けたら、しばらくしてまた別の人から声がかかって……。そんな形で1年ごとに部署を転々としながら、2013年までは米国で働いていました。

■チャンスをつかむ“度胸”を備えて

帰国したのは、2011年の東日本大震災がきっかけです。当時は日本がどうなっているのかなかなか情報が入らず、被災地に夫の親戚がいたこともあって不安な日々を過ごしました。この経験を通して、両親や大事な人たちと同じ国にいたいと思うようになり、家族で話し合った上で帰国することにしたんです。

そして帰国後に3回目の転職。ビジネスアプリケーションなどを手がける会社、セールスフォース・ドットコムに入社しました。購買部長として忙しく働いていましたが、そのうちマイクロソフトで一緒だった人から突然連絡をもらったのです。その人はコカ・コーラ イーストジャパンに勤めていました。

話を聞いてみると、「うちの社長に『右腕になる補佐役がいたら仕事が楽になりますよ』って言っているが、うまく説得できない。役員補佐経験者のあなたが説得してくれないか」と言うんです。気軽に引き受けて説得に行ったら、社長が「話はわかった、じゃあ君が来てくれ」と(笑)。これが4回目の転職で、そして今に至ります。私が補佐を務めた社長は、今はコカ・コーラ ボトラーズジャパンの社長になっています。

先ほども言ったように、今の私があるのは、その時々で引っ張り上げてくれたサポーターの方々のおかげ。ただ、それを生かすには、降ってきたチャンスをつかむ度胸を備えている必要があります。私が転職し続けられたのは、物怖じしない性格が幸いしたのかもしれません。これまで「やってみる?」と言われたら、どんな時も二つ返事で引き受けてきました。

やってみれば何とかなる、失敗しても何とかする。仕事もまた育児と同じで、「腹をくくる」ことが必要なのかなと思います。腹をくくるポイントは人それぞれに違うでしょうが、皆さんにもぜひ、その心意気を持っていただけたらと思います。以前、国際会議によく出ていた時のことですが、日本人女性は私ただ1人ということが多くありました。その少なさが悔しくて、こうした場に日本人女性を増やしたいと強く思ったものです。日本のコカ・コーラシステムで女性発の社長になった時も、この強い思いが後押ししてくれました。これは、今の私が自分に課しているテーマでもあります。

私の両親は共働きで、協力し合いながら育児をしてきました。今、私も妹2人も、子どもを育てながらしっかり働いています。両親の姿が私たちにどんなに影響を与えたか、今になってその大きさを実感しています。私の子どもたちも、私と夫の背中を見て自分の幸せを自分で見つけてくれたらいいなと願っています。

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荷堂 真紀(かどう・まき)
コカ・コーラ ボトラーズジャパン株式会社 執行役員 調達本部長 エグゼクティブビジネスマネージメント本部長
広島県生まれ。香川大学卒業後、日本電気株式会社入社。その後マイクロソフトなど外資系企業にて調達、経営戦略、営業、マーケティングなどを務める。2014年コカ・コーラ イーストジャパン入社。同年コカ・コーラ ビジネスサービス取締役、代表取締役社長を経て、コカ・コーラ ビジネスソーシングへ名称変更 代表取締役社長を務める。2017年コカ・コーラ ボトラーズジャパン執行役員 調達統括部長に就任。2019年2月執行役員 調達本部長に就任、6月より現職。

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(コカ・コーラ ボトラーズジャパン株式会社 執行役員 調達本部長 エグゼクティブビジネスマネージメント本部長 荷堂 真紀 文=辻村洋子)

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