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このタイミングで消費増税は「危険な賭け」だ

プレジデントオンライン / 2019年9月29日 6時15分

“8%”で起きたことを知ってか知らずか、“10%”を遂行する安倍政権。(共同通信イメージズ=写真)

▼消費増税は、税収を減らしかねない

■消費増税よりも景気回復が財政再建の主因

まずお断りしておくと、私は「財政再建は必要であり、社会保障改革も必要である」という立場です。が、それゆえにこそ、消費増税には慎重であるべきだと考えています。

第2次安倍内閣が掲げた経済政策アベノミクスの「三本の矢」の中に、「機動的な財政政策」があったことから、多くの人が「安倍政権は財政再建を軽視している」と誤解しているようですが、実際はその逆で、財政の健全性を示すプライマリーバランス(PB)の対GDP比は大きく改善しました。

安倍政権は民主党政権下での決定を受けて、2014年4月に消費税の税率を5%から8%へ引き上げました。一般にはこれがPB改善の主要因であるという誤解があるようです。

実情は異なります。税収増の内訳を見ると、一般会計税収が43.9兆円であった12年度と比べ、18年度の税収は59.1兆円と15兆円以上増えていますが、この税収増に占める消費税税収の増加分は7.2兆円であり、消費増税による税収増よりも、実は景気回復による自然増のほうが8兆円超と大きいことがわかります(図参照)。消費増税による経済の腰折れがなければ、税収の自然増はさらに大きくなっていたはず。財政再建の主因は、消費増税ではなく、景気回復だったのです。

■税率を上げたとたん、経済が腰折れした

19年10月に予定されている消費税率引き上げでは、およそ6兆円の税収増が予想されています。ただ税率引き上げに合わせて軽減税率が導入されるので、その分は減収となり、トータルでは年間でおよそ5兆~6兆円弱の増収となるでしょう。

過去数年の流れから見て、この程度の税収増は、今後2~3年程度景気を安定させられれば、自然増で十分、賄えるはずです。逆に税率引き上げによって景気が落ち込めば、増税しても思ったほど税収が伸びなかったり、かえって税収減となる可能性もあるのです。

当たり前ですが、増税は税収を増やすために行います。何のための消費税率アップなのか、これでは元も子もありません。

日本の輸出は現在、2割が米国、2割が中国ですが、日本にとってのこの2大マーケットはどちらも先行き不透明な状況にあり、内需も力強さに欠けています。そんな景気の先行きが見えない状態で、19年10月に消費税率引き上げを強行すれば、景気を一気に暗転させてしまう契機となる可能性はかなり高いと見られます。にもかかわらず、2~3年程度の財政再建の前倒しを狙って消費増税を実施することは、きわめて危険な賭けであり、かえって財政再建を遠ざけることになりかねません。

ほかでもない14年4月の消費増税を見れば、その懸念がよくわかります。12年末の第2次安倍内閣発足後、13年の実質GDP成長率は前年比で2.0%、14年に入っても1~3月の実質GDP成長率は前期比3.9%(年率換算)と絶好調でした。

ところが14年4月に消費税率を引き上げたとたん、4~6月は前期比マイナス7.2%まで一気に下落。好調だった日本経済は、完全に腰折れしてしまいました。

財務省では「少子高齢化の影響」などと解説しているようですが、少子高齢化は何も14年に始まったことではありません。あくまで消費税率引き上げの影響を認めようとせず、現実から目を背け続ける財務省の姿勢は、理解に苦しみます。

■8%→10%のマイナス影響はGDP2%分

この当時の家計の消費支出額税率引き上げを調べてみると、駆け込み需要とその反動を除いた名目支出額には、増税前後で大きな変化がありません(図参照)。これは、家計の実質的な消費が、消費税率の増加分だけ減ったことを意味します。

この事実は、「日本人の日常の購買行動において、税率にかかわらず品目別の支払額が固定されている」ことを示唆します。

■「名目値への釘付け」心理

多くの人は買い物の際、「スーツは5万円まで。ランチは1000円まで」という具合に、予算を決めています。それは消費税が上がったからといって「スーツは5万1000円まで。ランチは1020円まで。飲み会は5100円まで」には変更されないのです。逆に、税率が上がった分だけ質を落としたり量を減らしたりして、金額の制限をできるかぎり守ろうとします。私は購買行動におけるこの傾向を、「名目値への釘付け」心理と呼んでいます。

今回の消費税率引き上げについては、「引き上げ幅も2%と小さく、影響は軽微である。駆け込み需要が少ないことからもそれがうかがわれる」と主張するエコノミストが多いようです。私個人はそうした見方には同意できませんし、「影響は軽微」と主張する根拠も理解できません。消費者の「名目値への釘付け」行動に変化がない以上、このままでは、14年の増税時と同様、年間5兆~6兆円と見られる税収増分だけ民間の消費が減少することは、ほぼ確実です。

政府では消費増税の景気への悪影響を回避するため、たとえば「キャッシュレスで購入した商品について、買値の5ないし8%をポイントの形で還元する」といった施策を打ち出していますが、残念ながらこの施策は、景気対策としては機能しないでしょう。

なぜなら、いくらポイントで後から還元しても、消費増税のネガティブ・インパクトの最大の要因となっている「名目値への釘付け」行動には影響を与えられないからです。

もらったポイントは後日、消費に使われることになりますが、消費者がそれを追加支出に充てるかどうかは疑問です。むしろ「予定していた消費金額の一部をポイントで賄い、支出額を減らす」行動をとる可能性が高く、多くの人がそうした選択をすれば、ポイントバックはまったく消費支出の拡大に結びつかないことになります。

通常、こうしたネガティブ・インパクトは、中央銀行の金利引き下げなどによって一定程度相殺されます。しかし、もう下げようのない今のゼロ金利下では、金利というクッションのない状態でネガティブ・インパクトがかかるわけで、それは波及効果を生み、5兆円の消費支出の減少はトータルでは2倍の10兆円程度、GDPにして2%分ものマイナスを経済に与えるでしょう。

現在の日本経済のベーシックな成長率は年率2%以下なので、19年度はマイナス成長に陥ると予測されます。消費増税とはそれほどまでに大きく景気を失速させ、皮肉にも財政再建を妨げるものなのです。

▼軽減税率は導入を再考せよ

■逆進性の高い消費税にこだわるな

今回の消費増税では、食料品などへの軽減税率が初めて導入されます。

私は軽減税率導入には反対の立場です。制度として煩雑であり、低所得者対策としての効果も低いと考えるからです。私だけではなく、「消費税の税率は複数あったほうがいい」と考える経済学者は日本でも、また世界でも、ごく少数といっていいでしょう。

評論家の荻上チキ氏とともに日本経済学会の会員を対象としたアンケート調査を行ったことがあります(図参照)。176人の回答をいただき、結果は「軽減税率導入に反対」が118人、「賛成」が24人、「場合によっては賛成」が30人、無回答が4人でした。見ての通り、反対する学者の割合が全体の3分の2を超えています。

軽減税率の導入については、「海外では一般的」とよく言われますが、そもそもヨーロッパでは消費税の導入以前から品目ごとに税目も税率もばらばらな、多くの種類の物品税が課されてきました。それがあまりに煩雑になってきたため、消費税として仕組みを1つに統合したのです。日本のようにそれまで個別の物品税がそこまで広範囲でなかった状態から、一斉にほぼ全品目に対して同一の税率がかかるようにした消費税とは、税としての出自が違います。

そのヨーロッパでも消費税については、単一税率化に向けた税制改革が検討されはじめています。単一税率化の利点は、税制として簡素でわかりやすくなること、標準税率を下げても十分な税収が確保できることです。日本の場合、現状では標準税率のカバレッジ(課税対象範囲)が広いため、ヨーロッパ諸国と比べ、見かけの税率に対して1.5倍程度の税収が得られています。

すでによく知られた、軽減税率の複雑さを象徴するコンビニのポスター。(共同通信イメージズ=写真)

今回の消費税率引き上げに合わせて軽減税率が導入されることになったことで、小売店では複数税率に対応したレジが必要となりました。それに対して、9月中の納期であれば補助がつくことになっていますが、注文が殺到し、納入が10月以降にずれてしまう小売店も少なくないようです。もちろんレジだけでなく、企業における会計処理も煩雑になり、消費者の側も相当混乱するでしょう。

税制とは本来、簡素でわかりやすいことをもってよしとするものです。私は軽減税率に対しては、19年10月の導入後も粘り強く再考を求めていきたいと考えています。制度を複雑化してまで逆進性の高い消費税にこだわるより、今後の税制が目指すべき道は別の方向にあるはずだと感じています。

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飯田 泰之 明治大学政治経済学部准教授
1975年生まれ。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専攻はマクロ経済学、経済政策。近著に『日本史に学ぶマネーの論理』ほか。

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(明治大学政治経済学部准教授 飯田 泰之 構成=久保田正志 写真=共同通信イメージズ)

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