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軽減税率が「平成最悪の経済政策」と評される訳

プレジデントオンライン / 2019年9月26日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Fokusiert

10月1日からの消費増税に合わせて導入される「軽減税率」。中央大学法科大学院の森信茂樹特任教授は、「平成以降最悪の経済政策だ。政治の介入により安易に軽減税率の適用範囲が拡大されるようなことがあれば、経済のゆがみや、国民のアンチ消費税の感情を増幅しかねない」という——。

■軽減税率導入の裏には政治的事情がある

2019年10月1日からの消費税率10%への引き上げを目前に、連日消費者や小売店の「混乱」ぶりが報道されている。

その原因は、消費税率の引き上げというより、「酒類・外食を除く飲食料品と新聞購読料(週2回以上発行)」に対して導入される軽減税率である。さらに、増税に伴う経済への悪影響の緩和とキャッシュレス推進の一石二鳥を狙って導入されるポイント還元策が、混乱に拍車をかけている。

筆者は軽減税率制度は、平成(適用されるのは令和だが)最悪の経済政策だとこれまで批判してきた。現在の混乱ぶりを見るにつけ、改めて軽減税率の導入という政府の政策の意義や問題点、数少ないメリットなどを検証してみたい。

導入決定時の経緯を振り返ると、社会保障・税一体改革、三党合意を経て自民党に再び政権交代して3年目の、平成28年度税制改正にさかのぼる。自民党と公明党の幹事長レベルでの話し合いが進まず、最終的に安倍総理が、当時の自民党税制調査会長であった野田毅氏を更迭して、10%引き上げ時の導入を決めたものである。当時安倍政権最大の課題であった安保法制協力への「お礼」として、軽減税率を主張してきた公明党の主張を取り入れたものといわれている。

このような極めて政治色の強い政策決定のため、軽減税率の導入の是非、代替案との比較など、国民的な議論はほとんど行われていない。その証拠に、新聞に軽減税率が適用されるということをいまだ多くの国民は知らない。

■金持ちほど得をするという奇妙なカラクリ

この制度の問題点を指摘すると以下のとおりである。

第1に、軽減税率の導入により、消費税の持つ、広い課税ベースで経済への影響(ゆがみ)を最小限に抑えつつ税収を調達するという機能・長所が失われることである。

OECD(経済協力開発機構)は、先進国が消費税によりいかに効率的に税収を調達しているかということを数値化して公表している。C-Efficiencyと称される指標で、「消費税収をその課税対象となる消費支出額で割ったもの(実際の消費税負担割合)」と「標準税率」とを比べたものである。OECDはこの指標を公表し、各国の消費税率の効率性を高めるように求めてきた。

軽減税率や非課税品目が多く設けられたり、事業者免税点制度の範囲が広かったりするとこの数値は悪化する。わが国の消費税の有効度は、ニュージーランド、ルクセンブルク、エストニア、スイス、イスラエルについで世界で6番目に高いという評価がなされてきた。しかし今回の軽減税率の導入により、経済に与えるゆがみが少ないという消費税の長所を損なうことになる。

2番目は、軽減税率導入の政策意義が不明であるという点だ。消費税は高所得者ほど所得に対する負担割合が低くなるという逆進性を持っている。しかし飲食は、高所得者ほど支出額が大きいので、軽減税率の導入により金額ベースで利益を受けるのは、圧倒的に高所得者である。

高級ステーキ肉を購入する金持ちは軽減税率(8%)、牛丼を食べる低所得者は標準税率(10%)と、本末転倒のことが生じ、金持ち優遇税制という批判さえ受けかねない。逆進性を軽減するための政策としては、低所得者に限定した給付や給付付き税額控除を行う方がより効率的である。

■消費者・事業者・税務当局に多大なコストが

第3に、連日話題になっているように、わかりにくい価格表示や複数の仕分け・記帳など、消費者・事業者・税務当局に多大なコストをかけることである。とりわけ標準税率(10%)である外食と、軽減税率(8%)の適用を受ける飲食料品との区分は難しい。

外食の定義は、「その場で飲食させるサービスの提供を行う事業を営む者が、テーブル、椅子その他のその場で飲食させるための設備(飲食設備)を設置した場所で行う食事の提供」とされている。したがってイートインコーナーの設置されたコンビニ・スーパーで飲食料品を買う場合、お店はその都度お客にテークアウト(飲食料品、軽減税率)かイートイン(外食、標準税率)かを確認する必要が出てくる。

さらには、事後的に、事業者の申告が正しいかどうか税務当局が調査する必要が生じる。軽減税率の適用されるテークアウトの比率を実際より多くすれば、納税額は少なくて済むからである。ドイツでは、ファストフード店に、テークアウトとイートインの比率が申告通りかどうか抜き打ちの税務調査が行われている。

周知のように、外食か食料品(軽減税率)かの区分を巡っては欧州諸国でも長年議論が続いており、英国のように温度(温かいものは食料品)で判断したり、カナダのように個数(ドーナツ6個以上の購入は食料品、5個以下は外食)で判断したりと、極めて煩雑なものとなっている。

このような消費者・事業者・税務当局の追加的なコストは、最終的には国民負担となって跳ね返ってくるわけで、事前にそのことがわかっていたにもかかわらず軽減税率制度を導入したわが国の政策決定には大いに問題ありといえよう。

■適用拡大を巡って利権型政治が復活する可能性も

4番目は、財源の問題である。軽減税率を導入すると毎年消費税収が1兆円少なくなる。今回この財源は、たばこ税と所得税の増税分(約3000億円)やインボイス導入により免税事業者の手元に残る「益税」の解消(約2000億円)で賄われるが、インボイス導入による増収は、後述のように4年後以降の話であり、いわば見切り発車によるものとなっている。

また軽減税率による減収は恒久的に続くわけで、今後必要財源を消費税で賄う場合には、その分税率が高くならざるをえないという問題が生じる。

最後に、今後軽減税率の適用拡大を巡って、利権型政治が復活する可能性がある。英国など欧州では、選挙のたびに軽減税率の範囲が拡大してきたといわれている。わが国でも、医師会など軽減税率の適用を政治家に働きかける動きが見受けられたが、今後さまざまな業界団体が軽減税率の導入を目指して政治家に接触する可能性があり、かつて見られたような、業界の利害をくんだ利権政治が復活する可能性がある。

では軽減税率に全くメリットはないのだろうか。政府の立場になって考えると、以下の点がメリットといえよう。

第1に、今後消費税率の引き上げが議論となる際、軽減税率を据え置くことで、消費税率引き上げに対する国民の反対が緩和されるという効果が期待できる。ドイツでは、2007年、メルケル大連立政権の下で消費税の標準税率の16%から19%に引き上げられたが、スムーズに行われた理由の一つに、生活必需品の軽減税率を据え置いたことが指摘されている。

■軽減税率は経済のゆがみや反消費税感情を引き起こす

次に、軽減税率制度が始まるのに伴って2023年10月からインボイス(わが国では適格請求書)が導入されるので、消費税制度に対する信頼性が高くなるということである。

インボイスとは、取引に際して発行される書類で、取引事業者の住所氏名、税率ごとに合計した対価の額(税抜きまたは税込み)、適用税率、消費税額が記された書類のことである。課税事業者だけが発行でき、今後はこれを保存していなければ消費税の仕入れ税額控除はできない。現在、免税事業者からの仕入れについても仕入税額控除ができるので、「益税」を発生させていたが、これができなくなり「益税防止」につながるので、消費税制度の信頼を高める効果がある。

さらに大きな効果は、事業者間の取引が、インボイスにより消費税を別記して取引されることになるので、事業者間の価格転嫁が容易になるという点である。

3番目に、レジの普及により、小売り事業の生産性向上が見込まれるという効果が期待できる。わが国の小売業界は、小規模な小売事業者が多く、生産性が諸外国に比べて低いことが指摘されてきたが、レジの導入はその流れを変えていくと予想されている。

消費税は、先進国で最も高齢化が進んでいるわが国の社会保障費を賄うには不可欠な税制である。さらには財政健全化を進めていく必要もあり、今後もさらなる引き上げは不可避といえよう。政治の介入により安易に軽減税率の適用範囲が拡大されるようなことがあれば、消費税の経済に与えるゆがみが拡大したり、国民のアンチ消費税感情に火を付けたりすることになりかねない。大きな役割の期待される消費税への信頼を失うことのないように政策運営していく必要がある。

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森信 茂樹(もりのぶ・しげき)
中央大学法科大学院 特任教授
法学博士。東京財団政策研究所研究主幹。1950年広島生まれ、73年京都大学法学部卒業、大蔵省入省。英国駐在大蔵省参事、主税局税制第二課長、総務課長、東京税関長、2004年プリンストン大学で教鞭をとり、財務省財務総合研究所長を最後に06年退官。大阪大学教授、東京大学客員教授、コロンビアロースクール客員研究員などを歴任。ジャパン・タックス・インスティチュート所長。著書に『デジタル経済と税』『税で日本はよみがえる』(以上、日本経済新聞出版社)など

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(中央大学法科大学院 特任教授 森信 茂樹)

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