ゾゾ買収の裏側「ヤフーの焦りと孫正義の野心」
プレジデントオンライン / 2019年9月21日 11時15分
ヤフーによるZOZO(ゾゾ)買収についての記者会見にゲストとして登場したソフトバンクグループの孫正義会長兼社長(左)。右はZOZO創業者の前澤友作氏=2019年9月12日、東京都目黒区 - 写真=時事通信フォト
■ZOZO買収で国内ECトップを目指すヤフー
9月12日、ソフトバンク傘下のヤフーは、衣料品通販サイトの「ゾゾタウン」を運営する株式ゾゾ(以下、ZOZO)を約4000億円で買収すると発表した。ヤフーは、今回の買収でECビジネスを強化し、同分野で国内トップの地位を手に入れたいと考えているのだろう。一方、ZOZOは、創業者である前澤友作氏の言葉を引用すると、現体制よりもヤフー傘下に入ったほうがより成長できるとの判断に至ったとのことだ。
今後の注目点としては、巨額買収が想定通りの成果をもたらすことができるかだ。多くの課題があるが、中でも最も重要と考えられるのは、ヤフーがZOZOと自社の組織・経営風土をうまく調和させ、組織全体を一つにまとめることができるか否かだ。
近年のヤフーの経営陣には、かなり“焦り”が感じられる。ヤフーは、アスクルの社長再任などに反対し両社の関係がこじれた。そうしたやや強引といえるやり方を選択するほど、ヤフー内部には「早く成長を実現させなければ」との差し迫った認識が広まっているように感じる。ヤフーがZOZO買収を成長につなげるには、はやる気持ちを抑え、ていねいに組織をまとめていく姿勢が必要になりそうだ。
■“ライブ”な感覚を人々に届けた前澤氏のセンス
以前から、ZOZOという企業は、常に新しいことに取り組もうとする、チャレンジスピリットにあふれた企業だという見方を持ってきた。そのかなりの部分が、前澤氏の“感覚”“センス”に支えられてきたと思う。
前澤氏が目指してきたことを一言で表現するとすれば“ライブ”な感覚を人々に届けることではなかっただろうか。高校生の時、前澤氏はバンドを結成し、その後はCD販売ビジネスもはじめた。さらに、バンドのメジャーデビューを果たしつつ、インターネット通販などを手がける“スタートトゥデイ(ZOZOの前進)”を創業した。
前澤氏はバンドのライブに行くような鮮烈な感覚を、ビジネスを通して人々に提供したいと考えたのだろう。それは、モダンアートの振興に取り組む現代芸術振興財団を創設したことからも伺える。
前澤氏のもと、ZOZOではCG(コンピューターグラフィックス)などを駆使することで、どの場所にいても、実店舗で洋服を選ぶような感覚をユーザーに与えることが重視されてきた。それが多くの支持を集め、ZOZOの急成長を支えた。それは、2007年の上場以降、ZOZOの株価が右肩上がりとなったことがよく示している。
■背景に孫正義の野心
ただ、2018年ごろからZOZOの成長は鈍化しはじめた。自分に合ったスーツを作ることをコンセプトにした“ZOZOスーツ”の生産遅延などのトラブルが生じたことは、同社のデジタル技術への理解力不足を露呈させてしまった。ZOZOは、前澤氏の感覚にもとづいた新規事業が確実に稼働する体制を整えることができなかった。さらに、ZOZOは客離れを食い止めるために割引サービスを行い、ブランドイメージの棄損を懸念した大手アパレルブランドの撤退を招いた。
企業が新しい取り組みを進めるには、顧客や取引先などに迷惑が掛からないようしっかりとしたシステムや組織体制を整えなければならない。財務管理も含め、前澤体制下のZOZOにはその発想が不足していたように思う。
ヤフーがZOZOを買収した狙いは、ECビジネスを強化し成長力を高めることだ。このビジョンには、ソフトバンクグループを率いる孫正義会長の野心が大きく影響している。
中国のアリババや英アームなど、世界のIT先端企業への出資や買収を続ける孫氏は、とにかく先端テクノロジーの実用化を通して、世界のトップを目指し、成長を実現することにこだわっている。ヤフー経営陣に相当のプレッシャーがかかっていることは想像に難くない。
■楽天やアマゾンとの差は開いたまま
今年10月には、ヤフーは“PayPayフリマ”、“PayPayモール”と名付けた新しいEコマース事業を開始する予定だ。このプラットフォームでは、ソフトバンクが有するAI(人工知能)を用いた消費者行動の分析機能などが実装され、従来以上の収益獲得が目指されているとの見方もある。
ZOZO買収によって、ヤフーは“PayPayモール”などの新しいプラットフォームに消費者を呼び込みたい。さらに、ヤフーは新しい取り組みを進め、競争力あるサービスを生み出さなければならない。そのために、自分に合ったスーツを、自宅に居ながらにして気軽に手に入れるという従来にはない発想の実現に取り組んできたZOZOの創造力は、ヤフーにとって大きな魅力に映ったはずだ。
別の言い方をすれば、従来のヤフーには、ダイナミックに発想を転換し、新しい取り組みを進めようとする勢いが感じづらかった。ヤフーは検索サービスから広告収益を得るビジネスモデルを構築し、成長した。
しかし、グーグルの出現以降、ヤフーは競争力を低下させてしまった。その後はEC事業の強化に取り組んだが、楽天やアマゾンとの差は開いたままだ。メルカリのような新規参入の脅威にも対応しなければならない。ヤフーがZOZO買収に4000億円もの資金をつぎ込んだことを考えると、ZOZOの活力を取り込んで一気に成長のモメンタムを引き上げたいという経営陣の意気込みは非常に強い。
■ヤフー経営陣の焦り
気になることは、ヤフー経営陣の“焦り”が強くなっていることだ。ヤフーがアスクルの社長再任などに反対した背景には、自社の思うとおりに物事を進め、戦略の執行と成果の実現を急ぎたいという経営陣の差し迫った状況があると考えられる。
経営者として成長にこだわることは当然であり、不可欠だ。成長への野心がなければ、企業の発展はおぼつかない。ただ、その考えが強くなりすぎると利害関係者との対立などが生じ、経営が混乱してしまう。それは企業の成長にマイナスだ。
そもそも、買収戦略を通して持続的な成長を実現することは容易なことではない。買収企業と被買収企業の間には、どうしても“情報の非対称性”が生じる。事前に買収する企業のことをしらみつぶしに調べ、財務や契約関連のリスク、経営上の問題など、相手方のすべてを事前に把握することは不可能だ。
■人々の行動は、一朝一夕には変わらない
その一つに、経営風土のちがいがある。ECビジネスの強化を目指すにあたり、ヤフーは前澤氏の経営スタイルになじんできたZOZOの従業員を一つにまとめ、その活力を高めなければならない。ヤフーが、ZOZOで働いてきた人々の感覚や生き方を尊重し、創造力が発揮されるとともに、その実用化を支える体制をていねいに整えていくことが求められる。
その取り組みを進めるにあたって、焦りは禁物だ。人々の行動(生き方)は、一朝一夕には変わらない。一定の行動を強制されると、どうしてもわたしたちは心理的な反発を覚える。ヤフーが短期間での買収の成果実現にこだわり、ZOZOの従業員に自社の考えを強要するようなことがあれば、前澤氏のもとで働いてきた人々の心はヤフーから離れてしまう恐れがある。それは避けなければならない。
そうでなくとも、自らを“ワンマン経営者”と称し、成長を実現してきたカリスマである前澤氏が去ったことにより、ZOZO内部には動揺が広がっている。ヤフーが成長の実現への焦りを抑え、ていねいに組織の調和と安定を目指すことは、買収戦略を成功に導くために欠かせない要素の一つと考える。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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