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未だに「かき出す中絶」が行われている日本の謎

プレジデントオンライン / 2019年9月27日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Devonyu

日本で人工妊娠中絶を行うと、約15万円の医療費は自己負担で、手術では、金属製の器具で子宮内をかき出す「掻爬(そうは)法」が行われることが少なくない。だが、海外では真空吸引法と薬剤使用が主流だ。また「中絶無料」という国もある。なぜ日本は女性にばかり負担を押しつけるのか。産婦人科医の遠見才希子氏が解説する——。

■推計では「日本女性の6人に1人」に中絶の経験がある

人工妊娠中絶(以下、中絶)は、さまざまな理由によって妊娠を継続できないときにその妊娠を中断するために行われる。日本には、明治時代(1907年)に制定された「堕胎罪」がいまだに存在しているが、1948年に制定された旧優生保護法(現在は母体保護法)によって、一定の条件を満たした場合の中絶が認められた。したがって、「堕胎」と「中絶」は異なり、中絶は日本では合法だ。

日本の総中絶報告件数は年々減少しているが、それでも年間16万4621件(※1)(1日あたり約450件)で、日本の16~49歳の女性のうち約6人に1人は中絶の経験があると推計されている(※2)

(※1)厚生労働省保健・衛生行政業務報告(2017年)
(※2)厚生労働省研究班・日本家族計画協会 共同調査報告(2005年)

私はこれまで産婦人科の現場で数々の中絶に携わってきた。中学生カップル、20代の社会人カップル、30代の夫婦間、40代の不倫関係など年代は幅広い。また中絶に至る理由についても、経済的困難、持病の悪化、DV、レイプなど、多様な背景がある。どんな理由や背景であっても、安全な医療を提供し、その人の健康をサポートすることが中絶に携わる医療従事者の役割である。

■金属製の器具で子宮内をかき出す

2013年に産婦人科の専門研修を開始した私が中絶手術としてまず習得したのは、D&C(頸管拡張(けいかんかくちょう)及び子宮内膜鋭的掻爬術(しきゅうないまくえいてきそうはじゅつ))、いわゆる掻爬(そうは)法だ。

これは金属製の細長い器具を子宮口から入れて、正常の子宮内膜を傷つけないように注意しながら、子宮内の妊娠組織を全体的にかき出す方法である。術中は強い疼痛が生じるため、静脈麻酔で眠らせて手術を行う。なお、経腟分娩の経験がない女性は術中に子宮口が開きにくいため、術前に子宮口を開く処置を要する。この前処置は感じ方に個人差はあるものの痛みを伴う。

鋭的な器具を使用する掻爬法の合併症には、子宮内で癒着が起こる子宮腔内癒着症(アッシャーマン症候群)、子宮内膜が薄くなる子宮内膜菲薄化、子宮に穴が開いてしまう子宮穿孔などがある。合併症の発生頻度は低いが、発生すると将来的に不妊を生じる可能性がある。「中絶すると子宮を傷つけて妊娠しづらい体になるかもしれない」という中絶に対して抱くイメージはここから来ているのだろう。

■WHO「掻爬法は時代遅れで、やめるべき」

日本では、妊娠初期の中絶の約33%が掻爬法、約47%が掻爬法と電動吸引法(※3)の併用で行われている(※4)。つまり約80%で掻爬法が行われており、日本で主流の中絶方法といえる。

また、日本では中絶だけでなく稽留(けいりゅう)流産(※5)に対する手術においても掻爬法が行われることがあるため、掻爬法を経験したことのある女性はかなりの数に上るだろう。

(※3)子宮口を開く処置をした上で、子宮内に金属製の吸引管を入れてチューブにつなぎ電動で妊娠の組織を吸引する方法
(※4)Sekiguchi A, et al., Int J Gynecol Obstet 2015; 129: 54-57
(※5)妊娠が継続せず自然に終わり、出血などの症状がなく胎のうや胎児が子宮内にとどまっている状態のこと

産婦人科医として中絶を施術する立場となった私は、とにかく合併症を生じさせないように慎重に、葛藤を抱えながら必死に掻爬法の技術を習得した。

しかし、私が必死に習得した掻爬法は、もはや世界のスタンダードではなかった。WHO(世界保健機関)は「掻爬法は、時代遅れの外科的中絶方法であり、真空吸引法または薬剤による中絶方法(Medical Abortion)に切り替えるべき」と勧告している(※6)。実際、欧米を含む先進諸国では掻爬法はほとんど行われていない(※7)。掻爬法の実施率は、アメリカでは0~4%、イギリスでは0%と報告されている。

(※6)World Health Organization, Department of Reproductive Health and Research, "Safe abortion: technical and policy guidance for health systems" Second edition, 2012
(※7)Cates W, et al., Am J Prev Med 2000; 19(Suppl): 12-17

■英米で手術をする場合は「手動真空吸引法」が主流

海外では1960~70年代より中絶が合法化される国が増加した。戦後の混乱状態のなか合法化された日本とは異なり、フランスなどの国では、女性解放運動の結果、中絶を選択することは女性の権利として考えられ合法化されたといわれている。1973年にアメリカでプラスチック製の柔らかい管を用いた手動真空吸引法(MVA)が誕生し、1990年代には世界100カ国以上で普及した(※8)

(※8)第38回日本産婦人科手術学会セミナー記録集「子宮内容除去術のための手動吸引法:低侵襲かつ有効な手術手技」

手動真空吸引法は、掻爬法よりも合併症のリスクが少なく、基本的には術前に子宮口を開く処置を行う必要がない。また、術中の痛みが少ないため、静脈麻酔ではなく局所麻酔で行うことができる。鋭的な器具は使用せず、子宮内を真空状態にして吸引するため、電動吸引法よりも子宮に対して愛護的であり、静かに処置することができ、簡便であることがメリットといわれている。

■65カ国以上で認可済みの「経口中絶薬」もNG

さらに、1988年にはフランスと中国で経口中絶薬が認可された。経口中絶薬は、従来の手術よりも安全性が高い方法だ。自然流産と同じような子宮収縮による痛みと出血が生じるため、鎮痛薬を併用する。2000年ごろからは広く世界で普及し、現在、アメリカ、イギリス、スウェーデン、オーストラリア、タイ、台湾、インドなど65カ国以上で認可され、WHOの必須医薬品(※9)に指定されている。

(※9)人口の大部分におけるヘルスケア上のニーズを満たすものであり、個人やコミュニティーが入手できる価格であるべき薬

WHOは経口中絶薬として、妊娠を維持させる黄体ホルモンの働きを抑制する作用の「ミフェプリストン」と、子宮を収縮させる作用の「ミソプロストール」という二種類の薬剤を併用することを推奨している。

日本では、ミフェプリストンは一切認可されておらず、ミソプロストールは、胃潰・十二指腸潰瘍の治療薬(薬価:1錠約33円)として認可されているものの、中絶や流産に対する適応は認められておらず、妊婦への使用は禁忌であり、適応外使用をしないよう注意喚起されている。

■フランスやオランダでは「中絶は無料」

日本では、2015年にようやく手動真空吸引法のキットが認可された。しかし全ての施設で導入されているわけではない。「慣れた掻爬法で問題ない」と考えている医師もいるだろう。そして、海外では約30年前から存在し、掻爬法よりも安全であると推奨される経口中絶薬は認可されていない。これは、先進国として極めて異様な状況ではないだろうか。

また、日本では妊娠初期の中絶は自由診療で約10万~15万円であり、海外と比較し高額といわれている。WHOは「中絶サービスは合法な医療保健サービスとして地位を認められ、女性および医療従事者をスティグマおよび差別から保護するために、公共サービスまたは公的資金を受けた非営利のサービスとして医療保健システムに組み込まれなければならない」と提言しており、フランスやオランダなどは無料で中絶を行うことができる。

「日本は先進国なのになぜ、中絶が合法なのになぜ、女性に懲罰的な掻爬法を罰金のような高額でいまだに行っているんだ。なぜ安全な経口中絶薬を認めていないんだ」

これは、今年2月にタイで開催されたIWAC(International Congress on Women’s Health and Unsafe Abortion)という女性の健康と安全でない中絶・流産に関する国際会議に私が参加した際に、海外の参加者たちから投げかけられた言葉だ。日本の現状を知ったときの彼らの驚きと憤りをあらわにした表情は忘れられない。そのとき私は、明確な答えを示すことができなかった。

■医療には人に罰を与える役割はない

なぜ日本の中絶は、世界基準から外れた状態になっているのだろうか。そして世界から見て異様ともいえるこの現状を、私たち日本人は知らされてきただろうか。

中絶に関する問題は、国によってさまざまな違いがあり、歴史、文化、法律、宗教、政治、保険制度、医療水準、倫理的背景、ジェンダー問題などを多角的に考える必要があるだろう。

中絶について考えていく上でまず共有したいことは、「性と生殖に関する健康と権利(Sexual Reproductive Health & Rights)」(※10)だ。私たちには一人ひとり、安全で満足できる性生活を送り、子どもを産むかどうか、産むとすれば、いつ、何人産むか決定する自由を持ち、適切な情報とサービスを受ける権利がある。しかし日本では、こういった権利があることを教えられず、適切な情報を知らされず、世界的な基準で見て、安全なサービスを受けられていない現状がある。

(※10)国際人口開発会議・行動計画(1994年)

当然ながら、医療には人を裁いたり、罰を与えたりする役割はない。どんな人に対しても、その人の身体的、精神的、社会的健康を守るために、世界標準の安全な医療が提供されるべきである。それは中絶に対しても変わるものではない。

9月28日は、国際的に安全な中絶について考える日「International Safe Abortion Day」だ。世界中の人が性と生殖に関する権利を満たすことを目指すWomen’s Global Network for Reproductive Rights(WGNRR)が2011年に定めた。この機会に、より多くの人に日本の現状を知ってほしいと思う。

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遠見 才希子(えんみ・さきこ)
筑波大学大学院社会精神保健学分野博士課程/産婦人科専門医
1984年生まれ。神奈川県出身。2011年聖マリアンナ医科大学医学部医学科卒業。「えんみちゃん」のニックネームで全国700カ所以上の中学校や高校で性教育の講演活動を行う。亀田総合病院(千葉県)、湘南藤沢徳洲会病院(神奈川県)などで勤務。著書『ひとりじゃない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)DVD教材『自分と相手を大切にするって?えんみちゃんからのメッセージ』(日本家族計画協会)発売中。

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(筑波大学大学院社会精神保健学分野博士課程/産婦人科専門医 遠見 才希子)

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