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日本の医学生が「東欧の大学」をあえて選ぶワケ

プレジデントオンライン / 2019年10月1日 11時15分

吉田いづみさん(中央)。ハンガリーでの病院実習の光景。写真提供=吉田いづみ

東欧の医学部に進学する日本の学生が増えている。医療ガバナンス研究所の上昌広理事長は「ハンガリーの場合、学費は年間170万円程度。生活費を含めても約300万円で済む。米国などへ留学するよりも安く、就職先は日本を含めて世界中を選べる。日本の医学部を選ぶ理由はない」という——。

■求められるのは「やり抜くバイタリティー」

「500人程度の日本人がハンガリーの医学部で学んでいます」

吉田いづみさんは語る。彼女はハンガリーのセンメルヴェイス大学医学部で学ぶ医学生だ。2014年に千葉県の幕張総合高校から進学した。

海外生活でのストレスもあったのだろうか、2016年に炎症性腸疾患を発症し、休学した。この時、ご縁があって、私どもが主宰するNPO法人医療ガバナンス研究所でインターンをした。その後、体調は快復し、復学している。この秋に5年生に進級する。

彼女は、ハンガリーの医学部を選んだ理由を「将来、世界を舞台に活躍したい。そのためには海外で経験を積むべきと考えた」という。

また、後述するように、受験の点数だけで合否が決まる日本の医学部と、学生の受け入れシステムが違う。求められるのは、受験の高得点ではなく、大学が用意するカリキュラムをやり抜くバイタリティーだ。

彼女がハンガリーを選んだのは、この点を評価したからだ。アメリカの大学はアメリカ人、イギリスの大学はイギリス人がメインなのに対し、ハンガリーの医学部はインターナショナルコースを設置しているため、さまざまな国から学生が来る。

センメルヴェイス大学には、世界各地から学生が来る。同級生には、アメリカはもちろん、イスラエル、ノルウェイ、カナダ、インド出身者がいる。

■日本の私大医学部や米国の名門より圧倒的に安い

授業は英語だ。吉田さんは、「日常会話程度の英語ができて、日本の高校の理科を履修していれば入学には問題ない」と言う。

学費は年間170万円程度。6年間の総額は約1000万円だ。日本の私大医学部は、もっとも学費が安い国際医療福祉大学でも6年間で1850万円を要する。近畿大学、聖マリアンナ医科大学、岩手医科大学など3000万円を超えるところも珍しくない。

ハーバード大学など米国の名門大学の場合、メディカル・スクールを卒業するまでの学費は5000万円を超える。奨学金制度が充実しているが、必ず採用されるとは限らない。

ハンガリーは物価も安い。生活費は月に10万円程度だ。学費も含めて、年間の費用は約300万円。日本の私大医学部や米国の名門医学部と比べて、圧倒的に安い。これならサラリーマン家庭でも何とかなる。

さらに、日本の医師国家試験に合格すれば、日本で診療することも可能だ。医師になることを目指すなら、合理的な選択である。

■厚労省が規制の必要を示唆

彼女がセンメルヴェイス大学を知ったのは、「ハンガリー医科大学事務局(HMU)」という団体を介してだ。新宿に事務所があり、受験指導、VISA取得から、住居探し、日本の医師国家試験受験までサポートしてくれる。

余談だが、医学界は利権が渦巻く世界だ。このような流れを快く思わない連中もいる。今年7月、中央社会保険医療協議会(中医協)で、佐々木健・厚生労働省医政局医事課長が、「海外の医学部卒で医師になるルートについて議論していく必要がある」と規制の必要を示唆した。人口減が進むわが国で、将来的に医師は余るから、海外の医学部を出た学生が日本の医師免許を取得するハードルを高めようという主旨だ。この発言は東欧で学ぶ医学生に不安を与えた。

実に情けない主張だ。日本で医師が余ることは当面考えにくいし、将来的に余れば、中国などアジア諸国で診療すればいい。さらに、世界中で高等教育の水平分業が進んでいる現在、「欧州の医学部卒業は信頼できない」という規制は理不尽だ。日本医師会など業界団体の反対に対して、佐々木課長が「顔を立てた」というのが実態だろう。

厚労省も抜かりない。HMUの理事には厚労省元医政局長で、「医系技官のドン」と称された岩尾總一郞氏も名を連ねる。佐々木課長と岩尾氏は、どのように話し合ったのだろうか。

■ストレートで卒業できる学生は3分の1

話を戻そう。このようなシステムが始まったのはいつからだろうか。ハンガリーは2006年だ。2018年までに106人、2019年の夏には18人が卒業した。71人が日本の医師国家試験に合格し、合格率は81%だ。

同じような仕組みは他の東欧諸国にも存在する。スロバキア、チェコ、ブルガリアなどへの医学部進学を斡旋(あっせん)している組織もある。学生数はハンガリーほど多くはないが、合計して70人程度の日本人が学んでいる。海外の医学部進学と言えば、アメリカを思い浮かべる方が多いだろう。吉田さんと会うまで、私もそうだった。医学教育のグローバル化は、すさまじいスピードで進んでいる。

東欧の医学部の教育システムは日本とは違う。入学は比較的容易だが、進級はとても厳しく、ストレートで卒業するのは3分の1、留年が3分の1、残りは退学するそうだ。吉田さんは「帰国子女ではない私にとって、英語で授業を受けるのは、とてもストレスだった」と言う。

■求められるのは真面目に学ぶ「やる気」

東欧と日本では学生の選考システムが違う。入学しさえすれば、よほど怠けない限り卒業できる日本の大学と違い、入学は比較的容易だが、6年間をかけて選抜していく。

日本の医学部は幼少時から塾に通い、名門進学校に進学しなければ、受験を突破できない。親の収入や家庭環境に影響される。千葉県の公立高校を卒業した吉田さんにとって、ハードルが高い。

東欧は違う。求められるのは大学時代にいかに真面目に学ぶかだ。求められるのは本人のやる気だ。東欧の医学部は吉田さんに向いていた。

医療ガバナンス研究所には、多くの若者がやって来る。その中で彼女の存在は際立っている。どんなことを頼んでも、「ぜひ、やらせてください」と言う。

一般人向けの脳卒中の解説を頼んだら、すぐに医学書を購入し、翌々日には初稿を送ってきた。若手医師の研究を手伝うこともある。膨大なデータを、即座に整理してくれる。吉田さんは元からバイタリティーがあったのだろうが、ハンガリーで鍛えられ、さらにパワーアップした。

故国を離れ、異郷で医学を学ぶメリットは、医学知識の獲得だけでない。苦労を重ねることで人間として成長する。古くから言われているように、若者には旅をさせなければならない。

■社会人顔負けの段取り力を発揮

もう一人、海外の医学部で学ぶ学生をご紹介しよう。スロバキアのコメニウス大学で学ぶ妹尾優希さんだ。2017年から、帰国の際には、医療ガバナンス研究所でインターンをしている。

妹尾優希さん(左)とカリム・モウトチョウ君(右)。ナビタスクリニック新宿を見学して。中央は濱木珠恵院長。写真提供=妹尾優希さん

2018年の夏にインターンをしていた時の話だ。彼女は日本に帰国する前の1カ月間をモロッコで研修した。そこでカリム・モウトチョウ君という医学生と知り合った。カリム君は日本に興味があり、日本の学生団体を通じて、日本の病院で実習する予定だった。

ところが、学生団体とカリム君の間で行き違いがあり、予定した病院で実習ができなくなった。すでに航空機も手配しており、カリム君はどうしていいかわからなくなった。

窮地のカリム君を救ったのが、妹尾さんだ。私に「日本で引き受け可能な病院を紹介してほしい。本人は日本の先進医療を見学したく、泌尿器科と循環器内科を希望している」と連絡してきた。

私は彼女に旧知の堀江重郎・順天堂大学泌尿器科教授と加地修一郎・神戸市立医療センター中央市民病院循環器内科医長を紹介した。妹尾さんはモロッコから、彼らにメールで連絡をとり、カリム君の受け入れを調整した。2人と相談し、東京と神戸での宿舎や移動手段も手配した。神戸市立医療センター中央市民病院の実習初日に、カリム君が体調不良で遅刻した際には、その旨を先方に連絡までした。社会人顔負けの段取り力だ。

■医師の家庭で育ったとは思えない行動力

妹尾さんは、当初、2018年の9月から中国の中南大学に1年間の留学を予定していた。9月10日の夜に羽田空港を出発し、上海経由で長沙に至る航空券も手配していた。

ところが、当日の昼ごろ、東欧への医学留学を斡旋している企業の担当者から「日本の医師国家試験を受ける際に、中国の大学での交換留学の期間を厚労省が認めるかわからない」と連絡があった。

私どもの研究室でのインターンの期間に、彼女は厚労官僚と知り合っていた。彼女は「厚労省の判断は、厚労官僚に聞くしかない」と考え、その官僚に連絡した。彼は、即座に担当課長にコンタクトした。担当課長は「個別のケースなので何とも言えない」と回答したが、その官僚は「スロバキアはともかく、中国は私の感覚では難しい」と自らの意見を教えてくれた。彼女にとって、もっとも信頼できる情報だった。彼女は、即座に中国留学を断念した。

正確な情報を入手し、適切に判断したことになる。社会人でも、ここまでできる人は多くはない。

彼女の両親は医師だ。父親は大学教授である。私の周囲には、医師の家庭に育ち、医学部に進んだ学生が少なくない。学生の多くは視野狭窄(きょうさく)だ。豊かな家庭で育ち、進学校から医学部に進む。周囲は医者ばかりだ。頭でっかちで、行動力がない人が多い。妹尾さんのような人物はまずいない。

■ぬるま湯につかる日本の学生とは違う

彼らの存在は、このような医学生に刺激を与えている。東京大学医学部に通う武田悠人君は、「東大の学生とは全く違う」と言う。東大の学生は多少頭がいいかもしれないが、自ら動かなければ経験を積めない。閉鎖的な医局にいて、長いものに巻かれているうちに、まっとうな判断力を失ってしまう。CPUはいいが、アプリケーションが入っていないパソコンみたいになる。やがて、型落ちとなって破棄される。

これから、武田君たちが競争するのは、世界中にいる吉田さんや妹尾さんのような若者たちだ。彼らはハングリーだ。覚悟を決めて、一人で世界に飛び出している。エリート意識をもって、ぬるま湯に浸かっている日本の医学生とは違う。東欧で学ぶ医学生の存在は、停滞する日本の医学界に強い刺激を与えつつある。

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上 昌広(かみ・まさひろ)
医療ガバナンス研究所理事長・医師
1968年、兵庫県生まれ。93年、東京大学医学部卒。虎の門病院、国立がんセンター中央病院で臨床研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究する。著書に『病院は東京から破綻する』(朝日新聞出版)など。

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(医療ガバナンス研究所理事長・医師 上 昌広)

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