キリスト教徒の人々を“4行”で理解する方法
プレジデントオンライン / 2019年9月27日 6時15分
■キリスト教と法律はどうつながっているか
西欧の人びとと仕事をすると、法律にうるさくて、やれやれと思う。
まず、契約書。細かくて分厚い。顧問弁護士。すぐ裁判。職場のマニュアル。株主への説明責任。年次計画。ポリシーペーパー……。これを全部、まじめにやるのは大変だ。
西欧諸国は、キリスト教国でもある。「キリスト教は、仕事に関係ないな。最近彼らも、教会には行ってないようだし」で済ませてしまうと、厄介なことになる。
法律にうるさいことと、キリスト教は、どういう関係があるのか。
じつは、ここが急所だ。この急所がわからないと、西欧キリスト教文明がわかったことにはならない。ビジネス・パートナーのことがわからなければ、仕事にも支障がある。
考えてみれば、彼らは法律のかたまりだ。アメリカも憲法がつくった。フランス革命も憲法とナポレオン法典だ。イギリスは、不文の憲法をもっている。なぜキリスト教徒は、法律を信頼するのだろう。
それは、彼らが「自由」だから。自由と自由が衝突しないために、垣根のように法律がある。法律の内側は自分の権利。法律が守っている。法律の向こうは不法行為。相手の領域なのである。
じゃあなぜ、彼らは「自由」なのか。それはGodが、彼らを造った(ことになっている)から。一人ひとり、別々に造った。平等に造った。そこで誰もが等しく、幸福に生きる権利(基本的人権)をもっている。
■「人間が人間を統治するのは正しくない」
ちょっと待って。親から生まれるんじゃないの、人間は? と思ってはいけない。それは、親から生まれるように「見える」だけ。ほんとうはGodが造っているのだ、と考えるのが、キリスト教である。
Godが人間に与えた自由を、ほかの人間が取り上げてはならない。自由は、神聖なのである。
さて、イエス・キリストは神(の子)なので、人間を支配する。でも、復活して天に昇ってしまった。いずれ再臨して、人間を直接に統治し、「神の王国」をつくる。Godが人間を支配する。これがほんとうの政治である。
では、イエスが再臨するまでのあいだ、地上ではどうする? 人間が人間を統治するのは正しくない。人間は自由だからだ。でも、悪者もいる。政府は必要。ではどうする。
人間は自由なので、自分の意思にだけ拘束される。そこで、自由な人間が相談して、政府をつくると約束(契約)する。契約は、自分の意思だから、これに従っても、自由でないことにはならない。
人間が、こういう契約を結んでいいのか。結んでよい。「Godはそれを支持する」と新約聖書に書いてある(ローマ人への手紙)。
契約は、自由に結んでよい。そして、契約は、法律になる。「契約を守りなさい」はGodの命令だからだ。西欧キリスト教文明、とりわけ近代国家は、こういう原理でできている。キリスト教と法律は、こういうかたちでつながっているのだ。
法律も、契約も、人間がつくったものだが、神に対するように「神聖」だ。だから彼らは、法律、法律とうるさいのである。
■「法律があるので、大丈夫」
以上をまとめて、彼らの考え方や行動を説明する、4行モデルをつくることができる。
(1)まず自己主張する。
(2)相手も自己主張している。
(3)このままだと、紛争になる。
(4)法律があるので、大丈夫。
西欧諸国では、誰もが法律に従うと期待できる(法律に従わない無法者もいるが、正真正銘の悪漢である)。人間の集まりである、政府も法律に従う。誰もが法律に従う社会を、法治国家という。
キリスト教文明のやり方は、ユダヤ教を踏まえている。それはこんな具合だ。
(1)まず自己主張する。
(2)相手も自己主張している。
(3)このままだと、紛争になる。
(4)ユダヤ法があるので、大丈夫。
■イスラム文明のやり方はユダヤ教と似ている
ユダヤ法は、モーセの律法ともいい、旧約聖書(ユダヤ教の言い方では、タナハ)に書いてある。ところがイエスが、「ユダヤ法にはもう従わなくていい」と言ったので、割礼も神殿での祭祀も、なしになってしまった。
ユダヤ法なしのキリスト教徒は、以来、適当に法律をみつける(なければ、つくる)ことにしたのだ。
イスラム文明の人びとのやり方は、ユダヤ教と似ている。こんな具合だ。
(1)まず自己主張する。
(2)相手も自己主張している。
(3)このままだと、紛争になる。
(4)イスラム法があるので、大丈夫。
イスラム法は、アッラーが定めた法律で、クルアーン(コーラン)に書いてある。人類すべてが従うことになっている。だからイスラム法は、普遍的である。ユダヤ人以外の人びとは守らなくていいユダヤ法とは、違っている。
■キリスト教はイスラム教を認めるつもりがない
イスラム教は、ユダヤ教もキリスト教もアッラーの教えではある、と考えているので、嫌なら無理にイスラム教に改宗しなくてもよい。イスラム文明は、ユダヤ教、キリスト教に共存の余地を与えている(だからパレスチナでは、もともと共存できていた)。
しかしキリスト教のほうは、ユダヤ教、イスラム教をはなから認めるつもりがない。ケンカ腰である。十字軍もそうだった。レコンキスタ(スペイン奪還作戦)もそうだった。
最近では植民地にしたり、石油資源をめぐって横暴をはたらいたり、悪さばかりしている。イスラム教の側が、警戒するのは当然だ。
■世界の文明の本質を取り出す「4行モデル」
さて、ここまでは、みな一神教の話だった。ちなみに、インドの、ヒンドゥー教の人びとは、こんな具合だ。
(1)まず自己主張する。
(2)相手も自己主張している。
(3)このままだと、紛争になる。
(4)みんなばらばらな法則に従っているので、大丈夫。
この法則は、人間がつくったもの(法律)ではない。宇宙にそなわっていて、変えられない。ヒンドゥー教の根本だ。
みなバラバラに法則に従っている。それが、カースト制である。職業も別々で、結婚もしない。なるべく無関係に暮らすので、紛争が防がれる。
これだと社会がバラバラになってしまわないか。人間が死ぬと、Jリーグの入れ替え戦みたいな考え方で、上のカーストに生まれたり、下のカーストに生まれたりする。これが輪廻。人間はみな、輪廻の法則に従っているのだ。
■儒教は「順番があるので、大丈夫」
中国の人びとは、どうか。
中国には、道教や仏教もあるが、中心は儒教だ。儒教は、中国社会の骨組みをつくった。儒教を生きる人びとの考え方や行動様式は、こんな具合だ。
(1)まず自己主張する。
(2)相手も自己主張している。
(3)このままだと、紛争になる。
(4)順番があるので、大丈夫。
順番は、誰が偉くて、誰がその次で……と決まっていること。偉いひとの言う通りにするので、紛争が防がれる。
儒教とは、要するに、中国のあらゆる人びとのあいだに順番を配給するメカニズムである。中央では、政府の役人のあいだに、下級/上級/……の順番を。末端では、親族のあいだに、長幼の順番を。
そこで、中国全体で「1番」のひとが、どうしても必要になる。昔は皇帝、いまは習近平だ。
こんな具合で、4行モデルはシンプルだが、世界の主な文明の本質を取り出すものだ。これさえあれば、世界の理解はぐんと容易になる。……かどうかは、『4行でわかる世界の文明』(角川新書)でお確かめください。
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社会学者
1948年神奈川県生まれ。東京工業大学名誉教授。大学院大学至善館教授。1977年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学後、1989~2013年東京工業大学に勤務。『世界がわかる宗教社会学入門』(ちくま文庫)、『はじめての構造主義』『ふしぎなキリスト教』『おどろきの中国』『げんきな日本論』(講談社現代新書)、『丸山眞男の憂鬱』『小林秀雄の悲哀』(講談社選書メチエ)、『世界は四大文明でできている』(NHK出版新書)、『世界は宗教で動いてる』(光文社新書)など、著書多数。
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(社会学者 橋爪 大三郎)
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