中国共産党が恐れる「香港デモ」でのCIAの暗躍
プレジデントオンライン / 2019年9月27日 11時15分
2004年のウクライナ大統領選挙で、親欧米派の野党候補をシンボルカラーのオレンジで応援する人々。再投票の末に政権交代が実現し、「カラー革命」の一つ「オレンジ革命」と呼ばれたたこの選挙は、アメリカの介入が噂されている。(2004年11月2日、キエフ) - 写真=AP/アフロ
■外国情報機関の活動拠点としての香港
数カ月にわたって香港での大混乱を引き起こした逃亡犯条例改正案提出は、同地を拠点にさまざまな秘密活動を行ってきた外国情報機関にとっても一大事であった。英国による統治時代から、香港は長らく米英情報機関の活動拠点でもあり、今日もその状況に変わりはないからだ。
例えば、1989年の天安門事件の直後、多くの民主化運動の学生リーダーたちが中国公安当局に追われたが、この時、香港を拠点として、地元の実業家や有志らとともに彼らの海外逃亡を支援したのは英秘密情報部(MI6)や米中央情報局(CIA)であった。
この秘密作戦は「黄雀作戦(行動)」と呼ばれているが、英米情報機関はこの時、逃亡の資金のみならず、通信機や暗視装置、さらには武器なども逃亡学生らに提供したとされている(フィナンシャル・タイムズ、2014年6月1日 "Tiananmen Square: the long shadow")。
ちなみに「黄雀行動」とは、「セミを狙うカマキリを、その背後からカナリアが狙っている」という中国の故事成語(蟷螂捕蝉、黄雀在后)にちなむもので、つまり目の前の獲物を狙っている自分もまた、別の敵に虎視眈々(たんたん)と狙われているという意味だ。
そんな香港では、中国返還後も外国情報機関が引き続き活動していた。例えば2004年、英国パスポートを持つ香港人3人が英秘密情報部(MI6)のスパイだとして中国国内で逮捕されている(テレグラフ、2004年3月3日 "Hong Kong residents spied for MI6, says Beijing")。
また、リビアの反カダフィ体制運動に失敗し、そのせいで英国に亡命したサミ・サーディ氏という人物は、英国とリビアの関係改善が進んでいた2004年3月、香港の英国領事館で突然逮捕監禁され、MI6によって妻や4人の子供たちと一緒に手錠と足かせをされた状態でリビアに輸送され、カダフィ政権に引き渡された。
このとき、香港政府側でこの誘拐に積極的に関わったとして名前が出てくるのが、当時、香港政府治安当局の常任秘書長だった人物である(サウス・チャイナ・モーニングポスト紙、2014年12月13日 "Hong Kong's role in kidnapping of Libyan dissident Sami al-Saadi back in spotlight")。
一方、香港では中国の情報機関も秘密活動を行っている。例えば、中国政府が敵視する「法輪功」の活動を妨害するための工作活動は依然として活発であるし、地元では今回の抗議運動を鎮圧した治安部隊の中にも少なくない中国の公安関係者が紛れ込んでいたとする噂(うわさ)もある。
■米ネオコン人脈とつながる実業家
香港の抗議運動に参加しているグループには、全米民主主義基金(NED)から資金援助を受けているものがあるということも度々報じられてきた。このNEDとは、1983年のレーガン政権時代に「他国の政府を民主化する」という目的で設立された組織である。
しかし実際のNEDは、反米的な国の政権交代(あるいは体制転覆)を支援するために、その国の反対派に資金援助などを行ってきたのであり、CIAのフロント機関とも呼ばれている。
NEDは、2014年の雨傘運動の頃から香港のデモ支援を行っていたようだが、そのNEDと並んで香港の民主化運動を支持している地元の富豪もいる。その1人が、地元香港メディア界の大物で、蘋果日報(アップル・デイリー)を創業した黎智英(ジミー・ライ)氏だ。
貧しい家から一代で巨額の富を築いた立志伝中の人である黎氏は、2014年の雨傘運動には億単位の資金を提供し、実際に自分でもデモ隊に参加した行動の人で、もちろん今回の抗議運動をも強く支持している。
そのせいで、黎氏は中国メディアから「漢奸(売国奴)」と罵倒され、その自宅は過去に車で突っ込まれたり、火炎瓶を投げ込まれたりしている。2019年9月5日にもやはり自宅が火炎瓶攻撃を受けている。
2019年7月10日付の「ブルームバーグ」("Trump Team Sends Defiant Signal to Beijing by Meeting Hong Kong Activist")によると、その黎氏が同月にワシントンを訪問し、ベネズエラやイランに対する軍事力行使を願うマイク・ペンス副大統領やポンペオ国務長官、さらにはジョン・ボルトン元安全保障担当といった「ネオコン(新保守主義者:リベラルから転向、米国の国益のためには武力行使も辞さぬ保守主義者)系高官」と会談、そこで「香港は自由と民主の危機にある」として米国の支援を求めたという。
そんな人脈と関係を持つ黎智英氏を、習近平政権が「CIA工作員」と呼んで非難するのは驚くに当たらない。
米政府高官が黎智英氏と面会するということは、すなわちトランプ政権が中国政府に対して完全なる敵対関係を示したことになるなどと単純に報じる向きもあるが、ここで気をつけなければならないのは、彼ら「トランプ政権内にあるネオコン系高官」の動きは、必ずしもトランプ大統領の意向とは同じではないということだ。
その証拠に、トランプ大統領は香港の民主化運動にはあまり興味がないようで、当初は香港の抗議運動を「反乱」とさえ呼んでいたし、黎智英氏とも親しいジョン・ボルトン国家安全保障補佐官も先日解任されている。そもそも、対外不干渉主義のトランプ大統領は、ネオコンとは一切相いれない考えの持ち主だ。そんなネオコン系の人々を何人も自分の政権内に入れているのは、「友は近くに置け、敵はもっと近くに置け」というトランプ大統領一流の戦略であろうと推察する。
■「カラー革命」を恐れる中国共産党
一方の習政権は、何度も香港のデモの背後にはCIAがいると述べており、香港の分離独立を狙っているのではないかと勘ぐっている。実は彼らは、米情報機関が実行する「カラー革命」を恐れているのである。
「カラー革命」とは、2000年代に東欧から中央アジアの国々でCIAが主導して行った一連の政権転覆劇である。この「カラー革命」では、前述のNEDも深く関与しており、例えば過去にはベネズエラやキューバ反政府勢力への資金援助をも行っていた。NEDの初代理事長はかつて、「私たちが今日やっていることの多くは、25年前にCIAが秘密裏にやっていたことである」と述べたこともある(ワシントン・ポスト、1991年9月22日 "Innocence Abroad: The New World of Spyless Coups")。
実際、中国政府系メディアは、香港のデモに紛れていた欧米系白人グループを撮影した写真を流し、「彼らはCIA工作員だ」と主張していたし、またデモ隊の中にも実際に米英の国旗を振り回している人々がいたことが、この中国側の指摘に一定の「信頼性」を与えている部分もあるだろう。当然、「民主化運動支持派」はこれをバカバカしい陰謀論だとして非難しているが、互いに激しい情報戦が行われていることは間違いない。
こんな背景の中で、前述の香港メディア王の黎智英氏は「CIA工作員」などというありがたくない汚名を着せさせられてしまったわけだが、しかしその一方で、黎氏の周辺には「あるいは?」と思わせる人々がいるのもまた確かである。
■見え隠れする米情報機関の影
例えば、黎智英氏の経営する系列企業の経営幹部で、氏の右腕ともされる米国人のマーク・サイモン氏という人物については、以前からさまざまな噂があった。2014年8月11日の「サウス・チャイナ・モーニングポスト」紙("'I'm not a spy', says Jimmy Lai's right-hand man Mark Simon")によると、米海軍情報部出身のサイモン氏は、過去に「私の父は35年間、CIAに勤務していた」「自分はCIAでのインターン生であった」などという発言をしていた。
このサイモン氏は当然ながら中国当局に狙われているらしく、2014年の雨傘運動の最中には、氏のメールが何者かによってハッキングされ、しかも何度パスワードを変えてもハッキングされ続けるという高度な手法による攻撃を受けたという。(サウス・チャイナ・モーニングポスト紙、2014年8月6日"Jimmy Lai's top aide reveals his email accounts were hacked")。
ちなみに黎智英氏とサイモン氏は、2019年8月3日に香港セントラル地区のイタリア料理店で、ホワイトハウスでも東アジアの安全保障政策に関する助言を行っていた米国務省元顧問のクリスチャン・ウィトン氏と食事をしていたことが地元メディアによって確認されている(Dimsumdaily Hong Kong、 2019年8月17日 "EXCLUSIVE! The mysterious man that met up with Jimmy Lai and his entourage in Central HK is Christian Whiton, a national security expert who has served in multiple White House administrations")。
2013年に『スマート・パワー』という本を出版したウィトン氏は、より洗練され(スマートな)、かつ情報機関的な秘密活動を伴う高度な政治戦によって米国の国益を利する活動をすべき、という考えを持っている。
今回のデモの背後にCIAがいると信じて疑わない中国情報機関が今でも、こういった人々の監視を強めているであろうことは想像に難くない。そもそも、このような情報が地元メディアに流されること自体、すでに激しい情報戦が繰り広げられている証拠だ。その香港では、すでに米国と通じていたり、反体制思想を持つとされる人々の失踪事件も相次いでいるが、これらは報道さえされないという。
これからも習政権は、あらゆる手段を使って中国版「カラー革命」を防止しようとするに違いないが、そんな彼らの暗闘の多くは決して表に出てくることはないであろう。(続く)
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危機管理コンサルタント
日本戦略研究フォーラム 政策提言委員。1974年生まれ。オーストラリア国立大学卒業、同大学院修士課程中退。パプア・ニューギニアでの事業を経て、アフリカの石油関連施設でのテロ対策や対人警護/施設警備、地元マフィア・労働組合等との交渉や治安情報の収集分析等を実施。国内外大手TV局の番組制作・講演・執筆活動のほか、グローバル企業の危機管理担当としても活動中。著書に『なぜ「イスラム国」は日本人を殺したのか』『学校が教えてくれない戦争の真実』などがある。
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(危機管理コンサルタント 丸谷 元人)
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