快楽優先の生き方は「ブレーキのない自転車」だ
プレジデントオンライン / 2019年10月2日 11時15分
※本稿は、リック・ハンソン『脳を鍛えてブッダになる52の方法』(サンガ文庫)の一部を再編集したものです
■脳には「悪い方向に考える癖」がある
脳には悪い方向に考えるバイアスが組み込まれていると科学者たちは信じています。進化の中で私たちの祖先は棒(危険)を避け、人参(食料)を追い求める生活を何百万年も続けてきましたが、生き延びるためには棒(危険)を避けることの方がより差し迫った問題だったのです。
悪い方向に考えるという脳のバイアスは様々な所で観察することができます。例えば、研究により次のようなことが明らかにされています。
●痛ましい経験は楽しい経験よりも記憶に残りやすいとされています。(*1)
脳は嫌な経験に対してはマジックテープのように密着しますが、うれしい経験に対してはテフロン加工のように軽く触れるだけです。このような脳の癖が、潜在的な記憶や感情、期待、信条、嗜好、気分に影を落として、どんどん悪い方向へ向かわせます。
これは公平ではありません。おそらく人生の出来事の大半は好ましいことです。あるいは少なくとも中立です。良いことを取り込むことは、大変良いことです——大人にとっても、子供にとっても。回復力が増し、自信がつき、幸せになることができます。
■自分の心を「一時停止」してみる訓練
私は、自分をコントロールする訓練をしている子供を治療することがあります。その際、時々「ブレーキのない自転車に乗りたいですか」と尋ねます。どんなにやんちゃな子であっても、返ってくる答えはいつもノーです。ブレーキがなければ、自転車の運転は退屈か痛い目に合うかのどちらかにしかならないと、子供たちは分かっているからです。ブレーキがあるからこそ、スピードを出して楽しむことができるのです。
人生でも同じです。職場で批判にさらされたり、パートナーの気分を害したり、悪口を言いたいという衝動にかられたり、後で高くつくにちがいない願望を満たすチャンスに行き当たってしまったときには、しばしブレーキをかけて「一時停止」する能力を身に付けておく必要があります。さもないと、なんらかの形で失態を犯す可能性が高くなります。
あなたの脳は興奮と抑制、つまりアクセルとブレーキの組み合わせにより機能します。抑制に関わるのは脳内のニューロン(神経細胞)の約10%に過ぎません。しかし、その極めて重要な働きがなければ、脳自体がクラッシュします。例えば過剰な刺激を受けたニューロン(神経細胞)は死滅します。また興奮の歯止めがきかなくなると痙攣(けいれん)が生じます。
日常生活のなかで、「一時停止」は貴重な時間を作ってくれます。相手の話を遮らずによく聞くための時間、実際に何が起こっているのかを確かめ、気持ちを落ち着け、集中し、大事なことを抜き出して、適切な答えを練り上げるための時間です。その時間であなたは、熱くなった感情を理性で冷まし、強硬な立場を心からの誠意で和らげることができます。生まれつきあなたに宿っている天使たちに、心の中を飛び回らせることができるのです。
■自分の心に何が起きているかを洞察する
ここでお話しする「洞察」の意味とは、自分自身を理解するということです。物事に対する私たちの反応の仕方を心が決める、その仕組みを理解することです。
例をあげてみましょう。仕事でくたくたになって帰宅したとします。すると妻がそばにやってきてしばし抱擁します。そして歩きながら私に聞きます。「卵買ってきてくれた?」(それについて話し合ったことも無かったし、そもそも卵が必要なことさえも知りませんでした)。私はいらいらして、身体の緊張が高まり、少し悲しくなります。何が起こっているのでしょうか。
妻の卵についての、なんでもない日常的な質問。それが刺激となり、いらいら、緊張、悲しさという反応が生じました。その背景には私の心の中にある複数の要因が関わっています。
1番目はストレスです。そして2番目は私の生い立ちに関係します。あら探し(もちろん優しさがこもったものですが)ばかりする母親のそばで大きくなったため、批判されるのではないか(この場合は私が卵を忘れたことに対してです)といつもびくびくしています。最後は、自分があまり家事を手伝っていないという罪悪感です。これらの要因が無くなれば、心の動揺も無くなるだろうと思います。
●時間とともに少しずつ心の働きを変えていくことができます。幸せや人間関係や能力を損なう良くない心の働きを変えたり、上手にコントロールしたりすることができるようになります。
■「好きになる」と「欲しがる」の違い
生きることは目標を追いかけることです。安心、成功、安楽、喜び、創造表現、心と身体の健康、人とのつながり、尊敬、愛、自己実現、精神的向上など、目指すものはさまざまでしょう。健全な形で自分の利益を考え自分を大切にするのであれば、それは自然なことであり、何の問題もありません。
しかし、ストレスを抱えて憑(つ)かれたように目標を追いかける——言い換えれば、目標に「執着する」としたら、それは問題です。努力はするけれども心は平穏で、目標が何であろうとそれを追い求める過程そのものを楽しむ、言い換えれば「向上心を抱く」こととは異なります。
向上心を抱くのは何かを「好きになる」ことに関係します。一方、執着するのは「欲しがる」ことに関連します。この2つについては、関わる脳のシステムも異なります(*3)(*4)。
楽しいことを好きになり、楽しくないことを嫌いになるのは、自然であり問題ありません。しかし、執着に足を踏み込んで身体を強張らせ、ほしい、もっと欲しい、楽しいことがずっと続いてほしい、楽しくないことが終わって欲しいと考えるようになると問題が生じます。
身体、感情、態度、思考などあらゆる面で「好きになる」と「欲しがる」の違いを見分けることができるようになってください。「好きになる」とき、心は開かれ、緊張がほぐれ、柔軟に対応することができます。一方、「欲しがる」ときは窮屈で、圧迫されているように感じ、萎縮して、身動きがとれなくなります。その違いは、きっとあなたにも分かるようになると思います。
(*1)Roy Baumeister and others,(2001) "Bad Is Stronger than Good"
(*2)Paul Rozin, Edward B. Royzman,(2001)"Negativity Bias, Negativity Dominance, and Contagion"
(*3)Berridge, K. C., & Robinson, T. E.(1998)."What is the role of dopamine in reward: Hedonic impact, reward learning, or incentive salience?" Brain Research Reviews, 28(3), 309-369.
(*4)Pecina, Smith, Berridge(2006) "Hedonic Hot Spots in the Brain"
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理学博士。ウェルスプリング神経科学・瞑想智研究所の設立者であり、カリフォルニア大学バークレー校グレイターグッド科学センターのメンバー。オックスフォード大学、スタンフォード大学、ハーバード大学で招待講演をし、また世界中の瞑想センターで指導。著書『ブッダの脳』は20カ国語で出版。家族とともにサンフランシスコ、ベイエリアに住み、インターネットを通じて情報を無償で提供している。オフィシャルサイト
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(神経心理学者 リック・ハンソン)
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