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香港「条例改正」の標的は北朝鮮と江沢民だった

プレジデントオンライン / 2019年9月28日 17時15分

香港は長年にわたり、上海閥の富豪や北朝鮮にとってのマネーロンダリングの中心拠点だった――。(写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Andrei Barmashov

香港デモの発端となった逃亡犯条例改正案。そもそも香港政府は、なぜこんな改正案を打ち出したのか。危機管理コンサルタントの丸谷元人氏は、「香港は長年にわたり、上海閥(江沢民派)の富豪や北朝鮮のマネーロンダリング(資金洗浄)の中心部だったため、中国の習近平政権がそれを潰(つぶ)そうとした」と指摘する——。(第3回、全4回)

■香港を舞台とする米中情報機関の「死闘」

ここ数年、香港では、米国と中国の情報機関による水面下の戦いが活発に繰り広げられてきた。

2012年の初め、中国の情報機関である国家安全部高官次官の男性秘書が、香港で中国当局に逮捕されたが、この男性は米中央情報局(CIA)が送り込んだ美人女性にのめり込み、そこで弱みをつかまれて米国側に寝返ったようだ。絵に描いたような「ハニー・トラップ」の成功例である。

また2019年7月には、中国の宇宙開発部門の高級幹部が、息子を通じて機密情報をCIAに渡していた疑いも浮上している。

一方の中国側も負けてはいない。2018年1月には、香港在住の中国系米国人でCIA元工作員だった男性が、中国情報機関に機密情報を渡したとしてニューヨークの空港で逮捕されている。この男性の渡した情報は、2010年以降、中国国内で次々とCIAのスパイが失踪し、少なくとも12人が処刑された一連の摘発事案に貢献したともいわれている(NBCニュース、2018年1月17日 "Ex-CIA officer Jerry Chun Shing Lee suspected of spying for China")。これによって多くのベテラン工作員が摘発され、米国の対中スパイ網はこれで大打撃を受けたようだ。

実は香港の外でも、米国の元スパイが中国情報機関に取り込まれるというケースが頻発している。

2018年6月、米国防省情報局(DIA)の元職員が中国に機密情報を渡そうとして逮捕された。同容疑者は自ら「自分は中国国家安全部と一緒に働いている」と述べ、第三者になりすます形での中国への逃亡計画をも立案していた。また同じ月、CIAとDIAで工作員として勤務していた米国人男性が、中国情報機関に対しCIAが分析した機密文書を提供した罪で有罪評決を言い渡された。

この二つの事件のきっかけは、いずれもビジネス上の資金難と個人的借金であった。彼らは、「中国のシンクタンク代表」を名乗る情報機関の人間などからビジネスSNS「リンクトイン」を通じて接触され、資金提供などを受けたのであった。

米外交誌『フォーリン・ポリシー』は、「元情報機関要員にはサポートが必要だ。さもなければ彼らは離反するかもしれない」(2019年6月14日 "How to Take Care of an Ex-Spy")と述べているが、中国情報機関はこういった個人的弱みを持つ元情報部員を虎視眈々(たんたん)と狙っているわけだ。

■北朝鮮御用達の「マネロン&武器調達拠点」

中国から逃亡してきた上海閥(江沢民派)系の富豪たちの隠れ家であり、外国情報機関が跋扈(ばっこ)する「魔界・香港」が持つもう一つの裏の顔、それがマネーロンダリング(資金洗浄、以下マネロン)と武器調達機能である。

香港では長年、中国大陸から違法に流れた巨額資金の「洗浄」が行われてきたが、その多くに上海閥は深く関与している。国際的な政府間会合「マネーロンダリングに関する金融活動作業部会(FATF)」は、香港におけるマネロンやテロ資金の移動といった犯罪の摘発を難しくしているのは、香港から中国本土に対して容疑者を送るシステムがないことだと指摘している(ロイター通信、2019年9月5日 "Extradition from HK to mainland China would help fight money laundering: FATF")が、これは上海閥系富豪らによって大陸から持ち込まれた巨額の怪しい金の動きをも指しているのだろう。

そんな中で、実はあの北朝鮮もまた、香港で長年さまざまな資金洗浄を行ってきた。それどころか、香港こそが北朝鮮の秘密資金運用を支えるマネロンの中心地なのである。2017年10月17日のCNNの報道("Hiding in plain sight: Why Hong Kong is a preferred spot for North Korea's money launderers")によると、香港にある「香港ウナフォルテ社」という企業は、北朝鮮のシェルカンパニー(編集部注:実体のないペーパーカンパニー)であり、北朝鮮政府が国際金融ネットワークにアクセスする際の入り口であるという。同報道によると、香港には160社もの北朝鮮関連の会社が存在しているそうだ。

2019年6月には、米裁判所が中国の大手銀3行に対し、対北朝鮮制裁違反調査に絡む召喚状に従わなかったとして侮辱罪の判決を下したが、これらの銀行は北朝鮮の銀行のために1億ドル以上ものマネロンを行った香港の企業と協働していたようだ(ロイター通信、2019年6月25日 "Chinese bank may face U.S. action in North Korean sanctions probe: Washington Post" )。

■「逃亡犯条例改正」の本当の目的とは

香港は、北朝鮮にとって重要な武器輸出入の拠点でもある。2016年、エジプト沖で拿捕(だほ)された貨物船からは、北朝鮮製対戦車ロケット弾3万発が押収されたが、この船の所有企業は香港所在であった。

のちの米連邦捜査局(FBI)の調査により、オーナーの中国人男性が、北朝鮮への密輸拠点であり、かつ上海閥の支配下にあった中国東北部の丹東の大手貿易会社をも所有していることが明らかになったが、この人物はニューヨークにも高級マンションを保有するなど、米国内にもかなりのネットワークを持っていたようだ(ちなみに、2017年の秋ごろになって急にこの事件の詳細情報が表に出てきたのも、トランプ政権の誕生とは無関係ではないように思われる)。

このように香港は、上海閥のみならず、長年その仲間であった北朝鮮にとっての力の源泉でもあった。

つまり、今回の逃亡犯条例改正案の適用で習政権が狙っていたのは、上海閥を壊滅させると同時に、彼らと関係のある外国情報機関による香港を拠点とした対中秘密工作にも打撃を与え、さらには、上海閥から今ではトランプ政権に乗り換えつつ、核ミサイルを持って習政権に歯向かう北朝鮮の資金源をも根絶することであったに違いない。

中でも習政権にとって特に疎ましいのが、「不倶戴天の敵」である上海閥と北朝鮮の金正恩政権なのであろう。つまり、中国政府が今回の抗議運動をして「CIAによる陰謀だ」と叫び続けているのは、中国人得意の「桑を指して槐(えんじゅ)を罵(ののし)る(=遠回しに別の相手を非難する)」行為であると思われる。

■なぜ中国政府は改正案撤回に沈黙するか

このような政治的思惑が複雑に絡み合う中で、9月4日に香港行政長官の林鄭月娥(キャリー・ラム)氏が突然に発表したのが逃亡犯条例改正案の完全撤回、という驚きの決断であった。

この決断の直前の8月末、林鄭氏は地元実業家グループとの非公式会合で、荒れる香港の現状について「言い訳のできない大混乱」を引き起こしたとし、選択肢があるなら辞任すると発言したと報道されていた(のちに林鄭長官は発言を否定)。彼女はもともと上海閥に近いといわれていた人物であり、その意志の強さから「鉄の女」とさえ呼ばれていた。

そんな彼女は今回、「鉄の女」らしからぬ「弱音」を吐き、突発的とさえ思える改正案撤回をやってのけた。それを見た多くの人が、「こんな決断をすれば、彼女は習政権の逆鱗(げきりん)に触れるのではないか」と感じたに違いない。

しかし、この改正案撤回を受けたあとも、北京はなぜか沈黙を貫いている。その背景を推察してみると、そこには絶妙な立ち回りを演じてみせる林鄭月娥氏のもう一つの姿が浮かんでくる。

振り返ってみれば、上海閥に近いとされている林鄭氏は、2017年の行政長官選挙では習近平派からの支持をも幅広く取り付け、見事香港トップの座を手中に収めた。つまり、彼女は習近平派にもかわいがられることに成功していた。

そうした視点から改めて逃亡犯条例改正案そのものを見てみると、それが上海閥と習近平派の両方に恩を売ることができる「絶妙なカード」であることに気づく。

■林鄭香港行政長官のしたたかな計算

前述の通りこの改正案は、習近平政権にとっては香港に巣くう「仇敵・上海閥」の資金源と人脈を一網打尽にするための強力な武器だ。一方で、窮地に立たされている上海閥にとっても、このまま座して死を待つよりは、同改正案提出によって自然発生する抗議デモに乗じてさらなる騒乱を引き起こし、「民主化運動」の名の下、徹底抗戦をすることができる。

さらには、上海閥と水面下で強くつながっている米国エスタブリッシュメント層(特にネオコン系人脈)の介入を誘発し、香港を世界中のメディアの監視下に置くことで、「一国二制度」という名目の下、香港を事実上の「治外法権(独立)状態」に維持することもできる。

つまり、改正案は激しい権力闘争を続ける習政権と上海閥の両者にとって好都合であり、林鄭氏はその提出によって、当面この両者の間をうまく泳ぐことができるわけだ。あとは、この戦いを制した勝ち馬に乗ることで、自身の政治的生き残りを図ることもできるだろう。

もちろん、林鄭氏がどこまでこれらを意識していたかは知る由もない。だが、結果的に彼女が推進した改正案提出が習近平政権と上海閥の全面衝突を誘発し、さらには「香港の中国化」をも一気に早めたことは間違いないだろう。

(続く)

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丸谷 元人(まるたに・はじめ)
危機管理コンサルタント
日本戦略研究フォーラム 政策提言委員。1974年生まれ。オーストラリア国立大学卒業、同大学院修士課程中退。パプア・ニューギニアでの事業を経て、アフリカの石油関連施設でのテロ対策や対人警護/施設警備、地元マフィア・労働組合等との交渉や治安情報の収集分析等を実施。国内外大手TV局の番組制作・講演・執筆活動のほか、グローバル企業の危機管理担当としても活動中。著書に『なぜ「イスラム国」は日本人を殺したのか』『学校が教えてくれない戦争の真実』などがある。

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(危機管理コンサルタント 丸谷 元人)

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