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香港デモが「テロ活動」へとエスカレートする日

プレジデントオンライン / 2019年9月29日 15時15分

逃亡犯条例の改正案は撤回されたが、香港市民によるデモの収束はなかなか見えない——撤回表明の翌日の記者会見で、経緯を説明する香港行政庁の林鄭長官(2019年9月5日) - 写真=ロイター/アフロ

逃亡犯条例改正案が撤回されても、むしろ過激さを増す香港デモ。なぜ沈静化しないのか。危機管理コンサルタントの丸谷元人氏は、「焦りを感じたデモ隊が過激化することは、習近平やトランプ米大統領にとってはむしろ望むところだ」と指摘する——。(第4回、全4回)

■改正案撤回後もデモが過激化する理由

香港行政長官の林鄭月娥氏が、9月4日に突然発表した、逃亡犯条例改正案の撤回。習近平政権にとっては決して望んだ展開ではなかったであろうが、世界中の監視の目がここまで香港に注がれている以上、今の段階で乱暴なことをするのは得策ではない。

北京が今日まで沈黙を貫いているのは、取りあえずは改正案撤回などの「アメ」を与えて香港市民の反応を静観しようという部分もあるだろう。もちろん、今回の林鄭氏の発表も間違いなく北京の了解を得ている。

「鉄の女」から「弱音を吐く女性長官」に姿を変えた林鄭氏はさらに、若者の怒りの背景にあった、香港の異常な不動産価格と住宅不足を解消するための追加的施策を行う考えをも示した。今や彼女は、不満を抱く若者たちに「歩み寄る姿」をも見せ始めている。

無論、デモ隊の中でも「勇武派」と呼ばれる強硬派などは、引き続き普通選挙の実施などを含む「五大要求」の実行を求め、さらなる抗議行動の実施を計画している。しかし「リーダー不在」の香港デモにおいて、一部強硬派の付け焼き刃的要求には、逃亡犯条例改正案やその撤回ほどの「動員力」はない。

この間、林鄭氏はアメリカに対し、これ以上香港の問題に介入するなと警告することも忘れなかった。自らが習政権に忠実であることを示した格好だが、同時にトランプ米大統領との戦いで劣勢に立たされている米エスタブリッシュメント層(=反トランプ派)、および習近平政権との戦いに敗れつつある上海閥から、林鄭氏が少しずつ距離を取ろうとしていることの兆候かもしれない。

こうした状況の急変は、香港の今後の針路を少しずつ変化させつつあるようにも見える。市民の中には事実、各地で暴れまわるデモ隊に対し明確に距離を置く動きも出始めたようで、一部では中国の五星紅旗を持った中国支持派が現れ、デモ隊と乱闘を繰り広げる事案も発生した。明らかに潮流は変わりつつある。

こうなると勇武派や、上海閥などが支援する民主化要求グループは焦りを感じ、ますます過激にならざるを得ない。実際、9月の中旬に行われたデモでは多くの火炎瓶が使用されるなど、一層過激化する様相を示している。

■中国工作員による「なりすましテロ」の可能性も

2019年10月1日、中華人民共和国は建国70周年記念を迎える。すでに北京では大規模な式典の準備が始まっており、香港のデモ隊との衝突で負傷した警察官も招待されている。この式典は、習近平主席への個人崇拝を全面的に押し出すものになるであろう。

それに対し、民主化を求める「勇武派デモ隊」が、香港でも行われる記念式典の前後に何か騒擾(そうじょう)を起こす可能性もある。上海閥はそれを支援するであろうし、場合によっては誘発さえするだろう。

この大切な記念日に大規模な抗議デモが発生し、軍事パレードや記念式典が妨害されるなどの事態が発生すれば、習近平政権はその顔に大きく泥を塗られる事態になる。上海閥にとっては、それがもっとも胸のすくことであるからだ。一方で、もし本当に大規模でより暴力的な騒擾が発生し、香港警察の対処能力を超えると判断されれば、深圳に展開する人民武装警察隊が投入され、香港は一気に武力制圧されてしまうのではないかという心配の声も上がっている。

そう考えると、この建国記念日前後に、例えば無差別銃撃や爆弾テロのような事件が起こってくれた方が都合がよいと考えているのは、上海閥だけではなく、習近平政権も同じではないだろうか。「デモ隊の暴徒化」が「テロ活動」に発展すれば、習政権は一気に人民武装警察隊を香港市内に投入し、「テロ支援容疑」で上海閥の関係先を一斉摘発することもできるからだ。

このように考えると、場合によっては習政権の秘密工作部隊が仕掛ける「偽旗作戦(なりすまし)テロ」が行われる可能性すらあるわけだ。事実、2015年に廃刊した老舗新聞『成報』の元会長で、習政権に批判的だった谷卓恒氏(現在アメリカに亡命中)は、香港には数万人の中国工作員がすでに潜入していると指摘している(自由時報、2019年3月2日 "谷卓恒:中國已牢牢掌控香港 數萬特工潛伏各行各業")。だとすれば、なりすましテロのような工作も決して不可能ではあるまい。

事実、暴徒化した若者が香港議会を一時占拠して内部を破壊し、世界を驚かせた際(2019年7月)には、香港警察はなぜか彼らの破壊行為を止めることはなかった。これについて、民主派の重鎮で元立法会議員の李柱銘氏は「大きな運動があるときは共産党の人間がその中にいるものだ」と指摘し、中国共産党の工作活動である可能性を示唆している(産経新聞、2019年7月2日 "政府は破壊活動を待っていた? 香港暴徒化に渦巻く臆測")。もちろん、上海閥もこの辺りはかなり警戒しているだろうが、情勢はどう見ても習政権側に有利なようにも見える。

■実は利害が一致する習氏とトランプ氏

こんな習近平政権による香港鎮圧計画は、実はトランプ大統領(「米政府」ではないことに注意)にとっても決して悪い話ではない。上海閥と緊密な関係を維持しつつ、世界各地で戦争を作り出して巨額の利権をむさぼってきた米国エスタブリッシュメント層や情報機関(つまり、反トランプ派)を弱体化させ、世界中から米軍を撤退させることで軍事費や社会保障費を抑え、北朝鮮を完全に取り込んで地下資源ビジネスで儲けるという、自身の目的に資することになるからだ。

こうして見ると、トランプ氏が香港の民主化運動支援にそれほど前向きではない理由や、数千人のデモ隊が在香港米領事館に向けて「トランプ大統領、香港を解放してください」という旗を掲げて行進し、アメリカによる圧力を呼びかけたわずか数日後というタイミングで、香港の民主化運動に同調してきたボルトン補佐官がクビになった点は奇妙に合点がいく。

香港問題に関する限り、トランプ氏にとっては「敵(反トランプ派+上海閥)の敵(習近平一派)は味方」ということであろう。当の習近平氏にとっても、まずは国内の敵を一掃しない限り、アメリカとの覇権争いを満足に戦い抜くことはできない。つまり、習氏とトランプ氏の利害は、少なくとも短期的には一致している。

一方で長期的に見れば、習近平一派と上海閥が激しく争うほど、状況は全ての面でトランプ氏にとってさらに有利になる。香港での混乱が長期化すれば、それはやがて習近平体制の基盤を揺るがすことにもつながるし、上海閥を支援する米国内の反トランプ派のエネルギー消耗にもつながる。トランプ氏は、そんな両者の勝負がついたのちに、「消耗した勝者」に対して厳しいディールをふっかければよいのである。

■セミを狙うカマキリ、その背後に……

いずれ、習政権と上海閥が香港の権力掌握を巡って雌雄を決するときが来るであろう。そのとき、香港市民が求める自由と民主化への叫びは、強大な権力を持った二つの大陸系利権集団の闘争の中で永遠についえることになる。そんな未来を見越したように、香港市民による海外移住申請が急増している(ロイター通信、2019年9月13日 "Hong Kongers troubled by unrest look for new homes abroad")。

今の香港情勢の背後にあるこれら両サイドの本音は、「先に手を出した方が負け」だが「相手が先に出すのを待っている」という状態だ。その動きを背後からじっくりと眺めているのが、トランプ陣営ということになる。中国の故事成語「螳螂捕蝉、黄雀在后」になぞらえると、「セミ(上海閥)を狙うカマキリ(習政権)の後ろからカナリア(トランプ陣営)が狙っている」という状態だ。

かつて中央情報局(CIA)が、天安門事件から命からがら逃れた民主化学生らの海外逃亡を支援した「黄雀作戦」は、香港を拠点として行われた。同じ香港で今、習近平政権と上海閥を狙ったもう一つの「黄雀作戦」ともいうべき、トランプ氏による対中攻略作戦が進行中だ。しかしこの「新・黄雀作戦」は、香港の民主化運動には一切無関心でもある。

トランプの「新・黄雀作戦」が今後どのように展開するかはわからないが、このままだと「カマキリがセミを捉える」のは時間の問題のように見える。いずれにせよ、急速に「中国化」していく香港の混乱の行方が、今後の米中関係に大きな影響を与え、その余波がやがて日本にも襲いかかってくることだけは間違いあるまい。

(終わり)

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丸谷 元人(まるたに・はじめ)
危機管理コンサルタント
日本戦略研究フォーラム 政策提言委員。1974年生まれ。オーストラリア国立大学卒業、同大学院修士課程中退。パプア・ニューギニアでの事業を経て、アフリカの石油関連施設でのテロ対策や対人警護/施設警備、地元マフィア・労働組合等との交渉や治安情報の収集分析等を実施。国内外大手TV局の番組制作・講演・執筆活動のほか、グローバル企業の危機管理担当としても活動中。著書に『なぜ「イスラム国」は日本人を殺したのか』『学校が教えてくれない戦争の真実』などがある。

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(危機管理コンサルタント 丸谷 元人)

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