あいトリ炎上は津田大介氏の「個人的な野心」か
プレジデントオンライン / 2019年9月26日 20時15分
■すべての責任を一人だけに負わせて幕引き?
国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」内の企画展「表現の不自由展・その後」の中止を受け、愛知県が設けた第三者組織「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」(座長=山梨俊夫・国立国際美術館長)が9月25日、中間報告(PDFリンク)を公表しました。
その内容は、芸術監督の津田大介さんの責任を強く問うもので、左派系ジャーナリストとして著名な津田さんが、まるで個人の野心のために今回のあいちトリエンナーレを私物化したと言わんばかりの内容になっています。
さらには、この検証委員会の一通りの結論を待っていたのか、文化庁は愛知県に対し、あいちトリエンナーレ全体に対する補助金を交付しないと発表しました。
どっちを向いて仕事をしているのだ文化庁、と言いたいところですが、政治って本来こういうもんなんだろうなとは感じます。何しろ、後出しジャンケンも同様に申請の内容に不備があったとして、全体予算、展示面積でもごく一部しか使っていない「表現の不自由展」の展示物に対する説明が不足していたなどの理由で交付金7800万円全体が不交付となる見込みというのはさすがに常軌を逸しているように思います。
筆者自身も、津田大介さんに対して思うことや言いたいことはいろいろありますが、話の筋論として、これらの責任を津田さん一人におっかぶせて幕引きを図るというような方向でいいのか、という懸念はどうしても抱かざるを得ません。
■「炎上覚悟での実施が問題」というロジック
筆者が関係者に事情を聞いた限りでは、この問題は政府や権力による検閲だ、あるいは表現の自由の問題だ、というよりは、あいちトリエンナーレが開催される前に東浩紀さんとの対談動画の中で津田大介さんが芸術監督としてキュレーションや展示物の狙いを語り、そこで本件展示が世間的に物議を醸し炎上することが分かっていて展示を実施したことから、津田大介さんの意図や行為は問題である、というロジックです。
燃えるのがわかっていて、いざ燃えてみたら対策が不十分で収拾がつかなくなって展示自体の中止に追い込まれた、という部分は明らかに芸術監督としての津田大介さんの責任であり、そのようなディレクションを行っていた今回のあいちトリエンナーレの開催に対して文化庁は7800万円の補助金の交付を行うべきではない、と判断したにせよ、ちょっと乱暴に見えます。これはもう単なる「津田大介、怒りの芸術監督辞任」のような責任論ではなく、補助金交付されそびれた愛知県や名古屋市、さらには美術業界、キュレーター全員が、津田大介さんの個人的な思いで実施した企画展の後始末に対して敵に回ってしまっていることを意味します。
そして、先に個人のブログのエントリーでも書きましたが、検証委員会の座長は美術館方面の重鎮である国立国際美術館長・山梨俊夫さんであり、また芸術監督を選考した審査員の建畠哲さんは全国美術館会議の会長です。結果的に津田大介さんの責任を厳しく問う報告書を出したという点で、「津田大介さんをかばわなかった」という意味にも取れます。そればかりか、検証委員会の結論をもって、いわゆる日本の美術界方面に延焼しないよう、一丸となって騒動に蓋(ふた)をして鎮火させたとも見えます。検証委員会もすべての委員が同意見ではなかったようですが、この検証委員会の中間報告で問題が大きく動いたのは確かです。
何度も書きますが、私は津田大介さんはそんな悪意も野心もないと思うんですけどね。
■任命者や推薦者の責任問題はどこにいったのか
仮に津田さんの意向がどうであれ、美術方面の経験のない津田大介さんを芸術監督に選任した愛知県知事の大村秀章さんや、推薦した建畠晢さんらにも等しく任命責任が問われなければならないのではないか、あるいは、「表現の不自由展・その後」を展示するにあたり適切にブレーキをかけなかった運営委員会にも咎(とが)はあるんじゃないのと思います。
大村知事は、津田大介さんを厳重注意とし、速やかに企画展を再開すべきだとしていますが、津田大介さんを芸術監督に任命した責任については言及していません。また津田大介さんも展示再開の条件として掲げていた「脅迫メールの発信者の特定」などはまったく考慮されないままに話が進んでいます。まるで、誰ももう津田大介さんの話になど耳を貸さないかのようです。
■個人秘書の女性が40点ほどの作品選定に関与をしていた疑い
つまりは、美術系の大御所が「面白くなるかな?」と思って起用してみた素人が、面白かったかはともかく派手に事故って炎上したので「お前が悪かった」と大人が囲んで素人をぶん殴っているような話になっているので、これはちょっとなあと思います。
津田大介さんには、8月9日、22日と取材を申し入れたものの返答もない状態ではあるのですが、今回の検証委員会の報告書でも一部記述がある通り、関係者らの証言では津田大介さんの経営する会社で個人秘書となっている美術に詳しく親しい女性が、平和活動や現代美術の人間関係の中で素人同然の津田大介さんに成り代わり、40点ほどの美術作品の選定に深く関与していたのではないか、という懸念はあるようです。
報告書が指摘している「不自由展の企画段階で専門のキュレーターチームが参加しなかったこと」や「不自由展の準備においては警備を除いて関係者間のチームワークができなかったこと」は、こうした津田大介さんの公私混同に伴い、運営委員会や他キュレーターとの不協和音が大きくなった結果、このような問題に発展してしまったのではないでしょうか。
■「表現の自由」に対しては党派性を抜きにして議論すべき
津田大介さんが芸術監督を辞任するかどうかはともかく、文化庁の補助金不交付を受けて、厳重注意を受けた津田大介さんに賠償を求めるのかや、今後のあいちトリエンナーレの開催方針にも影響するでしょう。
補助金が全額不交付決定されるような事態になれば、常識的には芸術監督は責任を取って役職を降りるべきところ、なぜか任命者である大村知事は津田さんに厳重注意とし、津田さんもなぜか芸術監督に留任する姿勢であるように見えるのは不思議なことです。誰も責任を取らないのもどうなのかと思うのですが。愛知県が係争処理委員会に持ち込むのか、あるいは津田大介さんが芸術監督就任の過程をどこまで明らかにするのかも含めて、まるでこのイベント全体が、時間と人間を使った巨大な芸術作品のようになっているのが印象的です。
今回の件で曲げてはいけない筋は、「電凸」を繰り返すソフトテロや行政の補助金不交付によって、美術・芸術の界隈が表現に萎縮しないよう細心の注意を払うことと、芸術監督の責任だったと津田大介さん1人をスケープゴートにしないことだと思います。
繰り返しになりますが、今回の文化庁による補助金全額の不交付決定の方針は、法的には問題のない美術作品の政治性・党派性に対する説明が不十分であったなら、それが不適切であるとして事後的に補助金の交付が取り消されてしまうという結構な事態です。これで表現する側が萎縮しないわけがありません。文化行政の点から、日本が後進的なんだと思われてしまいかねず、保守派である私からしても憂慮せざるを得ない状況です。
より高い次元の議論として、やはり検閲に対する考え方や、表現の自由に対して、党派性を抜きにして原理原則をきちんと追求することであり、問題を茶番に終わらせず、誰かにとって不愉快な表現でも社会がそれを容認し、表現に対する批判はあっても封じ込めをしてはならないというコンセンサスをいかにきちんと形成するかではないでしょうか。
※編集部註:初出時、津田大介氏の肩書きを「美術監督」としていましたが、正しくは「芸術監督」でした。訂正します。(9月27日6時30分追記)
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投資家・作家
1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。ブロガーとしても著名。
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(投資家・作家 山本 一郎)
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