"中の人"がすべてバラす「文春砲」の弾の込め方
プレジデントオンライン / 2019年10月10日 17時15分
■「気味悪い脳の工作を作った子」
【松井(司会)】今日はスクープを連発して「文春砲」を定着させた『週刊文春』前編集長(現編集局長)の新谷学さんと、2019年4月から『週刊朝日』の編集長になった森下香枝さんに集まっていただきました。
われわれ3人の接点は、1997(平成9)年。私が週刊文春の編集長になったときで、2人と一緒に週刊文春をつくることになりました。新谷さんにとってこれまでで印象深い記事は何?
【新谷(文春)】初めて週刊文春に配属されて、最初に書いた記事が地下鉄サリン事件でした。
【松井】霞ケ関駅に向かう5編成の地下鉄でサリンが撒かれたんだけど、被害者がたくさん出た車両の状況を徹底的に取材して、活き活きと描写していた。
【新谷】事件が起こった95年3月20日は締め切りの日。朝一番でポケベルが鳴って編集部に電話をかけたら、「すぐに○○病院に行け。どんどん患者が運び込まれてくるから、話を片っ端から聞け」と言われて、ひたすら聞き続けたんです。夕方6時頃に、またポケベルが鳴って「おまえが原稿を書くんだ」と。10人ぐらいの記者のデータ原稿を読んでるうちに「この人とこの人は、同じ電車の同じ車両だ」とわかってきました。車両ごとに話を組み直していったら、うまくドキュメントになるなと思ったんです。
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【松井】平成で最大の事件は、95年のオウム真理教による「地下鉄サリン事件」と、97年に起きた少年Aの神戸連続児童殺傷事件だったと思う。森下さんは、少年Aの両親の手記という大スクープを取った。
【森下(朝日)】大阪の『日刊ゲンダイ』から週刊文春の記者になって、1年経たないぐらいですね。
【新谷】前任の編集長のときの「中3少年“狂気の部屋”」という特集では、私が原稿を書いたんです。
【松井】あの記事は森下さんじゃなくて、新谷さんが書いたんだね。
■噛みついたら放さない「諦めの悪い」記者
【新谷】森下さんはまだ取材班に入ってなくて、松井編集長に「私もやらせてください」と直訴を続けていた時期です。われわれの取材が全然だめだと思ったんでしょう(笑)。
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【森下】そんなこと思ってないですよ!説明すると、Aが逮捕される2週間くらい前に、親しくしていた兵庫県警関係者から「地元に住んでる14歳の中学生が、捜査線上にあがっている。小学生のときに気味悪い脳の工作を作った子」という情報をもらったんです。でも、当時は大人が犯人視されており、企画会議で通らず、現地に行かせてもらえませんでした。
14歳の中学生が捕まったというニュースを聞いて、「しまった。なんでもっと強く言わなかったんだろう」と後悔したんです。翌年7月には和歌山毒物カレー事件が起こって、その取材の合間に神戸へ行き、ご両親と交渉を続けたんです。
【新谷】そうやって手記の出版に至るわけですね。大きなスクープを狙うポイントとして、編集長がどこまで我慢できるかってあると思う。記事になるかわからない中で、記者をどれだけ粘り強くひとつの現場に張り付けられるか、常に悩むところ。
【松井】森下さんは、とにかく「諦めの悪い」記者だった。いったん取材相手にくらいつき、噛みついたら放さないのは、実家で土佐犬と一緒に育ったからだ、と編集部内で言われていたけどね(笑)。
【森下】それは違います。赤い鼻の土佐犬に似た雑種です。親に叱られたとき、犬小屋に入っていただけです。
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【松井】両親の手記を出版した大きな目的は、印税を全額、賠償に充てるためでした。少年Aの両親は、一円たりともお金を受け取ってないんです。代理人の羽柴修弁護士に会って確認したら、被害に遭った家族はみんなお金を受け取ってくれていて、総額で1億円近い額になる。
【新谷】少年Aに関しては私も思い入れがあったので、32歳になってからなぜ、手記『絶歌』を出したのか、本人に聞かなきゃいけないと思ったんです。あのとき週刊文春の編集長でしたけど、100日以上かけて彼がどこで何をしているのか調べ上げて、記者を2人行かせて直撃しました。
【松井】事件当時は、少年Aや毒物カレー事件みたいな大きなネタだと、何カ月も続けて記事を載せたでしょう。やり甲斐があったし、部数も上がった。
■手堅い老人シフトの「健康、年金、相続」
【新谷】被害に遭われた方には申し訳ない言いかたですけど、事件に恵まれる恵まれないという巡り合わせは、記者、週刊誌にとっても非常に大きい。
【松井】総合週刊誌でジャーナリズムをやってるのは、いまや週刊文春と『週刊新潮』しかない。森下さんが令和になって週刊朝日の編集長になったとき、「高齢化雑誌にならないよう、歯を食いしばって頑張ってくれ」と手紙を書きました。
【森下】週刊朝日は何とかジャーナリズムで踏みとどまってくれ、といろんな方から言われます。
【新谷】ここで辛抱して頑張るのか。『週刊現代』や『週刊ポスト』のように、健康、年金、相続といった老人シフトで手堅くいくのか、どう考えているの?
【森下】私は週刊文春にいたので、どの記事をトップにしようかという感覚は似ています。吉本興業の騒動がぼっ発したとき、それを新聞広告の右トップに、京都アニメーションの放火事件を左トップにしたのですが、売れませんでした。
前編集長から「事件は売れない」と忠告されていた通りの結果になってしまって……。あまり事件は期待されてないということが、マーケット的にはっきりしている部分もあるんですよ。そこは「文春砲」とは違う。
■「文春砲」はスクープのブランディング化
【新谷】「文春砲」というのは、いまどきの言葉でいえばブランディングなんです。週刊文春といえばスクープ。スクープといえば週刊文春。事件の当事者になった人が「この話を記事にしたい」と考えたとき、真っ先に浮かぶメディアが週刊文春であってほしい。その好循環でネタが集まっています。
私が不本意なのは、「文春は不倫とか芸能スキャンダルばかりだ」と批判されることです。ワイドショーは視聴率を取りやすいし、ネットメディアもページビューが稼げるから、力が強くない芸能事務所に所属するベッキーさんとか斉藤由貴さんの不倫記事をさんざん後追いする。それで「また文春が不倫か」って刷り込まれるけど、実際は月に1本か2本ですよ。
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【松井】何カ月もかけた調査報道もやってるからね。私の社長時代だと、舛添要一都知事(当時)が湯河原の別荘へ公用車で通っているというキャンペーン記事がある。知事の首を取っただけではなく、読み物としても面白かった。
【新谷】甘利明経済再生担当大臣(当時)の金銭授受も、相当な時間をかけました。18年も、日本テレビの看板番組『世界の果てまでイッテQ!』がお祭りをでっち上げたという記事で、記者を3週間ラオスに入れてるんです。完璧な証拠固めをしたうえで報じました。読み応えのある調査報道こそ、ネットの薄っぺらくて不正確なニュースと差別化するうえで大事だと思っています。
【松井】ただし近ごろは、情報があっという間にネットで拡散されて、消費されてしまう。大きなスクープでも、一週間ももたなくなってきたね。
【新谷】取材して原稿を書いてる段階で「これはスクープだ」と思っても、次々にネットに出ちゃうわけです。週刊文春は火曜日の夜が校了ですけど、木曜日の朝に店頭に並ぶまでの間さえもたない。だからいまは、締め切り前に文春オンラインで流す場合もあります。
【松井】当事者に直撃する映像を撮って文春オンラインで流すというのも、時代の空気をうまくつかまえたひとつの手法であるのは間違いない。森下さんもAERA dot.の編集長として、月間ページビューを3000万から1億2000万まで伸ばしたんでしょう。広告も増えた?
■活路は広告モデルと課金モデル
【森下】ボチボチという感じです。19年4月まで2年間AERA dot.をやった経験でいうと、ネットといえど、多くのコンテンツは雑誌の編集部で作っています。なぜかというと、雑誌は毎週出すので、多くの部員を抱え、稼働させています。そのため、誌面の都合上、使われなかった記事やデータもたくさん持っています。
ネットに出す記事のすべてを新たに作ろうとすると、それだけコストもかかりますので、週刊朝日、AERA、ムック、書籍など大所帯の紙の編集部の力をうまく頼ったりしながら、記事を量産していきました。AERA dot.は朝日新聞出版のコンテンツを集約して配信し、その利益を出稿部に還元するハブ的な組織にしようとやっていました。
【松井】コミックをうまく電子に転換した出版社はいいけど、活字で勝負してきたところは、いろいろ新しいことを考えなきゃいけない。森下さんが言うように、紙の雑誌を作っている編集者を細らせてデジタルを膨らませようとしても、たぶんうまくいかない。
■紙の雑誌が厳しい以上、活路はデジタルです
【新谷】紙の雑誌が厳しい以上、活路はデジタルです。とりあえず2つ方法があって、ひとつは広告モデル。ページビューを増やして、それに伴って広告を増やしていく。
もうひとつは課金モデルで、記事や雑誌のコンテンツにお金を払ってもらう。主流は課金のほうになっていくんだけれど、コンテンツを読むだけでお金を払ってくれる人はなかなかいないから、セミナー的な要素なども入れて、会員ビジネスみたいに広げていく必要があります。お金を払っていただく形がきちっと作れるかどうか、まだ試行錯誤の段階ですけど。
【森下】文春オンラインが急激にページビューを伸ばしているのは、19年4月から週刊文春の中に一本化したのが大きいんじゃないですか。
【新谷】独立した部署だったから社内の外注業者みたいになって、連繋がうまくいかなかった。コンテンツを作る人間と拡散させる人間が同じ部署内にいると、温度感が全然違います。月間1億7500万ページビューまでいって広告も伸びているけど、紙の穴を埋めるまでいかないですね。
デジタルシフトの当初は流通革命だったから、読者に届けるルートが変わっただけでした。でもデジタルで読む以上は動画や音声がなければ面白くないから、当然コンテンツそのものも変わってきます。今後はさらにライブに向かうと思うんです。「いまから当事者を直撃します」と、ライブ配信で見せられるところまで持っていけるかどうか。
【森下】そこのパッケージをうまく考えられる媒体は生き残っていくでしょうけど、体力的に難しいところも出てくる可能性はありますね。
【新谷】だから、大きな事件があったら真相は文春で知りたいという存在で居続けることが大切です。主戦場がデジタルに移ったとしても、読者から信頼していただけるブランドであるために、知恵を絞るしかない。
【森下】週刊朝日は週刊文春さんのように人数も人材もいないので、スクープ連発は不可能です。
私がAERA dot.を伸ばした理由があるとしたら、週刊朝日に載らなかったけど、独自のネタのニュース記事などを土日祝日問わず、タイムリーに配信したこと、朝日新聞出版「大学ランキング」や「いい病院」シリーズなどブランド力のあるデータ記事をネットで活用したことですね。
【新谷】強みを伸ばすことですよ、いまの時代に必要なのは。
【森下】もちろん、雑誌の使命はスクープだと思うんですけど。
■取材現場で一緒にやった人を書き残す
【松井】森下さんが諦めるのはまだ早いよ。編集長なんて何年もやらせてもらえるわけじゃないんだから、やりたいことをやりたいようにやればいい。部数が減っていく恐怖は私にもよくわかるけど、「あれをやっとけばよかった」と後悔するのが一番よくない。
【新谷】松井さんは編集長や社長時代、講演したり取材を受けたりするのが好きなほうじゃない印象だったのに、なぜ『異端者たちが時代をつくる』を出したのですか。
【松井】自分でも、回想録は絶対に出さないと言っていた。でも自慢話じゃなくて、取材現場で一緒にやっていた人たちのことを書き残そうと思ったんです。さっきの羽柴弁護士は、22年間ほぼ無償で、あんなに辛い仕事をやってきた。
それから、がんの常識と闘ってきた医師の近藤誠さんや、統一教会と戦った作家の飯干晃一さん。森下さんをはじめとする現場の記者たち。こういう人たちがいるんですよということを、書き残しておきたくなった。
【新谷】私も現役の編集長のとき『「週刊文春」編集長の仕事術』という本を出して、賛否両論ありました。だけど週刊文春の記事の信憑性を伝えるためにもスクープの裏側や、われわれがどんなことを考えながら、どういうプロセスで雑誌を作っているのか、世の中に伝えることに意義があると思ったんです。
【松井】しかし今日は、森下さんからビジネスの話を聞くとは思わなかったな。
【新谷】森下さんは遮眼帯がかかってる競争馬みたいで(笑)、スクープを追うのでもページビューを上げるのでも、あらゆる努力をするのが当然なんです。「エッ?なんでやらないんですか。当たり前じゃないですか」というのが彼女の常識だけど、なかなかできないですよ。私が松井さんから、編集長を3カ月休養させられたとき、森下さんから励ましの電話があって、寿司をごちそうになったんです。「意外に優しいな」って(笑)。
【松井】新谷さんの休養事件と18年のクーデター騒動については、まだノーコメントにしておきます。
【新谷・森下】(苦笑)
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1964年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、文藝春秋入社。『週刊文春』『文藝春秋』編集部、『週刊文春』編集長などを経て、2018年7月より現職。著書に『「週刊文春」編集長の仕事術』がある。
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1970年生まれ。『週刊文春』記者を経て2004年、朝日新聞社入社。東京社会部記者、『週刊朝日』副編集長などを経て、2019年4月より現職。著書に『グリコ・森永事件「最終報告」真犯人』など。
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文藝春秋前社長
1950年生まれ。東京教育大学アメリカ文学科卒業後、文藝春秋入社。『諸君!』『週刊文春』『文藝春秋』編集長などを経て、文藝春秋社長。2018年退任。著書に『異端者たちが時代をつくる』がある。
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(週刊文春編集局長 新谷 学、週刊朝日編集長 森下 香枝、文藝春秋前社長 松井 清人 構成=石井謙一郎 撮影=原 貴彦)
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