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東急を変革"プリンス"が起業家にならないワケ

プレジデントオンライン / 2019年10月11日 6時15分

東急 加藤由将氏

大企業とスタートアップの協業が相次いでいる。日本の大企業は自前主義が特徴だった。しかし、それでは時代の変化に対応できなくなり、スピードの速いスタートアップと手を組み始めた。東急グループでこの流れを起こしたのが、ベンチャー界隈や社内で“プリンス”と呼ばれる加藤由将氏だ。課長補佐という立場の加藤氏は、売上高約1兆1000億円超を誇る巨大企業をどのように変えたのか。田原総一朗が迫る――。

■大企業にあってベンチャーにないもの

【田原】加藤さんは法政大学から東急電鉄に入られた。なんで東急に?

【加藤】幅広い分野で、事業会社としてビジネスをやりたかったので、鉄道会社を選びました。ちなみに田原さんから見て、東急グループってどう見えていますか?

【田原】僕は五島昇(事実上の創業者・五島慶太の息子)と親しかったの。とてもいい人でね。あのころ堤清二(西武グループ創業者・堤康次郎の息子)とも親しかったけど、堤清二は鉄道やホテルを弟の堤義明に持っていかれて、何も持っていなかった。だから野心家だったけど、五島昇は違う。ぜんぶ持っているから、野心がない。「俺、やることがないんだけど、どうすればいいと思う?」とよく言っていましたよ。実際、日本の私鉄で一番いいところを走っているのは東急です。僕は田園調布や自由が丘は高くて買えなかったから、西武沿線の練馬に住んだ。僕にとって東急はそういう会社です。全部そろっている会社に入って、おもしろいかな。

■東急電鉄が鉄道会社を分社化

【加藤】たしかにグループとしては売上高約1兆1000億円超と大きいのですが、実態は中小企業の集合体だと個人的には思っています。ちょうど2019年9月2日に東急電鉄が鉄道会社を分社化して、本体は東急株式会社になったところですが、ほかにもホテルや不動産、百貨店、スーパーなど、事業セグメントごとに子会社がたくさんあって、一つひとつは中小企業とそれほど変わらない規模です。この幅の広さが、おもしろいと思っていまして。

加藤由将●1982年、千葉県生まれ。法政大学卒業後、2004年東急電鉄(現東急)へ入社。12年青山学院大学大学院にてMBA取得。15年から「東急アクセラレートプログラム」を立ち上げ、運営統括を務める。経済産業省主宰Jスタートアップ推薦委員。

【田原】どういうこと?

【加藤】私は東急を鉄道会社ではなく、街づくりの会社だととらえています。しかも鉄道会社の中では一般の生活者と直接接点を持って価値を届けられる領域が、圧倒的に広い。それが東急を選んだ理由です。

【田原】なるほど。でも、街づくりといっても、もう全部あるんだから、やることないんじゃない?

【加藤】いまある街は、戦後、そして高度経済成長期につくられました。いまは転換点。街づくりもデジタルを取り込んでよりよい価値を提供することを考えなくてはいけません。そこはやりがいがあります。

【田原】デジタルを取り込むって、具体的にはどうするの?

【加藤】たとえば、いま、東急百貨店で買い物すると、普通はお客様が商品を持って帰りますよね。でも、この後に食事に行くかもしれないのに、それがお客様にとって快適なことなのか。たとえばデジタルを活用して、在庫を持たないショールームにして、電子決済して商品は自宅に配送するシステムにしてもいいはずです。

【田原】でも、アマゾンなんてお店に行く必要もないよ。いまの時代、お客がデパートに行くメリットってある?

【加藤】楽しめることだと思います。たとえば商品の手触り感など、店頭ではオンラインではできない価値を提供できます。さらに次の顧客価値として、用事がなくても何度でも足を運びたくなるテーマパークのような空間になることが理想です。別の言い方をすれば、ショッピングセンターではなく、人と楽しくつながれるリアルのコミュニケーションセンターになればいいのかなと。店員は友達みたいな。

【田原】不動産はどうですか?

【加藤】不動産もキーワードはコミュニケーションです。建物そのものはコモディティ化していて、建物の価値は「そこにどんな人が集まるのか」というところにシフトしています。たとえば渋谷と丸の内では、街を歩く人の服装が違います。この街、この建物にはこういう人たちが集まってコミュニケーションが取れるという点が大きな差別化要因になると考えています。

【田原】たしかに街によって集まる人は変わりますね。東京の文化の中心は、なぜか東急の牙城である渋谷。堤清二は池袋を渋谷に対抗する文化の発信地にしようとしていたけど、できなかった。もう1つ、鉄道はどうですか?

田原総一朗●1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所入社。テレビ東京を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。著書に『起業家のように考える。』ほか。

【加藤】たとえば、AIで混雑のピークを分散させる仕組みがあればおもしろいですよね。混雑時とそれ以外で料金を変えるなどして、電車の混雑が緩和されると、沿線の方々の生活が快適になります。

【田原】それはおもしろいね。さて、話を戻します。加藤さんは事業提案したいと考えて東急を選んだわけですが、提案は出世しないと無理じゃない?

【加藤】いえ、東急は風通しがいいんです。私は入社1年目から住宅事業部で経理をやっていました。そこでは経理だけでなく、地図をつくる仕事があって、当時は住宅地図をコピーして切り貼りしながら地図をつくっていました。しかし、その作業にとんでもなく時間がかかる。そこで課長に電子地図の導入を提案したら、理解してもらえた。1年目からそういう提案ができる会社でした。

【田原】でも、それは現場レベルの改善。事業提案はどうですか?

【加藤】入社4年目に「住まいと暮らしのコンシェルジュ」というサービスを提案して事業化されました。これは、住宅のなんでも相談窓口。いままでは沿線の方々に自社商品を販売していましたが、自社商品以外も提案できる場所をつくって、ニーズの掘り起こしを行うというものでした。この事業は企画から現場の店長まで6年間関わりました。

【田原】なるほど。加藤さんは現在、東急でオープンイノベーションを推進している。自社で新規事業に挑戦できる環境があるのに、なぜオープンイノベーションに舵を切ったの?

■ベンチャーと組む本当の理由

【加藤】きっかけは、やはり新規事業を検討したことです。当時私は青山学院大学のMBAコースに通っていて、最終論文で日本の伝統技能と海外のデザイナーをマッチングする事業プランを立てました。たとえば、こけしを海外のデザイナーがリデザインすれば、売れるんじゃないかと考えたわけです。

しかし、そのためのプラットフォームをつくろうとしても、当時、東急社内にはWebエンジニアがいなかった。Webプラットフォームが必要なら外部のベンダーに発注する必要がありましたが、それだと臨機応変にアジャイルでサービスをつくっていくことが難しい。ベンダーに発注するのではなく、エンジニアリングの技術を持っている会社と協業すれば、自分のやりたいことができるかもしれない。そう考えて、オープンイノベーションを推進することにしました。

【田原】具体的にはどうするんですか?

■東急グループは技術開発ができない

【加藤】たとえば新規事業で顧客管理をする必要があるとします。しかし、サービスオペレーターである東急グループは技術開発ができないので、顧客管理システムを自社でつくれない。そこで顧客管理ができるスタートアップと組み、共同でシステムをつくっていくという動きが考えられます。

【田原】外注でもいい気がするけど。オープンイノベーションのメリットがよくわからない。

【加藤】メリットはベンチャーと大企業で違います。ベンチャー企業からすると、大企業と組めば、相手の資産を活用してビジネスを早くスケールさせることができます。大企業は、技術的な部分を補えることのほかに、スタートアップと組むことで、大きく固くなった体をもう1度柔らかくできるというメリットがある。私としては、後者のほうに特に期待しています。

【田原】そのための取り組みとして、東急はアクセラレートプログラムを2015年から始めています。この仕掛け人が加藤さんなんですね。

【加藤】はい。東急アクセラレートプログラムは、東急グループとスタートアップ企業の橋渡しをするプログラムです。これまでの4年間で東急グループと協業したいというスタートアップ510社からの応募がありまして、そのうち6社との業務提携および出資を実行しています。

【田原】ベンチャー側には、どんなアプローチをしているんですか?

【加藤】応募してくれるかどうかは別にして、この4年間で接点が持てたスタートアップは1000社くらい。昼夜問わず毎日スタートアップと会っています。

【田原】逆に東急側にはどう話しているんですか。「こんなベンチャーがあるよ」と言っても、事業会社の人たちは関心示さないでしょ?

【加藤】はい、じつは1年目はそれで失敗しました。「素晴らしい技術を持ったベンチャーなので一緒にやってください」とお願いしに行くと、「そんなのいらない」とメタクソに言われまして。たしかに事業会社側のニーズを把握もしないでお願いすれば、困るのは当たり前。そこは反省して、2年目以降は、このプログラムに参加する東急側の26の事業者に事前にヒアリングしています。さらにプログラムの選考過程にも一緒に入ってもらう形にしました。それ以降はうまくいっています。

【田原】加藤さんはベンチャーに理解があるかもしれない。でも本社の人たちはどうかな。自分たちは偉いと思って、ふんぞりかえってるんじゃない?

【加藤】会うまではそういう人も……いますね。でも、話すと変わります。本社の既存事業の方々とベンチャー企業に接点を持たせる会議を月に2回やっていますが、実際に会って話すと、自分たちにできないことが彼らにはできるという事実に否が応でも気づかされます。相互補完の関係だとわかると、お互いに理解も進みます。

【田原】言っていることはわかるけど、そんなことができるのかな。大企業の中間管理職なんて一番保守的でしょう。

【加藤】そうですね。私が普段コミュニケーションしているグループ会社の社長クラスは、みなさん相当な危機感を抱いています。一方、お客様と直接接点のある現場も、このままではお客様のニーズに応えられないとわかっている。危機感が薄いのは、まさに管理職。ただ、この層はリスクを取りたくないのですが、上が旗さえ振ってくれれば行動が変わります。オセロのように上と下で挟んで裏返すイメージでやっています。

■会社をやめて起業はしないの?

【田原】このプログラムで協業した例を1つ教えてもらえますか?

【加藤】わかりやすいのはWAmazingとの協業です。この会社は事前にアプリをダウンロードしたインバウンドの旅行者に、空港で無料のSIMカードを配るサービスを行っています。SIMカードを配布する機械があって、それを東急が運営に関わる空港に設置してもらっています。東急側は機械を置くことで付加価値が増しますし、ベンチャー側も私たちの資産を利用できるというわけです。

【田原】海外のベンチャーとは組まないんですか?

【加藤】応募サイトは英語版も用意していて、実際に応募もあります。ただ、コミュニケーションや文化の問題で、現状は全体の1割程度しか海外への対応はできていません。

【田原】アクセラレートプログラムのほかには、どんな取り組みを?

【加藤】19年7月に渋谷で「SOIL(Shibuya Open Innovation Lab)」という招待制会員施設を開設しました。会員はここで仕事や会議ができますが、コワーキングスペースやサテライトオフィスとは違います。ここはいわばソーシャルクラブ。一定のスキルや価値観を共有している方々が集うコミュニティです。

【田原】最後に聞きたい。加藤さんは東急をやめて起業家にならないんですか。いまのキュレーター的な仕事は、独立してもできますよね。むしろ東急の縛りがなくなって、JRや西武にベンチャーを紹介できるかもしれない。

【加藤】うーん、外に出たら難しいでしょうね。いま東急の事業会社に話を聞いてもらえるのも私が中の人間だから。昔の上司が事業会社の社長をやっていたりして、人間関係ができているから動いてもらえる部分も大きい。それに、独立すると会社の管理という仕事が発生して、事業に集中できなくなるおそれがあります。私の好奇心をもっとも満たせるのは、やはりいまの形がベストかなと思います。

加藤さんへのメッセージ:ベンチャーとの協業の成功例をもっとつくり出せ!

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田原 総一朗(たはら・そういちろう)
ジャーナリスト
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所へ入社。テレビ東京を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。著書に『起業家のように考える。』ほか。

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加藤 由将(かとう・よしまさ)
1982年、千葉県生まれ。法政大学卒業後、2004年東急電鉄(現東急)へ入社。12年青山学院大学大学院にてMBA 取得。15年から「東急アクセラレートプログラム」を立ち上げ、運営統括を務める。経済産業省主宰Jスタートアップ推薦委員。

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(ジャーナリスト 田原 総一朗、加藤 由将 構成=村上 敬 撮影=小野田陽一)

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