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NHKアナ「違法薬物所持の疑い」でガサ入れの朝

プレジデントオンライン / 2019年10月4日 6時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rawf8

2016年、危険ドラッグを製造・所持したとして医薬品医療機器法違反の罪で東京簡裁から罰金50万円の略式命令を受け、NHKをクビになった元アナウンサーの塚本堅一氏。塚本氏が使っていたのは「ネットで買った製造キット」。事件から3年の月日が経ったいま、逮捕当日の様子を振り返る――。(第1回、全3回)

※本稿は、塚本堅一『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』(KKベストセラーズ)の一部を再編集したものです。

■突然押しかけてきた黒スーツの集団

その日の朝がやってきました。

連休2日目でしたが特に予定がなく、今日は髪を切って白髪でも染めるかと美容室のweb予約をしていた時のことです。時間は朝9時過ぎでした。「ピンポン」と玄関のチャイムが鳴ります。

当時住んでいた部屋は、かなり古い造りの物件で、インターホンはなく、訪問者が来ると扉越しに直接話すか扉を開けるかのどちらかでした。荷物が届く予定もなかったので、休日の朝早くに何だろうと不思議に思い、のぞき窓を確認すると、黒っぽいスーツを着た集団が、家の前に大勢集まっています。

のぞいたのは一瞬でしたが、見覚えはありません。「どちらさまですか?」と扉越しに尋ねると、「役所の者です」という答えが返ってきます。「何の用です?」と何度か尋ねても「役所の者」と繰り返すだけです。役所の人が朝早くから何の用か。そもそも役所の人というのは本当なのだろうか。

■部屋になだれこんでくる麻薬取締官

もしかして、誰かのいたずらかもしれない。この時点で少しだけ怖くなりましたが、まさか麻薬取締官が家の前に来て押し問答をしているとは、夢にも思っていませんでした。埒があかないので、意を決して玄関の扉を開けると、15人ほどの集団が一気に部屋になだれ込んできます。

ビデオカメラで撮影する者あり、無表情で部屋の中を物色する者あり、私はパニックの中、そのままリビングのソファまで押し流され座り込みました。私の両隣を塞ぐように捜査員が腰掛けます。「なんで来たかわかっているよな? この家に怪しいものがあるだろう。それを素直に出して」。リーダー格の男性が私に尋ねました。

怪しいものかどうかわからないけど、怪しいとしたらネットで買った、ラッシュ(セックスドラッグとして販売されていた危険ドラッグ)に似た成分を作ることができるあのキットのことだろう。数日前に届いていた製造キットは、一回分を作り、出来上がった液体と一緒に菓子缶の中に入れています。

私はキッチンの棚の方を指さし「そこにある黄色い缶に入ってます」と伝えました。心臓はバクバクバクバクしていますが、できるだけ冷静に対応します。

■コーヒーを飲もうとしたら「勝手に飲むな!」

パソコンや携帯電話、手帳など次々と押収されていくのを呆然と眺めていました。無意識に目の前のテーブルにあったコーヒーを一口飲んだところ、捜査員全員が慌てて「勝手に飲むな!」と止めに入ります。私はこの時点で自由が制限されていることに、遅ればせながら気がついたのです。

「この液体は、どこで製造したのですか?」「この部屋の台所で作りました」「じゃあ、写真を撮ります。台所を指さしてください」「液体を冷やしていたのは、どこですか?」「この部屋の冷蔵庫です」「じゃあ、写真を撮ります。冷蔵庫を指さしてください」「冷蔵庫の棚のどの部分に入れたのか?」……と一つ一つ実に細かい状況説明と、写真撮影が行われました。

一時間くらい経って、ようやく撮影や状況説明が終わったところで、任意同行が求められます。「外に車があるので、それに乗って一緒に行きましょう」。「わかりました。準備をするので少し待ってください」と同意しました。この時点でも、買った製造キットが実は怪しいもので、捜査に協力するくらいの気持ちでした。

携帯は押収されたので、財布と鍵だけを持って、ダウンジャケットを羽織り外に出ます。帰宅が何時になるかわからないので、飼い猫のために少し多めに餌を入れました。まさか、この時から1カ月以上も部屋に帰れなくなるなんて、想像もしていなかったのです。

■「マトリ」に連行され取調室へ入る

私の捜査を担当していたのは、厚生労働省関東厚生局麻薬取締部。通称マトリと呼ばれる厚生労働省の機関の一つです。九段下にある庁舎に車で連れて行かれ、そのまま取調室に入りました。

昼過ぎだったので、取調官が昼飯用のパンなどを差し入れてくれましたが、食欲なんてありません。どこから買ったものか、いつ到着したのか、効き目はどうなのか。私が話したことを取調官が調書にまとめていきます。そしてトイレに行くたびに、尿検査を求められました。

尿はすり替え防止のため、放出するところまで見られます。ラッシュが尿に残って検出されるなんて絶対ないと思っていたので、全て提出しました。不快というより、こんな経験なかなかないだろうと、どこかまだ他人事のように思っていたほどです。

取り調べが一段落し、夜飯用のコンビニ弁当が差し入れられて、捜査員と雑談などをしながら過ごします。小さな窓から見える景色が、どんどん暗くなっていき、不安でした。しばらく経った頃、ドアの外が少し騒がしくなります。家宅捜索にきたリーダー格の捜査官が、逮捕状を持って部屋に入ってきました。

■キットで作ったあの液体は「クロ」だった

「押収した液体の中から、違法薬物である亜硝酸イソブチルが検出されました。医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全生の確保に関する法令違反の容疑で逮捕します」

私は慌てるとか、泣き崩れるといったことはなく、「あぁ」とひと声うなった後、ただ呆然としていました。

「今、留置場を探しているから、暫くここで待機してください」と言われ、取調室に残ります。「どうしよう……」。ようやく絞り出すように声が出ました。

薬物事件の捜査で捜査官に踏み込まれた時、これでようやく薬を止められるという理由から「ありがとうございます」と感謝を述べる人が少なくないそうです。私の場合、「ありがとう」とまではいかないのですが、あの液体は、違法なものだったのか。正体がわかってよかったという感情がありました。

マグショット(逮捕後に撮影される写真)と指紋をとられた頃から、ようやく「しっかりしなければ」と我に返ります。

「弁護士はどうします? 誰か知り合いはいますか?」と聞かれますが、あいにく名前が思いつきません。

こういう場合は、国選の弁護士ですかね? と相談していると、ふと逮捕直前に見た番組で、フジテレビのアナウンサーだった菊間千乃さんが歌手の方と対談していたのを思い出しました。「あの、元フジテレビの菊間弁護士も呼べるんですか?」捜査官に尋ねると、「来るか来ないかはわからないけど、声はかけられますよ」と言います。

これからマスコミ対応なども含めて大変だろうから、それも含めて引き受けてくれないかな。全くお会いしたこともなかった方に、今考えるとはなはだ迷惑な話で申し訳ないのですが、「駄目元ですけど、声をかけてください」とお願いしました。

■手錠をかけられ、逮捕された実感がわく

暫くすると「湾岸署に決まりました。これから、移送します」と報告が入り、慌ただしくなってきます。いざ取調室を出るとなると、いよいよ逮捕された実感が湧いてきます。

手錠が出され、両腕にかけられました。手錠には逃走防止の縄がついていて、時代劇で聞く「神妙に縄につけ」とは、まさにこのことでした。車に乗り込み、湾岸署に向かいます。後部座席の真ん中に座り、両脇を捜査官に挟まれ、まさに「逮捕された容疑者が車で移送される」状態です。

湾岸署近くまできたとき、前方にワゴン車が停車していました。すでに夜遅く、22時をまわっていたのですが、後ろの荷台が開いた状態で何人かが作業をしています。私には、それがカメラの撮影クルーに見えてしまいました。マスコミに流れた!「あれ、カメラじゃないですか!?

もう、報道は知ってるんですか?」とこの時初めてパニックを起こします。「まだ知られてないから大丈夫、大丈夫」と何度か捜査官に繰り返されているうちに、湾岸署に到着します。

■「大変なことが続くと思いますが気を強く持って」

車を降りる際に、捜査官の一人から「これから大変なことが続くと思いますが、どうか気を強く持ってください」と言葉をかけられました。でも私には言葉を返す力も残っていませんでした。曖昧な返事をして、署内に連れていかれます。

塚本堅一『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』(KKベストセラーズ)

まずは小部屋に入れられて、所持品の確認が行われました。お金は1円単位まで、財布の中のカード一枚一枚に到るまで、細かく所持品リストに記入していきます。その後、着ていた服が回収され、裸になって四つん這いになり身体検査が行われました。ヒモや伸びる類のものは、自殺の恐れがあるので一切持ち込み禁止です。下着(パンツ)は大丈夫でしたが、ヒートテックは駄目でした。

留置場のグレーのスウェットを借ります。この時点ですでに23時をまわっていました。夜中なのに、留置場の中は薄明かりが付いていて、ただ静かな印象です。「申し訳ないけど、相部屋ですよ。今日はもう(興奮して)寝られないかもしれないけど、とりあえず横になった方がいい。起床は6時30分です」

布団部屋に案内され、自分用の敷布団と掛け布団を受け取り、指定された部屋に入ります。同部屋の人は、当然寝ていました。部屋はそれなりに広かったのですが、自分のほかには一人だけだったので、少し離れた場所に布団を敷いて、とりあえず横になります。朝イチのガサ入れから、いろいろなことがありすぎた一日がようやく終わる。当たり前ですが、全く眠ることができません。

横になったものの、考えることが多すぎて、めまいを起こしたように天井がぐるぐると回っています。今、この状況の中で自分ではどうすることもできませんが、考えずにはいられません。「逮捕されたということは、いつ知られるんだろう。局内は大騒ぎになるはず。番組にも迷惑がかかる。姉にはマトリから連絡が行くのだろうか……」

決して真っ暗にならない留置場の夜は、一睡もできないまま過ぎていきました。(続く)

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塚本 堅一(つかもと・けんいち)
元NHKアナウンサー
1978年生まれ。明治大学文学部卒業。2003年、NHK入局。京都や金沢、沖縄勤務を経て2015年に東京アナウンス室に配属。2016年に危険ドラッグ「ラッシュ」の製造・所持で逮捕され、NHKを懲戒免職となった。現在は依存症の自助グループに参加しつつ、依存症予防教育アドバイザーとして、依存症関連イベントにて司会や講演活動を行っている。

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(元NHKアナウンサー 塚本 堅一)

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