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「男女産み分けが可能」着床前診断はアリなのか

プレジデントオンライン / 2019年10月9日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/narvikk

子供の性別や病気を知るために、受精卵の段階で検査を受けたいという親たちがいる。こうした「命の選別」は許されるのだろうか。世田谷区に勤める産科医師の前田裕斗氏は「規制を求める声もあるが、国や学会による規制はしないほうがいい」という。なぜなのか――。

■「どちらの受精卵を子宮に戻しますか?」

「今回の体外受精では2つの受精卵が胚盤胞まで育ちました。男の子、女の子1つずつです。女の子は着床前診断で染色体に全く異常を認めませんでした。男の子はもしかすると一部の染色体に異常があるかもしれません。どちらの受精卵を子宮に戻しますか?」

上の一節をSF映画か何かからの引用と思われたかもしれない。しかし、これは今日本で現実に行われている可能性のある話なのだ。

2019年8月31日、日本産科婦人科学会(日産婦)が着床前診断の適用拡大を検討する声明を出した。着床前診断とは、受精卵の段階で子供の病気や性別などを診断できる技術だ。受精卵が成長してできる胚の細胞を一部採取し、遺伝子の内容を調べ、健康な胚を子宮へ戻す。胚の一部をとることから、必然的に体外受精・胚移植とセットで行われる。

具体的な手法については割愛するが、簡単に述べると胚のうち将来胎盤になる予定の細胞を数個非常に細いピペットで採取し、遺伝子を増幅して遺伝子や染色体に異常がないかを確かめる。これまで対象となっていたのは、生命に関わるような遺伝病に加え、流産を繰り返す原因となる染色体異常(均衡型転座)を両親のどちらかまたは両者がもつ場合のみであった。

今回の声明では、これまでの疾患に加え「日常生活に重大な影響を与えるものの生死に関わることは稀な疾患」についても適用に含めるとされた。具体的にどの疾患が含まれるかについても、日産婦だけでなく関係学会や倫理・法律の専門家、患者や一般の人も交え話し合って決めていくことが検討されている。

■「同じ病気で苦しんでほしくない」は親の身勝手か親心か

着床前診断を話す上で避けて通れないのが「命の選別ではないか」という批判だ。着床前診断については、生まれてくる命を自然に任せるのではなく、病気や障害を持つ胚を選んで廃棄することになる。このため「障害があれば不幸であるという優生思想につながりかねない」「障害を持っている人たちの存在を否定している」などの批判が相次いでいる。

いまや有名となった新型出生前診断(NIPT)の導入時も同様の議論が起こった。NIPTは母体の血液を解析し、ダウン症候群などの染色体異常や一部の先天異常の確率が高いかどうかを見る検査であり、検査結果を理由とした中絶が増えるなどの批判がなされた。しかし、NIPTはあくまで妊娠後に行う検査であり、診断をつけることにより出生後の治療へ速やかにつなげることができるという目的もある。

一方、着床前診断は受精卵の段階で着床させる胚を選ぶため、治療へつながることもなく、より「選別」という色が強い。確かに健康な胚を選んで移植する着床前診断を「親の身勝手」「命の選別」として批判するのは簡単だ。しかし、生命に関わらずとも、ある病気に悩まされている人が将来自分の子供が同じ病気に悩んでほしくないと思うこともまた、ただの身勝手なのだろうか。そして、着床前診断の技術を規制することは本当に必要なのだろうか。

■「産み分け」で着床前診断を利用する人もいる

そもそも着床前診断の技術により、どのようなことが可能となるのか。

着床前診断は、その目的により「PGD(着床前遺伝子診断、正式にはPGT-M&SR)」と「PGS(着床前スクリーニング、正式にはPGT-A)」に分けられる。PGDは先述の、致命的もしくは重篤な遺伝性疾患で原因となる遺伝子変異が特定されているもの、もしくは流産につながる染色体異常である均衡型転座を回避するための着床前診断のことだ。

一方PGSとは、受精卵の遺伝子を調べ、できるだけ異常のない受精卵を移植することで妊娠・出産率を向上させるために行う着床前診断のことで、高齢出産や原因不明の流産を繰り返している人を対象にして行われる。PGSを行えば1回の胚移植ごとの妊娠率は向上するが、全く健康である胚がそもそも少ないことも多い。その場合、移植する胚の数が少なくなるため、PGSを行わない場合と比較して出産率が上昇するという報告はされていない。

なお、PGSは日本では現在臨床試験中であり、学会からは公式に認可されていない。さらに、遺伝子診断や流産とは関係なく、「男女産み分け」を目的として着床前診断を利用する人もいる。

■公的な議論は遅れ、診断はアングラ化

ここで日本の現状を確認しておこう。現在日本において着床前診断を規制する法律は存在せず、日産婦などの学会が自主規制しているのみだ。さらに各学会にしても、一部の小委員会のみの検討結果を発信しているだけであり、日本で着床前診断が広く議論されたことは今までないと言ってよいだろう。

こうした、国や学会の議論を遠ざける姿勢はしばしば「技術の導入に慎重な姿勢を示している」と説明されるが、実際は患者団体など着床前診断へ反対している集団からの「生命の選別を促進しかねない」との苦言を避けたい、つまり「クサいものに蓋」をしているだけとも言える。

実際、公的に議論しないことで出生前診断のアングラ化が生じている。試しに検索エンジンで「着床前診断 産み分け」と検索してみれば、いかにも怪しいホームページが多数ヒットするはずだ。こうした闇業者に斡旋され検査を受けた結果、トラブルに巻き込まれるケースも多く報告されている。

実際、筆者の知り合いからも「着床前診断で問題ないと言われたのに、実際にはダウン症候群だった/胎児奇形が多くあった」と憤慨・落胆した様子で受診する夫婦を診て、辟易とさせられたと聞く。着床前診断は100%正しい検査ではなく、そもそも胎児奇形を正確に診断する検査ではないが、そうした説明を夫婦は全く受けていなかったのだそうだ。

■個人に委ねるアメリカ、法規制するヨーロッパ

世界的にはどうだろうか。

アメリカは全ての州においてPGD、PGS、産み分けのいずれも法規制はなく、個人に選択が委ねられている。

ヨーロッパは国によるが、カトリックが主体の国は受精卵の時点で生命と見なすことから、受精卵に手を加える技術として法律で禁止されているのが一般的だ。実際にカトリックの総本山であるバチカンは現在でも着床前診断に強く反対している。一方イギリスやフランス、スペインは一部の重篤な遺伝性疾患に対象を絞るよう法規制されている。

アジアでは、タイやカンボジアでは産み分けを含め自由に検査を受けることが可能。中国はPGD・PGSのみに法規制されているが、産み分けについてのニーズが高く、着床前診断のできる国へ渡航するケースも多い。こうした世界の状況と比較すると、法規制がなく学会による自主規制が緩く実行力を持っていることが日本の特徴とよくわかる。

■子供が「がん」になる確率を知れるとしたら……

読者の中には「なーんだ、結局重大な病気か、男女産み分けたい人の話でしょ、自分は関係ない」と思った方も多いだろう。しかし、遺伝病ではなく、がんや心筋梗塞になる確率、さらには、肥満や身長、知能まで予測できるとしたら、どうだろうか。

例えばBRCAという、遺伝性乳がんや卵巣がんの原因となる遺伝子がある。この遺伝子は、人種にもよるが2~5%の人に変異があり、変異を持つ人が乳がんを起こすリスクは70歳までで約45~70%と言われている。2013年、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが乳がん予防のために乳房切除を受けたことは記憶に新しいが、それもこの遺伝子(BRCA)に変異が見つかったためだ。

読者の中にも、親族や自分が乳がんや卵巣がんにかかっていた人はいるだろう。自分の子供が乳がん・卵巣がんになりやすい遺伝子を持っていないか調べてみたくはないだろうか。また、肥満や身長、知能などの形質についても現在は予測が難しいが、データが蓄積されればAIによる解析から予測することも可能となるかもしれない。

費用の面からも着床前診断のハードルは下がりつつある。遺伝子データの医学的意味づけを手がける、千葉大学発のベンチャー「ゲノムクリニック」の曽根原弘樹代表によれば、現在、着床前診断で遺伝子全体を解析するには「最安値で9万円程度」というが、ここ10年以内には「1回1万円程度になる可能性が高い」という。体外受精・胚移植が必須のため、着床前診断を利用する場合の総額は70~100万程度となるが、こちらも技術の進歩から価格が下がる可能性は高い。50万程度であれば、出産祝い代わりに出生前診断を、などと親族が考える時代が来るかもしれない。

■技術が使える時にやっと「自分ごと」になる

さぁ、最後に勇気を持ってあえて最大のタブーにメスを入れていこう。

そもそも着床前診断は生命の選別に当たるのか、そして全くの禁忌とすべきなのだろうか。「自分は乳がん家系だから、子供も乳がんになりやすいかどうか調べてほしい」「太っていて小さい頃からずっとデブと言われ続けてきたから、自分の子供にはそうした体験をしてもらいたくない」……そういった、自らの子供には健康面でできるだけ苦労をしてほしくないから着床前診断を受けたいという想いは全て、ただ生命の選別を正当化する親の身勝手だろうか。それとも、子供を思う必死な親心なのだろうか。

この問題には明確な答えは存在せず、個々人が着床前診断を受けるかどうかを自らの問題として捉え、オープンに議論する必要がある。その点で、学会による規制は不要だ。

人は自身が技術を利用する段になり初めて自分のこととして捉えるようになる。実感を伴わない人々がいくら議論を進めても空虚なだけだ。着床前診断の技術に規制を設けないことで「技術の濫用が起こる」「生命の選別を促進する」という批判もあるだろう。しかし、人間は考えなしにあるものを使う単純な動物ではない。

■産婦人科医「私の人生で最も難しい決断だった」

ここで、著名な医学雑誌である「The Journal of the American Medican Association(JAMA)」に掲載された、着床前診断を実際に利用した体験を産婦人科医師がつづったエッセイを引用したい。この医師は自身に先述の乳がんになりやすいBRCA変異があると知り、両側の乳房切除を受けた。この文は自分の子供にBRCA変異を伝えたくない――そう思い着床前診断を利用しようとする際の一幕だ。

「ことはそう単純ではない。私は着床前診断が自分の子供を『どうにかしてしまう』―つまり自分たちの思わぬことが起きて妊娠がダメになってしまうのではないかとさえ思った。私は医師としての合理的な知識と理不尽な恐怖を同時に考え、躊躇した。(中略)着床前診断を受けたことは私の人生で最も難しい決断だった。(中略)しかし、人々は私の想いには関係なく『着床前診断を受けてよかった?』と尋ねてくるのだ。」

※Sackeim MG. Eradicating a Genetic Mutation. JAMA. 2017 Feb 28;317(8):809.より引用、前田訳

遠くない未来、着床前診断により胎児や受精卵全ての遺伝子が解析可能となり、金銭的にも身近になる時代が来るだろう。規制を設け、形ばかりの空虚な議論を重ねていても見識は深まらない。国や日産婦をはじめとする学会は着床前診断の適用拡大と言わず、規制を撤廃し、実の伴った議論を促進すべきではないだろうか。

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前田 裕斗(まえだ・ゆうと)
医療ガバナンス研究所 産科医
1988年生まれ。2013年東京大学医学部医学科卒業。川崎、神戸、奄美で臨床研修・産婦人科研修を行う。現在世田谷区で産科医師として勤務。

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(医療ガバナンス研究所 産科医 前田 裕斗)

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