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元NHKアナが抱えていた薬物依存症者への偏見

プレジデントオンライン / 2019年10月9日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/natasaadzic

2016年、危険ドラッグの製造・所持で罰金50万円の略式命令を受け、NHKをクビになった元アナウンサーの塚本堅一氏。解雇後にうつ病となり、精神科医に「あなたは依存症ではないが、しばらく依存症回復施設に通ってみてはどうか」と言われた。塚本氏が“潜入取材”のつもりで入った施設の姿とは――。

※本稿は、塚本堅一『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』(KKベストセラーズ)の一部を再編集したものです。

■日常の延長に依存症回復施設があった

東京の板橋にある「RDデイケアセンター」という施設に見学に行ったのは、2017年6月22日のことでした。そこでは「リカバリー・ダイナミクスR」という、依存症回復施設のために作られたプログラムを学ぶことができます。

初代施設長である城間勇さんは、アルコール依存症の当事者で、アメリカで「リカバリー・ダイナミクス」の開発者である故ジョー・マキューらからプログラムを学んだそうです。その教えを日本にも普及させるために開いたのが、私の通った「RDデイケアセンター」です。

施設のあるビルの一階には、大きなスーパーマーケットがあります。施設と同じフロアには学習塾や幼児教室もあり、子供たちが賑やかな声をあげて元気に走り回っていました。当時の私の偏見を承知で言うと、こんなにも普通の日常生活がある場所に、依存症の施設があるのかと驚いたものです。

事務所の扉を開けると、私の担当相談員のSさんが笑顔で迎えてくれました。

Sさんは、私にとって初めて出会った覚醒剤の薬物依存症者でした。依存症の当事者でもある彼は、利用者としてこの施設に繋がり、後にスタッフとして働くようになったそうです。これまた偏見で申し訳ないのですが、私の抱いていた薬物依存症者のイメージと全く違う、のほほんとした好青年で、拍子抜けしたのを覚えています。

■講師はみんな、かつての依存症当事者

施設に通うのは、週5回。午前と午後にそれぞれ講義があります。プロバイダーと呼ばれる講師は、みんな依存症から回復した当事者です。講義は、アルコール依存症者の自助グループで利用している「アルコホーリクス・アノニマス」(通称ビッグブック)というテキストを使います。そこに説かれているのが、世界で最も使われている依存症の回復プログラム「12ステップ」というものです。

12ステップは、アルコールや薬物、ギャンブル、買い物など様々な問題行動・行為からの回復に効果があるといわれています。

最初の第1ステップとして「依存症であることを認める」、次の第2ステップでは「自分を超えた大きな力が健康な心に戻してくれると信じるようになる」というように、まずは自分が依存症であることを認め、でも回復できると信じることからスタートします。

ステップを進めていくと、これまで生きてきた人生で、今も残っている後悔や恨みを解決させるための「棚卸し」や「埋め合わせ」といったものを行います。ステップを階段を登るよう順番にクリアしていくことで、依存症の人たちがより生きやすくなり、アルコールや薬物に向かわなくなる。

なんだ、気持ちの問題かと思うかもしれませんが、これを一人でやるのは並大抵のことではありません。施設では、担当スタッフがマラソンの併走者のように、心の奥底に溜まっている「恨み」や「恐れ」といった感情の洗い出しに付き合ってくれます。自分自身の問題を把握し、それを取り除いていくことで、薬やアルコールに向かわせない考え方が身についていくのです。

他にも知識として、アルコールから始まる依存症の歴史や、依存症になった脳のメカニズムなども学びます。また、行動として、繰り返し行われるスタッフ面談や、自助グループのミーティングに毎日のように足を運ぶことで、「頭」だけでなく「身体」を使って依存症から回復していきます。

■通う人の背景は様々だが、みんな見た目は「普通」

私が通った施設は、様々なアディクション(依存症・嗜癖)の人が一緒に利用していました。薬物はもちろん、アルコールや、ギャンブル、クレプト(窃盗)、買い物依存や、恋愛依存の方もいました。仕事を休職して依存症からの回復に向き合うサラリーマンもいれば、依存症とうつを併発して、なんとか社会復帰を目指している人、家族の支えの元で通う主婦など、背景は様々です。皆、パッと見たところ依存症の当事者とわからない点が共通していました。

もう一つ共通していることがあります。それは、ほとんど全員と言っていいほど、イジメや虐待、差別、親から続く依存症の連鎖など、自分ひとりでは解決できない、根深い生き辛さを抱えてここにやってきているということです。

■「欲しくてたまらない」という欲求が想像しづらい

主治医の松本先生の診断でもあるように、私自身は依存症ではありません。薬物事件を起こしたことからうつになり、その回復のために施設が有効だと認められ、通所が許されました。しかし、アルコールやギャンブルなど薬物以外のアディクションについては、私にとってほとんど知らないことばかりです。最初は、ちょっとした潜入取材のような感覚で過ごしていました。

そんな態度では、問題が出てきます。施設での生活が、全く身に入ってこないのです。

施設では、体験を語ることで自分を見つめ直すプログラムが毎日のようにあり、その中には酒や薬がどうしても欲しくなる話や、やめたいのにパチンコが止まらないという依存症特有の辛さが頻繁に出てきます。

依存症の回復施設ですから、私以外の人は全員立派な依存症者です。こういった依存症の症状の一つである、薬や酒が欲しくてたまらない欲求も、止まらなくなる連続使用(飲酒)も私には経験がありませんでした。私だけがわからないし、共感できない。モヤモヤする気持ちを抱えながら「みんな大変なんだなぁ」と、どこかひとごとに感じる日々が暫く続きました。

■「自分が依存症であると認める」ことが何より難しい

また、発言をする際に「依存症の塚本です」と必ず名乗らなければならなかったことも、自分の中で引っ掛かった一つです。12ステップの一番はじめに「アディクションに対して無力であり、生きていくことがどうにもならなくなったことを認める」というステップがあります。依存症の人にとっては、この「認める」ことが何より難しいと言われています。

依存症の症状が進んでいくと、本当は飲むのも打つのも辛いのに、楽しかった昔の記憶から、まだまだ酒やギャンブルをやり続けたい。また普通に飲めるようになると信じ込み、依存症であることを全力で否定します。だからこそ、認めることが重要で、自分が依存症であると認められないと、その先に進むことができない大事なステップと考えられているのです。

そのため、自ら認めるという意味を込めて「依存症の塚本です」と自ら名乗るのは大事なことでした。私だけ言わないわけにはいかないし、でも何だか嘘をついているような気がして、申し訳ないような複雑な感情です。

担当のSさんに「薬物の問題がある塚本と名乗るのではダメですか?」と提案もしましたが、「その方が、他のみんなが動揺するのでやめましょう」と言われました。今思うと、利用者の仲間たちは、こんな私に文句ひとつ言わずに受け止めてくれたことに感謝しかありません。

「あいつは依存症ではないと公言しているのに、なぜこの施設にいるのか!」と感じた人もいたかもしれませんが、そのような声は私の耳に一切入ってきませんでした。みんなの配慮にもかかわらず、「ここは本当に自分の居場所なのだろうか?」と私は思い詰めるようになります。

■「自分はこの人たちとは違う」と無意識に思っていた

状況が変わったのは、施設に入って2カ月ほど経った頃です。

月に一度行うプログラムの進捗状況を確認する面談中のことでした。相談員の方に、改めて私の悩みを話したところ、「依存症か依存症でないか、そんなに大切なことですか? 薬物で問題を起こして仕事を解雇され、生活が立ち行かなくなった。ここにいる他の仲間と、そんなに違いはないと思いますよ。もっと共通点を探してみてはどうですか?」と諭されたのです。

確かに松本先生も施設に送り出す時に、「薬物で失敗した仲間がたくさんいる」と言っていました。せっかく施設に入って、やり直す決心をしたつもりでしたが、どこか心の中で「自分はこの人たちとは違う」という、いやらしい意識があったのかもしれません。

この言葉がきっかけとなって、少しだけモヤモヤしたものが晴れた気がしました。どうして自分はこの依存症の施設に通っているのかということを、ようやく真剣に考えるようになったのです。

施設のみんなとの共通点を探してみると、結構たくさん出てきました。酒が止まらなくて会社をクビになり、今もその会社のある場所を歩けないという人。私も放送センターのある渋谷は、知り合いに会うと思うと怖くて歩けません。同居している家族に対して、負い目がある人もいました。私も2年限定の予定だった姉との同居を解消できていないという負い目があります。

■人と共感し合うのも悪いものじゃない

共通点について、もう一つ印象に残っている出来事がありました。ある日「お互いの共通点と相違点を探してみよう」というグループプログラムをやった時のことでした。5人くらいのグループで、最初のうちは、血液型とか、スイーツが好き? なんて、他愛のない共通点をワイワイ探していたのです。すると、突然仲間の一人が「死にたいと思ったことがある人は?」と聞いてきました。

塚本堅一『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』(KKベストセラーズ)

私も含め、全員の手があがります。一瞬だけ空気がシンとしました。すぐに誰かが「でもよかったね。死ななくて」とつぶやいたことで、また元の賑やかな会話に戻ったのです。この出来事は、私がここにいても良いのだと、初めて感じることができたものでした。

これまでの人生を振り返ると、生きていく上で、人と共感することにあまり意味を感じていなかったように思います。学生の頃は、「アナウンサーになるために個性を磨け」と言われ、アナウンサーになったらなったで、「良いアナウンサーになるには個性を大事にしろ」と言われ続けてきました。

私は当時、個性というものを、人と違うことが良いことだと思っていました。そもそも「個性的」であることと「共感を大切にする」こと自体、同列にするものでもありません。遅ればせながらようやく人と共感することが悪いものじゃないと、気がついたように思います。

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塚本 堅一(つかもと・けんいち)
元NHKアナウンサー
1978年生まれ。明治大学文学部卒業。2003年、NHK入局。京都や金沢、沖縄勤務を経て2015年に東京アナウンス室に配属。2016年に危険ドラッグ「ラッシュ」の製造・所持で逮捕され、NHKを懲戒免職となった。現在は依存症の自助グループに参加しつつ、依存症予防教育アドバイザーとして、依存症関連イベントにて司会や講演活動を行っている。

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(元NHKアナウンサー 塚本 堅一)

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