蛭子能収「熱湯に放り込まれても文句ナシ」の訳
プレジデントオンライン / 2019年10月11日 11時15分
※本稿は、蛭子能収『死にたくない 一億総終活時代の人生観』(角川新書)の一部を再編集したものです。
■有り金はほとんどギャンブルにつぎ込んできた
世の中には年金や生活保護といった制度があって、状況によって頼ることは大切なことです。ただ、僕の場合は、生きていくためには「自分でお金を稼がなければならない」と本能的に思ってしまうようです。というか、いまの年金制度だけで生きていけるはずはないと多くの人は疑っているし、現役世代の人ならなおさら、将来を考えるととても信用できないシステムかもしれません。
ただし、死んだら、お金ってどうすることもできないという事実がある。
どれだけ貯め込んだとしても、実際に使わなければお金の意味って生まれませんからね。
だから僕はこれまで、とにかく持っているお金は生きているうちにすべてなにかに……ほとんどギャンブルですけど、それにつぎ込む方針で生きてきました。
じつは、僕はいま自分がどれだけの貯金を持っているかも知りません。
そんなことを打ち明けるとびっくりする人も多いでしょう。すべてを妻にまかせ管理してもらっているので、僕はそんなことすら知らずにいるのです。
■現金をもらうと急に血色が良くなってしまう
71歳になって貯金がそれなりにあったら、僕ほど「仕事しなくては!」と思う人は少ないのかもしれない。でも僕は妻に任せっぱなしで預金額を知らないので、単純に「もっと稼がなければ!」となっているのも否定できません。たぶん僕は仕事が好きというよりも、「目に見えて、手で触れられるお金」が好きなのだと思います。
だから、僕がいちばん好きな仕事は日雇いや当日払い形式のものです。1日働いて、その場で1万円もらえたら、急に血色が良くなってしまうタイプなのです。今やっている『太川蛭子の旅バラ 蛭子能収のひとりで行けるかな?』(テレビ東京系列)という番組は、最初に10万円を手渡されてスタート。制限時間内にゴール出来て残金が2、3万円あったとしたら、ギャラとは別にすべてポケットに入れていいというルールなのです。
これはめちゃくちゃテンション上がります! そこまで現金に執着する理由はなんなのか自分でもよくわかりませんが、お金が絡んだり、取っ払いの仕事だったりすると生き生きしてしまうから不思議です。
もしかしたら、これは若いときに仕事で苦労したことも関係しているのかもしれません。当時、それは貧乏で、食べるためにいろいろな種類のアルバイト仕事をたくさんしました。漫画家を目指してはいましたけれど、生きていくためには仕事をして稼がなければなりません。「働かざる者、食うべからず」という言葉がずっと頭のなかに響いているような感じで生きていました。
■看板屋やちり紙交換など仕事を選ばず何でもやった
仕事内容を見分けるのも苦手だったので、お金をくれるというならどんな仕事でもしました。長崎から上京して20代前半で渋谷の看板屋で働いたあとは、ちり紙交換の仕事も1年半くらいやりました。
ちり紙交換は看板屋に比べてずっと楽だし、なによりも自由でした。朝、会社で車を借りて、そこからはひとりで担当地域を巡回する。もらった古新聞の量でお金が決まる出来高制だったから、出勤時間も自由だし、休みたいときもけっこう休むことができました。あれは楽しかったな。
そのあとにはダスキンの営業もかなり長くやりました。7年くらいは続けたはずです。
これも最初の集合時間にだけ職場に行って、あとはひとりで決められた区域を1軒1軒回るという仕事。訪問販売なので最初はどうしてもお客さんに警戒されて大変なこともありましたが、慣れてくれば気楽ないい仕事だった。
「仕事を辞めても、すぐに次の仕事を探してまた働く」ということを繰り返してきました。
そしてその感覚が70歳を過ぎてもずっと残っているので、いつもマネージャーに「仕事ないかな、仕事」と言ってしまうのでしょう。
こんな僕の考え方をどう思いますか? 貯金額も知らず働き続けるって、意外に悪くない考えだと思うのだけどな。
■仕事をやめると急に老け込んでしまいがち
体も健康でまだまだ働けるのに、定年になって働くことをやめてしまうと、突然やることがなくなって生きる気力もなくなってしまった……。そんな人が世の中にはたくさんいるそうです。
それから、仕事をやめてまわりからの視線がなくなるからか、急に老け込んでしまった人のこともよく耳にします。そして、いったん老け込んでしまうと、これまで着ていた若々しい服も着られなくなるから、余計に老化が進んでしまうという悪循環に入っていくのだと思います。
僕はそんな人を目にしたとき、「どんな仕事でもいいから、働けるうちは働いていたほうがいいですよ」とアドバイスを送りたくなります。働くことはちょっとした運動にもなるし、体を動かすと気分もすっきりする。人と軽くコミュニケーションを取ることで摩擦は多少あるにせよ、なんだかんだいっても楽しいだろうと思うからです。
そして、なによりも、自分の働きによってお金が手に入るということは、たぶん何歳になっても生きるうえでの大きなよろこびになると考えているのです。
■体さえ動くのなら何歳まででも働いたほうがいい
もちろん、いくら働いてもバリバリの現役時代のときに比べたら、とても低い金額になるでしょう。でも、大事なのは金額の多さじゃないような気もするのです。
定年退職のときにはまわりから「お疲れさまでした」と言われるのでしょう。もちろんみんな善意でやってくれているのだけれど、それが働くということからの引退イベントではないと思います。働きたいならいつまでも働いたらいいし、自分の人生はやっぱり自分で自由に決めたらいいのだと僕は思います。
自分が今日という日に働いて、「これだけの額を稼いだ」という実感とともに、実際のお金を手のひらにぎゅっと握りしめると、やっぱりうれしくなるのではないかなって。
そうしたら「自分はまだまだやれる」とわかって、きっと体に活力が湧いてきますよ。その気になったらいくらでも、お金というものは働いた分の対価としてもらうとうれしいものじゃないですか。
だから、体さえしっかり健康に動くのなら、僕は何歳まででも働くことをぜひおすすめしたいのです。
■「仕事の意味」なんて高尚なことは気にしない
「65歳や70歳になってもできる仕事が、そもそもあるのだろうか?」
そう不安に思う人もいるでしょう。でも、いまの世の中を見渡せば、仕事そのものはけっこうあるように見えます。たとえば、どこかの施設の警備員とか、車両の誘導員とかたくさんありますよ、きっと。
もし自分が勤務していた会社でそのまま働きたいなら、嘱託という手段もあると聞きます。給料は下がって立場も平社員と同じかもしれないけれど、やっぱりベテランがいないと回らないということもあるだろうし、それこそいまはどの職場も少子高齢化で人手不足が深刻なので、働く気になって探せば仕事は見つかるのではないでしょうか。
僕は漫画を描くことやタレント活動が仕事なので、需要がないと成り立たない職業です。自分がどれだけがんばっても、オファーがなければ働く場がないし、自分ではいかんともしがたい時代の流れというものも関係します。
でも、僕は別に仕事はなんでもいいと考えているのです。本当に、工事現場で働くでも、ガードマンでもビルの清掃員でもなんでもいい。うーん、工事現場の肉体労働はたぶん体力的に無理かもしれないけれど、自分でも稼げそうなところなら、面接に行くはずです。
あと、ガードマンの仕事も夜中が怖いのでダメかな……。高所恐怖症だから、高い場所の窓拭きなども無理かもしれません。
でも、スーパーの駐車場の誘導員や、マンションの掃除だったら僕でもきっとできる。
働かせてくれるのだったら、僕はよろこんでやります。ひとりでちり紙交換もずっとやっていたし、そのときから仕事内容にこだわりはありませんでした。「自分の好きな仕事」とか「仕事の意味」なんて高尚なことは、気にしたことがないのです。
■プライドよりとにかく「現金」がすべて
仕事内容に僕の価値があるわけではないし、そもそも他人がどんな仕事をしているかなんて、年を重ねるごとにどうでもよくなっていきませんか?
僕にとっては、自分が働いて稼いだという、そのよろこびこそが大切なのです。
「仕事内容にこだわりがない」なんて言うと、「芸能人でそこまで言い切れるなんて凄い」なんて言われることもあります。でもそれのなにが凄いかが、自分ではまったく理解ができません。
きっと僕にはプライドというものがないのでしょう。とにかく必死になって、お金をもらうためにがんばるのみ。だから、いまテレビの仕事がなにかのきっかけでまったくなくなったとしても、すぐにアルバイトに出るつもりだし、とにかくお金をくれるならなんでもやります。
■芸能生活何十年、ほとんど仕事を断っていない
何十年と芸能活動をしてきても、仕事を断るということはほとんどしてきませんでした。高所恐怖症なので、それをわざわざ狙ってバンジージャンプのオファーが来そうだったときは、「それだけは断る!」と心に決めていましたが、バンジージャンプ以外は『スーパージョッキー』(日本テレビ系列)で何度も熱湯に放り込まれたし、「こんな仕事は嫌だ」とわがままを言ったことはありません。
むしろ、そんな仕事はギャラが少しだけ高めになるので、モチベーションが上がっていたかもしれない。「この仕事が終わればお金が入ってくる」という約束さえあれば、この年齢になっても僕はいつだってがんばれます。
言ってしまえば、僕は「仕事の意味」や「仕事人の誇り」なんかいらないから、現金がほしいだけ。むかしのドラマじゃないけれど、同情するなら、現金がほしいのです。
現金を見ると力がみなぎります。だから、下手なプライドは本当にまったくありません。とにかく、ご飯を食べるために働くこと。仕事をして、お金をもらって、食べて寝るという、人間が社会で生きていく基本をずっとやっているだけなのです。
でも、不思議なことに、そう考えて働いているほうが、仕事がうまく回っていくようです。いちいち余計な指摘をしたり、文句を言ったりしないから現場の進行もスムーズになるし、人間関係も円滑になっていくからかもしれません。
だから、体が動くうちは、もう必死になって稼ぎたい。稼ぐ額が少なくても別に関係ありません。そんなもの誰と比べるわけでもないので、働いて、自分の力で生きていくことさえできればいい。これで、それなりに幸せな人生を送ることができています。
■思えば最初からバスに乗っていた
僕が生まれてはじめてした仕事は、高校生のときの「バスの車掌」でした。
むかしのバスは運転手の横に車掌が乗っていて、乗ってきた人から切符を見せてもらったり、切符を持っていない人に売ったり、降りるときに切符をもらって降ろしたりしていたのです。それに加えて、「次は○○町です」「お降りの方はいらっしゃいませんかー?」と車内に告げて、誰かが手をあげたら、「次、ストップ願います」と運転手に告げるという仕事もありました。まだ、降車ボタンがなかった時代でしたからね。
当時アルバイト代をいくらもらったかはもう忘れましたが、1日が終わったらその場でもらえるのがうれしかったことをよく覚えています。ただつらいのは、終点の車庫まで行くと、そこから歩いて帰らなくてはならなかったこと。
家に帰るために、バスで来た道をひたすら歩いて戻る。歩くのはちょっと大変だったけれど、若かったからまだ平気でした。やさしい運転手さんなら、「蛭子くん、よかったら乗っていけよ」と声をかけてくれて、最終バスで途中まで送ってくれる人もいましたね。
思えば、はじめてやった仕事がバスに乗ることで、71歳になったいまも仕事でバスに乗っているのだから、なんだか不思議な感じがします。
■「働かない」という選択もその人の自由
たとえば、一流企業などに勤めていた人たちが会社を定年で辞めたとすると、その人たちは退職金もたっぷりもらえるだろうし、「働いていない不安」を感じることなんてないのかなと思います。でも、同時に、もうあまり仕事もできなくなるようにも感じます。やはりプライドが邪魔するだろうし、どうしても人の目が気になるだろうからです。
「あの人、一流銀行に勤めていたのに、いまはあんなことしてるよ……」
そんな噂を近所の人にされるだろうし、妻にも「あなた、なにやってるのよ」と文句を言われることだってあるかもしれない。そう考えると、ちょっとかわいそう。
でも僕は、「わたしはそんな仕事は絶対しないぞ」と言っているような、プライドの高い年寄りに対しても、別になにも思うところはありません。なぜなら、それはその人の自由だからです。働きたくないなら働かなくていいし、そのために年金を積み立て、貯金もしてきたのでしょうからね。
■「働き続ける理由」は何だっていい
他人は他人、自分は自分という考え方なので、世の中の人や情報と、自分とを比較したり、羨ましく思ったりすることはまったくありません。
「そうしたければ、そうすればいい」
そんなふうに思うようにしています。
ただ、先に書いたように、年を取っても仕事を続けているとやっぱり健康でいられるし、友だちもできるし、精神的な安心も得られるし、外見もきれいになることにつながったりする。結構、いいことがいっぱいあるんだということはぜひ多くの人に知っておいてもらいたい。
僕のように、「お金、お金!」と色めき立たなくても、たとえば健康のために働いてもいいし、美しいままでいるために働いたっていいじゃないですか。いろいろな世代の人と交流するために働くのも楽しいでしょう。
なにより大切なのは、自分で人生の道を決めることです。
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漫画家
1947年、長崎県生まれ。長崎商業高等学校卒業。ちりがみ交換、ダスキン配達などの職業を経て、33歳のときに『月刊漫画ガロ』(青林堂)掲載の入選作『パチンコ』で漫画家デビュー。その後、タレント、俳優、エッセイスト、映画監督など、多ジャンルで活躍している。著書に『笑われる勇気』(光文社)など。
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(漫画家 蛭子 能収)
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