NHKと日本郵政、「暴力団」に近いのはどちらか
プレジデントオンライン / 2019年10月4日 11時15分
■「犯罪的営業を組織ぐるみでやっている印象を与える」
保険の不正販売に揺れる日本郵政グループで、新たな問題が明らかになった。かんぽ生命保険の不正販売を2018年春に報じたNHKの番組に、日本郵政側が強硬に抗議。コーポレートガバナンスが効いていないなどと追及されたNHK側が、日本郵政側に謝罪し、続編番組の放送を断念していたというものだ。なぜ、日本郵政の抗議に、NHKは「弱腰」の対応をせざるを得なかったのか。
番組は2018年4月に放送されたNHKの「クローズアップ現代+」で、今まさに問題になっているかんぽ生命保険の不適切な営業実態を取り上げた。日本郵政グループを揺るがす大スキャンダルを報じた嚆矢(こうし)だった番組である。
NHKは番組終了後に続編の放送を目指して、ツイッターに情報の提供を呼びかける動画を投稿していた。その動画に対して日本郵政が「犯罪的営業を組織ぐるみでやっている印象を与える」ものだと抗議したという。NHK側は「番組制作と経営は分離し、会長は番組制作に関与していない」旨を説明したが、今度は逆に日本郵政から、NHKのコーポレートガバナンスが効いていないと指摘されたという。結局は動画を削除して、続編もいったん延期したという。
■NHKの責任者が日本郵政の抗議に屈していた
それでも日本郵政側の怒りは収まらなかったようで、2018年10月に日本郵政がNHKの経営委員会に、ガバナンス体制の検証を求める書面を送付。NHK経営委員長の石原進・JR九州相談役が、上田会長を厳重注意とした。結局、上田会長は「番組幹部の説明を遺憾」とする事実上の謝罪文を日本郵政側に届けた。会長名の書簡を届けたのは専務理事・放送総局長と編成局部長だったという。放送の現場責任者が、日本郵政の抗議に屈していたのだ。
なぜ、そんな弱腰の対応にNHKは終始したのか。実は、抗議をしてきた相手が、日本郵政の鈴木康雄副社長だったことが大きいだろう。謝罪文を受け取った鈴木副社長が、経営委員会宛ての文書を送り付けていたことが、報道で明らかになっているが、それを読むと、その強引さが分かる。
そこにはこうある。
「会長名書簡にある『放送法の趣旨を職員一人ひとりに浸透させる』だけでは充分(じゅうぶん)ではなく、放送番組の企画・編集の各段階で重層的な確認が必要である旨指摘しました。その際、かつて放送行政に携わり、協会のガバナンス強化を目的とする放送法改正案の作成責任者であった立場から、ひとりコンプライアンスのみならず、幹部・経営陣による番組の最終確認などの具体的事項も挙げながら、幅広いガバナンス体制の確立と強化が必要である旨も付言致しました」
企画・編集段階で重層的にチェックをし、幹部・経営陣が番組を最終確認しろ、と言っているのだ。
■日本郵政副社長「(NHKは)まるで暴力団と一緒」
NHKには組織のトップである会長のうえに、外部の経営者らからなる経営委員会があるが、経営委員が個別番組の編集に介入することは放送法で禁じている。経営委員会がガバナンスを理由に番組に口を出したことには、メディア界などから一斉に批判の声が上がっている。まして、NHKが報じたかんぽ生命の不正販売問題は、その後事実として明らかになり、大きな社会問題になっている。日本郵政側の抗議は、その事実を隠蔽しようとした形になったわけで、その余波は大きい。
日本郵政の長門正貢社長は9月30日の記者会見で、当時の放送を改めて見たと明かしたうえで、「今となっては全くその通り」とし、社内調査などを経ないままNHKやNHK経営委員会に抗議していたことについて、「深く反省している」と平謝りだった。
ところが、前述の文書を送った鈴木副社長は今も納得していないようだ。10月3日に野党から国会内に呼び出された鈴木氏は、番組取材の手法や報道内容にも問題があったとNHKを改めて強く批判したのだ。
「まるで暴力団と一緒。殴っておいて、これ以上殴ってほしくないならやめたるわ、俺の言うことを聞けって。バカじゃねぇの」と記者団に語ったと朝日新聞は報じている。
■NHKは「総務省の影」を恐れて忖度に走った
この鈴木氏、文書でも「放送法改正案の作成責任者」だったと語っているように、元総務官僚で、事務次官まで上り詰めた人物だ。よほど、メディアに言うことをきかせるよう考えたうえで法改正したかと言わんばかりの発言をしている。おそらくNHKは鈴木氏が持つ総務省の影を恐れたに違いない。放送免許を所管する監督官庁である。抗議を無視することはとうていできないと考えたのだろう。
長門社長は謝罪しているが、と記者に聞かれた鈴木副社長は「いろんな考え方がある」とだけ述べたと言う。もちろん、ここに至って、鈴木氏を除くほとんどの関係者が、番組への介入はなかったと口をそろえる。NHKの経営委員会のメンバーも、「ガバナンス体制」について言っただけで、放送内容を変えろと言ったわけではない、というのである。だが、それは詭弁(きべん)だろう。
石原委員長が上田会長を注意した際の発言も公開したが、「ガバナンス体制をさらに徹底するとともに、視聴者目線に立った適切な対応を行う必要があります。会長に対し、必要な措置を講ずるよう厳しく伝え、注意することとします」としている。必要な措置とは何なのか。鈴木氏が求めるように「個別の番組を最終チェック」することなのか。そうなれば経営委員会が気に入らなかったり、外部から抗議される番組を排除するよう「忖度(そんたく)」を求めているのと同じではないか。
■「国営放送」ではなく「報道機関」であるべき
ちなみに、経営委員会は議事録の公開が義務付けられているが、「経営委員会の内規では個人情報、人事、協会以外の法人の情報などがある場合は、非公表としている」として、日本郵政からの一連の抗議については議事録から削除されていた。かんぽ生命問題が大きくならなければ、発覚しないまま闇に消えていた可能性もあるわけだ。
かねてNHKは外部からの圧力に弱いとされてきた。特に歴代幹部が政治部出身で、政権幹部とのパイプが太いため、政府の意向を忖度しているとうわさされることがしばしば起きてきた。最近も、官邸に近いとされる板野裕爾氏が専務理事に復活した人事が話題になったばかりだ。
NHKには視聴者からの受信料だけでなく、多額の国家予算が投入されている。だからといって、現政権に都合の良い情報や論調だけを流す「国営放送」になることは許されない。国民全体の利益につながる報道機関であることが求められている。
NHKの中堅社会部記者に聞くと、「番組を作る際、直接、上司からこのテーマはダメだといった言われ方をすることはない」と語る。同僚のディレクターも、今回の日本郵政の問題も報道されるまでまったく知らなかったと話しているという。では、「こんなテーマは通らないと忖度する空気はないか」と聞いたところ、言いよどんだ。
■「あの件は書かない方がいい」が横行している
筆者も長年、新聞社で働いていた経験から言えば、どこかの企業トップから抗議されて、社長や役員が企画をボツにすることなどまずない。抗議を受けた話を社長から聞いた役員や部長が、「忖度」するのだ。「あの件については書かない方がいい」「当面、あの企画は止めておこう」と現場の中堅幹部が過剰に自己規制するのである。最近ではおとなしい記者が増えたので、そうした忖度に反発する記者は少ないらしい。
天下のNHKを舞台に起きた日本郵政からの抗議事件は、今の日本のマスコミ界で起きていることのほんの一例にすぎないのではないか。氷山の一角ということだ。
今後、元次官の鈴木副社長が何を語るか分からないが、ジャーナリズムへの政治や霞が関の介入を絶対に許してはいけない。そのためには事細かく事実関係を調べるとともに、徹底的に追及する姿勢をメディアは失ってはいけない。
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経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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