「10万円でシルクロード10日間」を実現するコツ
プレジデントオンライン / 2019年10月8日 6時15分
※本稿は、下川裕治『10万円でシルクロード10日間』(KADOKWA)の一部を再編集したものです。
■劇的に行きやすくなったシルクロード
かつて中国の新疆ウイグル自治区や中央アジア、つまりシルクロード一帯は、パッケージツアー向けのエリアだと思われていた。遺跡へのアクセスの悪さ、言葉の不自由さ、システムの違いなどがその理由だった。たしかにこのエリアは、以前、社会主義の枠組みのなかに組み込まれていた。中国は社会主義の体制を堅持している。
しかし中央アジアの国々がソ連から独立し、中国は社会主義の体制を守りながら開放政策に舵を切ってから、旅のシステムは大きく変わってきた。旅をする……という視点から見れば、自由主義圏を訪ねることと大差がなくなってきている。ここ1、2年は、個人旅行者が急増している理由もそのあたりにあるように思う。
きっかけは、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタンといった中央アジアの国々が、観光ビザ免除に動いたことだった。旧社会主義系の国々は、観光ビザ免除といっても、空路入国に限定するなど、さまざまな制約をつけることが多い。ところが中央アジア各国は、そういった限定ルールを付加しなかった。陸路で入国する旅行者にも、条件なしでビザ免除に踏み切ったのだ。
中国はもともと、入国に対して制約は加えていなかった。その結果、完全な自由旅行が実現したわけだ。気軽にこのエリアを旅する女性が急増している。そんなエリアになったのだ。
ビザが不要、かつ個人旅行が可能になったということで、自由に旅のスケジュールを組めるようになった。始発点である中国の西安から、シルクロード観光のハイライトといえるウズベキスタンまで、電車などを乗り継いで10日間10万円で旅することもできるようになったのである。
■中国ならではのホテルの特殊事情
このエリアでは、ホテルを予約できないからといって不安になることはない。理由はふたつある。ひとつは中国の特殊事情といっていい。中国には外国人が泊まることができないホテルがある。通常は、外国人を受け入れるときの煩雑さを嫌い、ホテル側が受け入れ申請を役所に出さないケースが多い。しかし新疆ウイグル自治区は事情が違う。
新疆ウイグル自治区に住むウイグル人は、政府の厳しい管理下にある。政府に反旗を翻すウイグル人の過激派を抑え込むことが目的だ。これまでも何回かテロが起きている。管理の手法は高圧的で、中国政府は海外からの批判も受けているが、その手綱を緩めようとはしない。
外国人旅行者にもその影響が出ている。政府はセキュリティーチェックを漢民族と非漢民族に分ける。外国人はウイグル人と同じようなチェックを受けなくてはならない。ホテルも管理下に置かれている。これまで外国人の受け入れが可能だったホテルが、突然、通達ひとつで宿泊できなくなることがある。それらの情報はホテルの予約サイトに届くのに時間がかかる。その結果、予約をとっても宿泊できないことが起きることになる。
■予約する意味はない、でもなんとかなる
僕もトルファンで予約済みのホテルに泊まることができなかった。事前にホテルを予約しても、そこに泊まることができるとは限らないのだ。ホテルの予約サイトのなかで、この種の情報に敏感に対応しているのは、Trip.comである。このサイトは、上海のシートリップ(Ctrip)が母体。中国の事情に詳しいわけだ。
そのサイトを見ればわかるが、外国人が宿泊可能なホテルが1軒もない都市は少なくない。しかし実際に行ってみると、宿泊可能なホテルは見つかる。Trip.comが確認できていないレベルであることが多い。
これが新疆ウイグル自治区のホテル事情である。事前にホテルを予約することが難しく、苦労して予約する意味はあまりないのだ。しかしなんとかなる。その感覚で臨むことになる。
中央アジアのホテル事情はいい。僕はどちらかというと、ホテルの予約は避けたいタイプだ。それによって、旅の日程が決められてしまうと旅がつまらなくなってしまうのだ。気に入った街に出会ったらそこに泊まってみる……。そんな自由を失いたくない。
■中央アジアを旅するなら自由な旅をしたい
旅に出る前に得ることができる情報は限られている。自分がその街の土を踏んだときの印象とは違う。旅とは自分でするものだから、僕は五感に届いた感覚を大切にしようと思っている。そんなタイプだから、ホテルは原則、予約しない。
これまで10回以上、中央アジアを歩いてきたが、宿探しに苦労した記憶がまったくない。僕は1泊20~30ドルのホテルに泊まることが多い。そのレベルのホテルが簡単に見つかっている。街によっては、なにかの事情で、ほとんどのホテルが満室ということもあるが、中央アジアではそんな事態にも遭遇していない。
つまりホテルはなんとかなる。その意識で旅に出てなんのトラブルもないはずだ。宿を予約しないことで、旅は一気に自由になる。自由な旅でなければ味わえないものは、中央アジアには少なくない。
■英語は喋れなくても大丈夫
新疆ウイグル自治区から中央アジアに広がるシルクロードエリアは英語圏ではない。新疆ウイグル自治区はウイグル語か中国語、中央アジアは国によって言葉が違う。カザフスタンはカザフ語、ウズベキスタンはウズベク語……。民族が違うのだから、それは当然のことだ。あえて中央アジアの共通語を探すとロシア語になる。長くソ連に属していたからだ。しかしロシア語といわれても困る。多くの日本人が縁のない言葉である。
となると、何語を口にしたらいいのか。結局のところ、片言英語になびいていってしまうのだが、新疆ウイグル自治区や中央アジアの人たちは、その片言英語すら理解してくれないことが多い。
英語をある程度理解できる割合は、日本人が多く訪ねる台湾、タイなどよりもかなり低い。かろうじて通じるのは、ホテルのフロント、駅やバスの切符売り場、外国人が多いレストランぐらいだろうか。どの国でもそうだが、高校生や大学生も少しは頼りになる。しかしそこから外れてしまうと、もうお手あげ状態になる。
キルギスのバルイクチを思い出す。この街はイシク・クル湖の脇に広がっている。僕は中国から、トルガルト峠を越えてこの街に着いた。観光客が通るようなルートではなかった。途中、両替所はどこにもなかった。バスターミナルに近い宿に泊まった。しかし宿代を払うキルギスの通貨、ソムを一銭ももっていなかった。加えて朝から満足な食事もとっていなかった。なにかを食べたいのだが、キルギスソムがない。
■ホテルで50分間交渉して気心が知れる
そこで僕は、ホテルで多めに両替してもらおうと思った。しかし英語で提案してみたがまったく通じない。これは話を単純にしなくてはだめかもしれない……と、まず、「ホテル代をアメリカドルで払ってもいいでしょうか」と口にした。この内容を理解してもらうのに20分かかった。
続いて僕は1枚のメモ用紙をとり出した。金の流れを図示しながら、こう説明した。
「はじめにホテル代の20ドルを渡すでしょ。その次に、さらに20ドル渡す。この20ドルをキルギスソムに両替してくれないでしょうか」
この話を理解してもらうのに30分かかった。ようやく通じたときは、ぐったりと疲れてしまった。しかしキルギス人は人がいい。「そんなに空腹なら、スーパーまで案内しよう」とホテルのスタッフは腰をあげた。もちろん、その会話は英語ではない。支払いの話を50分もしているうちに、どことなく気心もわかってくる。相手の意図がなんとなくわかるようになってくるのだ。
海外への旅を前に、「言葉が……」と不安を募らせる人は少なくない。しかし僕はそれほど不自由さを感じることなく、シルクロードの旅を続けてきた。僕が操ることができるのは、片言の英語とタイ語だけだ。シルクロード一帯で使われる言語はまったくといっていいほどわからない。
旅をスムーズに進ませるもの──それは言葉ではないと思っている。表情や目の力、体からにじみ出るエーテルのようなもの……。そんな言葉にならないものでコミュニケーションは成立していく。
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旅行作家
1954年、長野県松本市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。新聞社勤務を経てフリーに。アジアを中心に海外を歩き、『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)でデビュー。アジアと沖縄を中心に扱った著書多数。
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(旅行作家 下川 裕治)
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