消費税10%と5%ポイント還元の意外な落とし穴
プレジデントオンライン / 2019年10月7日 15時15分
■なぜ、消費税率10%が実現したか
10月1日、消費税率が8%から10%に引き上げられた。これは、わが国の財政健全化にとって非常に意義のあることといえる。その意味では、今回の消費税率引き上げで最も大きなメリットを享受できたのは財務省ということになるだろう。
わが国の財政悪化の大きな要因として、急速に少子化と高齢化が進み、社会保障費が急増していることがある。1990年度と2016年度の歳出と歳入を比較すると、歳出面では社会保障費が約12兆円から34兆円に増えた。この間、歳入面では公債金が約6兆円から32兆円に膨らんだ。社会保障制度の維持において、公債金以外の財源確保は喫緊の課題だ。この課題に対応すべく、政府は国民全体がなるべく公平に負担し、かつ、景気変動からの影響を受けにくいという点で消費税の引き上げを重視してきた。
今回の消費税率引き上げに関して、政府は駆け込み需要とその反動減による景気の変動を抑えるためにさまざまな対策を講じてきた。その点に関しては、2014年4月の税率引き上げ(5%から8%へ)をはじめ、過去の教訓をしっかりと生かしたといえるだろう。
しかし、ポイント還元措置をはじめ実施の方法に関しては、よりていねいな取り組みが求められる。実際、10月1日の引き上げ当日、多くの店舗などでシステム整備が間に合わないなどの問題が起きた。政府は経済の円滑な運営を目指し、複雑かつ込み入った制度を修正していくべきである。
■安定した政権が可能にした消費税率引き上げ
今回の消費税率引き上げに関して重要なことは、税率そのものを引き上げることができたということだ。それが可能となったのは、長期にわたって安倍政権が政治基盤を維持してきたことに支えられた部分が大きいと考えられる。政権が短期間で交代するなどして政治が混乱してしまうと、国内の多様な利害を調整することは難しくなる。その状況では、人々に負担を強いる消費税率の引き上げを決断し、実行に移すことは難しい。
さまざまな主張がある中、消費税率引き上げなどを通した財政健全化は、わが国の社会保障制度の持続性を維持するために大切だ。少子化、高齢化に加え人口減少が進むわが国において、国民一人ひとりがより安心できるくらしを実現するために、社会保障の安定は欠かせない。年金の給付や国民皆保険制度の維持が難しくなれば、人々の日常生活への不安は大きく高まってしまう。
リーマンショック後に財政危機に陥ったギリシャは、IMF(国際通貨基金)などに支援を求めざるを得なくなった。財政立て直しのために年金の減額などが行われた。多くの人々が緊縮財政に反発し、デモに参加した。これは、財政の安定がわたしたちの人生に無視できない影響を与えることを示す良い例だ。
■熟慮を重ねた景気に配慮した措置
今回の消費税率引き上げに向けて、政府は、税率引き上げに伴う経済への影響を緩和すべく、さまざまな取り組みを準備してきた。その背景には、過去の消費税率引き上げがわが国の経済にマイナスの影響を与えたとの反省がある。1989年に3%の消費税が導入されたのち、1997年には税率が5%に引き上げられた。この年、わが国では“金融システム不安”が発生し、消費税率の引き上げは景気を冷え込ませてしまった。2014年4月の消費税率引き上げ後は、駆け込み需要の反動減により景気モメンタムは弱まってしまった。
それでも今回、政府は消費税率引き上げに踏み切った。それだけ政策当局にとって人口減少下での財政状況への危機感は強いということだろう。
政府は過去の経験を生かして、増税前の駆け込み需要、増税後のその反動減の発生によって、短期のうちに景気が大きく変動しないよう対策を講じた。主な措置に、キャッシュレス決済に対するポイント還元制度、自動車や住宅の購入支援、飲食料品や新聞を対象とする“軽減税率制度”の導入などがある。理論的に考えると、それぞれの内容はよくできていると評価できる。
■キャッシュレス化を推進する狙いも
特に、ポイント還元制度は税率引き上げが人々に与える負担感を緩和し、消費者心理を下支えするために有効だろう。この制度では、2020年6月までの間、最大5%の還元を受けることができる。
それに加え、本制度には“キャッシュレス化”を推進する狙いもある。冷静に考えると、現金の利用にはさまざまなコストがかかる。現金の保管や輸送、偽造紙幣への対応などはそのよい例だ。キャッシュレス化の導入は、経済全体の効率性を引き上げることにつながるとの見方は多い。
そのほか、軽減税率制度には、贅沢(ぜいたく)をするゆとりのある人からはより多くの税金を徴収し、出費を抑えたい人にも配慮することを狙っている。すでに英独仏などでは、飲用水をはじめとする飲食料品に軽減税率が適用されている。
一連の増税対策は、相応の効果を発揮していると見てよいだろう。8%の消費税導入前の2014年3月、全国百貨店売上高は前年同月比で25%程度も増えた。今回も、10万円を超えるテレビや洗濯機など高額商品などに関しては、一部で駆け込み需要が発生した。それでも、2019年8月の百貨店売り上げは2%程度の増加と、駆け込み需要発生のマグニチュードは前回より穏やかだ。10月初旬の時点で、消費税率引き上げの前後で、国内経済に無視できない変化が生じているようには見えない。
同時に、世界経済の先行き懸念は徐々に高まりつつある。今後、需要の反動減を含め、個人消費をはじめとするわが国経済のファンダメンタルズがどうなるかは、慎重に確認していかなければならない。状況によっては、追加の対策が必要となる展開もあり得る。
■今後、改善が求められる徴税手法
ただ、ポイント還元制度に関しては、その実施方法が複雑すぎるという問題が起きてしまった。10月1日の消費税率引き上げ当日、一部の企業では消費税率引き上げに伴うシステムの切り替えが間に合わず、キャッシュレスの支払いに対応できなかったケースなどが発生した。
政府は理論的によく練られた増税対策を実施したものの、実務や実際の消費の現場への負担を考えるところまでは十分に手が回らなかったようだ。こうした、複雑かつ込み入ったポイント制度などのデメリットは、ていねいに解消されなければならない。制度を整えても、企業や消費者が使いづらさを感じる状況が続くと、その効果も低下してしまう恐れがある。
政府が経済の安定を目指しつつ、長期的な視点で財政の再建を進めるためには、国民の納得感を得ることが欠かせない。政府は、小売店舗などの現場からの意見を収集するなどして、より分かりやすいポイント還元制度などの運営を目指し、実践していく必要があるだろう。
■経済に与えるマグニチュードをできるだけ小さく
それができれば、人々はポイント還元や軽減税率に徐々に慣れることができるはずだ。政府にとって、人々が増税対策に習熟しやすい環境を整えることは、税制の変更が経済に与えるマグニチュードを可能な限り小さくしつつ、社会保障などの財源を確保するために重要だ。
わが国の財政状況を考えると、将来、消費税率がさらに引き上げられる可能性は排除できない。そのほかにも、年金や医療などの分野で、さまざまな改革が進められていくだろう。そう考えると、今回、政府が予定した通りに消費税率の引き上げが実現されたことは、政策当局にとって大きな成果といってよい。それは、国民生活の安定を維持していくうえでも欠かせない。
政府は、財政の再建と社会保障制度の維持のために、できることを、時間をかけて、ていねいに進めなければならない。そのために、増税直後に起きたトラブルなどの教訓を積極的に活用し、消費の現場に過度な負担が生じないようにすることが大切だ。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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