「年収300万円」でもアリババ社員が辞めない訳

プレジデントオンライン / 2019年10月16日 6時15分

アリババ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏 - 写真=Imaginechina/時事通信フォト

中国の大手企業・アリババは、創業者自らが「4倍の給料を出しても引き抜けない」とアピールするほど愛社精神が強い。なぜなのか。中国で日本観光をPRする「行楽ジャパン」の袁静社長は「初任給は低いが、そのあとどんどん高くなる。また住居費や医療費の補助も大変手厚い」と指摘する——。

※本稿は、袁静『中国「草食セレブ」はなぜ日本が好きか』(日本経済新聞出版社)の一部を再編集したものです。

■“格差婚”が認められるようになった一方で……

「○○さん、ついに結婚するらしいよ。でも、お相手の男性は賃貸住宅に住んでいるらしいんだよねえ……」

そんなことがママさんたちのランチの話題になるぐらい、男性が家をもっていることが、中国では結婚の大きな条件になっています。

中国語では「有車有房(ヨウチャーヨウファン)」といいます。自動車と家をもっている。実は、有車有房が結婚の条件になったのは、そう古いことではないのです。

袁 静『中国「草食セレブ」はなぜ日本が好きか』(日本経済新聞出版社)

かつては「門当戸対(メントゥフートゥイ)」ということがいわれました。門も戸も、家の格式のこと。当や対は、同程度という意味です。家庭環境や生活水準、育ちや価値観が似ていることが、まずは結婚の大前提とされたのです。

1990年代ですら、地方から出てきた男性が、上海や北京の女性と結婚するなんて、ちょっと考えられなかった。親が猛反対したのです。中国全土を人が行き来する時代を、親の世代は生きていません。北京の女性は、北京の男性と結婚するのが当たり前だった。都市戸籍と農村戸籍の違いがあって、配給の問題にもかかわっていたからです。

いまは本人たちが納得すれば、どこ出身の人とでも結婚できるようになった。ただし、そのために生活力がより要求されるようになった。だから「家をもっているかどうか」が、これだけうるさくいわれるようになったのでしょう。

■都市部の親が結婚させたがる「フェニックスマン」

ごく最近になって、プライドの高い上海や北京の親たちが、逆に娘を喜んで結婚させたいと願う地方出身者も登場しました。「鳳凰男(フェンファンナン)」です。フェニックスマン。地方出身者ですから、基本的に家はもっていません。でも、将来性がある。

では、彼らは会社でどのような待遇を受けているのか? プチ富裕層のふところ具合をさぐりながら、なぜ離婚が増えているのか、女性の購買力がどうしてこんなに高いのかといった問題を、ここでは考えたいと思います。日本のインバウンド関係者にとってもビジネスのヒントになると思います。

鳳凰男に厳密な定義はないのですが、私のイメージでは、こんな感じです。

地方の出身者で、必死に勉強して大都市の一流大学に進学。卒業後はBAT(百度、アリババ、テンセント)のようなIT系や金融系の一流企業に就職。入社して5年ぐらいたてば年収1000万円を当たり前にもらう男性たちです。

■結婚した途端、生活の違いが浮き彫りに

日本にもかつて「3高」という言葉があったそうですね。結婚相手に対しては、高学歴、高収入、高身長を求める。中国の場合、ルックスはさほど重視しません。でも、収入は何より重視する。

鳳凰男は離婚するケースが多い印象があります。結婚した当初は、二人だけの生活だからいいのです。鳳凰男も都会のマナーや生活スタイルを身につけている。でも、子供が生まれると、中国では祖父母が面倒をみるのが一般的です。田舎から鳳凰男の両親が出てきて、風習の違いでもめることも少なくない。

実際、知り合いの日本人女性も、これが原因で鳳凰男と離婚しています。日本では1日に3回も赤ちゃんをお風呂に入れたりします。ところが、中国の田舎、特に水が貴重な地域では、1週間に1回が常識だったりする。こうした違いが積み重なって喧嘩(けんか)のもとになり、うまくいかなくなるケースもあるわけです。

それにしても、20代で年収1000万円はすごい。そこで、BATの給与体系や福利厚生について、ちょっと調べてみました。プチ富裕層がどのぐらい稼いでいるか見えれば、彼らの消費力の秘密にせまれると考えたからです。

■初任給は普通でも自社株がすごい

代表的なのはアリババです。非常に若い会社ですから、八〇後(1980年代生まれ)と九〇後(90年代生まれ)で社員の89パーセントを占めます(2016年時点)。エリートの八〇後や九〇後がどれだけ給料をもらっているのか知るには最適の会社でしょう。

初任給は年収15万元(約240万円)のスタートで、ボーナスはマックスで6カ月ぶん。9割の人は3カ月ぶんもらっているそうです。合計すると、だいたい19万元(約300万円)ぐらいということになります。

日本の感覚では安いでしょうが、中国の感覚だとかなり高い。ホワイトカラーの平均年収の倍だし、アリババ本社がある杭州市は物価も安いからです。とはいえ、初任給の数字だけ見ると、フェニックスと呼ぶにはもの足りない感じがします。

実は、すごいのは給料以外の部分なのです。アリババ社員は等級が上がると自社株がもらえる。2000株を4回に分けてもらうそうですが、100万元(約1600万円)相当というから、かなりの額です。株価はさらに上がり続けているので、すごい利益になる。優秀な人なら2~3年でこの等級に上がるとのこと。

百度も同様に年収14万元(約225万円)からのスタート。ただし、昇給率がものすごい。3年間働くと、最高で3倍の45万元(約720万円)ぐらいになる。最低でも23万元(約370万円)です。すぐ辞める人が多いので、低くスタートして、長くつとめればつとめるほど得をするシステムにしているのでしょう。

■会社が持ち家を用意してくれる

百度の場合も、等級が上がると自社株をくれます。これが30万~40万元(約480万~640万円)ぐらいになる。こちらも、優秀な人ならだいたい3年でこのクラスに到達するそうです。

テンセントも年収10万元(約160万円)からのスタートで、ボーナスは3カ月ぶん。ただし、3年以上働くと300株がもらえるそうです。

中国は競争社会ですから、給料もみんなで一斉に上がるわけではありません。猛烈に上がる人と、ほとんど上がらない人がいる。激しい競争を勝ち抜いて、入社5年目で1000万円を稼ぐようになったのが鳳凰男なのです。若くして能力が認められたわけで、このあと彼の給料はさらに上がっていくことでしょう。

BATには地方出身者が多いイメージを私はもっています。当然、家なしですが、こうした一流企業では住宅のケアもしてくれます。アリババだと、本社のそばにマンションをたくさん建てて、社員には相場の4割引きで提供している。

さらに、マンションを買うときには30万元(約480万円)を無利子で貸してくれる。上海や北京だと30万元では十分でないのですが、杭州の中心部から離れた場所なら、十分、頭金になる。アリババほど信頼性のある会社につとめていれば、銀行も喜んで住宅ローンを組んでくれるでしょう。

テンセントの本社は深圳ですから、不動産はありえないほど高騰している。頭金を会社で出そうが、いまから家を買うのは無理です。そこで、賃貸住宅を借りる社員向けに、毎年20万円ぐらいの補助を出しているそうです。

■平均退社年数は驚異の「2.5年」

ジャック・マーは「阿里人(アリレン)」という言葉をよく使います。アリババ社員としての愛社精神をもってほしいのでしょう。

だから、年末のパーティでは必ず仮装して歌を披露したりして、社員との一体感を作り出そうと懸命になっている。

中国人は会社へのロイヤリティが低い。転職するのが当たり前なのです。ずっと会社にいるような人は、逆に「転職もできない無能なやつ」とネガティブに評価されかねない。

だから、転職率がものすごい。3年も同じ会社にいたら、もっとも古株という感じなのです。平均退社年数がどんどん短くなっており、リンクトインの統計では、八〇後九〇後は平均2.5年しか会社にいません。平均で2.5年ということは、1年や半年で辞めてしまう人がざらにいることを意味しています。

そこでアリババでは、いかに会社に愛着をもってもらい、「私は阿里人だ!」と誇りをもってもらうかに知恵を絞っている。

たとえば、社員が結婚するときは、会社主催でグループ結婚式をやって、ジャック・マーが仲人をつとめる。結婚5年目には4000元(約6万4000円)もするプラチナの指輪をプレゼントするそうです。

■病院と提携し、福利厚生も手厚い

社員だけでなく、その家族にもアリババを好きになってもらおうとしており、「カーネーション・プロジェクト」も始めました。社員の健康診断だけでなく、その両親の健康診断にもお金を出すのです。

中国人の最大の悩みは病院。ものすごく高額の医療費を出すか、すさまじい待ち時間に耐えるか、2択をせまられる世界なのです。病気になってさえそうなのですから、大変な思いをしてまで健康診断を受けようとは思わない。

アリババは100都市にある病院と提携しているので、両親はその病院を予約して使える。しかも、診察料を負担してくれる。

ここまでしてもらうと、さすがに愛社精神をもたざるをえないでしょう。統計はないのですが、アリババの退職率は他社より低い可能性があると思います。ジャック・マーは「4倍の給料を出しても、阿里人は引き抜けない」と豪語していますが、あながち誇張ではないのかもしれません。

■離婚が増えたのは「一人っ子」が増えたから?

結婚の話から始めたので、離婚の話もしておきましょう。実は2003年から16年連続で、中国の離婚率は上がり続けています。婚姻件数のほうは2014年から減り続けているのにです。

2018年のデータでは、婚姻件数が1011万組、離婚件数が380万組ですから、2.5組に1組ちかくは離婚していることになる。日本では3組に1組ですから、それを追い抜いてしまった。

なぜ2003年から離婚が増えたかについては諸説ありますが、よく冗談半分に解説されるのが、「わがままな一人っ子の八〇後が結婚する年齢に達したから」。誰もが「なるほどね!」と膝を打ってしまう説明です。

ただ、実は離婚は七〇後(1970年代生まれ)のほうが多いのです。古い世代は「離婚は悪いことだ」という価値観をもっています。「これから先の長い人生を考えたら、離婚も選択肢のひとつになる」と考えるようになったのが、七〇後からなのです。

ただ、七〇後が離婚する理由は、八〇後ともまた違うように思います。中国では、日本と比べものにならないぐらい、子供の教育を重視します。子供が高校生や大学生になって手がかからなくなった年代が、七〇後なのです。

日本でも「子供も手を離れたし」という言葉はよく聞きます。でも、たいていの場合、奥さんは、旦那さんが退職するまでは辛抱する。だから、熟年離婚が増える。離婚にふみきるきっかけは同じなのに、時期が違うのは、もちろん理由があります。

■女性だからといって待遇差別が存在しない

ひとつは、中国には退職金が存在しないこと。退職時にドカンともらうのではなく、退職後も給料をもらい続けるのが一般的なのです。だから、旦那さんの退職金ねらいで定年まで辛抱する意味がない。

もうひとつ、中国では女性も働くのがデフォルトだということがあります。旦那さんの給料に頼らなくてもやっていける。基本的に男性が女性へ慰謝料を支払う習慣がないので、やっぱり辛抱する意味がない。耐えられなくなったら、早めに離婚してしまうほうが賢い、というわけです。

袁 静『中国「草食セレブ」はなぜ日本が好きか』(日本経済新聞出版社)

さきほど鳳凰男がどんな給料をもらっているかを説明しましたが、べつにあれは男性だけの雇用条件ではありません。女性だってBATに入れば、まったく同じ待遇を受けられる。鳳凰女という言葉がないだけです。日本の女性より生活力がある。

実は、この部分も、あまり日本人に理解されていない。歳をとった人のほうが社会的地位は高いと考えるのと同様、女性より男性のほうが社会的地位が高いと考えてしまう。そんなことはありません。女性経営者として、ものすごく稼いでいる人がざらにいます。

ビジネスで日本をおとずれた中国人の女性社長から、こんな言葉を聞いたことがあります。

「日本人って、なぜか私をスルーして、部下の男の子のほうと先に名刺交換しようとするのよお。あれはどうして?」

知らないとはいえ、やはり失礼なことをしている。高い社会的地位につき、大金持ちの女性はたくさんいます。だから、日本に旅行で来たときも、平気で大きな買い物をするのです。

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袁 静(えん・せい)
行楽ジャパン代表取締役社長
上海市生まれ。北京第二外国語大学卒業。早稲田大学アジア太平洋研究科修了後、日経BP社に入社し日本で10年間を過ごす。帰国後、中国人富裕層向けに日本の魅力を伝える雑誌『行楽』を創刊、15年行楽ジャパンを設立する。現在、上海と東京にオフィスを構え、中国での日本の観光PRに活躍する。著書に『日本人は知らない中国セレブ消費』。

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(行楽ジャパン代表取締役社長 袁 静)

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