2300万ネコババ&7000万海外豪邸の楽器商の闇
プレジデントオンライン / 2019年10月15日 6時15分
■高卒たたき上げの高級楽器店社長(58歳)の「別の顔」
楽器商(58歳)が、顧客から預かった楽器の売却金2300万円を自分の懐に入れた事件を傍聴した。事件が起きたのは2015年だが、被告人は売却後、海外に逃亡し、フィリピンのマニラで3年間以上生活していた。
長期間捕まらなかったのは、警察に逃亡先がバレていなかったから。逮捕されたのは、現地でトラブルを起こし、2019年3月に強制送還されたためだ。被害者の泣き寝入りで終わるかに思われたところ、運良く容疑者を捕えることができて、警察もホッとしたことだろう。罪状は業務上横領。犯行当時の肩書は代表取締役だったが、現在は無職、住所不定となっている。
どういう事件だったのか。検察の冒頭陳述と被告人の陳述を基に概要を整理してみよう。
被告人は高校卒業後、楽器の修理などを行う会社で働いていた。はっきりとは言わなかったが、職人というより営業やマネジメントを得意としていたようだ。
■「良い時期の利益は売り上げの35~40%、月間で1000万円くらい」
会社はすごく儲かっていたわけではなかったものの、業界では信用のあるところで、仕事もやりがいがあった。だから、前社長から「きみに受け継いでほしい」と後継者指名されたとき、光栄に思い引き受けた。規模は小さくても社長である。大出世だ。経営者としての責任も感じたに違いない。
被告人は楽器修理に偏ったビジネススタイルから脱却すべく、2003年からは販売部門強化のため小売・卸も行うようにした。主な取扱楽器はバイオリンやチェロ。良い顧客を抱えているのだから、店舗を構えて事業の幅を広げたいと考えるのは自然な発想だと思う。それなりの場所に店舗を借り、楽器の委託販売(売りたい顧客と買いたい顧客をつなぎ手数料収入を得る)も開始するなど、仕事はますます忙しくなっていった。
「良い時期の利益は売り上げの35~40%、金額にすると月間で1000万円くらいありました」
それだけあれば家賃を払い、職人を雇っても十分やっていくことができた。委託販売も順調で金銭トラブルもなかったという。
「数千万円から億単位の楽器を委託されることもありましたので、顧客の信頼を得ていたと思います」
システムは、委託する人から希望販売価格を聞いた上で預かり、売り先を探す。売れた場合は通常一括で支払うが、購入者が分割を希望する場合には販売者にその旨を伝え、分割にすることもある。
会社が利益を出す方法は、希望販売価格以上の値で売って差額をもらうか、手数料をもらうような説明がされたが、はっきりとはわからなかった。たしかなことは、売れない場合は販売希望者に返品すればよいので、業者には金銭的なリスクがないこと。
計算上は、そこそこ楽器が売れ、委託販売の依頼があり、職人が腕を発揮できる修理の依頼があれば、安定した経営を続けることができるはずだったのである。
■不況で自転車操業になり、高利貸で借金……
しかし、長引く不況は楽器業界にも影を落とし、利益率が急激に下がり始めた。
「業績が悪くなってからは、売り上げが年間1億円、円安の影響も受けて利益率は20~25%に下がってしまいました。修理の依頼が減って職人も休業状態。家賃の支払いが苦しくなったので店舗を縮小(移転)するつもりだったのですが……」
2015年、潤沢な資金力を持たない会社は不況のあおりを受け、自転車操業状態に陥った。車を売り、高利貸に借金しても追いつかない。
■被告人の社長はフィリピンに7000万円の豪邸を所有
そこへ委託販売の依頼がくる。希望価格2000万円のバイオリンと同700万円のチェロ。楽器にはコレクターがいて、名器であれば不況といっても売りやすい。案の定、買い手がついた。前者が1500万円、後者は希望価格以上の800万円だ。
<この金があればひと息つける>と悪魔が囁(ささや)いたのだろう、売上金を手にする頃にはその金を懐に入れる気満々になっていた。被告人は、「すべて会社のために使った」と言うが、信じる気にはなれないのは、その後の行動が無責任だったからだ。
売り主からの問い合わせを嘘(うそ)でごまかし、振り込むと言って振り込まない。揚げ句、店を閉店して商売をやめ、警察沙汰になる前にフィリピンへ高飛びするのだ。いかにも計画的犯罪のように思える、もしかすると余罪もあるのではないか。
どうしてフィリピンだったのか。ここで被告人の口から驚きの事実が出てきた。
「フィリピンには妻と家族がいました。景気が良かった2002年に3200万ペソ(約7000万円)で買った家もありました」
海外に豪邸を持っていたが、手元には一円もなく、やむなく売上金を横領して出国したという。
「返済のメドが立ち次第、売り主に連絡して支払うつもりでした」
それを信じろと言われても無理があるが、この被告、楽器を委託した被害者のひとりに120万円を払っており、気にはしていたようだ(もうひとりにも一部を返そうとしたが断られた)。といっても、真摯(しんし)に反省してというよりは、できることなら返済し、日本に戻れるようにしたのではないかと勘繰ってしまうのだが。
■マニラで人材派遣業や、学校経営の日系企業の社長も
フィリピンでは素知らぬ顔で英文の日本語訳や日本語教師、日本にフィリピンの人材を派遣する仕事をし、なんと学校経営をしている日系企業の社長を務めていた時期もあったらしい。逃亡者らしからぬ成功ぶりだが、新たな問題が発生する。妻と離婚して虎の子の不動産を取られてしまい、それを不服として裁判を起こしたのだ。
海外逃亡中の犯罪者の身でありながら、身を潜めるどころか、資産取り戻しのために元妻を刑事告訴したのである。裁判は公的な場で、当然本名で告訴する。それが日本に伝わり、あえなく強制送還→逮捕となったのだ。
訴えられたならいざしらず、自ら公の場に出ていくなんて、捕まえてくれと言っているようなもの。リスクを犯してでも、家を取り戻したかったのだろう。「家を取り返したら返済金にするつもりだった」と繰り返すが、僕には金に執着するあまり理性を失ったとしか考えられない。裁判はまだ途中だし、犯罪者だったとなれば勝ち目はないのではないか。
■「将来は介護関係、復興支援の仕事に就こうと考えています」
今後どうするつもりかと尋ねられた被告人の、空疎な予定が法廷内に響く。
「将来は介護関係、復興支援の仕事に就こうと考えています。それで少しずつでも。あと、フィリピンの資産が……あの家は私のものですから、あれが入れば全額弁償に充てます」
1961年生まれの被告人は高校卒業後、楽器業界に入った。将来社長になるなど思ってもみなかっただろう。ところが前社長に見込まれ、30代後半で会社を譲り受ける。
7000万円の家を海外に持ったくらいだから、途中までは羽振りも良かった。思いがけず手にした社長の椅子や経営権。それが人生のピークをもたらしてくれたのだ。
しかし、金銭的余裕は被告人からコツコツ頑張る意欲を奪い、過信を芽生えさせたに違いない。会社が好調だったのは、前社長の時代に培った信用が土台にあったからなのに、自分の経営手腕によるものだと錯覚したのかもしれない。
高い家賃がネックのひとつだとわかっていながら最後まで規模を縮小しなかったのも、潔く会社を畳んで自己破産しなかったのも、この苦境を乗り越えられればまたいい時代がくるという甘い見積もりがあったからではなかったか。フィリピンの家を処分しようとした形跡は一度もないみたいだし。
価値ある楽器を預かり、売りさばいた後に支払うシステムだったため、目先の金に目がくらんで起こしたように見えるこの事件。でも、そうなる兆しは、社長の器ではない人間がトップに就き、信用という会社の財産を食いつぶしながら贅沢(ぜいたく)な暮らしをしている時期に生じていた気がする。
社長と呼ばれる快感、高額の楽器を持つ金持ちから頼られる喜び、海外に資産を持っている満足感、落ちぶれたと思われたくない見栄……。被告人は結局、自分の中にある“強すぎる欲望”に負けたのだと思う。
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ノンフィクション作家
1958(昭和33)年、福岡県生まれ。法政大学卒。フリーターなどを経て、ライターとなる。主な著書に『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』『裁判長! おもいっきり悩んでもいいすか』などの「裁判長!」シリーズ(文春文庫)、『ブラ男の気持ちがわかるかい?』(文春文庫)、『怪しいお仕事!』(新潮文庫)、『もいちど修学旅行をしてみたいと思ったのだ』(小学館)など。最新刊は『町中華探検隊がゆく!』(共著・交通新聞社)。公式ブログ「全力でスローボールを投げる」。
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(ノンフィクション作家 北尾 トロ)
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